第8話:国と魔石のこと
テュール異王国は平和な国だ。
唯一の隣国であるオルクト魔帝国との国交に問題はないし、むしろ友好的だ。
オルクト魔帝国は大国で、戦争などに巻き込まれる心配もない。
だから、基本的に平和な国だ。
弱点としては、水産資源以外にあまり資源らしい資源がないことで、貿易に頼っている部分が大きい。
また、魔獣が少々危険なことも上げられる。
とくに、オルクト魔帝国との国境の八割近くは、凶暴な魔獣が数多く生息する森で占められており、残りの二割も山の間の峡谷だ。
この国の脅威といえば、その多くが魔獣で、残りは海側に時折現れる海賊ぐらいだ。
面積は大体日本と同じ程度だが、人口は約一千万人と十分の一ほどだ。
国土の七割は平野なので、人口密度自体は低い。
「・・・・・・まあ、戦争中の国でないだけ、私の国はましな方か」
年がら年中、戦争をしている国もあるらしい。
「・・・・・・この国は、魔帝国の庇護で、平和でやっていけるんだろうな・・・・・・」
ナツアキが歴史書を読みながら言う。
「この国。もとは魔帝国が、異世界の知識の回収のために建国した国らしい。最初は独立区で、五百年ほど前に、完全な独立を果たしたようだ」
ページを捲る。
「『竜殺しの大祭』も、魔帝国の災厄を回避するための儀式だと・・・・・・。内部からではなく、『外部』から地脈の調律を行うことで、盤石の態勢を作るんだとか・・・・・・」
「へえ・・・・・・」
よくわからないままに頷く。
ユキオとナツアキは、執務室で勉強中だ。
ちなみに、アトリは軍の訓練中である。
アトリは藤代の古武術の継承者なので、実は滅茶苦茶強かったりする。
アヤカは、最近はモリヒトと一緒にルイホウの魔術授業を受けている。
年齢を聞いたところ、モリヒトが二十歳で最年長で、同じくらいに見えたルイホウは実は十六と、アヤカの一つ上でしかなかった。
とはいえ、年長者だ。
皆最初は『さん』を付けて呼んでいたが、いつの間にか呼び捨てるようになった。
「・・・・・・モリヒトは、今日は魔術の訓練するとか言ってたっけ?」
「昨日に続いてな。・・・・・・昨日、あとでアヤカが聞いて、今日は是非ついていく、とか言ってたっけなあ」
「積極的なあの子も珍しい。・・・・・・興味あるのかな?」
「どうかな? ・・・・・・アヤカはモリヒトに何を見たと思う?」
「・・・・・・さあ」
悪人。
森の中でモリヒトが言った言葉を思い出す。
「・・・・・・まあ、アヤカのことだもの。放っておいても大丈夫」
振り払うように頭をふる。
「大丈夫か?」
「何でもない。モリヒトは、ちゃんと信用できる人だから、大丈夫」
「・・・・・・ま、僕もそれは疑わないけど」
歴史書を閉じ、ナツアキは顔を上げた。
その視線の先は、ユキオの後ろに控えるメイド服の少女に向く。
ウリン。
そう言う名前の少女で、普段、ユキオの世話をするために付けられている。
基本的に執務室でお茶を入れたり、食事の給仕をしたり、が仕事だが、正装をする時の手伝いや、部屋の掃除、入浴時の用意などなど、その仕事は多岐に渡る。
ちなみに、ライリンの実の娘らしく、その紫の髪にその繋がりを見ることができる。
「ウリンは、どうだ? アヤカに何か言われなかったか?」
「何か、とは?」
ユキオに紅茶を入れながら、ウリンは首を傾げる。
「・・・・・・ん~。何か、ずばっと」
ユキオが言うと、
「ずば?」
ウリンが首を傾げる。
「そう、ずば」
何で擬音で会話するんだ、とナツアキが首を傾げたところで、
「いえ、特には。・・・・・・ただ、メイド服を着てみたい、とは言われましたが」
ウリンが、何とも言えない笑顔を浮かべた。
「まあ、余裕があるなら貸してあげて? あれだったら仕立ててもいいし」
雪緒は苦笑する。
