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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第2章:魔帝国
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第15話:街歩きにて ― クリシャ

 食事を終えた後の食堂を出て、街歩きを再開している。

 ごく当たり前のように、クリシャもモリヒトら一行と行動を共にしていた。

 注文の超過分もすべてクリシャが払い、少しばかり重い腹をさするモリヒトとは対照的に、クリシャは意気揚々と歩いている。

 ルイホウもアレトも、もはやクリシャがいることにツッコミを入れようともしない。

 そのクリシャは、と言えば、三人より先行しながら、あっちこっちの屋台や露店を冷やかし、

 ふう、とモリヒトは一つため息を吐いてから、クリシャへと問いかけた。

「・・・・・・なあ、まあ、聞くけどさ」

「うん?」

 前を歩いていたクリシャは振り返り、見上げる形でモリヒトの顔を見てくる。

 目を合わせるように顔を向ければ、上目遣いのその顔は、やはりとても整ったものだと思う。

 幼さを持っていながら綺麗に整った顔立ちは、まさしく人形のようで、それが天真爛漫とも言える笑みを浮かべることが、逆に違和感を覚える。

 どうにも、作り物めいて見えるのだ。

 作り笑いには見えないほどに自然な笑みのはずなのだが、違和感がひどい。

 その感覚を一度頭を横に振って追い出して、クリシャへと問いかける。

「・・・・・・なんで追われてたんだ?」

「あいつらは悪者なのさ! ボクを捕まえて、ひどいことをするつもりなんだ」

 腰に手を当てて、いかにも怒っています、という口調でクリシャは言う。

「具体的には?」

「そんな、とても口には出せないよ」

 わざとらしく、きゃー、とテンション高く騒ぐクリシャに、はあ、とモリヒトはため息を吐く。

「でもさあ。お前さん、あの程度なら自力でもどうにかできたろ?」

「おやおや。この細腕が目に入らないのかい? ほーら」

 袖をまくって見せてきた二の腕は、白くほっそりとしている。

 筋肉なんかとはまるで無縁に見えるし、どう考えても荒事なんてできそうにない。

「・・・・・・女一人であんな路地から飛び出してきておいて、お前さん、服がきれいすぎるよ。わざとらしいくらいに」

「いやいや。この服は特別製でね。大体の汚れならはじいてしまうのさ」

 そういう衣服があるのは知っている。

 というか、モリヒトが着ている衣服にだって、そういう防汚の性質は付与されている。

 ありふれてはいるが、決して安くはない衣服だ。

 なにせ、作った後のメンテナンスには、専門の職人が必要らしく、普及はしていないらしい。

 現代日本での、高級スーツや礼服みたいな扱いだ。

 一般人でも持っている者は持っているが、普段使いするような品ではない。

 それをこんな街歩きで着ている時点で、クリシャの金銭感覚が窺える。

「そんな高級品着てるやつが、なんでのんきに一人で街歩きしてんだ」

「いやいや、高級品着てたって、独り歩きくらいするさ。高位の冒険者なら、このぐらい当たり前だよ?」

「高級品着てるのに独り歩きがおかしいってんだ。普通は護衛の一人も付くぞ」

 俺みたいにな、とルイホウやアレトを見て、モリヒトは笑う。

 モリヒトの着ている服は、それほど目立つ造りはしていないが、見る者が見れば高級品だと分かる。

 戦闘経験もお察しレベルの一般人であるモリヒトだ。

 それがルイホウなんて美人を連れてのんきに街歩きできるのは、アレトが軽装とはいえ見てわかる程度の武装をして、それ相応の気配を放っているからだ。

 案内のために先行して歩きつつも、危険を感じる場所があれば、さりげなくそこから離れるように誘導して歩いていたのも、モリヒトは知っている。

 クリシャが同行し始めてからは、ルイホウよりも一歩下がって、気楽そうに構えながらも全体を警戒に入っている。

 同行に対してツッコミは入れていなくとも、ルイホウもアレトも、クリシャに対する警戒は消えていない。

「魔術に詳しいんだろ?」

「詳しいからって強いとは限らないじゃないか」

 そんな二人を後ろに置いたまま、モリヒトはクリシャとの応酬を続ける。

 会話を楽しむように、にやにやした顔をしているクリシャに、モリヒトは渋い顔をする。

「ああ言えばこう言う」

「おやおや。ボクのことが気になるのかい?」

 ふふん、と自分の胸に手を当て、挑発するような顔をするクリシャに、はあ、とモリヒトはため息を吐いた。

「だって怪しいし」

「・・・・・・うーん。正面からそんなことを言われたのは、さすがのボクも初めてだな」

「あと、全体的に言動がわざとらしい」

「わざとらしい?」

