第2章:エピローグ
いい天気だった。
まだ早朝で、空が白んでいる程度だが、雲は少なく、もうしばらくすれば青空が広がるようになるだろう。
モリヒトは、飛空艇を見上げ、周囲を見回す。
今回乗り込むのは、オルクトに来る際に乗った赤いやつではなく、灰色を基調とした、機械的な印象を受けるものだ。
モリヒト達は、飛空艇の発着場に来ていた。
帝都郊外にある飛空艇の発着場だ。
郊外、それも地上から見ると、改めて帝都の巨大さが分かる。
中央の城は巨大にそびえたち、下に向かえば巨大な壁がある。
普通なら壁で内部など見えなくなりそうなものだが、地上からでも見えるのは、壁よりも城が高いからだ。
もっと言うなら、帝都は城のある中心部へ向かうほどに、地面が盛り上がり、小高い山となっているためだ。
そのおかげで、帝都全体が立体感のある、巨大都市となっている。
帝都内部の城壁を越える度、地面の高さが一段上がるのが、帝都全体の造りとなっている。
上から見下ろした時は、その広さに驚いたものだが、下から見上げてみれば、それはもはや圧倒される威容と映る。
帝都から視線を外して周囲を見回せば、広大な平野がある。
ところどころ不自然に盛り上がりつつも平坦な場所が見えるのは、帝都郊外の飛空艇発着場だ。
飛空艇の発着場の雰囲気は、元の世界の飛空場のそれに似ている。
四方に見張り台を兼ねた尖塔があるが、それがまるで管制塔のようにも見えて、見慣れた雰囲気とも言える。
それらの景色を越え、視線を飛ばした先。
地平線の向こう側に、巨大にそびえる山脈が見える。
黒々としたその山脈のその中でもひときわ高い山こそ、これから向かうディバリスの森を麓に持つ、黒の真龍のいる山である。
「・・・・・・・・・・・・」
大きいな、と思いつつも、モリヒトはそちらを見ていた。
周囲、発着場の中では、飛空艇の周囲をあわただしく動いている人影がある。
発着場に数隻の飛空艇が並び、そのうちの一つが、発着場の中央に進み出ていた。
船体の横腹を開けて搬入されているのは、先行して問題に対処している先発隊や、森守の一族へと渡す物資だ。
それ以外にも、地脈の研究者などが、資材を持ち込んでいるらしい。
また、船体の上部や後方などを整備員と思しき者たちが駆けまわり、最終確認に余念がない。
それらの様子を横目に見ながら、モリヒトは周りにいる面々を見る。
「さて、クリシャ先生には期待するとして」
「先生はやめておくれよ」
くすくすとクリシャは苦笑する。
「まあ、大船に乗ったつもりでいたまえ」
クリシャの方は、気負いもなく、帽子へ髪をすべて納めた、最初に会ったときと同じ姿だ。
「ルイホウ。状況の調査は済んだ?」
それとなくモリヒトの斜め後ろに立っているルイホウは、にこりと笑って頷いた。
「ええ。必要な情報は得られましたし、あとは現地で、ですね。はい」
「ようしようし」
「・・・・・・まるでリーダーみたいな顔しているが、基本的にお前はついていくだけだからな?」
「野暮なこと言わない」
見送りに来たセイヴに突っ込まれて、モリヒトは笑う。
「確かに、俺はまあ、基本的には、ルイホウにくっついていくだけだけどな」
「そうしろ。・・・・・・現地に着いたら、アレトは最初に現場の指揮権を掌握しろ。魔皇近衛である以上は不要ではあるが、一応俺様の命令書も用意しておいた」
「御預かりします」
セイヴから渡された命令書を丁寧に懐にしまい込み、アレトはモリヒトを見る。
「じゃあ、俺はちょっと運び込みの様子とか見てくるっす。御三方は中入って、出発まで待機しててください」
「了解」
モリヒトは、船体から下ろされたタラップを登り、飛空艇の内部へと入っていった。
** ++ **
見た目は無骨ではあったが、船内の客室の居心地は悪いものではない。
内装は飾り気がなく質素で無骨だが、椅子の座り心地は悪くない。
家具は動かせないように固定されている。
セイヴの飛空艇に比べるのはさすがに悪いが、あちらがファーストクラスなら、こちらはビジネスクラス、くらいの差だろうか。
「窓から外が見えるのはありがたいが、この方向だとあの山がすごい存在感が・・・・・・」
「あっち、目的地だけどね」
クリシャとルイホウも、部屋の椅子に腰を落ち着けて、それぞれにくつろぐことにしたようだ。
「実際、何がいると思う?」
「まず、ミュグラ教団員」
「いるか?」
