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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第2章:魔帝国
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閑話:サロウヘイヴ・メイデン

閑話2

 ルイホウが持つ発動体、『拭えぬ涙を抱く者―サロウヘイヴ・メイデン』

 ルイホウの身の丈ほどの長杖であり、青を基調とし、白金の装飾が施された、壮麗な杖である。

 先端部には、水をたたえた宝玉を持ち、保護のための金枠の装飾を持っている。

 その由来は、かつてのオルクトの魔皇に仕えたオルクトの魔術師、サルイ・イーワントの使っていたウェキアスである。

 当時において、オルクトに並ぶものなし、とうたわれた程の魔術の使い手である。

 東方戦域に、南方征伐。

 件の人物がオルクトにて挙げた功績には、それこそ数知れない。

 まさしく、当代の英雄であった人物だ。

 常に浮遊する水球を伴い、幾多の戦場を歩き、数多の魔獣を討伐した。

 晩年、まだ建国前であったテュールに移り住み、地脈の研究をしながら隠遁生活を送ったとされている。

 その終の棲家については、実は近年までわかっていなかった。

 ほんの百年ほど前の話だ。

 テュール国内の開拓候補地の調査の際、たまたま森の奥にあった小屋。

 その地下室に置いてあった、サロウヘイヴ・メイデンと、彼のものと思しき遺骨、並びに遺品の数々が発見された。


** ++ **


「発見された当時は、この杖の所有権について、オルクトとテュールで、多少もめることとなったそうです。はい」

 ルイホウは、杖を撫でながら、語る。

「オルクトに尽くした英雄であるから、オルクトの宝物庫に入れるべき、という意見と、テュールで発見されたのだから、テュールの宝物庫に入れるべき、という意見ですね。はい」

