第15話:街歩きにて ― クリシャ
食事を終えた後の食堂を出て、街歩きを再開している。
ごく当たり前のように、クリシャもモリヒトら一行と行動を共にしていた。
注文の超過分もすべてクリシャが払い、少しばかり重い腹をさするモリヒトとは対照的に、クリシャは意気揚々と歩いている。
ルイホウもアレトも、もはやクリシャがいることにツッコミを入れようともしない。
そのクリシャは、と言えば、三人より先行しながら、あっちこっちの屋台や露店を冷やかし、
ふう、とモリヒトは一つため息を吐いてから、クリシャへと問いかけた。
「・・・・・・なあ、まあ、聞くけどさ」
「うん?」
前を歩いていたクリシャは振り返り、見上げる形でモリヒトの顔を見てくる。
目を合わせるように顔を向ければ、上目遣いのその顔は、やはりとても整ったものだと思う。
幼さを持っていながら綺麗に整った顔立ちは、まさしく人形のようで、それが天真爛漫とも言える笑みを浮かべることが、逆に違和感を覚える。
どうにも、作り物めいて見えるのだ。
作り笑いには見えないほどに自然な笑みのはずなのだが、違和感がひどい。
その感覚を一度頭を横に振って追い出して、クリシャへと問いかける。
「・・・・・・なんで追われてたんだ?」
「あいつらは悪者なのさ! ボクを捕まえて、ひどいことをするつもりなんだ」
腰に手を当てて、いかにも怒っています、という口調でクリシャは言う。
「具体的には?」
「そんな、とても口には出せないよ」
わざとらしく、きゃー、とテンション高く騒ぐクリシャに、はあ、とモリヒトはため息を吐く。
「でもさあ。お前さん、あの程度なら自力でもどうにかできたろ?」
「おやおや。この細腕が目に入らないのかい? ほーら」
袖をまくって見せてきた二の腕は、白くほっそりとしている。
筋肉なんかとはまるで無縁に見えるし、どう考えても荒事なんてできそうにない。
「・・・・・・女一人であんな路地から飛び出してきておいて、お前さん、服がきれいすぎるよ。わざとらしいくらいに」
「いやいや。この服は特別製でね。大体の汚れならはじいてしまうのさ」
そういう衣服があるのは知っている。
というか、モリヒトが着ている衣服にだって、そういう防汚の性質は付与されている。
ありふれてはいるが、決して安くはない衣服だ。
なにせ、作った後のメンテナンスには、専門の職人が必要らしく、普及はしていないらしい。
現代日本での、高級スーツや礼服みたいな扱いだ。
一般人でも持っている者は持っているが、普段使いするような品ではない。
それをこんな街歩きで着ている時点で、クリシャの金銭感覚が窺える。
「そんな高級品着てるやつが、なんでのんきに一人で街歩きしてんだ」
「いやいや、高級品着てたって、独り歩きくらいするさ。高位の冒険者なら、このぐらい当たり前だよ?」
「高級品着てるのに独り歩きがおかしいってんだ。普通は護衛の一人も付くぞ」
俺みたいにな、とルイホウやアレトを見て、モリヒトは笑う。
モリヒトの着ている服は、それほど目立つ造りはしていないが、見る者が見れば高級品だと分かる。
戦闘経験もお察しレベルの一般人であるモリヒトだ。
それがルイホウなんて美人を連れてのんきに街歩きできるのは、アレトが軽装とはいえ見てわかる程度の武装をして、それ相応の気配を放っているからだ。
案内のために先行して歩きつつも、危険を感じる場所があれば、さりげなくそこから離れるように誘導して歩いていたのも、モリヒトは知っている。
クリシャが同行し始めてからは、ルイホウよりも一歩下がって、気楽そうに構えながらも全体を警戒に入っている。
同行に対してツッコミは入れていなくとも、ルイホウもアレトも、クリシャに対する警戒は消えていない。
「魔術に詳しいんだろ?」
「詳しいからって強いとは限らないじゃないか」
そんな二人を後ろに置いたまま、モリヒトはクリシャとの応酬を続ける。
会話を楽しむように、にやにやした顔をしているクリシャに、モリヒトは渋い顔をする。
「ああ言えばこう言う」
「おやおや。ボクのことが気になるのかい?」
ふふん、と自分の胸に手を当て、挑発するような顔をするクリシャに、はあ、とモリヒトはため息を吐いた。
「だって怪しいし」
「・・・・・・うーん。正面からそんなことを言われたのは、さすがのボクも初めてだな」
「あと、全体的に言動がわざとらしい」
「わざとらしい?」
さすがにそれは意外だったのか、クリシャはきょとん、と首を傾げた。
「なんだろう? 割といい大人が、自分の年を弁えずに、まるで子供のようにはしゃいでいる痛々しさを感じる」
