第6話:女王、雪緒
玉座の脇に引かれた幕が上がり、ユキオが現れる。
「・・・・・・ほう・・・・・・。馬子にも衣装なんて言えないな・・・・・・」
モリヒトは苦笑する。
玉座はその名に見合う、絢爛豪華が様相となっている。
だが、それすらも霞ませるほどの眩さを、女王の正装を身に纏うユキオは放っていた。
謁見の間の、誰もが息を呑んだ。
モリヒトは、その空気を感じて、苦笑する。
ただ一人、その空気に呑まれていないモリヒトは、周囲を観察する余裕があった。
全てのものが、ユキオに目を釘付けにしている。
「・・・・・・なるほど」
王の素質、カリスマ、というわけだ。
玉座に座し、ユキオは謁見の間を睥睨する。
守護者達を一人ずつ見回し、ユキオは安心したような笑みを浮かべる。
最後にモリヒトに目をやり、
「・・・・・・」
少し複雑そうな顔をした。
「・・・・・・ユキオ女王、ね・・・・・・」
口の中で、小さくつぶやいた。
** ++ **
ユキオは玉座から、謁見の間を見下ろす。
誰一人、怪我のようなものをしていないので、安心した。
アヤカの顔を認めて、その視線を受けて目を伏せる。
「・・・・・・私が、八道雪緒。・・・・・・この国に召還された、女王です」
生徒会長をしていた時を思い出し、できるだけ響く声を意識する。
マイクなどはないから、できるだけ大きな声を、無様にならないように意識する。
謁見の間は、中央に敷物を敷いて、守護者となった者達とモリヒトが座り、その周囲と後ろに、現在この国に仕える臣下が並んでいる。
全員が敷物の上に座っているのは、この国の何代か前の王が決めた伝統らしい。
「・・・・・・」
着替えている時、ライリンが簡単でいいから、挨拶をしてほしい、と言った。
正直、原稿を考えている暇はなかったから、アドリブをきかせる必要がある。
「・・・・・・私が女王をやらないと、どうなりますか?」
服を着替えながら、
「この国が、滅びます」
ライリンは、端的に語る。
この国における王の役目とは、政務だけに留まらず、地脈を鎮め、国の柱となり、国を襲う災厄を防ぐ、『竜殺し』なのだという。
一年に一度、王が『竜殺しの大祭』を執り行い、国の災厄を鎮めることをしなければ、この国だけでなく、この国に隣接する国にまで、災厄が広まってしまうのだという。
それこそが、この国が異世界に王位を継ぐ者を送り呼び戻す、という手間をかける大きな理由の一つでもあるそうだ。
「私は、元の世界に帰ることはできないのですか?」
「・・・・・・できません。我々には不可能です」
「送ることは、できたんでしょう? なら・・・・・・」
問いかけるが、
「この世界から送り出すことは可能です。・・・・・・ですが、陛下が望む世界にたどり着けるかどうかは、確証が持てません」
「・・・・・・それは・・・・・・」
「もともと、王位継承権を持つ者を送る世界を、我々は指定できません。送る先はランダムなのです。・・・・・・召還の際には、魂の縁を辿ることで、この世界に確実に召還することは可能ですが、向こう側には、この世界との縁よりも強い、陛下の魂の縁がありませんから」
ライリンの言葉を吟味する。
「じゃあ、守護者の方は・・・・・・」
「陛下が、王として守護者の解任を行えば、守護者の方々を帰すことは可能です。そちらは元の世界に、魂の縁がありますから」
「・・・・・・そう・・・・・・」
上着の袖を通し、冠をかぶる。
姿見に映る姿は、和服に似た重なりのある豪奢な着物に身を包んだ自分の姿。
その姿を正確に評価し、
「・・・・・・うん。きれいね」
頷く。
乱れ一つないし、着物が綺麗だから、自分がより一層綺麗になっている。
「・・・・・・」
見惚れないかな、と思い、
「違う違う・・・・・・」
首を振る。
思い出して、小さく頭を振る。
さて、と気を取り直す。
決まったことはある。
とりあえず、現段階では、自分が女王をやらなければならない。
その覚悟が決まったとは言えないが、やるべきことは分かっているつもりだ。
「・・・・・・まず三ヶ月後の『大祭』の執行を以て、女王としての即位を宣言します」
前王が没して二年。
今は結界や封印でどうにか治めているが、このままだと弾ける。
三ヶ月後に、『大祭』の時期が来る。
それを執り行わなければならない。
「・・・・・・それまでに、この世界のこと、この国のことを学びますから、我が臣となる方々は、もうしばらく、政務を頼みます」
静かに、言い聞かせる口調で。
「は!」
返事を受け、満足そうな笑みを作って頷く。
その上で、守護者達を見る。
