第17話:人払いと街中の襲撃(2)
「大丈夫かい?」
追いかけてきた二人を見て、クリシャはほっと息を吐く。
正直、ここで別れる、というのも十分にあり得た。
モリヒトの安全を考えるなら、それも一つの手ではあるのだが、それで敵がモリヒト達を見逃すとは限らない。
敵がもしモリヒトやルイホウを知らない場合、モリヒトは与しやすいと思われかねない。
そうなると、クリシャと別れた場合、モリヒトの方へ行く可能性が高い。
「問題だらけではあるが、とりあえず一緒に行くさ」
「そうしてくれるとありがたいよ」
クリシャは、先導する形で走り出す。
クリシャを先頭に、モリヒトを間に置いてルイホウが最後尾に着く形だ。
「たぶん、救助に来るまでに攻撃がかかるよ。可能な限り結界の基点を見つけて、破壊しておきたいけれど」
「難しいのか?」
「おそらく難しいでしょう。基点となるものは確実に隠蔽されているはずですし、ここで敵が追ってこないことはありえませんから。はい」
「敵に追っかけられながら探し物。そりゃ危ない」
「さらに問題が一つある」
「なんだよ?」
「現在地が分からない」
「は?」
原因は、先ほどの人避けだ。
クリシャかルイホウを魔術の中心として発動されたものならば、おそらく発動前に気づいて何かしらの対応ができたはずだ。
だが、魔術の中心となったのはモリヒトだ。
そのために発動の感知に遅れて、気づいた時には巻き込まれ終わった後だったために、さすがにどうにもならなかった。
クリシャの説明を聞いて、モリヒトはううむ、と唸った。
「俺が未熟なのが悪いか」
クリシャは、モリヒトとルイホウを見る。
ルイホウの方は問題ない。
クリシャの得ている情報では、テュールの巫女衆の中でも、ルイホウは戦闘能力に優れた魔術師だ。
巫女衆では戦闘能力は重視していないが故に有名ではないが、その戦闘能力は魔術師としてみるなら、オルクトに所属する魔術師全体を含めて考えても、上位に入るはずだ。
発動体も構えて、すでにいつでも戦闘可能な状態だから、ルイホウについては心配はいらない。
問題はモリヒトの方だ。
腰に双剣を提げてはいるが、戦士としては間違いなく弱いのが見て取れる。
本人もそれを分かっているのか、剣に触れる気配もない。
守るのはルイホウに任せるにしても、モリヒトは戦えない。
戦力になるのはルイホウで、ルイホウはモリヒトの護衛に集中するから、助けは期待できない。
「・・・・・・さて、どうしようかな?」
クリシャは考える。
都市被害を気にしないなら、対応策はいくつでも思いつくけれど、さすがに大規模破壊など引き起こしてしまえば、クリシャの方がテロリストになってしまう。
魔皇が出張ってくれば、クリシャでも普通に死ぬ。
そうなると、やはり、
「できるだけ隠れながら、結界の基点を探して破壊する。これが一番確実だね」
「襲ってきた場合は?」
「ボクが対処するよ」
クリシャは言いつつ、杖を軽く振る。
その杖の先からは光が出て、伸びていく。
「それは?」
「探索用の光だよ。この先に結界の基点があるのさ」
これで基点を探しながら走るのさ、と言おうとしたところで、モリヒトの方から疑問が投げられた。
「今、詠唱してなかったな?」
「おっと、そこに気づくとはさすがだね?」
クリシャが杖を振って見せれば、その先から光が出て、四方八方へと飛んでいく。
「でもね。やはり君も特殊だね。モリヒト君?」
「ん?」
「この光、普通の人は見えないんだけどね」
クリシャが告げて見せれば、モリヒトの方はきょとん、と目を丸くした。
「そうなのか?」
「そうなんだよ。これが見えるっていうだけで、君の特異性が見て取れる。やっぱり接触を急いだのは正解だったね」
ふっふっふ、とクリシャが笑って見せると、モリヒトは渋い顔をした。
「やっぱあの騒ぎはわざとか」
「いまさらだよー」
笑いながら、未知の端のツボを蹴っ飛ばして割ると、中から出てきた結界の基点を踏みつぶす。
「まずは一つ」
「クリシャ様。敵が来ます。はい」
「はいはいっと!」
敵は、路地を走る三人の後ろから路地を追走してきていた。
ルイホウからの警告に従い、後ろへと振り向いたクリシャは杖を振り上げて、
「一つ、二つ、三つと四つ」
敵の数を見て数えて、
「―アフィーラ―
力よ/打ち抜け」
杖を振り下ろせば、見えない力が敵を打ち抜いた。
「おっと・・・・・・」
だが、敵の方もさるものだ。
何をしたか、見えないはずの攻撃を受けて、それでも立ち上がって追ってくる。
「参ったな」
クリシャはうめく。
自分への襲撃を狙った敵であっただけに、自分が襲撃者を撃退するのによく使う魔術については、対策を取られていたらしい。
