第7話:ルイホウとモリヒトの魔術訓練
魔術という技術が、この世界にはあるらしい。
学んでみたい。
そう思うのは当然だろう。
異世界に召喚されてから、二週間後だ。
主に城の中で、この世界の常識を学んでいた時である。
ちなみに、モリヒトは自分の担当であるルイホウと、ほぼマンツーマンでの授業となっていた。
理由は、ユキオ達はこの国の政務に関することを、実践の傍ら、並行して学んでいるためだ。というか、そっちが忙しすぎるからだ。
「・・・・・・『発動鍵語』?」
「はい。魔術は、必ず詠唱を必要とします。順番は『発動鍵語』『現象』と続けて、その後に『性質』『軌道』『範囲』などの特性を組み込んでいくんです。はい」
「・・・・・・それは何か決まった言葉があるのか?」
「イメージを固められるなら、特に決まりはないですが。・・・・・・大体は『現象』を『~よ』と結んで、それに対して命令形で呪文を構成するのが普通です。はい」
「適当でも大丈夫だと?」
「極論、文章になっていなくても、自分の中のイメージと紐づくなら、発動は可能です。文章にして理解できる方が、イメージは固めやすいので、安定しますが。はい」
「ふむふむ」
ルイホウの説明は、聞きやすい。
現在二人は、城の地下にある魔術の訓練場にいる。
かなりの広さを持っているのは、空間を広げるための魔術を用いているためらしい。
「『発動鍵語』は、個人で決まったものではなく、魔術を使う際の発動体によって決まっています。はい。・・・・・・たとえばこの杖」
ルイホウが、自分の身長ほどの長さの杖を示す。
「これは、私専用の杖で、銘は『拭えぬ涙を抱く者』。『発動鍵語』は『サロウヘイヴ・メイデン』となります。はい」
「ほうほう・・・・・・」
「例を見せますね。はい」
杖を掴み、構える。
目標は、少し離れたところに設置した的だ。
「―サロウヘイヴ・メイデン―
水よ/弾丸となれ/的を撃ち抜け」
唱え終わった直後に、杖の先端に水が集まり、バスケットボールほどの球体を作った。
そうして杖の先端を的に向けると、その水弾が的に向かって飛び、的を吹き飛ばした。
「おおー!」
ぱちぱち、と手を叩く。
「・・・・・・そういうのって、誰でも使えるもんなのか?」
「そうですね。魔力さえあれば。はい」
「魔力の有無ってどうすれば分かるんだ?」
「これです。はい」
温度計みたいなものが出された。違いは、中の液体が青いことか。
「内部に魔力を受けると膨張する液体が入っています。はい。・・・・・・それを使えば、大体の量は測れます。はい」
「ほほう・・・・・・」
俄然興味が湧く。
「どうすればいいんだ?」
「下の膨らんだところを握ってください。はい」
「ふむふむ」
しばらくすると、温度計のようにメモリを中の液体が昇って行く。
「・・・・・・二三〇・・・・・・二四〇・・・・・・。・・・・・・二六二、ですか・・・・・・かなりのものですね。はい」
ルイホウが感心した声を出す。
「そうなのか?」
「六〇から八〇ぐらいで、一流と呼ばれる魔術師の平均的なレベル。巫女長でも、一七〇程度です。はい」
「・・・・・・ルイホウは?」
「私は一五〇程度ですね。はい」
そう聞くと、
「・・・・・・俺って結構すごい?」
「異世界人は、魔力に優れているか、全く才能がないかの二種類らしいです。モリヒト様は、前者のようですね。はい」
そう言いながら、ルイホウがモリヒトと同じように魔力計を掴む。
だが、
「・・・・・・あれ?」
「・・・・・・一一〇・・・・・・。偽称?」
どう見ても、一五〇までは達していない。
「違います! いつもは一五〇くらいは・・・・・・。はい・・・・・・」
おかしいです、はい、と呟き、魔力計をこんこん、と叩いている。
