第21話:ディバリスの森へ
セイヴが腕を組んでうなっている。
それを見ながら、モリヒトは少し冷えた茶を口に含んだ。
頭の中には、先ほどのクリシャが言っていた魔術についてのヒントが渦巻いているようだった。
ちょっと考えが他所に飛んでいることは自覚しつつも、モリヒトはセイヴを見る。
「なんだ? 国家機密なら、俺は部屋出てようか?」
「いや、そういうわけにもいかんのだ」
セイヴはちら、とモリヒトを見て、ふむ、とやはり唸った。
モリヒトとしては、そんな態度を取られる理由もわからないので、首を傾げるばかりだ。
「なんだ? 何か俺に関係することでも?」
「ううむ・・・・・・」
そうしてしばらく悩んでいたが、何か吹っ切れたように、ぽん、と膝を打つと、
「モリヒト。悪いが、ディバリスの森まで同行してくれ」
「あん?」
「お待ちください。はい」
言われた内容にモリヒトが疑問を浮かべ、ルイホウは口をはさむ。
「モリヒト様が、なぜ必要なのでか? はい」
「危険地帯へ同行させることについて、心配なのはわかる」
ルイホウは厳しい顔をしているが、セイヴの方も同じくらい難しい顔をしている。
「だが、今回ばかりは、オルクト魔帝国の魔皇として、従ってもらう」
「お待ちください! モリヒト様はテュール異王国の所属です。はい」
「分かっている。・・・・・・だが、なあ・・・・・・」
セイヴは頭をかく仕草を見せた。
珍しい仕草だな、とモリヒトは思う。
いつも堂々と自信を溢れさせているセイヴにしては、どうにも煮え切らない態度が多い。
「モリヒトは呼ばれた」
「呼ばれた? て誰に?」
「黒の真龍に、だ」
告げられた答えに、それこそモリヒトは首を傾げた。
黒の真龍が、どうしてモリヒトを知っているのか。
その心当たりが、モリヒトにはなかったからだ。
「・・・・・・? なんで?」
「分からん。理由は書いてない。ただ、お前を黒の真龍のところまで連れてこい、というのが、黒の真龍からの伝言なんだ」
「それが、さっきの手紙に書いてあったと?」
「そうだ。・・・・・・ついでに、ディバリスの森での異常事態が、進行した、ということもな」
セイヴは、苦々しい顔をした。
そこに、ルイホウは身を乗り出すようにして、発現する。
「だったら、その異常が治まってからではだめなのですか? はい」
「可及的速やかに、と一文が付けられている。これでは、待つというわけにもいかんさ」
どうして呼ばれるのか、その心当たりがまったくない。
「んー・・・・・・。なあ、そのディバリスの森の異常って、結局なんなんだ?」
モリヒトとしては、行ってもいい、と心持ちだ。
もともと、黒の真龍に興味はあったし、行けるものなら行っておきたい。
ただ、ルイホウが気にしている危険、というのも、間違いなくある。
そちらについて、どう対応するのか、というのは確実にある問題だ。
ルイホウに睨まれているような気がするのは、行く気になっている、と思われているためか。
セイヴは、む、と一つ唸ると、
「地脈異常だ。・・・・・・おそらくは」
「ミュグラ教団が関わっている、だね?」
そこで、クリシャが口をはさんできた。
「だったらボクも行こう。お手伝いするよ?」
「なぜだ?」
「だって、ただで無罪放免、とするのは危険でしょう? ボクも一緒の方が、いいんじゃないかなあ?」
くふふ、とクリシャは笑っている。
それを見て、セイヴは、苦々しい表情を浮かべる。
「クリシャ。・・・・・・俺は別にクリシャがついてきてもいいとは思うんだけど」
「うん?」
モリヒトとしては、どうにも皆が扱いかねているクリシャ、という人物に対して、それほど悪印象は抱いていない。
つかみどころはないし、空恐ろしいものは感じるが、悪いものではない、という直感だ。
「今日クリシャを襲ったやつらが、クリシャが一緒に来た場合に、俺らを巻き込んで襲いに来るんじゃないか?」
だから、クリシャとの会話には、自分が入ったほうがいいかな、という程度の心持ちで、クリシャに問いかけた。
「それは気にしてもしょうがないよ」
それに対する、クリシャの返答はやはり軽い。
「なんで?」
「今日ボクを襲ってきたやつらは、ミュグラ教団の実働部隊の尖兵だから。・・・・・・ディバリスの森で動いているのがミュグラ教団なら、ボクがついて行こうが行くまいが、モリヒト君は、ミュグラ教団に襲われるね」
「・・・・・・・・・・・・ほう」
モリヒトも、言われたことを大分経ってから飲み込んだ。
