閑話:テュールで(2)
2回連続で遅れた・・・・・・。
次は第3章になります。
その前に、書き溜めのため、次の更新は来週です。
テュール異王国王都『テュリアス』
その朝は早い。
テュールの中では最大の都とはいっても、オルクト魔帝国の各都市と比べると、辺境にしては発展している、という程度であるテュリアスは、なんだかんだと田舎街だ。
周囲の村々から朝採れの野菜を売りに来る市が立ち、都市の外へと魔獣狩りに出向く傭兵達や、その傭兵達を相手にした屋台が立ち並び、威勢のいい掛け声が飛び交う。
あるいは、夜の商売をしていた者たちも店じまいを終え、朝市を冷やかして帰路へつく。
朝一の喧騒がおさまれば、次に始まるのは都市の中で生活する者たち向けの商売の掛け声だ。
街の中を行きかう人々へ向けた屋台の呼び声。
昼時へと向けた仕込みの音に、用事を持ってかける見習い徒弟たちの足音。
あるいは、魔獣狩りにはまだ出向けない新人傭兵達が行う、街中での雑用依頼をこなす呼び声。
それらに混じって、時折、都市全体へと鐘の音が響く。
鐘の音が響けば、人々は一時足を止めて空を見上げ、次の予定へと向かって動いていく。
時刻を知らせる鐘は広場の真ん中。
地下からくみ上げた水の噴き出す勢いを動力としている時計があり、その時計が定刻ごとに鐘を鳴らす。
朝の鐘に始まり、夕刻の鐘までを定められた時間ごとに鳴る鐘は、夜は鳴らないような工夫がされている。
ともあれ、テュリアスの民の生活は、主にこの鐘の音こそが、基準であった。
** ++ **
「・・・・・・大丈夫そうか・・・・・・」
ナツアキは、街の様子を見回って、そうつぶやいた。
あの地震で、崩れた建物、倒れた屋台、怪我をした人物。
そういった現場を目の当たりにしていたナツアキだったが、こうして街の様子を見る限りでは、それらの異常は、もう解消されたと言ってもよかった。
「そんなに心配だったの?」
そんなナツアキの隣に立って、アトリも周囲を見回す。
見回り、ということで、ついてきたのだ。
「割と大惨事だったからね。ちょっと気になってたんだ」
ナツアキは、屋台から飲み物を買い、アトリへと手渡す。
「ありがと」
短く礼を言ったアトリは、飲み物に口をつけつつ、ナツアキへと目をやった。
あの事件以降について、ユキオやアヤカは、それほど変わったような様子はなかった。
アヤカが、魔術の修練に熱心になったが、そのくらいだ。
ユキオに至っては、前の世界にいたころから、その様子にあまり変わりがない。
むしろ、どちらかというとこちらになじんできて、より生き生きしている感触すらある。
なんだかんだ、やはりユキオにとっては、こちらの世界の方が故郷である、とそういうことなのかもしれない。
一方で、あの事件を経て、多少心境に変化があった、と思うのが、アトリとナツアキだ。
アトリ自身、あの事件以降、自分の力の足りなさを感じていた。
鬼斬り、などという藤代の理念を振りかざしてみても、先の事件では魔術に対して有効な手を打てていない。
対策として、魔術相手でも攻撃可能な魔術具などをもらいはしたが、足りていない、という感覚は抜けていない。
魔獣狩りに同行して、魔獣は斬った。
だが、先の事件で、アトリは結局、襲撃してきた敵対者、人を斬れていない。
守護者として、自分の役割は武力だろうと自認しているが、アトリは結局重要な場面では勝てていない。
一方で、ナツアキの方には、あの事件を経た後から、どこか変わったところがある、と感じている。
変わった、と言うか、定まった、というべきか。
ひょろひょろと頼りなかったのが、しっかりし始めた、という感じだった。
今もそうだ。
街並みを見つめるナツアキの姿勢はまっすぐに前を見ていて、揺らいでいない。
何か、自信をつける出来事があったのだろうか。
「・・・・・・結局さ」
「うん。何か言ったか?」
ふと、アトリは口を開いてしまい、それをナツアキが聞いて振り返った。
その顔を見て、わずかな間逡巡するも、アトリは聞いてみることにした。
「結局、ナツアキは、帰るかどうか、決めたの?」
「・・・・・・・・・・・・」
ナツアキは、口を開かず、街の方へと視線を戻した。
これも、今までにはないことだ。
今までのナツアキなら、ユキオやアトリにこんな問いを投げかけられれば、頭をかいたり、口を開こうとして閉じたり、視線をさまよわせたり、と挙動不審になっていた。
考えていた、というのは分かるけれど、頼りなさが増す感じだ。
だが、今のナツアキからは、
「・・・・・・まだ、迷ってる」
そんな答えを聞いても、不安な感じはない。
姿勢が真っすぐだからか、背筋が伸びているからか、身体を揺らしたりしていなからか。
「・・・・・・ふうん」
結局、アトリの方も、そう頷くにとどまった。
しばらく、二人で並んで、言葉なく、街の中を見て回る。