「守護者となった皆は、私と一緒にお勉強ね? これからのことを話しあいながら。・・・・・・いいかしら?」
ナツアキとアトリ、アヤカを見て、告げる。
「分かった」
「分かったわ」
二人が頷き、アヤカは微笑んでいる。
妹の微笑みは、自信をくれる。
「・・・・・・モリヒトさんは・・・・・・」
「俺のことは気にしなくていい。自分のことは自分でやる」
「そうですか・・・・・・」
肩をすくめるモリヒトに、正直どう言っていいのか分からない。
「・・・・・・とにかく、今日は、私の顔見せですから、ここで解散とします」
玉座から立ち上がり、幕の後ろに引っ込む。
「・・・・・・ふう」
「御立派でした」
「といっても、三ヶ月後まで引き延ばしただけだけどね・・・・・・」
ライリンに頷き、
「・・・・・・守護者の皆を、どこかに集めてくれる? 会議するから。・・・・・・それと、モリヒトさんも一緒にお願い」
「はい。では、ユキオ様の執務室の方に・・・・・・」
ああ、あと、と付け加えて、
「私の服。もう少し動きやすいのをお願い」
** ++ **
モリヒトと三人は、女王の執務室に通された。
「・・・・・・しかし、見事なもんだな。・・・・・・生徒会長でもやってたのか?」
「ええ、まあ。僕が副会長で、アトリが風紀委員長を」
「へえ・・・・・・。道理で、人の上に立つのに慣れてるわけだ」
くく、と笑う。
「確かに、女王にふさわしい、というわけだ」
「はあ・・・・・・。・・・・・・しかし、ユキオは女王になる決意を固めたわけだ」
ナツアキが嘆息する。
「帰れないから自棄になってんじゃないか?」
モリヒトが首を傾げると、アトリが否定した。
「ユキオはそんな女じゃないわ。・・・・・・帰れないなら、帰る方法を作る女よ」
「前向きだな・・・・・・」
感心する。
「・・・・・・それに、必要とされたなら、それに全力で応えようとするのが、姉さまです」
どこか誇らしげに、アヤカが言う。
「そうだな。頼まれごとを断っているところは、僕でも見たことがない」
「・・・・・・大変なやつだな・・・・・・」
うんうん、と頷いていると、
「・・・・・・皆さま」
「ルイホウ? どうかした?」
「お茶が入りました。いかがですか? はい」
「もらうもらう」
ひょい、と手を伸ばして、湯呑の一つを手に取る。
「・・・・・・異世界で緑茶か・・・・・・。何か変な気分だな」
ずず、とすすってからそう口にした。
「・・・・・・あと、俺は猫舌なので、次からはもう少し温めにしてください」
「はい」
くす、と笑い、ルイホウは他の者にも茶を振る舞う。
それぞれで茶をすする間に、扉が開いてユキオが入ってきた。
着替えている。
「・・・・・・さて、と」
椅子に座ったユキオは、初めて入った部屋のはずなのに、既にこの部屋の主としての貫録を持っていた。
「とりあえず、皆のことから。・・・・・・とりあえず、皆は守護者をやめれば元の世界に帰れるらしいから」
ユキオに続いて部屋に入ってきたライリンが、その言葉に頷く。
「・・・・・・じゃあ、姉さまは?」
「私は帰れない。というか、今帰ることはできない、というか・・・・・・」
「ユキオ様。そこからは私が・・・・・・」
ライリンが進み出て、簡単に説明してくれた。
「・・・・・・なるほど、な・・・・・・」
大体分かった。
もともとこの世界の人間であるユキオは、元の世界に戻れるかもしれないけど、戻れない可能性の方もあるということだ。
そして、ユキオが女王になることを承諾した理由も分かった。
「『大祭』、ねえ・・・・・・」
「具体的に、どんなことするのよ?」
「国の中心にある儀式場にて、国の地脈を治めるための儀式を。実際に執り行うのは巫女ですが、王を中心に据えないと効果が十分の一程度にまで落ちるんです。はい」
ルイホウの説明は簡単だ。
「まあ、それは三ヶ月後に分かるとして、だ・・・・・・。この場合の問題は、守護者の君たちがどうするか、だろう?」
「私達?」
「そう、君たちは、元の世界に帰ることを、望むか望まないか・・・・・・」
そのモリヒトの疑問に、アヤカが即答した。
「わたしは、姉さまと一緒にいます。・・・・・・姉さまが残るなら、この世界で一生を過ごすこともやぶさかではありません」
はっきりと意思を示すあたり、この子の方がシスコンかもしれない。
「・・・・・・そうね。まあ、私も残ってもいいわよ? 特に元の世界に未練はないもの」
アトリが言う。
そして、三人の視線はナツアキに向かう。
「・・・・・・僕は・・・・・・」
何かを言おうとして、だがナツアキはうつむいてしまう。