「ふーん。・・・・・・まあ、さっき魔力使ったし・・・・・・」
「いえ、でもそこまで魔力を使う魔術じゃないはずなんですが・・・・・・。はい」
不思議そうな顔で首を傾げている。
「・・・・・・まあ、あとで確かめます。・・・・・・説明を続けますね? はい」
「はいはい」
「魔力を使用するとき、注意しなければならないのが、魔力の放出は体力の消耗を招く、ということです。はい」
「・・・・・・?」
「魔術に慣れていない者なら、放出した魔力と同量の体力を消費するんです。はい。・・・・・・魔術の訓練とは、基本的にこの体力の消費を抑える訓練なんです。はい」
へえ、と頷く。
「じゃあ、消費した魔力の回復は?」
「体力を消費します。主に、寝ている時とか、体を動かしていない時に起こりますね。・・・・・・こちらの消費に関しては、抑えることはできません。はい」
「じゃあ、魔力を使いはたすと、魔力の回復で体力を使い切る、ということかな?」
「その通りです。はい」
「・・・・・・まあ、そっちはあとで感覚で学ぶとして、今は俺も魔術を使ってみたい」
「言うと思っていました。はい」
苦笑しながら、ルイホウは短剣を差し出した。
「とりあえず、これをどうぞ。モリヒト様は魔力をたくさん持っていますから、発動体だけで十分なはずです。はい」
その短剣を受け取る。
「発動体としては低級のもので、銘はありません。量産品です。はい・・・・・・。『発動鍵語』は『ブレイス』です。はい」
「よし、やってみるか」
構える。
「魔術で起こしたいことをイメージしながら、言葉で表現してください。イメージさえ確実なら、全てを表現しなくても魔術は発動します。はい」
なるほど、と頷き、イメージを固める。
まずは火でいってみよう。
それが、短剣を振った軌道に従って、地面を走る感じで。
「―ブレイス―
炎の壁よ/駆け抜けろ」
振る。
短剣を振った軌道。
地面に弧を描くように、炎の壁が走る。
というか、短剣を振ったモリヒトの周りを囲むように、炎の壁が立ち上がった。
「ぬあ!?」
思い切り振ったため、ほとんど体を一周するほどに短剣を振ったせいで、モリヒトの周囲全てに炎の壁が立ち上がった。
「うわ。熱っ!!」
底面の半径一メートルほどの炎の円柱だ。その中央に、モリヒトがいる形になる。
「何をやっているんですか・・・・・・。はい」
呆れたため息とともに、
「―サロウヘイヴ・メイデン―
雨よ/包め/猛る炎を鎮めよ」
ぱらぱらと降り注ぐ水滴とともに、周囲の炎の勢いが消えていく。
「・・・・・・ありがとう。助かった」
「一度発動した魔術は、発動を終えても物理現象として残ります。なので、炎系の魔術は発動した後も、現象として燃え続けますから、注意が必要です。はい。・・・・・・雷などなら効果を発したあとは消えますし、水系だとただの水になります。はい」
「・・・・・・結構、気を遣うな、これ」
はあはあ、と肩で息をする。
たしかに、すごく疲れた。
「なるほど、これが、体力を消費する、ってことか」
運動したわけでもないのに、体の奥に鈍さが残る。
「・・・・・・魔力だけが多いと、魔術の使いすぎで体力を浪費して死ぬこともあります。気を付けてください。はい」
「魔力切れで死ぬことは?」
「ありませんが、回復で体力切れ起こして死にますね。はい」
ルイホウは断言した。
「とはいっても、体力切れの場合はまず気絶します。そうなると、生存本能のせいか魔力の回復がゆっくりになり、体力の回復が優先されますから、寝ている間に大体戻ります。体力切れで死ぬ場合は、骨と皮だけになるほどに消耗しますから、まず起こらないと思います。はい」
モリヒトは、もう一度短剣を構えると、
「―ブレイス―
水よ/・・・・・・」
「あ、モリヒト様・・・・・・」
