第16話:人払いと街中の襲撃(1)
周囲の人の気配がない。
そう思ったところで、クリシャがあちゃあ、という顔をした。
「ごめん。モリヒト君。どうやらボクは君のことを巻き込んだらしい」
「嘘くさ」
状況的にお前の仕込みだろ、という考えを視線に乗せるモリヒトだが、クリシャは首を振った。
「いや、これはほんとにボクの仕込みじゃないんだよ。・・・・・・ていうか、正直、この人ごみの中で仕掛けてくるとは思ってなかった」
困ったなあ、とクリシャは腕を組んで考えている。
その様を見て眉を顰めるモリヒトの隣に、ルイホウは静かに並ぶ。
すでにその腕には、ルイホウの発動体である『サロウヘイヴ・メイデン』が抱えられていた。
顔も険しく、見るからに警戒している。
「モリヒト様。警戒してください。はい」
モリヒトの耳元で、ささやくようにルイホウは警告を発する。
「人払いの結界が展開されました。誰が展開したかは不明ですが、かなり高度です。はい」
「・・・・・・どうやら、ルイホウ君は気づけたけど、アレト君は結界の外にはじかれてしまったかな?」
む、とモリヒトが周囲を見回したところで、気づいた。
「・・・・・・ここ、どこだ?」
周囲の光景が、先ほどと変わっている。
人がいない、というだけではなく、街並みそのものが変わっている、とそうモリヒトは感じた。
いつの間にか大通りではなくなっているし、明らかに細い路地に入っている。
向こう側を見通せないほどに曲がりくねった路地だ。
クリシャを見ながら歩いていたとはいえ、ここまで周囲の景色が変わっているのに気づかないというのは、いくら何でも信じられない。
それに、アレトもいなくなっている。
ルイホウだけが、触れ合うような距離に立っていた。
「まさしくその通りです。はい」
人避け、というのは、人のいなくなる領域を作る結界のみを指すものではないらしい。
ルイホウ曰く、今回はクリシャを巻き込む形で、モリヒトを中心として人を避けさせる結界を展開されたらしい。
簡単に言えば、指定された対象が、気づかないうちに人を避けた場所に移動してしまう誘導魔術、ということだ。
幻術と認識阻害を加えてかけられることで、周囲の景色に気づかないうちに移動してしまうらしい。
そして今、周囲に人の気配がないのは、人のいない領域を作る、人払いの結界の中にいるからのようだ。
「そんなことできるのか?」
「仕込みがあれば可能です。はい」
仕込みとは何のことか、と首を傾げたところで、クリシャが言った。
「ごめんね。どうやら、モリヒト君がボクの身代わりになってしまったみたいだ」
「・・・・・・どういうことだ?」
「ボクがモリヒト君と仲良しになっちゃったから、モリヒト君が狙われたって感じかな・・・・・・」
クリシャはモリヒトへ手の平を見せて、唇の前に人差し指を立てた。
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトが黙ったのを確認すると、クリシャは周囲をきょろきょろと見回し、何かに気づいた様子て道の脇に置いてあった木箱から、何かを取り出した。
小さな陶器の置物だが、
「よ」
足元にたたきつけられて割れた中から、何か黒い塊のようなものが転がり落ちる。
それを拾い上げ、クリシャは指先でつまんで確かめる。
「人払いの結界の基点だね。これ一個じゃないはずだ。全部壊さないと、この結界は破れないだろうね」
モリヒトに見せたそれは、黒い炭の塊のような、なんとも正体不明なものだ。
少なくとも、モリヒトの目からは、何かの魔術のようなものは感じ取れない。
それをもう一度地面に落として、クリシャは踏みつぶした。
「それまで助けは来ないと?」
「アレト君に期待だね。アレト君は、あれで魔皇近衛だろう? 君を見失えば間違いなく報告を上げるはず。そうなれば、間違いなく捜索隊が出るさ」
クリシャは、軽い調子で肩をすくめた。
モリヒトから考えれば、安心材料、と見れなくもないが、
「・・・・・・ルイホウ。どの程度で来ると思う?」
「アレト様の城への報告の完了と捜索隊の出発まで、含めて、おそらくは三十分ほどでしょう。はい」
