第19話:人払いと街中の襲撃(4)
モリヒト、ルイホウ、クリシャの三人と隔離されたアレトは、異常を悟ったのちにすぐさま城へと帰還。
すぐに異常事態の報告を上げた。
最初は、魔皇近衛であるアレトを中心として、周囲にいた衛兵などを動員し、探そう、という話になっていたらしい。
だが、それでは時間がかかる。
まして、おそらくは魔術を利用して居場所が分からなくされたのがモリヒト達だ。
捜索は困難を極めると予想された。
曲りなりにも、魔皇自身が連れてきた客人だ。
危険地帯に放置してはいけない。
報告は、すぐさまセイヴにも上げられた。
セイヴの知るところとなった結果、セイヴがリズの探知を用いて、モリヒト達の居所を探知することになる。
帝都には、各所に仕込みがある。
特定魔術を発動するための仕込みだ。
仕込みとは、魔術の発動体に対して、特殊な加工を行ったものだ。
魔術において、詠唱は発音によって行われる。
すなわち、魔術において、音は重要な要素だ。
特に、韻晶核によって魔力を込められた音となった詠唱は、込められた魔力量によって、相当遠くまで響く。
その詠唱に共振するように作成された韻晶核を用いて、遠隔地における魔術発動を行う仕組みがあるのだ。
複数の発動体を同時稼働させることにより、広範囲に魔術を展開したり、あるいは魔術の性能そのものをあげたり。
総じて、魔術の大規模化のために使用される技術だ。
テュール異王国でも、王の召還陣などで、同系統の仕組みが使われているし、他国においても、城壁がある大体の都市では、防御用の障壁を張るための魔術を使用するために使用されている仕組みである。
オルクト魔帝国の帝都においては、セイヴの代になってから、さらに追加の仕込みがされている。
それが、リズの魔術を対象として範囲をほぼ帝都全体に広げるための仕込みだ。
帝都内限定とはいえ、リズが広い探知能力を持つ、というのは、この仕込みによるものだ。
セイヴはこの探知によって、モリヒトらの居場所を探知。
そのまま、窓から飛び出すと、一直線に飛んでいった。
** ++ **
「・・・・・・結界は破壊されましたか。はい」
ルイホウが空を見上げて呟いた。
む、とモリヒトもならって空を見上げたが、何かを見つけることはできなかった。
「ああ、人払いだろう? ああいう結界は、結界に反する行いを高圧に叩きつけてやれば、大概は力ずくで破壊できる」
「・・・・・・要は、力任せに無理やり押し入った、ということか」
「俺様を遮るには、あの程度では力不足である、とそういうことだな」
ふふん、と腕を組んで、堂々と自慢げにセイヴは宣言する。
「そちらは無事か?」
セイヴに見られても、モリヒトは両手を広げて無事をアピールする。
「怪我一つなし。今回はなにもしてないしな」
「そうか」
ふん、とモリヒトの状態を一瞥して、セイヴは鼻を鳴らす。
その後で、セイヴは壁際に立っているクリシャへと目をやった。
「・・・・・・珍しいのがいるな」
「あっちゃあ・・・・・・」
クリシャはクリシャで、セイヴの顔を見るなり、顔に手を当てて天を仰いでいる。
「・・・・・・知り合いか?」
モリヒトがセイヴに問いかければ、セイヴは腕組みを時、クリシャの方へと向き直る。
「顔を見たのは今日が初だ。だが、噂は聞いている」
その顔が、少しばかり厳しいものになっていることに、モリヒトとしては驚きを得た。
今まで、危険の中にあっても、どこか余裕をにじませていたセイヴをして、どうやらクリシャという少女は警戒に値する存在であるらしい。
今のような厳しい顔を見たのは、飛空艇の中でミュグラ教団についての話を聞いた時ぐらいだ。
「白髪に、三色の髪が混じった混ざり髪。噂に聞く通りに特徴的な外見だな」
セイヴの言う通り、クリシャのその外見は、ひどく特徴的だ。