「それが、テュールの預かりになったのか?」

「ええ。遺品の中に遺書がありまして。最終的には、それに従う形で。はい」

「テュールで管理しろって?」

「いえ。サロウヘイヴ・メイデンを使用できる魔術師に渡す、ということでした。はい」

 その遺書に従い、求める魔術師を募集した結果、

「最終的に、当時のテュールの巫女長が受け取ることとなりました。はい」

「ウェキアスって、他人のだと使えなかったりするのか?」

 そもそも、個人専用、という認識が強いものだ。

 まして、アートリアとしての姿を見ていると、例えば、リズがセイヴ以外の人物の横に立つ姿は違和感しかない。

「ウェキアスは、基本的には個人固有です。ウェキアスを目覚めさせた当人が生きている間は、当人以外には使えません。はい」

「使い手が死んだあとも、ウェキアス自体は残るけれど、そちらは、ものによっては、使える人は限られるね」

 使い手が死んで残されたウェキアスは、『アラキス』と呼ばれる。

 アラキスは、基本的には、最上級の発動体だ。

 だから、魔術師であれば、だれにでも使えるのが普通だ。

 ただ稀に、特定の人物にしか使えないアラキス、というものは存在する。

 サロウヘイヴ・メイデンは、そういう系統であったらしい。

 この場合、使える魔術師はどういう人物か、というと、例えば、所有者の血縁者であったり、あるいは、アラキスの持つ属性に強い適性を持っていたりだ。

 ルイホウの持つサロウヘイヴ・メイデンを見ながら、クリシャは言った。

「アートリアまで顕現しているウェキアスであっても、アラキスは残るね。もっとも、その場合は、アートリアは二度と現れないけれどね」

「アートリアは、完全に個人固有だと?」

 クリシャの説明を聞きながら、モリヒトは聞き返す

「そう。完全に使い手とペア。発動体としては最上級だけれど、ウェキアスとしての能力は持たなくなる」

 ウェキアスとしての能力は、三つある。

 一つ、壊れても時間が経てば自動で修復される。

 二つ、使い手はいつでも手元に呼び出すことができる。

 三つ、発動体としての性能以外に、固有の能力を保有する。

 魔術を発動せずとも、自動で発動する能力だ。

 例えば、セイヴのウェキアス『炎に覇を成す皇剣―アリズベータ』ならば、魔力を消費することなく、刃に炎をまとわせることができる。

 魔術で再現は可能だが、その場合は魔力を消費する。

「・・・・・・サロウヘイヴ・メイデンの場合、浮遊する水球を生み出し、それを利用しての自動防御が可能です。はい」

「ん? ルイホウの得意パターンのやつ?」

「ええ。あれは、サロウヘイヴ・メイデンが持っていた固有の能力を、魔術を使って再現したものです。はい」

 ルイホウは、あの魔術を再現するため、かなりサロウヘイヴ・メイデンと、その使用者について調べたらしい。

「・・・・・・よく調べられたなー。聞く限り、だいぶんと昔の人なんだろう?」

「有名な人だったので、結構伝承が残っていたのが幸いでした。魔術師ということで、オルクト側に魔術の資料が多く残っていましたので。はい」

 ルイホウはともあれ、それらの伝承から魔術を構築した。

 それは今も、得意なパターンとなっているらしい。


** ++ **


 クリシャから見て、ルイホウという使い手はすさまじい。

 サロウヘイヴ・メイデンについては、かつて発見されてから、何度か持ち主は変わっている。

 最初の持ち主が、テュールの所属者であり、それ以降に現れる使い手も、テュールの所属者、というか、全員が巫女衆だ。

 だから、管理権はテュールの持ち物となっている。

 クリシャは、テュールで『竜殺しの大祭』が行われる都度、旅行客に混じってテュールを訪れている。

 その度に、サロウヘイヴ・メイデンを持つ巫女が、『竜殺しの大祭』には参加しているのを見てきた。

 それら、歴代の使い手と比べても、ルイホウのサロウヘイヴ・メイデンに対する適性は、極めて高い。

 それこそ、かつてのサルイ・イーワントに比肩するかもしれない、とすら思う。

「・・・・・・・・・・・・」

 サロウヘイヴ・メイデンを眺めながらいろいろと言い合っている、モリヒトとルイホウを見ながら、クリシャはひっそりと笑う。

 サルイ・イーワントは、混ざり髪だった人物だ。

 当時のサルイは、髪のすべてを剃り上げて、混ざり髪であることを隠して、オルクトに仕えていた。

 混ざり髪は、時代と地域によっては、化け物扱いされ、差別される。

 当時のオルクトは、まさしくそういう場所だった。

 いや、もっと悪いかもしれない。

 当時のオルクトは、界境域に浮かび上がったテュールの土地を維持するため、地脈に混ざり髪を人柱として捧げる儀式を研究していた。

 見つかれば、間違いなく、捕まり、人権などない実験に使われる。

 そういう時代だった。

 サルイは、クリシャが五十歳のころに拾った混ざり髪だ。

 クリシャが魔術の使い方を教え、その魔術の力を持って、オルクトに仕える道を選んだ。

 当時のクリシャは、サルイに期待してもいたのだ。

 もしかすれば、サルイの尽力によっては、混ざり髪の暗黒時代とも言える時代を、終えることができるかもしれない、と。

 だが、その期待は裏切られた。

 そんな時代、優れた魔術師であったサルイには、地脈研究が任されていた。

 まさしく、同朋であるはずの、混ざり髪を使った人体実験の陣頭指揮である。

 サルイは、混ざり髪全体の裏切り者となった、と判断したクリシャは、サルイの命を狙ったこともある。

 だが、そのすべては、オルクト、という国家の前に阻まれた。

 結局、サルイがオルクトを離れ、テュールの山奥に隠遁するまで、クリシャはサルイへと近づくことはできなかった。

「・・・・・・・・・・・・」

 サルイの持つ杖が、ウェキアスへと至ったのは、クリシャがサルイの小屋を訪れ、サルイを殺そうかとした、まさにその時だった。

 伝承においては、サルイはウェキアスの力を使って功績を挙げてきたように見えるが、実際のところ、サルイはウェキアスの力など使わず、単純に自分で構築した魔術で、戦っていたのだ。

 そういう意味では、ルイホウはサルイと近い戦闘法を持っている。

 無抵抗に殺されようとしていたサルイに、クリシャが魔法を放った瞬間、サルイの杖がウェキアスとなって、サルイの身を守ったのだ。

 クリシャの前で、サロウヘイヴ・メイデンがサルイを守った時、サルイは泣き崩れていた。

「・・・・・・サルイ・イーワントは、五百年ほど前の人物です。はい」

「じゃあ、ひょっとして、クリシャ知り合いか?」

 サルイを思い出していたクリシャに、ルイホウとモリヒトが目を向けてきた。

 その二人を見返して、クリシャは笑って首を振る。

「いや、時代は同じだけど、ボクはそのころ、オルクトにはあまり関わってなくてね。名前は知っていても、どんなやつだったかは知らないんだ」

 そう、知らない。

 英雄として名の知られていたサルイが、どうしてそんな研究に従事したのか。

 どんな思いで、終の棲家でクリシャを待っていたのか。

 サロウヘイヴ・メイデンが身を守った時に、どうして泣き崩れたのか。

 泣き崩れるサルイに、それ以上何かをする気にもなれず、クリシャはその場を去り、以降二度と会うことはなかった。

 今となっては、きちんと知っておくべきだったのではないか、と、後悔も抱いている。

「一個だけ知ってるのは、サルイ・イーワントは、代替わりしたばかりのオルクトの魔皇に暗殺をしかけて、それまで勤めていた研究所を爆破した挙句に、テュールに隠れ住んだっていうことくらいかな?」

「・・・・・・テロリストじゃねえか」

「そんなことがあったんですか? はい」

「あったよ。当時は結構話題になった。帝国の英雄が魔皇に叛逆したっていうんで、醜聞もいいところだから、歴史からは消されたみたいだけど」

 どうしてそんな暗殺を仕掛けたのかも、結局知らないままだ。

 クリシャの手元を離れた後のサルイの歩みを、クリシャは知らない。

「『拭えぬ涙を抱く者―サロウヘイヴ・メイデン』」

 どうして、その名をウェキアスが得るに至ったのか。

 テュールを訪れ、そのアラキスを見る度に、クリシャの脳裏には、いつもサルイのことが思い出される。

 苦い後悔とともにだ。

 一つだけ、思い当たることはある。

 魔皇暗殺未遂と、研究所の爆破。

 この事件が起こった後、研究所に捕らえられていた混ざり髪がどさくさ紛れに逃げ出し、事件の収束に手を取られていたオルクトは、逃げた混ざり髪を追いかけることができなかった。

 そのおかげで、多くの混ざり髪を保護し、隠れさせることができたのは、事実だ。

 それを、サルイが狙っていたのかは知らない。

 ただ、きっと狙っていた、とクリシャはそう思いたい。

 それが一時期でも、サルイの親をやっていた、クリシャなりの責任だろうと、そう思うからだ。


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