閑話:テュールで(1)
投稿操作漏れてた・・・・・・
モリヒトが帝都を出立したころ、テュールでは。
** ++ **
「・・・・・・うーん」
ユキオは、書類を見ながら、うめいた。
基本的に、今はまだ女王見習い期間ではあるが、書類の処理は仕事として行っている。
決済の際には、大臣たちを含めた重臣からの意見を聞いた上で行っているが、最終的には、全部自分で判断できるようにならないといけない。
それもあって、書類に関わる内容を付随して勉強中の身である。
仕事の量自体は、思っていたほど多くはない。
テュール自体がそれほど大きい国ではないためだ。
ここだけの話、テュールには貴族、という階級が少ない。
というのも、テュールはそれほど国土が大きくないからだ。
村が多く、それなりに大きな街、というと、王都を含めて三つしかない。
オルクトの国境の関所の傍に一か所。そこから王都までの街道が通る場所に一か所である。
それぞれの街には、領主、というか、管理者がいる。
ただ、土地からの税収で暮らす領主、という存在が、テュール異王国にはいない。
ぶっちゃけた話を言ってしまうと、テュール異王国の国土面積は、オルクト魔帝国の貴族が持つ領地と比較しても、下から数えた方が早いくらいには小さい。
役割が重要だから、国家として独立しているだけで、本来の国力だけでは、とてもオルクト魔帝国の隣国としての位置を保つなど不可能だ。
テュール異王国とオルクト魔帝国の境目にある関所や、その周辺領地に関しては、天領(オルクト魔帝国魔皇直轄領)となっており、テュール異王国が、オルクト魔帝国の貴族と接する機会は稀だ。
そのくらい、守られている土地である。
実際、オルクト魔帝国の貴族からすると、テュール異王国は政治から離れた、まるで神殿の聖地のような土地、という認識が強い。
そこで暮らす異王などは、神官の長、という感覚だ。
閑話休題。
オルクト魔帝国からのテュール異王国の印象はともかく、テュール異王国がそれほど大きくはない、というのは、前述の通りだ。
さらに、テュール異王国はその役割と、常に新しい異王を呼ぶ、という国体の関係上、政情がほぼ安定している。
そのため、実は官吏の仕事、というのは、案外に少ない。
ただし、それのすべてを決済する立場にある者は、別だ。
たとえ組織が小さくとも、その長の仕事量が少ないということは決してない。
むしろ、短い期間で様々な準備を整えなければならないユキオは、結構な量の仕事を抱えていた。
主に勉強の方が量が多いとは言え、勉強が終わったと判断された領域については、普通に書類が回されてくる。
特にユキオの場合は、本来なら下位の官吏がやるような仕事を回されていた。
その方が、勉強になるから、という理由だ。
「・・・・・・疲れたわ」
「お茶をどうぞ」
傍に控えていたウリンがすかさず差し出してくる。
甘めに作られたそれを手に取り、口に運んで、ふう、と一息ついた。
「・・・・・・こういうことばっかりが、仕事なのよねー」
「実際のお仕事の量自体は、それほど増えないとは思いますが」
「そうなのかしら?」
「少なくとも、今は勉強のための仕事が増えていますから」
「ま、それもそうね」
一時、お茶を飲むために緩めた手も、実際に処理を始めてしまうと早い。
なんだかんだ、優秀なのである。
それほど長い時間を勉強に費やせたわけでもないが、定例的に湧いてくる仕事くらいなら、独力で処理できるくらいにはなっている。
他の守護者たちも勉強中だ。
アトリは軍事関係担当になるから、将軍についているし、ナツアキは大臣の下で学んでいる。
アヤカの方も、最近はライリンに従って、儀礼や祭事などについて、いろいろと学んでいる最中である。
何はともあれ、先の事件以降は、特に異常事態もなく、テュールは極めて穏やかだった。
** ++ **
アヤカは、地下の修練場で、巫女衆に混じって、魔術の訓練を受けていた。
訓練、といっても、巫女衆と全く同じ、というわけにはいかない。
巫女衆の魔術は独自性が強く、また幼いころから身体になじませなければならない、いくつかの儀礼がある。
そういったことを経ていないアヤカが、それでも巫女衆に混じって魔術を訓練しているのは、ここがテュールで一番魔術が上手い者たちが集まる場所だからだ。
隣には、先の事件の時にモリヒトに救出された、テリエラもいた。
混ざり髪として、魔術師に極めて高い適性を持つテリエラは、その後の身の振り方を聞かれた時に、可能ならば、ということで、テュールで働く道を選んだのだ。
ただ、テリエラは、初等教育すら受けていない。
こちらの世界に来たばかりのアヤカも、この世界の常識については、似たようなものだ。
だから、現在二人は、学友のような状態となっていた。