「ここで即答できないから、ナツアキはヘタレなのです」
「まったくね・・・・・・」
「アヤカの言う通り・・・・・・」
やれやれ、と三人がため息をつく。
「・・・・・・君はヘタレか」
「断定口調?! いや、ちょ、モリヒトさん!」
何か慌てたように言うが、
「で、ナツアキ。君はどうするんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
答えられないナツアキを見て、モリヒトはライリンに見る。
「元の世界へ帰るのは、いつでもできるのか?」
「今すぐは無理ですが、三日ほどいただければ、いつでも」
「だとさ。ナツアキ」
「え?」
「観光気分で、残ってもいいと思うぞ? 帰りたくなったら、帰ればいい」
「・・・・・・それは」
「こういう時は、エゴイストになるものだ。この世界に残るかどうかは、文字通り一生に関わる問題だからな。エゴイストにならなければ、後悔しか残らない」
言い聞かせると、ナツアキは少し考えて、
「・・・・・・ユキオが女王として、即位するまで。その『大祭』までは、残る。・・・・・・その後で、改めてってことで・・・・・・大丈夫かな? ライリンさん」
「大丈夫です」
ライリンの頷きに、空気が緩む。
「モリヒトさんは、帰らないんですか?」
ユキオの問いに、
「ん? 守護者じゃない俺は帰れるのかね? ・・・・・・ついでに、今回の想定外の原因を知りたいなら、ここに残る必要がある」
な、とルイホウに確認すると、ルイホウは頷いた。
「じゃあ、そういうことで。当分はこのまま」
ぱんぱん、とユキオは手を叩く。
「じゃあ、生徒会のノリで行こうか。私が女王で、とりあえずナツアキには補佐を。アトリには、いろいろ・・・・・・」
「私は便利屋じゃあ、ないんだけどね・・・・・・」
苦笑するアトリの横で、アヤカがどこか嬉しそうな顔で手を上げた。
「姉さま。私も働きます」
「アヤカには、私の傍仕えしてもらうから。・・・・・・ナツアキとは違う意味で補佐してもらうからね」
「はい!」
「・・・・・・モリヒトさんは・・・・・・」
窺うようなユキオの声に、モリヒトはあっけらかん、と答える。
「俺は自分勝手にいろいろやるよ。手伝えることがあるなら、いくらでも頼んでくれていいけどな」
「そうですか」
「まあ、俺の体質を知って、それでも頼む気があるなら、だけど」
「あー・・・・・・」
苦笑しながら、納得した。
他の三人は首を傾げているが、
「・・・・・・じゃあ、モリヒトさんの部屋も用意しないといけないですね」
部屋の扉が叩かれ、開く。
立っているのは、初老の男性が二人。
対照的な二人だ。
一人は文官ぽいひょろりとした人だし、もう一人はがっしりとした体格の武人だ。
「失礼します」
全員の視線が向かう中、ライリンが二人の傍に立つ。
「紹介します」
まずは、ひょろりとした方を示し、
「文官の長。大臣であるベルクート・ライオニッツ様」
モノクルを掛けた、神経質そうな顔だ。
次いで武人の方。
「武官の長。国軍将軍。ルゲイド・グランテーズ様です」
豪快そうな人物だが、そのまなざしは優しい。
「このお二人が、ユキオ様に次ぐ、国のトップです」
「よろしくお願いします」
二人が礼をする。
「・・・・・・陛下。一つ質問してもよろしいでしょうか?」
ベルクートが口を開く。
「何ですか?」
「三ヶ月後まで、一切の政務は執られないおつもりで?」
「いえ。できることはやっていくつもりです。ただ、勉強の方を優先したいだけで」
だめですか、と首を傾げると、
「陛下の裁可が必要な案件が溜まっておりましてな。できれば、今すぐにでも仕事に取り掛かってほしいほどですが、今日はやめておきましょう」
あまり気遣いを感じない口調だ。
見た目通り、かなり厳しい人かもしれない。
「陛下」
「はい」
ルゲイドが進み出た。
「はっきり言います。我が国の騎士団は戦争ができん」
「は?」
「何せ、数がそれほど多くないですから」
「それで国防は大丈夫なのか?」
「国土自体がそれほど広くはありませんからな」
うむ、とルゲイドは頷き、
「・・・・・・ですが、この国はそれで十分通用する平和な国でもあります」
うむ、とベルクートも頷いた。
「とりあえず、御身の安全は我々がお守りしますので、ゆっくりと勉学に励まれればよいかと思います」
言い切った、という顔で頷く。
「・・・・・・お二人とも、頼りにしています。まだまだ若輩の身ですが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ユキオは静かに一礼した。