第20話:精霊姫
精霊姫。
御年、
「・・・・・・六百歳?」
「うん」
「・・・・・・見えねえ」
「ははは。よく言われる」
クリシャは明るく笑っている。
その様は、どう見ても十代の少女にしか見えない。
その調子は終始軽く、
「クリシャ、という名前は本名か?」
セイヴからの問いに対しても、
「そうだよ?」
軽く頷く始末だ。
応接室のソファに堂々と腰を下ろしたクリシャは、供された茶を飲み、茶菓子を堪能しつつ、軽い調子で応じている。
「ただのクリシャなのも本当。むしろ『精霊姫』として伝わっている名前は、ほかのやつが権威付けに呼んでた名前だから、ボク自身で名乗ったことは一度もないね」
「・・・・・・そうか」
ふう、とため息を吐くセイヴを非常に珍しいものを見た気持ちで見つめる。
「疲れてるなあ・・・・・・」
「むしろ、モリヒト、貴様はなぜこの化け物と普通に会話できる?」
「ん? 別に珍しくもないんじゃないのか? 六百年くらい生きても」
「そんな人間がいてたまるか」
異世界、というフィルターを通して考えると、別におかしくもない、というのがモリヒトの考えだが、やはりこの世界でも、人間はそうそう寿命は変わらないらしい。
「で? なんでクリシャはそんな警戒されているんだ?」
「ミュグラ教団については話したな?」
「ああ、聞いた」
「あのミュグラ教団が生まれた理由が、この女だからだ」
言われて、クリシャを見る。
クリシャは、といえば、苦笑していた。
仕方ないなあ、という、諦めが多く入り混じった苦笑いだ。
「・・・・・・ボクが作った、というわけじゃないんだけどね」
「髪を見れば大体想像つくとは思うが」
「混ざり髪だな」
非常に目立つ、白に三色が入り混じった髪の色。
「混ざり髪は、精霊憑きの証明でもある。そして、混ざっている色が多いほど、多くの精霊が憑いている、ということでもある。・・・・・・人類の歴史はそれなりに長いが、三色混じった混ざり髪なんぞ、その女以外には確認されていない」
「珍しい、と」
「それだけではない。貴様も見たはずだ。その女が無詠唱で魔術を使ったところを」
「おお。あれすごいよな。どうやってんだ?」
モリヒトの疑問に、セイヴは何か言いたそうな顔をするが、クリシャはくすくすと笑う。
「ボクの体質由来の特技だよ。韻晶核が行う役割を、ボクは自分に憑いている精霊で代用できるんだ」
クリシャは自分が使っていた杖を持ち上げ、見せる。
先ほどクリシャへと返されたその杖には、発動体と見るには足りないものがある。
韻晶核だ。
発動体の核ともいえるそれがないものは、本当にただの杖でしかない。
だが、クリシャはそれで魔術を発動していた。
「ボクは自分に憑いている精霊の力を使って、イメージを持った魔力をそのまま作ることができる。あとは、それを発動機と触媒に通せば、それだけで魔術が発動する。・・・・・・イメージの固定はちょっと難しいけど、そんなのはまあ、六百年も生きてれば、何とかなるものだよ」
ふふん、とどや顔で胸を張っているクリシャだが、
「となると、普通の人間にはどうあがいても無理か・・・・・・」
「ボクも、できるようになったのは三百歳越えたくらいからだからなあ。まあ無理じゃない?」
寿命が足りない上に精霊を操るのも不可能では、どうあがいても不可能だろう。
「・・・・・・じゃあ、最後に帽子を取ったときに、杖すら使わずに魔術を使ってたのは?」
「うん? どうやったと思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
聞き返されて、む、とモリヒトは唸る。
「・・・・・・ううむ・・・・・・」
「まあ、それについてはいい」
モリヒトが考えて黙り込んでしまうと、セイヴがクリシャへと声をかけた。
「貴様だ。正直、貴様の処遇についてだ」
「ううん。正直、見逃してほしいなあ・・・・・・」
あはは。と相も変わらず軽い調子で、クリシャは笑った。
「できない相談だ。貴様はミュグラ教団にとっての重要人物。創設に関わってはいないし、敵対しているのも知っているが、それで放置できる存在ではない」
「うん。困ったなあ・・・・・・」
「まして、貴様がかつて行った、オルクトに対する破壊行為の咎もある」
「もう三百年以上も前のことじゃないか。いい加減、許してくれてもよくないかい?」
「あり得ないことだ。当時の魔皇や皇族貴族に飽き足らず、一般国民の被害者も相当数。現場となった帝都については、被害の深さ故に再建を諦めて遷都を行わざるを得なかったほどの事件だぞ」
** ++ **
精霊姫の名が、悪名である理由。