「アヤカは、何も考えていないようで、すごくたくさん考えているからね。・・・・・・できれば、好きなことをさせてあげたいの」
「はい。分かりました」
微笑ましい、という表情で、ウリンは頷く。
「・・・・・・で? ユキオの仕事はどうなんだ?」
「実際、私の仕事なんて、はんこを押して、サインするのがほとんどだからね・・・・・・」
今のところは、仕事に困った時は、ベルクートやライリンに聞くことで、対応しているが、最終的には自分で判断できるようにならなければならない。
「・・・・・・なあ、僕の補佐って必要か?」
「ナツアキは、ベルクートさんのところで修行してきなさい。ぶっちゃけ、帰るかどうかはっきりしてないあんたに、あんまり補佐頼む気はないから」
「アヤカは?」
「あの子に役職はいらないよ。あえて言うなら遊撃手」
「・・・・・・便利屋か」
「私より天才なんだよ? あの子。・・・・・・あの子が望まないから、人の上には立たないけど」
紅茶を口に含み、ユキオは笑みを浮かべる。
「じゃあ、ユキオは人の上に立ちたいのか?」
「もちろん。私、注目されるの大好きだから」
「・・・・・・相変わらず、お前は自分が好きだなあ」
ナツアキが苦笑すると、ユキオは傲岸不遜な顔をする。
「女王なんて、私には天職なのだよ!」
「だろうな・・・・・・」
やれやれ、とため息をつき、ナツアキは立ち上がる。
「・・・・・・どこ行くの?」
「ベルクートさんのところへ行ってくる。修行しに」
「はい、行ってらっしゃい」
部屋を出ていくナツアキを見送り、ユキオはカップを掲げた。
「ウリン。お代わり」
「はい」
** ++ **
アヤカは城の地下。魔術訓練場にいた。
魔術訓練場が地下に造られるのは、魔術が軍事力の肝となるため、訓練を僅かでも公開しないように、あるいは、魔術研究の成果が流出しないように、とのことらしい。
「・・・・・・本日は、魔石についてです。はい」
「あれか? 投げると勝手に魔術が発動したり、とか・・・・・・」
「そんなに便利なものでもありません。はい」
ルイホウが取り出したのは、赤い結晶だ。
手の平に乗る程度のサイズのそれを、ルイホウはゆっくりと見せる。
「これが魔石です。はい」
「・・・・・・綺麗なもんだね?」
「はい」
今日は同じようにルイホウの授業を受けるアヤカが、頷く。
「魔石には、二つの効果があります。はい」
ルイホウが、ぴ、と人差し指を立てる。
「一つは、魔力の吸収効果。もう一つは、魔力の放出効果です。はい」
「矛盾してるぞ?」
吸収して放出して、では何も起こらない。
「はい。詳しく説明します。はい」
ここ二週間ほどで、ルイホウは教師役が板についてきた、というか楽しそうになってきた。
「魔石は、二つの状態を持っているのです。その一つが、この赤色の魔力の放出状態です。はい」
「ということはあれか? 色が変わって吸収状態になる、とか?」
「その通りです・・・・・・。はい」
自分で説明したかったのか、ルイホウがちょっとしょぼん、とした。
気を取り直し、
「魔力の枯渇状態と飽和状態とで、放出と吸収がシフトします。はい」
手の中の魔石は赤い。
「放出状態の魔石は、文字通り魔術の増幅装置として使えます。はい」
違いを見せよう。
「―サロウヘイヴ・メイデン―
水よ/落ちろ」
魔石を使わずにやると、バスケットボール程度の大きさの水弾が落ちるだけだ。
「魔石を使います。はい」
魔石を杖に添え、
「―サロウヘイヴ・メイデン―
水よ/落ちろ」
先ほどの二倍ほどの大きさの水弾が落ちた。
「ほう・・・・・・」
モリヒトが感心の息を吐いた。
「すごいです・・・・・・」
結構な効果があるものだ。
「ちなみに、魔石を使えば、魔力消費なし、つまりは体力消費なしで魔術を発動することも可能です。はい」
