第5話:ギリーグとクルム
クルムとしては、できればオルクト側とは波風立てたくはない。
ディバリスの森の周囲は、完全にオルクト魔帝国の領域だ。
自治権もあるし、オルクト魔帝国側では、森守の一族を対等に扱ってくれているが、他国からは、森守の一族はオルクト魔帝国の一員と見られている。
実際、戦争になれば抗するだけの力はないし、黒の真龍とて、別に森守の一族が自治権を失う程度では、特に動きは見せないだろう。
完全に根絶やしにされそうだ、となれば、多少は助力してもらえるかもしれないが。
だが、その線引きについては、オルクト魔帝国側はきちんと理解している。
地脈から溢れる黒の真龍の魔力によって活性化したディバリスの森という環境は、見た目こそただの森だが、ただの人から見れば、火山か砂漠、あるいは氷河並みの危険地帯だ。
森守の一族は、黒の真龍に与えられた加護によって、その環境に適応しているが、そうでない人間にとっては、通過するだけならともかく、永住するとなると不可能だ。
このクラスの魔力濃度となると、息をするのも難しい、というものも出てくるほどだ。
オルクト魔帝国側が森守の一族に対し、自治権を含めてかなり譲歩した扱いをしているのは、森守の一族がディバリスの森から出て行かないことと、ディバリスの森を自国の戦力だけで統治するのは、環境的に厳しいからだ。
むしろ、森守の一族側の方にこそ、その理解が足りない者がいるくらいだ。
たとえば、
「おいクルム」
こんな風に絡んでくるギリーグなどは、その筆頭だ。
状況の共有を終え、それぞれに出発のための準備をしよう、ということになって、皆はテントから外に出た。
クルムとしては、今のうちに黒の真龍の下へと案内しなければならないモリヒトと、案内の段取りについて詰めておきたい。
それに、テュール異王国から来たルイホウとも意見交換をして、地脈についての知識を深めておきたいところだ。
ギリーグとて、外で待機している防人の衆に指示を出さなければならないはずだ。
それを置いて、何をクルムに話しかけに来ているのか、といら立つ心を鎮めながら、ギリーグへと振り向いた。
ギリーグはまだ若いながら、防人の中では代表のように扱われている。
それは、族長の息子である、ということもそうだし、順当に行けば次の族長になる、と思われている、ということでもあろう。
族長自身、そこには期待をかけているように見える。
実際、一族の若い衆の間では人望を集めているし、わかっている老人たちは、まだ若いだけだろう、と生温かい目で見られている。
クルムからしてみると、おつむの足りないバカなので、どうにも頼りない。
曲りなりにも同じ年に同じ村で生まれた幼馴染同士、決して情がないわけではないのだが、
「何?」
「なぜあそこまで情報を漏らした?」
その口調に、責めるようなものを感じ、クルムは顔をしかめる。
「森の中のことは、黒様の加護を受けた我々森守の一族こそが解決すべき問題であろう」
堂々と言い切ったギリーグに、はあ、とクルムはため息を吐いて見せる。
「あんたはバカね」
「何を・・・・・・」
「黒様は、確かにクルム達森守の一族に加護を与えた。でも、それは一族を特別扱いするためじゃない」
クルムの言葉に、ギリーグはぴく、と眉を動かした。
「あの加護は、黒様の足元に広がるディバリスの森で、一族が森を守ろうとして、それが黒様の目的に適っただけのこと。別に与える相手はクルム達一族でなくとも、オルクト魔帝国の面々でも問題ないもの」
「そんなわけがあるか!」
「ある。・・・・・・クルム達は、どんな手段を使ってでも、この森の安定を取り戻さないといけない」
もし、ディバリスの森の異常を鎮めるのに、いつまでもかかっていると、最悪、黒の真龍が地脈に多大な魔力を流して、すべての異常を押し流そうとするだろう。
そうなれば、ディバリスの森に棲んでいるありとあらゆる生命が大打撃を受ける。
森守の集落は壊滅するだろうし、たとえ生き残ったとしても、その後に多大な魔力を受けて活性化した魔獣の群れに襲われ、どちらにしろ森守の一族は滅亡する。
オルクト魔帝国側にも、いくらかの天災が起こるだろうが、オルクト魔帝国は、そういった地脈異常の天災は、テュール異王国の『竜殺しの大祭』でまとめて解決できるように、地脈への干渉を行うための施設を建設している。
だが、ディバリスの森は、森守の一族の自治領であるが故に、そういった干渉を行うための仕掛けはない。
それをやればディバリスの森の魔獣が外へ流れる可能性があるため、やろうと思ってもできない、というのが本当のところだが。
ともあれ、そんな事態が起これば、森守の一族は間違いなく壊滅し、黒の真龍はオルクト魔帝国の中から、また新たな森守の一族を選ぶだろう。
そもそも、クルム達の一族とて、先代の森守の一族がそうして滅びた後に、始祖が黒の真龍に見出されてできた一族だ。
自分たちが例外であるなど、思い上がりもいいところである。
「貴様には、森守としての誇りはないのか?!」
「ある。森の安定を保つこと。それこそが森守の誇り。森の安定を守れるのなら、その手段なんて問わない」
言いながら、クルムはギリーグをにらみつける。
森守が重要視するべきなのは、いつもの平穏な森の光景だ。
豊かな植生や、森を闊歩する強大な魔獣など、人が住むには危険が大きいが、そんなものは生まれた時からずっとそうだ。
朝になれば鳥が鳴く。昼になれば森の各所で魔獣同士のぶつかり合いが生じ、咆哮が上がる。夜になれば虫の声がする。
時折、山の上からは黒の真龍の声が下りてくる。
村では、防人が仕留めた魔獣の解体が行われ、森の恵みである果実や、村の片隅にある小さな畑から取れた作物などを使って、料理が作られる。
広場では、若い戦士が父親から戦いを習い、あるいは魔術の訓練をする。
年老いた者が、子の面倒を見ながら昔語りをし、母親たちは洗濯に掃除にと駆け回る。
一年を通して、ほとんど変わることのない、ディバリスの森の日常だ。
クルムの望みは、その日常を守ること。
昔は、ギリーグも同じ望みを抱いていたはずだ。
だが、いつのころからか、こうして意見の対立からいがみ合うことが増えてきた。
「・・・・・・く!」
にらみ合うことから、先に目を逸らしたのはギリーグだった。
「勝手にしろ」
「それはこちらのセリフ」
背を向けて、それぞれの方向へと歩き出す。
胸の内にむかつきを抱えつつも、クルムの足取りはどこか重かった。
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別作品も連載中です。
『犯罪者たちが恩赦を求めてダンジョンに潜る話』
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