人々の流れがあり、屋台の呼び声があり、笑い声があり、喧騒がある。
「・・・・・・お」
広場の一角へと差し掛かった時、ナツアキが声をあげて、速足に進み出した。
その後をアトリが追うと、ナツアキは一つの屋台の前に立って、屋台の店主と思しき中年の女性と話している。
「怪我はもういいんですか?」
「お。あんときの兄さんだね。大丈夫さ。残ってんのは擦り傷位だ」
はっはっは、と恰幅のある中年女性は笑う。
それを受けて、ナツアキも笑ってはいるが、
「でも、あの時は骨が折れてたんですから、無理はしないでくださいよ?」
「大丈夫だよ。あの後、巫女様方もおいでになられて、けが人はみいんな、治療してくださった。あたしもね」
力瘤を見せつける女性に、ナツアキも笑顔で頷く。
「それはよかった」
「もうすぐ祭で稼ぎ時だしね! 怪我も治ったんなら、休んじゃいられないさ」
それからしばらく会話をした後、ナツアキはアトリのところへと戻ってきた。
「・・・・・・あの人は?」
「あの地震の時に、がれきに足を挟まれてたのを助けたんだ。他に人手がなかったから、僕が折れた足に添え木と包帯したんだよ」
「そう・・・・・・」
他にも広場を歩いていると、ナツアキを見て礼の声をあげる人がいる。
ナツアキはあの事件の時、この広場で地震に被害を受けた人々を助けていた、というのは聞いている。
その結果を、こんなに目に見える形で知ることになるとは、アトリは予想していなかった。
「・・・・・・すごいわね」
「・・・・・・・・・・・・」
素直に感嘆の声を漏らすと、ナツアキが振り返った。
「・・・・・・何よその顔?」
「あ、いや。ユキオやアヤカもそうだけど、アトリもさ。最近の僕をそんな風にほめることって、なかったじゃないか」
「・・・・・・そうだった?」
「そうだよ」
ナツアキが妙な顔でしきりに頷くので、アトリは自分の記憶を掘り返す。
「・・・・・・そうね。そういえばそうだわ。いつもは、ユキオばっかりすごかったから」
「僕もアトリも、ユキオの言うこと聞いてばっかりだったもんなあ・・・・・・。それで間違いなかったし」
そうね、とアトリは頷く。
ユキオは優秀だ。
だから、その指示に従っていれば、大概のことはなんとかなった。
陣頭指揮を執るユキオの指示に、アトリが主に従い、ナツアキが細かいところをフォローする。
大体、そういう体制で、今までは様々な問題を鮮やかに解消してきた。
ああ、とアトリは思う。
そういう時も、ナツアキが、ユキオやアトリの見えていない細かいところをフォローしてくれていたのだ、と。
「・・・・・・そうね。ナツアキはありがたい存在なんだわ」
「・・・・・・なんか気持ち悪い」
「何よ。珍しくほめてるんだから、素直に受け取りなさい」
「はいはい。ありがとありがと」
そう言っている間にも、ナツアキに声をかけ、またナツアキから声をかけていく相手がいる。
アトリはまた、ふうん、と頷いた。
ここに残るかどうかはともかく、この国に来たことは、きっとナツアキにとって、いいことだったのだ、と。
「・・・・・・・・・・・・」
ひるがえって、自分はどうだろうか、とアトリは自問する。
あちらの世界でなら、今の自分くらいの実力でも、ユキオの傍にいるには不足はなかった。
だけど、こちらは違う。
魔術がある。人を越える怪物がいる。いつかは、人を殺すことにもなるかもしれない。
「足りてないな」
腰の剣へと手をやった。
バグロの鍜治場から届いた剣は、軽く振ってみた感じよくアトリの手になじんだ。
それでも、これはただの剣だ。
「・・・・・・・・・・・・」
アトリは、自分を鍛え直す必要を感じていた。
国の騎士相手にも勝てるくらいの実力はあるが、それも剣だけ。
魔術込みになると、負けが混んでくる。
魔術主体の騎士にさえ、魔術ありだと一対一では負け越している。
魔術の出力だけなら、魔術師相手でも引けは取らない。
だが、その使い方、ということになると、どうしても負ける。
強い魔術より巧い魔術の方が、戦闘では有利に働く。
魔力の消耗は体力の消耗に繋がるこの世界ではなおさらだ。
小さく、ため息を吐いた。
騎士達に教えを請い、こちらの闘い方を身に着けてはいるが、果たして『竜殺しの大祭』に間に合うか。
自分に武術を教えてくれた、祖父だったら、こういう時何て言うか。
「剣を取れ、としか言わないわね」
祖父は、そういう人だ。
きっと剣を取れ、と言って、その後は道場でひたすらに滅多打ちだ。
うん、と頷く。
「ナツアキ! 私、先に戻るわ」
「分かった!」
まずは、訓練場へ向かおう。
騎士達が訓練をしているはずだから、そこに参加する。
考える前に剣を振る。
アトリは、生まれて初めて、自分から望んで剣を振りたいと思うのだった。
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