ルイホウの予測に、ほう、クリシャは感嘆の息を吐く。
「早いね。モリヒト君は、そんなに重要人物なのかい?」
「魔皇近衛が護衛に付いていたのです。国家の威信に賭けて、モリヒト様の救出に動くでしょう。はい」
「ああ・・・・・・」
アレトに責任問題が発生しそう、と心配になるが、気にしてもしょうがないだろう。
「まあ、アレト君だしね」
「クリシャは、アレトについて知ってんのか?」
「当然。この国で最精鋭ともいえる魔皇近衛の一人だよ? 全員の顔と名前くらいは知ってるし、アレト君にいたっては、魔皇近衛の中では、一番フットワークの軽い実働だからね」
確かに、テュール異王国に迎えに来たり、モリヒトの街歩きについて来たりと、フットワークは軽いが、
「・・・・・・本人は、下っ端の使いぱしりって言ってたけどなあ・・・・・・」
「つまり、一番身軽に動き回るってことだよ」
クリシャは軽い口調で言う。
「でも、三十分、ていうのは、ちょっと早すぎるかな」
クリシャの言葉に、ルイホウも頷いた。
「出動は早いでしょうが、おそらく到着は遅れるでしょうね。はい」
「妨害されるか」
モリヒトが、ふむ、と唸っていると、クリシャはルイホウへと目を向けた。
「・・・・・・ルイホウ君は、モリヒト君を合わせて守れるかい?」
「問題ありません。モリヒト様を守るのは、私の仕事でもありますので。はい」
ルイホウは頼もしいなあ、とモリヒトがのんきに思っている間に、ルイホウはルイホウで周囲への警戒を厳しくしている。
「じゃあ、そっちは頼むよ」
ふふ、と笑った後で、クリシャは服の裾からタクトのような、小型の杖を取り出した。
「ボクはとりあえず、この結界を破ることにする」
「・・・・・・・・・・・・状況がよくつかめないんだが、危険はあるか?」
モリヒトは、明らかに自分が足手まといなのを分かっている。
ぶっちゃけ、襲撃となると自分の護りはルイホウ任せだ。
エリシアと会ったときに戦ったりしたが、痛かったし二度とごめんだ。
「敵が来るよ。来ないわけがない。ボクが主に狙われると思うけど、人質狙いで捕えにくる可能性もあるし、自衛はしてほしいかな」
「それはルイホウにお任せする」
堂々と言い切ったモリヒトに対し、ルイホウは微笑し、クリシャは苦笑した。
「・・・・・・他力本願だなあ・・・・・・」
「戦闘とは言わんが、俺が出た二回で俺はどっちも大けがしたしな。三回目も同じことやったらバカだろう」
三度目の正直と言うなら、怪我をしないで終わらせてこそだろう。
「そうしてくださった方が、私としても安心できますから。はい」
「そう? まあ、敵の迎撃は主にボクがやるよ。二人は自分の身を守ってくれればいいよ」
「もう一個、クリシャが結界を破るのと、捜索隊が俺らを見つけるのと、どっちが早い?」
「なんとも言えないなあ・・・・・・。結界の規模はそれほどでもないだろうけど、それだけ敵が攻めてくるのも早いだろうから。敵をかわしながら、となると捜索隊の方が早いかもしれないね」
「どちらにせよ、移動して、身を隠すべきでしょう。はい」
「そうだね」
こっちだよ、とクリシャが走りだしたので、モリヒトはその後を付いていこうとして、ルイホウに止められた。
「彼女の後を追うと、本格的に巻き込まれる恐れがあります。はい」
「うーん。気になるから行こうって言ったら怒る?」
「好奇心だけで行動するのは危険です。はい」
ルイホウの目は厳しいが、
「クリシャはたぶん手練れだろ? 俺が足手まといなんだから、強い奴と一緒に行った方がいいさ」
「・・・・・・彼女が敵ではない確証がありません。はい」
それはそうだな、とモリヒトは頷いた。
ただ、
「なんだかんだ言って、クリシャならこの状況にはしない気がするんだよな」
「それは、どういうことですか? はい」
「んー。カンの域は出てないが、まあ、とりあえずクリシャはたぶん大丈夫だろ」
しばらくルイホウはモリヒトの目を覗き込んでいたが、はあ、とため息をついて、
「分かりました。行きましょう。はい」
仕方なさそうに苦笑して、頷くのだった。
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