第7話:登山道
モリヒト達が割り振られたテントで、準備を整え、自分の荷物を担げるようにカバンに詰めた。
といっても、持つ荷物量は少ない。
武器の類は身に着けているし、水と食料が少し入った荷物だけだ。
「こんなもんでいいのか?」
これから山を登る、と考えれば、この程度でいいのか、という気にはなる。
そんなところへ、クルムがテントへと入ってきた。
「失礼します」
「・・・・・・クルム、だっけ?」
「はい。クルムの名はクルムと言います」
一人称が自分の名前なのは、森守の巫女の慣例だとルイホウから聞いている。
「貴方が、モリヒト様、黒様・・・・・・、黒の真龍が招かれた御客人である、ということでよろしいですね?」
「ああ、間違いないよ。俺がモリヒトだ」
モリヒトが名乗れば、クルムは頷いた。
クルムは、小さく見える。
アヤカやエリシアと同じくらいに小さいが、単純に背が低いだけだろう、とモリヒトは思う。
なんとなくだが、自分と同年代か、それに近いものを感じていた。
額には小さな角が二本。首を覆うように黒いのは、どうやら黒い鱗のようだ。
森守の一族の特徴を持つ、森守の巫女。
「黒様より、貴方の案内を仰せつかりました」
一礼とともにそう告げてくる相手に、モリヒトは同じように一礼を返す。
礼の仕方については、一応ルイホウ達から習っていることではあるが、身についているとは言い難い、ちょっとぎこちない動きだ。
「準備が整い次第、モリヒト様を黒様の在所へとご案内させていただきます」
その言葉を聞いて、モリヒトは首を傾げる。
「森の異常については解決してないが、それより先に山を登っていいのか?」
「できれば解消してからにしたいところです。ですが、今の段階では解決の見通しが立ちません」
クルムの言葉は、悔し気だ。
森の中のことは、森守の管轄、と聞いている。
黒様、という呼び名も、あるいは、ギリーグの態度なども見ている限りは、森守としての自負から来ている。
あくまでもモリヒトの印象ではあるが。
そんな彼らにとって、森の中のことを解決するのに、自分たちの力不足を認めるのは、忸怩たるものがあるのだろう。
モリヒト達にはどうすることもできない領域の話だ。
「森の中の異常を解決できていないのは、クルム達の力不足です。それを理由に黒様をお待たせするわけにはいきません」
「危険ではないですか?」
「護衛は付けます。それに、黒様の在所へとつながる登山道は、森を開いてありますので、帝国軍の方々もある程度の規模で通れます。森を抜けた後の山地ならば、森守の一族のみで十分ですが」
「それは、なぜ?」
「ディバリスの森は、周囲よりも魔力の濃い領域ですが、山地はさらに濃い領域です。ディバリスの森でならば、魔術を使うこともできるでしょうが、山地になると逆に魔力が濃すぎて、魔術の使用は不可能になります」
「森守なら、それができると?」
「それが、黒様より加護をいただいた、森守の一族の能力でもありますので」
クルムの説明を聞いて、モリヒトはルイホウを見る。
ルイホウは、モリヒトの視線を受けて、一つ頷いて返した。
「逆に言うと、もし仮に襲撃があるとすれば、森を通っている最中、ですか。はい」
「俺を狙う理由があるか?」
「モリヒト様の問題ではありません。まず、森の中を通過する部隊、ということで襲撃を受ける可能性があります。はい。さらにこちらには・・・・・・」
ルイホウは、クリシャを見た。
その視線を受けて、クリシャはからからと笑った。
「そっか。敵がミュグラ教団だとするなら、ボクが狙われる可能性も結構あるね。どうしようか?」
「どうしようか、じゃないが?」
そんなもんの面倒までこっちに来るとなると厄介だな、とモリヒトは思う。
戦闘はモリヒトの仕事ではないとはいえ、ルイホウの仕事が増えるのは看過しがたい。
「まあ、そのやたら目立つ頭を引っ込めとけば、身バレはなさそうだが?」
白い髪に三色の混ざり髪、という目立つ頭を指してやると、クリシャは苦笑して、帽子を被る。
それほど手をかけたわけでもないのに、頭をすっぽりと帽子が覆って、長髪が見えなくなるのは、髪を隠すのによほどに慣れているのだろう、と思わせてくれる。
実際、ミュグラ教団の人間にとって、ここにクリシャが来ている、というのは、想定外ではないかと思う。