まあ、当然の効果だ。
「さて、では、魔石の中の魔力を使い切ります。はい」
「俺がやる俺がやる」
モリヒトに渡す。
「では」
モリヒトは、昨日もらった短剣を取り出し、
「―ブレイス―
雷よ/大いなる穿ちの槍となれ/的を貫き砕け」
高々と掲げた短剣に魔石を添え、モリヒトは遠方の的へ振り抜く。
轟音と閃光。
そして、的が吹き飛んでいた。
「・・・・・・なるほど、全然疲れないな」
ぐぱぐぱ、と手を握り開きするモリヒト。
「何であんな派手な魔術を使いますか・・・・・・。はい」
「慣れだ慣れ」
ルイホウが呆れた顔をしているが、モリヒトは適当に笑って流す。
その手の中で、魔石の色が青に変わっていた。
「・・・・・・モリヒト様。魔石を見てください。はい」
「・・・・・・あ、青に変わっています」
アヤカが声を上げて、モリヒトはそれに気づく。
「おお、本当だ」
「その状態が、魔力吸収状態。・・・・・・その状態だと、周囲の魔力を強制的に吸収します。はい」
強制的、というところを強調して、ルイホウは魔石を持つ。
「魔力を放出すると、体力を消耗します。魔石に吸収される場合も同様でして、しかも、こちらはいくら訓練しても、その消耗を抑えるのは難しいです。はい」
アヤカが魔石に手を伸ばす。
「・・・・・・吸収状態の魔石は、魔封石とも呼ばれます。いくつかを集めると、魔術師を行動不能に追い込めます。はい」
「そういう使い方も?」
「ないこともないですが、実際には難しいですよ。吸収状態の時には、飽和状態になるまで、強制的に魔力を吸収してしまいますからね。放出状態の方が、魔石は安定しているんですね。はい」
「なるほど」
「だから、飽和状態の魔石を安定魔石とも呼んだりします」
アヤカから、魔石を取り上げる。
まだ青いままだ。
「魔石の魔力の容量は、魔石の純度に関係します。純度が高いほど、容量が大きくなるのですが、その分、吸収時に一度に吸収する量も多くなります。はい。・・・・・・今モリヒト様が持っているのが、純度三パーセントほど。人工的に純度を上げられる限界は、十パーセントが技術的には限界となっています。はい」
青い結晶を覗き込む。
「純度十パーセント以上の魔石は、鉱石として発掘される自然物しかありません。古代の秘宝には、限りなく百パーセントに近いものもあるそうですが。はい」
ルイホウの説明は続く。
「純度十パーセント以上の魔石の容量は、人一人分の体力を奪ってしまうことがあるほどです。魔石の鉱山には、魔力を持っている人は入ると危険ですね。はい」
青いのが赤くなった。
「アヤカ。やってみるか?」
「やってみたいです」
「じゃあ、ほい」
短剣と一緒に渡す。
「使い方は、分かるよな?」
「はい」
頷き、アヤカから一歩下がる。
「・・・・・・『発動鍵語』は、『ブレイス』ですね・・・・・・」
す、と集中して、
「―ブレイス―
水よ/大いなる水よ/流麗たる流れを/静かなせせらぎを」
添えた魔石が一瞬で青くなった。
短剣の先に生まれた水の流れが、ゆっくりと大きなうねりとなって、流れていく。
それは、清涼な水の流れだ。
山の渓流をイメージさせる流れである。
「・・・・・・できました」
「面白いよな。魔術って。結構自由で滅茶苦茶な力だ」
青くなった魔石と短剣を受け取る。
「・・・・・・しかし、溜まるのを待つのが、結構面倒だよな。増幅効果のことを考えると、できるだけ早く溜まった方がいいんだろ?」
「そうですね。増幅効果を期待する場合、吸収状態に陥った魔石はむしろ足かせになりますから。はい」
モリヒトの顔を、アヤカが覗き込む。
「何か考えてますね?」
「ちょいと実験をな」
左手に持った青い魔石に、短剣の先端をかざす。