その理由こそ、帝都に対する破壊活動だ。
動機は不明。手段も不明。
ただ、結果として、当時の帝都の半分が崩壊し、皇族貴族含めて、数万規模で死人が出た事件である。
観測されたのは、巨大な火の玉と、雷光、そして、爆音。
あとには、すり鉢状になった帝都跡地が残され、当時の魔皇も死んだ。
それから三百年経った現代においては、巨大な湖となっている。
もはや伝説に近い話ではあるが、その事件を起こした張本人が現在も生きている、とあって、各国ではクリシャという存在を危険視し、様々な思惑が交差する状態となっている。
** ++ **
「それで? ボクが危険な存在だとして、君はボクをどう扱うんだい? 今代の魔皇陛下?」
「・・・・・・・・・・・・」
クリシャから挑発的に聞き返され、セイヴは口をつぐんだ。
セイヴからしても、クリシャという存在は扱いかねる存在だ。
魔帝国の刑罰に時効はないが、それでも三百年前の話だ。
それ以降、各地で目撃情報こそあれど、特に犯罪を起こしたという報告もなく、当時を知るものなど、それこそ真龍くらいだろう。
そうなると、果たして罰していいものか、という疑問がある。
そもそも、オルクト魔帝国の公式見解としては、旧帝都崩壊事件については、ミュグラ教団による大規模テロということになっている。
あの大事件をやったのが、たった一人の混ざり髪である、としてしまう方が、今となっては問題が大きい。
混ざり髪に、それほどの力がある、と知られる方が、国家として見た場合の危険度は高いからだ。
そうなると、クリシャについては、ただの混ざり髪である一人の旅人として接するか、
「厳重に封印処理をしたうえで隔離拘束を行うか・・・・・・」
「それは困るなあ」
セイヴの言葉に、クリシャはにこやかな顔と口調ながら、部屋の中の緊張感が高まっていく。
「困るよ」
口調も顔もにこやかだ。
ただ、圧力だけが、増していく。
魔力を封じる仕掛けを施された腕輪は、クリシャの腕にはめられている。
だが、周囲を圧倒しているのは、明らかにクリシャから放たれる魔力だった。
「・・・・・・・・・・・・」
息苦しいほどの部屋の中、ルイホウやリズは身構えるが、
「それをやったところで、貴様を確実に封印拘束する手段はないか・・・・・・」
はあ、とセイヴがため息を吐けば、クリシャは、くすりと笑い、部屋の中の圧迫感が霧散していく。
「ふふふ」
そうやって、またのんきに笑いながら、クリシャは茶菓子を頬張っていく。
「・・・・・・・・・・・・」
セイヴは険しい顔をしているし、部屋の中にいる帝国の面々は、苦々しい顔をしている。
先ほどから考え込むモリヒトだけは、そういった騒ぎも我関せずと自分の考えに没頭していた。
さて、ここからどうするか、とセイヴが考えたところで、
「・・・・・・失礼します!」
あわただしく、部屋へと飛び込んできたものがいる。
「緊急の報告が・・・・・・」
飛び込んできたのは、兵士だった。
「伝令兵か?」
「は! ディバリスの森より緊急の伝令を持ってまいりました!」
そう言って、伝令兵は巻かれた紙を取り出した。
「渡せ」
「は!」
セイヴに手渡し、伝令兵は退出した。
セイヴは紙を開いて読む。
「・・・・・・・・・・・・む」
小さく、難しい顔でセイヴは唸った。
「陛下。いかがなさいましたか?」
宰相であるビルバンが問いかければ、セイヴは紙をビルバンへと渡す。
「むう・・・・・・」
目を通したビルバンは、やはり難しい顔となって唸り声をあげる。
セイヴは腕を組み、しばらく考えこんでいたが、
「決めた。クリシャ」
「うん? ボクに関わっていていいのかい? そっちの方が緊急性高いんじゃないかい?」
クリシャはふっふっふ、と笑っている。
「もてなしてくれるなら、ボクは大人しくしているよ? うん。具体的には三食昼寝とおやつ付きなら」
ふてぶてしいことを言って、クリシャは笑っている。
だが、セイヴはクリシャに向かって告げる。
「そこまでする気はない。俺様の国に敵対する気がないなら、見逃してやる」
「おや。ありがとう」
「ただし、何かやらかしたら、この俺様直々に、全力で叩き殺す」
「・・・・・・肝に銘じておくよ」
やれやれ、とクリシャは肩をすくめた。
「さて、と」
そうしてセイヴがモリヒトを見れば、モリヒトはまだぶつぶつと何かを考えている。
「モリヒト」
「・・・・・・うん?」
声をかけられ、初めてモリヒトは反応した。
「少々問題が発生した」
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