「・・・・・・・・・・・・む」
モリヒトが、ちら、と後ろを振り返った。
そのまま剣に手を添えて、
「―レッドジャック―
火炎よ/壁となれ」
簡単な詠唱の後、三人が走る路地の幅一杯に炎の壁が現れ、進路をふさいだ。
「お。うまい!」
炎の向こうで足止めを食らったか、敵の姿が見えなくなった。
「・・・・・・どういう敵だ? あれ」
改めて走り出しながら、モリヒトがつぶやいた。
「考えたらずの馬鹿だね」
「・・・・・・言い切るんだな」
クリシャとしては、正直そう言うしかない。
「下調べが足りないとか、そういうレベルじゃないよ。どう考えてもやり方を間違ってる」
走りながらのモリヒトは、走ることに集中するためか、言葉は発さずにクリシャに対して目線だけを送った。
それを続きの促しと悟ったクリシャは、幾分走る速度を緩めながら、モリヒトの疑問に答えを返す。
「モリヒト君やルイホウ君を巻き込んだことだよ」
「・・・・・・・・・・・・敵が俺らの都合に配慮するわけもないだろう?」
「ああ、巻き込まれたことを怒ってるわけじゃなくて、あ、いや、それもあるんだけどね?」
クリシャはため息を吐きながら、杖を振って力を放ち、壁に張り付いた鉢植えに隠されていた基点を壊す。
「アレト君が案内しているっていう時点で、帝国にとっての重要人物だって分かりそうなものなんだよ。それなのにモリヒト君を巻き込むとか、どう考えても考えなしだよ」
「・・・・・・そんなにか?」
「ボクの敵は、オルクトまで一緒に敵に回したくはないはずなんだよね。なのに、モリヒト君を巻き込むっていうのは、もう、オルクトと敵対するってことだよ?」
クリシャは、モリヒトやルイホウを見て、
「アレト君に限らず、魔皇近衛は魔皇の名の下に強権を許されてる。場合によっては、魔皇近衛へ喧嘩を売るのは、オルクトに喧嘩を売るのと変わらない。面倒ごとを避けるためにも、魔皇近衛の顔くらい、頭に入れておくべきなんだ」
「つまり、敵はアレトの顔を知らないか、または、アレトを知っていて巻き込んだか?」
「前者なら調べたらず。後者なら目的が分からない、ね!」
語尾の言葉とともに、ぶん、と振るった杖から放たれた力の弾が、次の結界の基点を打ち抜く。
「あと、二つか!」
「というか、一つ聞いていいか?」
「何?」
「襲撃という割に、敵の数が少なくないか?」
「・・・・・・どういうことだい?」
モリヒトの言葉に、クリシャは足を止める。
それに伴い、モリヒトとルイホウも足を止めた。
ちょうど、路地からつながる隙間のような円形の広間の中だ。
モリヒトは、走ったことで少し荒れた息を整えつつ、後ろを振り返った。
曲がりくねった路地だ。
先ほど作った炎の壁は、もう見えない。
「・・・・・・ここに来てから、なんだかんだと会話してるが、襲ってきたのは一回だけだ。しかも、あれで居場所がばれたはずなのに、追撃が来てない」
はあ、と息を吐いたモリヒトの言う言葉に、クリシャは考え込む。
確かに、路地に沿って走っているこちらだ。
炎の壁に遮られたとて、行き先の予測はそれほどむずかしくないはずだ。
それこそ、
「いえ、そうでもないようです。はい」
言っている間に、ルイホウの方がモリヒトの前へと出てきた。
「・・・・・・・・・・・・ああ、これはしまったな」
ボクとしたことが、と吐き捨てる。
円形の広場を囲む建物の屋根の上だ。
そこを囲むように、襲撃者たちの姿がある。
「ボクが結界の基点を探知できるのも、それの破壊のために動くのも織り込み済み。だから、基点を上手く配置して、ボクの進路を誘導したのか」
「・・・・・・ああ、餌を順々に置いて、動物を罠にかけるような感じか・・・・・・。おっと」
なるほど、とのんきに呟くモリヒトに、クリシャが思わずにらみを向けてしまったのは必然だろう。
「モリヒト様。お下がりください。はい」
「はいはい。俺の方は、と」
言っている間に、モリヒトは双剣を抜いて、背を壁に着けるように下がって、
「ようし! 俺はここで何もしないぞう!」
堂々とそう叫んだ。
「・・・・・・・・・・・・いえ、そうしてください。はい」
「そうだね。動かないでいてくれれば、護りやすいね・・・・・・」
その堂々とした宣言に何か言いたげなルイホウだったが、最終的に諦めとともにため息を吐いた。
クリシャはと言えば、なんとなく和んでしまった。
「まあ、そんなに待たせないよ。すぐ終わらせる」
杖を構え直して、クリシャは前へと進み出る。
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