「・・・・・・・・・・・・」
モリヒトの言葉に、クリシャは凍り付いた。
「・・・・・・いたいたしい・・・・・・」
その後、ずどん、と落ち込んでしまい、モリヒトは何とも言えない罪悪感に襲われるのだった。
「・・・・・・はあ、痛々しいとまで言われるとは、さすがに想定外だよ」
しばらくして、クリシャは、やれやれ、と肩をすくめながらため息を吐いた。
モリヒトはその様子から、さっきまでよりも気の抜けた感じを受けて、無意識に体に入っていた力を抜いた。
「悪いな。でも、クリシャは、何て言うか、見かけ通りの年じゃないって、そういう感じがあってな」
「・・・・・・・・・・・・はあ、まあ、なかなかの慧眼、とだけ言っておこうかな」
クリシャは、やれやれ、とため息を吐く。
そうして、笑みのままに目を細め、クリシャはモリヒトを見つめた。
「意外とものを見ているんだね。テュール異王国からの客人。今代の異王とともに召喚された、異世界からの来訪者」
そうして続けられた言葉に、モリヒトの背後で緊張感が増した。
「・・・・・・よく知ってんな」
「情報集めは必須だからね。特に、ボクみたいなのは」
ふふふ、とクリシャは笑っている。
「まあ、とはいえ、警戒はいらないよ? ボクは君たちと敵対したいわけじゃないし」
「じゃあ、なんでわざわざ?」
「偶然だよ。街歩きしていたら、なにやら珍しい一団がいた。ちょっと知り合いになっておきたいと思った。だから、まあ、バカをわざとらしく煽って、ちょっと絡んでもらったんだ」
クリシャは悪びれもせずに笑っている。
「珍しい一団、ね・・・・・・」
「テュールからのお客様がオルクトに来ていることは知ってたけどね。それが街を歩くのが今日とは思ってなかったんだよ。ディバリスの森の問題もあるし、最近テュールじゃあ問題があったばっかりだ。テュールで起きた事件とディバリスの森の問題は、どちらもおそらく地脈関連だから、関係がない、と言い切るのはむしろ不自然。そうなると、お客様の安全のためには、むしろ城の中で歓迎しておいた方がいいだろうし、多分街歩きに出てくるのはもっと先だろうなー、と思ってたんだけどね」
つらつらと語りながら、クリシャは歩く。
「ほんと、情報に詳しいんだな」
「必要なことだから。・・・・・・まあ、ボクの場合は、ちょっといろいろ事情もあってね」
クリシャは苦笑している。
「出てくるまで待つつもりだったんだけど、なんか普通にふらふら出歩ているじゃない? じゃあ、ちょっとお話しとこうかなって」
待つつもりが、不意に接触できるチャンスが訪れた。
だから、話しかけるためにちょっとイベントを用意した。
そういうことなんだろう。
「・・・・・・ちゃんと聞いておこうか」
そこまでを自分の中に飲み込んで、モリヒトはクリシャへと声をかけた。
「うん?」
振り返り、モリヒトに向き直ったクリシャは、つかみどころのない笑みを浮かべている。
モリヒトは、小さく深呼吸して、クリシャへと問う。
「クリシャって、何者なんだ?」
「・・・・・・うん。そうだね」
** ++ **
アレトは、周囲の異常さに気づいていた。
クリシャがモリヒトと会話を始めたころから、周囲の人の流れがおかしい。
クリシャとモリヒトを囲むように、人の流れに空間ができている。
まるでそこに、何か大きな障害物があって、それを人が避けて歩いているように、だ。
「人避けです。はい」
隣で、ルイホウが小さく呟いた。
クリシャか、あるいはその協力者か。
ともあれ、誰かがクリシャとモリヒトを人避けの結界の中に置いている。
そして、アレトとルイホウは、その結界の範囲ぎりぎりだ。
アレトの隣で、ルイホウが一歩前へ出た。
なんとはなしにその背を視線で追い、自分とルイホウの間を通行人がすり抜けて視線が切れる。
はっとモリヒトの方へと視線を向ければ、
「しまったっす!!」
アレトは、自分が三人から切り離されたことを悟った。
慌てて前に出るが、通行人に邪魔されてろくに進めず、やがて完全に気配は消えた。
ルイホウが前に出たのは、自分たちが人避けの外に出されようとしているのを察知して、モリヒトへと近寄るためだろう。
人避けが展開されたことを認識できなかった自分では、ここから捜索に移っても、おそらくモリヒト達を見つけることはできない
「・・・・・・!」
ふがいなさに自分を殴りたい気分を抱えながら、アレトは踵を返した。
向かう先には、帝都の中心である、城がある。
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