「冷却せよ/風よ/運べ/凍てつく息吹よ/凍てつかせよ」
『現象』『性質』『現象』『性質』『現象』『性質』と三つ重ねてみた。
すう、と息を吸い込み、大きく吐き出す。
だが、目の前がかすかに白く染まった以外は、特におかしな現象は起こらない。
「・・・・・・? おや?」
「すごく寒くなりましたね。でも、凍るものがないですから、効果が分かりづらいんですよ。はい」
「・・・・・・なるほどな・・・・・・」
唸る。
「・・・・・・体力の消耗はどうですか? はい」
「微妙・・・・・・。さっきよりは減ってないような気がする」
あくまでも、そんな気、で疲れたことには変わりない。
「属性、とかはないのか?」
「魔術属性はありますし、イメージしやすい属性はありますが、個人での属性適正、というのはありません。はい」
「つまり、俺はどんな魔術でも使える、と」
「理論的には。はい。・・・・・・ただ、発動体には、適した属性がありますので、注意が必要となります。はい」
「たとえば?」
「私の杖なら、水です。はい」
「適正のない発動体だと、どうなる?」
「魔力消費が大きくなります。・・・・・・その分、体力の消耗も大きくなりますから、できれば、発動する魔術の属性は、発動体に合わせるべきですね。はい」
モリヒトは、手に持った短剣を示して、
「じゃあ、こいつは?」
「それは、汎用性の高い量産品です。はい。何でもいけますよ。はい」
そんなに、リスクはないということだろう。
「・・・・・・あとは訓練次第だな」
うんうん、と頷き、
「でも、結構魔術って簡単だな?」
「そうですね。呪文の法則と、発動体、あとは魔力さえあれば、誰にでも使えますから。はい」
「・・・・・・危なくない?」
「何がですか? はい」
「誰にでも使えるんだろ? 子供とか、魔術の失敗とか・・・・・・」
「確かにそういう事件はたくさんありますけど、過去の事例が多い分、対策は立てやすいですから。はい」
「・・・・・・そんなものか?」
「そんなものです。それに、発動体なしで発動する魔術は、それほど高い効果は発揮しませんから・・・・・・。はい」
「なるほど」
「はい」
今日はここまで。
** ++ **
アヤカは、モリヒトを見る。
召喚され、この世界に降り立ったあの日。
謁見の間で初めて見たときから、気になっていた。
ナツアキも、アトリも、あの姉でさえ、この非常識な状況に動揺していた。
いつもより、浮ついて見えた。
そんな中で、モリヒトは落ち着いていた。
そういう人だと最初は思った。
だが、違った。
それ以降も、可能な限りモリヒトと行動を共にしているが、最初に出会ったあのころから、モリヒトはほとんど調子を変えていない。
あれからしばらく時間を置いて、姉やアトリ達は、落ち着いてきて、元の世界と似たような感じになりつつある。
だけど、モリヒトだけは、この世界で最初に会ったそのときから、ほとんど感じが変わっていない。
今日の魔術訓練については、ひそかに楽しみにしていた。
だけど、やっぱりモリヒトはいつもどおりだ。
「・・・・・・モリヒト」
「うん?」
声をかけると、振り向いて笑いかけてくる。
「どうした?」
「魔術、おもしろいですか?」
「そうだな。思い通りに現象が作れそうだし、結構面白そうだよな」
顔は笑顔で、口調も楽しそうだが、アヤカはいつもどおりのモリヒトを感じる。
「・・・・・・」
「?」
じ、と見つめるアヤカを見て、モリヒトは首を傾げた。
変な人だ。
アヤカは、思う。
色々なことに注意を向けているくせに、無関心。
感動の少ない人。
ふと、モリヒトの服の裾をつまむ。
「ん? どうしたんだ?」
「・・・・・・なんでもありません」
放っておいてはいけない。
ただ、そんな気がしただけだ。