白髪の上に乗る派手な色合いは、クリシャという少女をどこか非現実的な存在へと変えている。
漫画かアニメのキャラか、と言うくらいに、その髪色に非日常感が強く、周囲の光景から浮き上がっているように見える。
髪をしまっていたさっきまでとは、クリシャから受ける印象が大きく違うのは、それだけ髪から感じる印象が強いからだ。
髪が世界から浮き上がって見えるほどに、輝いて見える。
モリヒトが、クリシャから視線を逸らしてルイホウを見れば、その顔は険しい。
「む」
険しい顔ばっかだな、とモリヒトは困った思いを抱きつつも、もう一度クリシャへと視線を向けた」
「で? どういうことなのか聞いてもいいか?」
「・・・・・・ふむ。その前に、そちらは、これからどうする?」
セイヴがクリシャへと鋭い声を投げた。
返答次第では、と後に続きそうなくらいには、緊張感を孕んでいる。
「心配しなくても、帝国とことを構えるような気はないよ。まして、その代表たる魔皇陛下となんて、絶対にお断りだね」
クリシャの口調は軽い。
やれやれ、と首を横に振ると、足元に杖を下ろした。
「できれば、手荒には扱われたくはないのだけれど?」
「協力的であるなら考慮する」
「もちろん、抵抗なんてしないよ?」
「どうだか。噂に聞く貴様の実力ならば、決して油断できるものではない」
厳しい目だ。
リズをウェキアスからアートリアに戻しているとはいえ、二人の様子は警戒を解いた、とはとても見えない。
「いやいや。いくらボクでも、自殺願望はないよ。天下に名高いオルクトの魔皇となんて戦ったら死んじゃうって」
「・・・・・・貴様に言われても皮肉にしか聞こえんな」
正直、モリヒトには場の流れがよくわからない。
「ルイホウ。説明して?」
「・・・・・・クリシャ、という名は知りませんでしたが、白髪に三色の髪の入り混じった混ざり髪は、『精霊姫』と呼ばれています。はい」
「ほう? 綺麗な呼び名だね?」
「歴史上最悪の破壊者としての二つ名です。はい」
「・・・・・・ほう。怖い呼び名だね?」
さすがにちょっと引いた。
そこに、クリシャから軽い口調で声がかかる。
「ひどいなあ、えん罪だよ?」
「そうなのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
クリシャの声に、モリヒトが首を傾げるが、ルイホウは厳しい顔で沈黙したままだ。
「まあ、その辺りの事情は説明してやる。お前も、大人しく同行しろ」
「抵抗はしないよ。・・・・・・ああ、でも、さっき飛ばされた帽子だけ回収してもいいかな。友人の形見なんだ」
「構わんが・・・・・・」
「なあに、手間は取らせないよ」
くす、とクリシャは笑って、指先を軽く一振りすると、帽子がどこからともなく飛んできて、その手の中へと納まった。
また、詠唱なく魔術を使った。
しかも今度は、杖すら使っていない。
モリヒトが抱く違和感は、やはり全員が共有するものであるらしい。
「・・・・・・戻るぞ」
帽子の中へと長髪を押し込んで隠すクリシャを見張りながら、セイヴはモリヒトへと告げるのであった。
** ++ **
その後、アレト率いる兵士たちが現場に到着し、周囲に倒れていた襲撃者たちをすべて捕縛した。
すべて地下牢へと入れられたそうだが、その時点ですべて心神喪失状態であり、まともに言葉を話せるものはいなかったらしい。
持ち物などに特殊なものはなく、人種などもオルクト魔帝国に住んでいる一般的な国民と変わりない。
どこから送られた襲撃者であるのか、判明はしなかったらしい。
クリシャは、襲撃者の正体に心当たりがあるようであったし、そのことから、セイヴ達も襲撃者について見当を付けているようではあったが、モリヒトに知らされることはなかった。
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