第8話:森へ
ディバリスの森は、深い森だ。
その木々は、黒の真龍の力の影響か、全体的に黒い。
また、魔力の濃い領域に適応した木々は、周囲の濃い魔力を吸い上げ、全体的に大きく成長を遂げている。
幹は太く、木々の背は高く、葉はよく茂っている。
木陰に入れば、日の光は強く遮られるため、森の中は薄暗い。
ディバリスの森の木々は、材木としてもすぐれているらしく、周囲の森では材木業が発展しているという。
飛空艇のフレームに使われることもあるとか、建材としてもすぐれているとか、木工製品を作ると長持ちするとか。
ただ、これからその中を進むとすると、不気味だ。
全体的に黒い木々、影の濃い見通せない森。
本来なら、ここに野生の魔獣の咆哮が混じるが、今日は割と静かなものらしい。
もともと、木々が音を吸収してしまうこともあるのだろう。
木々が茂っているせいか、野外だというのに、それほど風も感じない。
木々のざわめきもなく、森の中は、確かに静かだった。
「・・・・・・・・・・・・さて」
そんな森の中を、ざっかざっかざっかざっか、と、軍靴で進軍する帝国軍の部隊。
森の中の登山道は、通れるようになってはいるが、決して広いわけではない。
四人で並ぶと精一杯の広さ。
余裕を見てだろう、三列で進んで行く。
全体で二十人ほどの隊だ。
道となっている部分を帝国軍が進み、森守の防人たちは、森の中を進んでいる。
それで、全周囲を警戒しつつだ。
モリヒト達は、そう言った一団に囲まれる形で進行していた。
「・・・・・・静かな森だ」
「そうですね」
「森っていうのは、大体静かな場所ではあるけれど、それはそれとして、結構なもんだな」
上を見上げても、木の先端が見えない。
ある意味、ファンタジーな森、という光景なのかもしれない、とモリヒトは思う。
「ルイホウ。なんかいそう?」
「少なくとも、周辺一帯に潜んでいるものはいません。野生動物も含めて、探知には引っかかりませんね。はい」
分かるもんなんだなあ、と頷く。
防人たちの装備には、木製が多かった。
多くは、この森から取れる木々を利用しているという。
魔力になじんだこの森の木々は、魔力を通すことで様々な特性を持たせることができるらしい。
「発動体に使われることも多いね」
クリシャは、道に張り出した枝を撫でながら、そう言った。
「触媒か、発動機か、韻晶核か・・・・・・」
「多いのは、それ以外だよ。発動体はそれらのパーツがあれば機能は果たせるけれど、それだけだと、道具として持ち手とかないから使いにくいだろう? だから、本体としてここの木を使うっていうのは、よくあるんだよ。魔力の伝導率もいいしね」
「へえ・・・・・・」
実際、魔術師の杖の持ち手部分などに、よく使われるらしい。
「うまく加工すると、鉄の剣よりよく斬れる木刀ができたりする」
ある意味、ロマンのある話である。
「それをなぎ倒す魔獣が闊歩してるんだっけ?」
「大変危険な森ではありますね。はい」
周りの兵士たちは緊張感があるが、モリヒトの方は割と気楽に歩いている。
何かあってもどうしようもないからな、と開き直っているからだが。
「・・・・・・しかし、そういや、あれよ」
「なんだい?」
「クリシャみたいな白髪に、混ざり髪っていう、そっちの敵のこと。こっち見てるかね?」
「さあ? 帝国軍の部隊がキャンプ地を出たのは知ってるだろうけれど、なんで出たのかまで把握しているかな? 登山道を登っていくだけなら、森の異常の解決とは違うからって、無視される可能性もあるね」
「そっちの方がうれしいよねえ」
囮として扱われている、という点もあって、襲ってきた方が帝国軍としてはありがたい面はある。
ただ、奇襲されるのが好ましくないのも事実だ。
ついでに言うと、実はこの部隊にはもう一つ任務がある。
森の中を抜け、山と森の境界付近に、簡易の拠点を作ることだ。
この拠点は、キャンプ地のように戦力の常駐を狙ったものではなく、地脈調査のための調査機材を置くための拠点である。
山の麓と、森の端の複数か所から観測することで、森の異常を起こしている地点をより正確に把握するための機材である。
これにより、犯人の移動経路などの割り出しができないか、と期待されている。
「黒の真龍って、やっぱり黒が好きなのか?」
「なぜ?」
「森は黒い。山も黒い」
「色は、単純に魔力の影響だよ。真龍自身がどう思っているかは、また別の問題だと思うよ」
「そうなんかね」
黒が好きで、神様みたいな扱いを受けている真龍。
中二だなあ、と思いながら、ううん、と唸る。
周りを見回せば、かなりの黒色が広がっている。
隣のクリシャを見て、その髪の白色を思い出して、
「・・・・・・この森の中で、白髪とか、すごい目立ちそうなもんだが・・・・・・」
「まったくだね。ぼくのこの衣装ですら、結構目立つものねえ」
クリシャがひらひらと自分の衣装を揺らす。
確かに、白を基調とした服は、目立つ。
よく見れば、地面の土の色まで黒い。
「・・・・・・もしかして、他の真龍のいる土地っていうのも、こういうところみたいに一色に染まってるのか?」
「大体はそうだと聞いています。この大陸には、黒の真龍のみなので、他を見たことはないのですが・・・・・・。はい」
だとしたら、各地は相当派手だろうなあ、と思う。
「真龍の色って?」
「まず、この大陸の漆黒、それから、他大陸に、黄丹、黄金、真紅、群青、若紫、常盤、銀煤の八ですね。はい」
「・・・・・・・・・・・・なんだその色の並び」
「並びは順不同です。はい」
虹の七色とか、もっと明確に、赤、青、黄、とかを想像していたのに、なんとも微妙な色合いが出てきた。
というか、聞いたところで、ぱっと色味が思い出せない。
「・・・・・・どういう理屈なんだか・・・・・・」
「自然のことだからねー。理屈なんか求めたってしょうがないさ」
クリシャも肩をすくめている。
** ++ **
ふう、と息を吐いた。
「・・・・・・お疲れですか? はい」
ルイホウが気づかわし気に覗き込んでくる。
なんでもない、と手を振って、胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。
森の冷えた空気が肺に入り、多少は涼しい思いができる。
森に入ってから、静かなはずの森で感じる圧倒的な生命力が、モリヒトの体を押しつぶすようだった。
テュールの森では感じたことのない圧迫感に、モリヒトは息の詰まる思いだった。
生命力、あるいは魔力。
周囲を歩く者たちは、多少の緊張感はあれど、それほど調子を崩しているようには見えない。
だが、気楽にふるまってはいても、モリヒトは、違和感を感じていた。
不調なのではない。
体調自体は、悪くはない。むしろ、いいほどだ。
その体調の不自然な良さこそ、逆にモリヒトの気分を悪くしていた。
酒を飲んで、酔ったような状態だ。
体は熱く、力はあふれている。
それだけに、ふわふわとした感覚があって、地面を踏む足に、どこか現実感がない。
おそらくは、と自分の不調に対し、自分であたりはつけている。
魔力を吸収する体質だという、モリヒト自身の体質。
吸収した魔力を体内に蓄えているのだろうが、その許容量はいかほどか。
「・・・・・・ふう・・・・・・」
どちらにせよ、普段以上の魔力を体内に有しているのは確かだろう。
「・・・・・・まだ、かかるかねえ」
森でこれ。
ひざ元である麓へと到達したら、一体どうなるか。
正直、気の重いモリヒトであった。
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『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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