 さすがにそれは意外だったのか、クリシャはきょとん、と首を傾げた。

「なんだろう? 割といい大人が、自分の年を弁えずに、まるで子供のようにはしゃいでいる痛々しさを感じる」

「・・・・・・・・・・・・」

 モリヒトの言葉に、クリシャは凍り付いた。

「・・・・・・いたいたしい・・・・・・」

 その後、ずどん、と落ち込んでしまい、モリヒトは何とも言えない罪悪感に襲われるのだった。

「・・・・・・はあ、痛々しいとまで言われるとは、さすがに想定外だよ」

 しばらくして、クリシャは、やれやれ、と肩をすくめながらため息を吐いた。

 モリヒトはその様子から、さっきまでよりも気の抜けた感じを受けて、無意識に体に入っていた力を抜いた。

「悪いな。でも、クリシャは、何て言うか、見かけ通りの年じゃないって、そういう感じがあってな」

「・・・・・・・・・・・・はあ、まあ、なかなかの慧眼、とだけ言っておこうかな」

 クリシャは、やれやれ、とため息を吐く。

 そうして、笑みのままに目を細め、クリシャはモリヒトを見つめた。

「意外とものを見ているんだね。テュール異王国からの客人。今代の異王とともに召喚された、異世界からの来訪者」

 そうして続けられた言葉に、モリヒトの背後で緊張感が増した。

「・・・・・・よく知ってんな」

「情報集めは必須だからね。特に、ボクみたいなのは」

 ふふふ、とクリシャは笑っている。

「まあ、とはいえ、警戒はいらないよ? ボクは君たちと敵対したいわけじゃないし」

「じゃあ、なんでわざわざ?」

「偶然だよ。街歩きしていたら、なにやら珍しい一団がいた。ちょっと知り合いになっておきたいと思った。だから、まあ、バカをわざとらしく煽って、ちょっと絡んでもらったんだ」

 クリシャは悪びれもせずに笑っている。

「珍しい一団、ね・・・・・・」

「テュールからのお客様がオルクトに来ていることは知ってたけどね。それが街を歩くのが今日とは思ってなかったんだよ。ディバリスの森の問題もあるし、最近テュールじゃあ問題があったばっかりだ。テュールで起きた事件とディバリスの森の問題は、どちらもおそらく地脈関連だから、関係がない、と言い切るのはむしろ不自然。そうなると、お客様の安全のためには、むしろ城の中で歓迎しておいた方がいいだろうし、多分街歩きに出てくるのはもっと先だろうなー、と思ってたんだけどね」

 つらつらと語りながら、クリシャは歩く。

「ほんと、情報に詳しいんだな」

「必要なことだから。・・・・・・まあ、ボクの場合は、ちょっといろいろ事情もあってね」

 クリシャは苦笑している。

「出てくるまで待つつもりだったんだけど、なんか普通にふらふら出歩ているじゃない? じゃあ、ちょっとお話しとこうかなって」

 待つつもりが、不意に接触できるチャンスが訪れた。

 だから、話しかけるためにちょっとイベントを用意した。

 そういうことなんだろう。

「・・・・・・ちゃんと聞いておこうか」

 そこまでを自分の中に飲み込んで、モリヒトはクリシャへと声をかけた。

「うん?」

 振り返り、モリヒトに向き直ったクリシャは、つかみどころのない笑みを浮かべている。

 モリヒトは、小さく深呼吸して、クリシャへと問う。

「クリシャって、何者なんだ?」

「・・・・・・うん。そうだね」


** ++ **


 アレトは、周囲の異常さに気づいていた。

 クリシャがモリヒトと会話を始めたころから、周囲の人の流れがおかしい。

 クリシャとモリヒトを囲むように、人の流れに空間ができている。

 まるでそこに、何か大きな障害物があって、それを人が避けて歩いているように、だ。

「人避けです。はい」

 隣で、ルイホウが小さく呟いた。

 クリシャか、あるいはその協力者か。

 ともあれ、誰かがクリシャとモリヒトを人避けの結界の中に置いている。

 そして、アレトとルイホウは、その結界の範囲ぎりぎりだ。

 アレトの隣で、ルイホウが一歩前へ出た。

 なんとはなしにその背を視線で追い、自分とルイホウの間を通行人がすり抜けて視線が切れる。

 はっとモリヒトの方へと視線を向ければ、

「しまったっす!!」

 アレトは、自分が三人から切り離されたことを悟った。

 慌てて前に出るが、通行人に邪魔されてろくに進めず、やがて完全に気配は消えた。

 ルイホウが前に出たのは、自分たちが人避けの外に出されようとしているのを察知して、モリヒトへと近寄るためだろう。

 人避けが展開されたことを認識できなかった自分では、ここから捜索に移っても、おそらくモリヒト達を見つけることはできない

「・・・・・・!」

 ふがいなさに自分を殴りたい気分を抱えながら、アレトは踵を返した。

 向かう先には、帝都の中心である、城がある。

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