今は、二人ならんで瞑想の最中だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
集中している。
ゆっくりと大きい呼吸を静かにしながら、イメージを練る。
二人の前には、ろうそくが置かれている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
魔術の訓練の一つ、ろうそくに火を点けるイメージ、だ。
もちろん、ただのイメージだけで、ろうそくに火が付くことは、まずない。
まったくない、とは言い切れないのが、この世界の魔術、というものだが、少なくとも思っただけで燃やせる、というほど、万能なものではない。
ただ、ろうそくを目の前に置き、それをイメージすることで、魔術を使う際のイメージに集中するための訓練だ。
さらに、二人には発動体のうちの、発動機部分を抜き出した道具が与えられており、これを通して、魔力制御を学ぶ意味もある。
魔力を操り、発動機を通して体外へと排出する。
その際に、目の前に置いたろうそくに火がついた状態をイメージすることで、魔術を使用する際のイメージの強度を上げる訓練だ。
発動機を持っているため、場合によっては、本当にろうそくに火がつくこともある。
稀なことではあるが。
しばらくして、鈴の音が鳴った。
「時間です」
その声に従い、アヤカとテリエラは瞑想の姿勢を解いて、はあああ、と大きくため息を吐いた。
「お疲れ様でした」
ライリンに声をかけられて、二人は立ち上がる。
その際にテリエラがよろけてしまったのを、アヤカは支えた。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
アヤカとテリエラだと、アヤカの方が年上になるためか、この二人が組んでいると、アヤカの方がテリエラを助け、あるいは面倒を見るパターンが多い。
今まで、姉であるユキオに追従することの多かったアヤカにとっては、面倒を見る相手、と言うのは珍しい。
二人で行動するように言われている。
二人の指導は、今後は巫女の中でも年配のものが行っていくと言われている。
今日はライリンだったが、巫女衆には後進の指導を主な仕事としている、年配のものがいるからだ。
二人が今後、魔術方面でどうなっていくは、まだ決まっていない。
アヤカの方は、いろいろとこまごまとしたことをライリンやウリンなどから習っているが、テリエラの方はまだ子供であることもあって、今後どうするかは話し合いの最中ということだ。
「・・・・・・ふう」
二人で足の曲げ伸ばしなどをしている間に、ライリンが二人に近寄ってくる。
「いかがですか? 感じはつかめましたか?」
「・・・・・・難しい、です」
アヤカの回答はこんなものだ。
魔力を放出する、という感覚をつかむための訓練だ。
ライリンの言うところには、発動体というのは優秀で、詠唱とイメージさえはっきりしていれば、発動体の方で魔力の吸い上げをしてくれるので、自分で魔力の放出を覚える必要はない。
ただし、これは一般的な魔術師の話だ。
巫女衆の場合、例えば召還のための儀式場などは、自力で魔力を放出して流し込む必要があるため、こういう感覚を覚えておくことが必要なのだという。
もっとも、発動体を使っていたとしても、何度も使っていれば、いずれは魔力を放出する感覚はつかめるとのことだったが。
「魔力の感覚を自分でつかめるようになると、魔術発動時の精度が上がります。今後も、この訓練は続けていきますので」
「「はい」」
アヤカとテリエラは、並んでライリンの言葉を待つ。
「では、本日の訓練はここまでです」
「はい。ありがとうございました」
「・・・・・・ありがとうございました」
アヤカが頭を下げるのを見て、テリエラもそれにならう。
二人の日々は、このように過ぎている。
** ++ **
アヤカとテリエラの二人が、中庭に出てきて日光浴を始めた。
魔術の修練場は地下にあるため、訓練後はそうして日光浴をするものらしい。
二人の様子を執務室の窓から見て、ユキオは、ふ、と笑う。
「あの二人も、仲良くなったのかしら?」
ユキオの視線の向かう先を見て、ウリンも微笑んだ。
「まだテリエラ様の方に遠慮があるようで、壁があるようですが、仲良くはなされているようで」
「珍しいわ。アヤカが家族以外の他人に自分から近づくとか」
「そう、なのですか?」
「そうよ。あの子人見知りだもの」
ふふ、とユキオは笑う。
少なくとも、ユキオたち姉妹にとっては、異世界へと来たことについては、よいことであったようだ。
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