「考えても仕方ないことではあるし、ていうか、今更だが、クリシャは黒の真龍のところまでついてくるのか?」
「実際に真龍に謁見する時は、モリヒト君一人だよ。たぶん、ルイホウ君もついていけない」
「そうなのか?」
「黒様にお伺いを立てる必要はありますが、おそらくは」
こく、とクルムが頷いたのを見て、モリヒトもううん、と唸った。
「それに、ボクは最初から、モリヒト君の護衛と、それからこの森の異常の解消の手助けに来ているんだ。真龍との謁見は、ボクの目的からは外れるよ」
言われてみればその通りだ。
ごく自然にその場にいるから、仲間感が出ているが、実際にはそんな間柄でもないのだし。
「まあ、いつまでも一緒に来るわけでもないしな」
「そうだねえ。今回の同行だって、どっちかって言うと魔皇陛下に見逃してもらうための条件みたいなところあるし」
やれやれ、とクリシャは肩をすくめた。
「まあ、とはいえ、実際に戦闘になるようなら頼りにしてくれていいよ? ボクは結構強いからね」
「そうか。じゃあ、頼む」
** ++ **
登山道。
森の一角にぽっかりと開いた道があった。
足元が整備されているわけではないが、踏み固められていて、歩くのに不備はなさそうだ。
モリヒト達は、その登山道の入り口に立っていた。
「あー。モリヒトさん」
アレトに声をかけられて、モリヒトは振り返る。
「どうした? なんかすごく申し訳なさそうな」
「実際、申し訳ないんすよ。ぶっちゃけ、この部隊、囮みたいなことになりかねないんで」
「・・・・・・・・・・・・ああ。森の中を通過する部隊は、襲われるかもしれないって言ってたか」
「それっす。一応、帝国軍の精鋭と、森守の方でも精鋭を護衛につけてくれてるっす。それでも、警戒はしてほしいっす」
「と言われても、俺の方でできることはないからな・・・・・・」
モリヒトとしても歯がゆい話だが、モリヒトに索敵だの戦闘だのに関われるだけの技量はない。
軽い自衛くらいはできても、結局はその程度だ。
キャンプの中で、防人の数人が模擬戦のようなことをしていたが、テュールやオルクトで見た騎士達と比べて、遜色ない動きをしていた。
あれを軽くあしらうほどの相手となると、おそらく正面からぶつかったら、何もできずに負けるのが見える。
「モリヒト様は、私の指示をよく聞いて、大人しくしていてください。はい」
「そうそう。ルイホウ君の傍を離れないようにね」
ルイホウとクリシャの二人から言われて、うん、と頷く。
「守られっぱなしってのは、ちょっと情けないけどなあ・・・・・・」
「まあ、気持ちはわかるっす」
ははは、とアレトも笑っている。
「俺らも、なんだかんだ、陛下を守るための騎士なのに、陛下の方が強いっすからねえ・・・・・・」
はあ、とアレトは肩を落とした。
「いや、安心ではあるんすけどね? でも、なあ・・・・・・」
「まあ、言いたいことは分かる。・・・・・・で、アレトはどうするんだ?」
「俺はキャンプで総指揮を執るっすよ。森の中で時々出てくる瘤も、決して無視はできないっすから」
「そうか」
「まあ、気を付けて行ってきてください。オルクトの中でも、黒の真龍に謁見した経験がある人間なんて、そうはいないっすから」
「セイヴもか?」
「いや、陛下は・・・・・・」
んー、とアレトは考え、モリヒトの耳に口を寄せた。
「エリシア殿下の体質のことがあったんで、お二人で一度だけ謁見したことがあるっす」
ひそめた声で言われた内容を理解し、なるほど、とモリヒトは頷く。
「俺が呼ばれた理由を考えれば、ある意味納得か」
「そうだねー。たぶん、体質によるところではあるだろうし」
「あとは、先日のテュールでの事件で、腕を地脈にとかしたことも、あるいは関係しているかもしれません。はい」
何はともあれ、行かなければ始まらない。
登山道は、森の木々が上を多い、先は見通せない暗闇となっている。
「ダンジョンの入り口みたいだな」
そんなことを思いながら、モリヒト達は、出発の号令を聞いて、歩き始めるのだった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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