「・・・・・・あ、モリヒト様・・・・・・」
ルイホウが何かを言いかけたが、それを気にせず、
「・・・・・・魔力を込めるなら、こうか?」
魔術を使う時の感覚を思い出し、
「―ブレイス―
力よ/流れろ」
魔石に、魔力を直接流し込む。
「・・・・・・あれ?」
青い結晶が白濁した。
「・・・・・・・・・・・・壊れた?」
「・・・・・・壊れましたね・・・・・・」
モリヒトとアヤカは顔を見合わせ、ルイホウに向き直る。
「壊した?」
「・・・・・・壊しましたね。はい」
苦笑を浮かべ、ルイホウは白濁した魔石を受け取る。
「放出状態では起こらないのですが、吸収状態の魔石に、許容量を超えて急速に魔力を吸わせると、魔石としての力を失ってしまうんです。はい」
この性質は、覚えておいた方がいいかもしれない。
「この状態の魔石を、元に戻すことはできないんですよ。研究は行われていますが。はい」
「・・・・・・・・・・・・ふーん」
手の中の白濁した魔石を見つめる。
短剣の柄で、こんこん、と叩くと、簡単に割れてしまった。
「見ての通り、すごく脆くなります。はい。・・・・・・この状態になると、破棄するしかないんですよね。はい」
細かくなった破片をルイホウが受け取る。
それを近くのゴミ箱に捨て、
「それでは、お二人とも、魔術の訓練をしますか? はい」
「俺はまあ、少しやるか・・・・・・。そういや、アヤカの魔力量ってどんなもん?」
「測ってみますか。はい」
魔力計登場。
「アヤカ。ここ、この膨らんだところを握って」
「はい」
握ると、ぐんぐん上がって行く。
「・・・・・・すごいな」
「・・・・・・あ、モリヒト様を超えましたよ? はい」
「・・・・・・すごいんですか?」
「五五七・・・・・・。正直、人間離れしてますね。はい」
「俺の約二倍だな」
ちょいと興味がわいた。
「この際だ。ユキオとアトリ、ついでにナツアキも測っておかないか?」
「・・・・・・そう、ですね。それはいいかもしれません。はい」
「よし、アヤカ。行くぞ」
「うん」
三人は、訓練場を出ていくのだった。
** ++ **
結果発表
一位アヤカ・・・・・・五五七
二位ユキオ・・・・・・四五七
「百も差がありましたね。はい」
「というか、人間離れしてるな、二人とも」
三位アトリ・・・・・・二九七
四位モリヒト・・・・・・二六二
「二位と三位の間がすごいな」
「アトリとモリヒトは、そんなに差がないですね」
五位ナツアキ・・・・・・一〇
「・・・・・・ナツアキ・・・・・・」
誰もが残念そうな顔を向ける。
「いや、ちょ・・・・・・」
ナツアキは慌ててもう一度握りなおすが、
「・・・・・・六」
「下がったな」
「下がりましたね」
「ナツアキは、魔術の才能が全くないと」
ユキオの言葉に、ナツアキは肩を落とす。
「いいんだ。僕はそんなもの使えなくたって・・・・・・」
ぶつぶつ、と呟くナツアキに、ゆっくりと歩く。
「・・・・・・守護者、なんていうくらいだ。魔力は巻き込まれの俺より多い、とアトリまでは思ってたんだけどな」
「わたしも、勝手にそう思ってました」
「・・・・・・悪かったね。期待を裏切って」
「いえ、ナツアキに期待なんか全くしてませんが?」
アヤカの言葉に、ナツアキが落ち込む。
「ナツアキは体力もないから、戦闘が起こったらただの役立たず、ということですね」
アヤカは笑う。
とりあえず、アヤカはナツアキを落ち込ませるだけ落ち込ませた後、
「訓練に戻りましょう」
あっさりと地下へ戻って行った。
「・・・・・・何というか、あの子は結構愉快な性格してるよな」
その後を見送って、モリヒトは呟く。
「・・・・・・じゃあな。ナツアキ。強く生きろよ」
それだけ言い残して、モリヒトも地下室に向かった。