第14話:登山道(山裾)
到着したのは、襲撃があってから、それほど離れてはいない場所だ。
その境目は、森と山がいっそ不自然なほど、綺麗に分かれている。
「・・・・・・またずいぶんと・・・・・・」
モリヒトが感嘆を漏らしたのは、そんな境目の光景ではない。
切り立った崖のような黒い岩の山だ。
その黒い山の真ん中、森の中の登山道を抜けた先から続くように、山に道がある。
大きな黒い山を真ん中で二つに分けるように、登山道があるのだ。
だが、道も山もすべて黒いせいで、どうにも遠近感がつかめない。
それになにより、森の端と山の裾の境目を、黒い花弁の花が覆い尽くしていた。
「・・・・・・何この花」
「龍花。真龍の住まう領域の周囲には、どこもかしこもこの花が咲いている。真龍の色に応じてね」
黒一色の花弁は、ここが黒の真龍の領域であるが故、なのだろう。
道の脇に生えている花に手を伸ばそうとして、
「触らない方がいいよ。毒だから」
「・・・・・・・・・・・・」
無言で手を引く。
「正確には、龍花は、地脈から吸い上げた魔力を蓄えているため、触れると体内魔力を干渉されて体調を崩すのです。はい」
こそ、とクリシャが、モリヒトの傍に寄って、耳打ちをする。
「ちなみに龍花の特性は、モリヒト君の体質とほぼ同様。花全体、特に根に魔力を吸収する性質がある。花に触れると、魔力を吸い出され、その代わりに地脈の魔力が流れこむ。おかげで、体力を失った挙句に身体に合わない魔力を食らって体調不良に陥る。・・・・・・最悪の場合は死ぬね」
「怖い花だねえ・・・・・・」
「たまに」
そっと、クルムが会話に混じってきた。
「森から迷い出た動物が、花畑の中で死んでいるのを見かけます」
あのあたりとかですね、とクルムが指さした先は、花が少し盛り上がっているように見える。
「あれは、その死骸に生えた花の塊ですね」
「色と相まって、不気味な光景だなあ、おい・・・・・・」
一面黒い花で、正直死後の世界でももう少しなんとかなるだろう、と思う。
「・・・・・・ここ登るの?」
目の前にある道を指さす。
「なんか、地獄に向かう穴みたい」
「人によっては、不敬扱いされるよ? 気持ちはわかるけど」
くすくすとクリシャは笑っている。
そんな二人を後目に、帝国軍は山の方へと近づき、花畑の外で山側の岩肌がむき出しになっているところへ、機材の設置を始めている。
「手伝わなくていいか」
「あれが仕事です。素人が下手に手を出すと迷惑をかけますよ。はい」
ついでに、簡易キャンプも設置しているようだ。
「彼らは、俺達が山に登っている間、麓で出待ちか」
「場合によっては、襲撃がある可能性もあるけどね」
クリシャは肩をすくめるが、
「どうだろうな? あれが、今更帝国軍を襲うかね? どっちかって言うと、帰り道にもう一回襲撃かけてくる方が可能性ありそうだと思うが」
「そうかい?」
んー、とクリシャは唸る。
「あいつ、頭おかしいし、モリヒト君と黒の真龍の謁見中に、割り込むくらい企みそうなもんだけど」
「できるとは思えないよ。さすがに」
「やりかねない、と思ったよ? ボクは」
クリシャは言うが、んー、とモリヒトは唸る。
「装備ぶっ壊された上に、山を登って、黒の真龍なんてものがいる場所で、どうなるかわからんのに突っかかる。・・・・・・自分で言っててなんだが、やらかしたら狂人だな」
「でも、そういう狂人だから、『怪人』とか言われてるんだけどね」
「・・・・・・むう・・・・・・」
そう言われると、とモリヒトは唸る。
正直、
「邪魔はされたくねえなあ」
「まあ、もしもの時は入り口でボクらが防ぐけどさ」
「無理だろ?」
あの肉体の硬さを見る限り、生半可な攻撃は通らない。
「あっさり言うな。殺すのは無理でも、足止めくらいならどうにかなるよ。多分」
「詠唱に準備を賭けられるなら、いくら硬くても貫く方法はあります。はい」
クリシャとルイホウの二人から力強く言われて、おう、とモリヒトは引きながら頷く。
「第一、彼も人間であることには変わらないはずですし、拘束した上で頭に水球をかぶせれば窒息させることもできますよ。はい」
「えげつねえこと言うなあ・・・・・・」