「あいつらは研究者だ。何かしらの実験をしているなら、その結果を確認するために、絶対にいる」
実験ねえ、とモリヒトはつぶやいた。
確かに、テュールでの時も、いたらしいが、
「・・・・・・接敵するか?」
「そこは分からないね。今起こっている異常を解消したら、即座に逃げに入ると思うし」
「クリシャ様を狙う可能性はありませんか? はい」
「んー。どうだろう?」
モリヒトとしてもそこは気になる。
「クリシャが狙われてるのは、混ざり髪だからか?」
「それもあるけど、伊達に長生きしてないからね。実は結構やつらの秘密っていうか、研究成果? とか知ってるし、多分そこらへんを引き出したりとかもしたいんじゃないかな?」
「・・・・・・そういや、クリシャがミュグラ教団ができた理由って言ってたが」
「うーん。昔、地脈関連の研究者に協力してた時期があってね。結局方針が合わなくて決別したんだけど、その時の研究者の弟子たちが起こしたのが、ミュグラ教団だから」
「なるほど、そういうことか」
「ある意味で、創設メンバーと取られそうな話ですね。はい」
「あはは。間違いではないよ。・・・・・・混ざり髪の力で地脈の調査に協力するくらいならともかく、人体実験までは協力できなかったから」
クリシャは、帽子を取って膝に乗せ、髪を一房取って、手の平の上で広げる。
「決別の時に、研究所を研究資料ごと吹っ飛ばしたから、ボクしか知らないこととかあるって、そう思ってるんじゃないかな?」
「ないって言っても信じなさそうだな」
「ボクがどうやって魔術を使ってるのか、とか、調べたら面白そうなことは多いだろうしね」
「ふうむ・・・・・・」
モリヒトとしては、クリシャに対して、警戒心は抱いていない。
それは、この世界の出身者ではない、ということも影響はしていると思うが、それ以上に、クリシャが割とあけすけなのも大きい。
知らないこと、隠していることも多そうではあるが、聞けば答えてくれそうな気はする。
はぐらかされるかもしれないが。
いまだ、正体不明な感覚はあるが、慣れてきたのか気にならなくなっている。
「まあ、森についたところで、俺にできることはなさそうだし、基本的には大人しくしてるつもりだけどな」
「そうした方がいいねえ。できれば、ルイホウ君や調査チームが森の異変を抑えるまでは、森に入らない方がいいかもね」
「そうしていただけると、私としても気が休まりますね。はい」
ふふふ、とルイホウも笑っている。
「おう。大人しくしてるよ」
ひらひらと手を振って、モリヒトは到着を待つことにした。
** ++ **
―・・・・・・・・・・・・・・・・・・―
のそり、と空間が動くような気配がした。
巨大なものが身じろいだために、空気自体が動いたような感覚だ。
「・・・・・・此処に」
いつの間にか、その空間に一つの細身の影がある。
―客が来る。出迎えを―
「お呼びになられたという、異世界からの稀人にござりましょうか?」
影の問いに、頷く気配がある。
「恐れながら、なぜこの場へとお招きになられたのか、理由を窺ってもよろしいでしょうか?」
―・・・・・・・・・・・・―
返答はない。
だが、それは、今は話す時ではない、とそういうことであろう、と影は判断した。
「では、自分が出迎えましょう」
―・・・・・・・・・・・・―
頷きの気配を感じ、影は静かに退出した。
空間の主は、身じろぐ。
テュールの異王が召還されたときに感じた違和感。
その由来は、今ははっきりとしている。
直に見て、確認しなければならないと感じた。
故に、呼び寄せた。
空の上をこちらに近づいてくる気配を感じている。
―・・・・・・・・・・・・―
麓の森に、地脈の乱れを感じている。
オルクト魔帝国全体を流れる地脈の流れは、すでに多く変わってしまっているが、それはそれだ。
だが、それを不快とは思わない。
人の営みであり、世界ができ、自意識を持って以降、幾度となく繰り返されてきたことだ。
いずれは、正しい形に戻る日も来る。それまで、人の営みを遠目に見て、無聊の慰みとすればいい。
どうしても目に余るようならば、、地脈の流れに力を流し込めば、ありとあらゆる異常は洗い流せる。
今はまだ、その時ではない。
黒の真龍は、ゆっくりと目を閉じた。
第2章エピローグになります。
この後、閑話を数話挟む予定。
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