「やらかしてんのは、ミュグラ教団で、間違いないのか?」
「まだ敵の姿を見たわけではないがな。ほぼ間違いあるまい」
地脈関連に手を入れてテロを起こす、というのは、十中八九ミュグラ教団、ということらしい。
実際、オルクト魔帝国に限らず、地脈への違法な干渉は、極刑となる重罪だ。
しかも、下手に干渉すると、瘤を生んで周囲に被害をもたらす上、それで何か得られるものがあるかといえば、全くない。
得はなく、指名手配されるだけ、となると、地脈に手を出すなど、とんだ愚行、と言うことになるのだ。
そういう愚行を好んでやるのは、それらの実験によって得られる知見を求める、ミュグラ教団くらいなものなのである。
「自然発生の災害っていう可能性は?」
「あり得ん。それこそ、テュールのような末端部ならともかく、ディバリスの森は真龍から一次地脈に当たる場所だ」
一次地脈、ということは、
「真龍の力が直接流れこんでいる場所だと」
「そういうことだ。つまり、真龍が直接管理できる場所でもある」
「・・・・・・なんでそんな場所で」
「だから、緊急事態なのだよ」
セイヴの言うことが、モリヒトにもようやく分かってきた。
「・・・・・・真龍が何かしたりしないのか?」
「やられたら困る。彼らの力は巨大だ。やらかされた場合、オルクト魔帝国全体にどんな影響が出るか・・・・・・」
セイヴは憮然とした顔をして言う。
オルクト魔帝国としては、不要な影響をもたらしたくはない。
だからこそ、迷いの森などと呼ばれるディバリスの森は、禁踏区として指定されている。
下手なことをすると、オルクト全体に影響が出るためだ。
そして、ディバリスの森に問題が生じた際には、オルクト側が、国家として解決することで、被害や損害を最小限とできるようにしているらしい。
今回もそうだ。
ディバリスの森には、森守を担う一族がいるらしい。
黒の真龍の眷属として、オルクト魔帝国との仲介をしてくれている一族でもあるらしい。
ディバリスの森を縄張りとする彼らならば、地元で起こった地脈異常ならば、自力で解決できるらしい。
「普段ならば、問題が起こったとしても、オルクト側としては、支援こそすれ、基本は静観する。・・・・・・だが、今回彼らから救援要請があった」
「それが、さっきの手紙か?」
「そうだ。ついでに、黒の真龍から、モリヒトを指名されている。・・・・・・来てくれるか」
「まあ、そういうことなら」
「しかしモリヒト様、危険です。問題が終了してからでもよいのでは? はい」
ルイホウがモリヒトへと苦言を呈するが、
「いや、行こう。解決がいつになるか分からんし。それに、地脈異常なら、人任せになっちゃうけどルイホウは専門だろ?」
「それは、確かにそうですが。はい」
他力本願極まれり、ではあるが、そこはしょうがない。
「俺としても、黒の真龍に会えるなら会いたいと思ってた。お招きならちょうどいい。行こう」
「そう言ってくれると、俺様としてはありがたいがな」
セイヴも笑っている。
「当然、俺様も・・・・・・」
「陛下。それはいけません」
セイヴも堂々と同行を宣言しようとしたようだが、ビルバンが口を挟んだ。
「む?」
「今回の件、陛下を連れ出す策でない、とも言えません。今回は城にとどまってください」
「いや、しかしそれなら・・・・・・」
「魔皇近衛は、帝国全域の護りに散っております。ここで陛下にふらふらされると、手が足りなくなります」
「むう・・・・・・」
部屋の中にいる魔皇近衛はアレトだけだ。
模擬戦をしたヴィークスなども、今の言葉通りとするなら、どこかで任務についているのだろう。
「何より、今回森守からは、物資ではなく、戦力としての支援要請が届いております。これは尋常な事態ではございません。・・・・・・ことは地脈に関わる問題。何か起こった場合に、最も迅速に対応いただくためにも、今回は城に留まっていただきます」
「・・・・・分かった」
ビルバンに詰め寄られて、セイヴは唸りつつも引き下がった。
「では、アレト。お前ついていけ。現場に魔皇近衛は行っていないはずだから、お前が指揮権を掌握して、対応に当たれ」
「はっ!」
び、とアレトが敬礼して請け負う。
「じゃあ、決まりか。俺とルイホウとクリシャとアレトで、ディバリスの森に向かうってことで」
モリヒトが手を打って言えば、それがその場の結論となった。
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