「方法なんていくらでもあるってこと。彼のあれが身体強化の結果だと言うなら、それに応じた方法を取るまでだよ」
ふふん、とクリシャも胸を張って応える。
「魔術が効かなかったの、結構根に持ってる?」
「いや。そっちはそんなに。ただ、ボクの真似で作られた癖に、ボクより強い顔されるのは腹立つから」
割と理不尽なことを言っている気もする。
「それに、山の上じゃあ魔術は使えない。彼の身体強化の効果が発揮されないよ」
「・・・・・・それでも、あいつ男だぞ?」
男と女じゃあ、素の力が違う。
女だからと力加減をしてくれるようなやつではないだろう。
「どうだろうね? あいつのあの体は自分で制御できないって言ってた。だとすると、あの身体強化が切れた場合、体が不整合を起こして自滅する可能性は極めて高い。・・・・・・自分の体だ。そのくらいは分かってるだろうね」
「ふむ・・・・・・」
言っている間にも、帝国軍はてきぱきと設営を終えた。
「準備完了、かな?」
防人たちも、その場所を借りて、けが人の対処などをしており、クルムもその間を動き回っていた。
「さて?」
「山に登る前に、何かおなかに入れておきたいね」
「簡単なスープ位なら作れるでしょう。聞いてきます。はい」
** ++ **
簡単な腹ごしらえの後、登山道の前に立つ。
モリヒト、ルイホウ、クリシャ、クルムの四人だ。
「ちなみに、目的地まではどのくらいかかる?」
「着くころには、おそらく夜です」
クルムの答えに、まじかー、とモリヒトはうなだれる。
「黒様の世話役の休憩所がありますので、そこで一泊。謁見は明日になります」
「そうか。何はともあれ、登るしかないな」
登山道へと足を踏み入れて思う。
「現実感がねえ・・・・・・」
両脇は切り立っているのだが、岩の黒が光を吸い込んでしまっているせいで、どうにも暗い。
遠目に見ても遠近感が狂いそうな光景は、中に入るとよりひどく感じる。
「これ、身体より先に心にきそう・・・・・・」
両脇の岩に触れても、つるつるとした感触がする。
「自然物じゃないのか・・・・・・」
「歴代の森守の一族によって、長い時間をかけて削られたのですよ。クルム達森守の巫女衆の役割の一つに、この道を磨くことがあります」
クルムの答えに、ほお、と唸る。
足元は階段ではなく坂道だ。
それも、結構な急坂である。
それが、遠近感が狂うような黒一色の光景であるために、足の踏み出し方を迷う。
「・・・・・・・・・・・・あー」
「どうしました? はい」
「これ、上にたどり着くころには、すごい疲れてるわ」
「頑張るしかないね。ここじゃあ、魔術も使えないから、身体強化系は無理。自分の素の力だけだ」
うへえ、とうなだれる。
「ええっと、一応、途中途中に休憩所もあります。ゆっくり行っても、夜にはつくはずですから」
クルムが慌てたようにフォローを入れてくれるが、
「・・・・・・・・・・・・夜になったら、この道すごい歩きにくいだろ」
「壁と床の区別がつかなさそうだねえ・・・・・・」
「日が沈むまでに、頂上に着きたいな」
「じゃあ、足を動かすしかないね」
「はあ・・・・・・」
溜息を吐きながら、モリヒトは登山道を見る。
「一つ、ご注意を」
クルムに声をかけられて、モリヒトは振り向いた。
「上の方、道の終わりは見えますか?」
「ああ。光ってる」
両側が黒く切り立った壁であるため、最後の出口から真っすぐに光が差し込んで光っているように見える。
「登っている間は、できるだけあの光だけを見るようにしてください」
「何で?」
「周囲の黒は、視覚的に影響があるらしく、見ていると精神的に引き込まれたようになってしまうことがあるのです」
「そうすると」
「気を付けていないと、足を滑らせて麓まで滑り落ちます」
わあ、と思わずうなってしまった。
「あるいは、幻覚を見てしまうこともあるようで、とにかく、真っすぐに上だけを見て登ってください」
「わかった」
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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