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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第2章:魔帝国
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第14話:街歩きにて ― 魔術談義

「気になっていることがあるのでが。はい」

 モリヒトが十分に腹も満ちた、と思い、ドリンクを飲んでいたところで、ルイホウが不意に聞いてきた。

 隣ですさまじい勢いで皿を積み上げていく、その勢いに飲み込まれて、モリヒト達の方もちょっと食べすぎた感がある。

「何?」

「結局、昨日の失敗した魔術とは、どのようなものだったのですか? はい」

「あれ? あれは、まあ、短縮詠唱の真似事みたいなもん」

 昨日の模擬戦の後の話だ。


** ++ **


「ちょい試し」

 そう言い置いて、モリヒトは集中する。

 頭の中で考えるのは、詠唱の順番だ。

「・・・・・・ふう」

 今までは、ほぼその場の思い付きだったその詠唱を今度はあらかじめ組み立てる。

 組み立ては終わった。

 あとは、しっかりとイメージをしながら詠唱する。

 起こす現象は単純な火炎弾を三発。

 それを目標の的に三連続で当てる。

「―レッドジャック―

 火弾三カダンサン/当たれ」

 分かりやすく縮めただけ、というところだったが、

「・・・・・・あれ?」

 火の弾を作り出す過程で、火はかき消えた。

「・・・・・・む」

 その後には、微妙な沈黙が下りたのだった。


** ++ **


「イメージではうまくいってたんだけどなあ・・・・・・」

 腕を組んで首を傾げるモリヒトに、ルイホウは問いかける。

「そもそも、何をやろうとしたんですか? はい」

「詠唱を短くしようと思った」

 モリヒトとしては、いちいち大仰に詠唱の言葉を並び立てるのが面倒臭くなった。

 ついでに言えば、その場その場で思いつきで詠唱するのは、危険が大きいと思ったのだ。

 とっさの詠唱として考えるなら、もっと短く、とっさに言える形で。

 慣れていればどうにかなるだろうが、慣れるまでどのくらいの時間がかかるか、と考えると、ちょっと嫌だな、と思ったのだ。

「で、少しやり方を変えてみようかな、と」

 日本語は、同じ漢字でも複数の意味が取れる。

 また、漢字というのは、それ自体が意味を持っている。

 詠唱では、『火よ』などといった詠唱が普通と言われたし、実際にそれで発動していたからモリヒトも使っていたが、『よ』とかの呼びかけとか、なくても意味を通すことはできる。

 『火の弾を三つ』のイメージも『火弾三』と書いて、意味が全く推測できないか、と言えばそうではない。

 まして、自分のイメージの問題だ。

 『火弾三』で『火の弾を三つ』のイメージを持つことは、不可能ではないと思っていた。

 そして、これなら、詠唱自体を短くできる。

 言いやすさを考えると、短くなったところでとっさに口を突いて出るような詠唱か、とは思った。

 ただ、モリヒトが気になっていたのは、ちゃんと詠唱しようとすると、イメージを詳細化しようとするあまり、詠唱が複雑で長く、大仰になることだ。

 もし、『火弾三』の詠唱が成立するなら、やりたいことをつらつら並べるだけでも、十分に詠唱としては成立するはず、と考えた。

「やり方、というか、そもそも詠唱が文章として意味の取れない文章になっていませんでしたか? はい」

「・・・・・・意味取れなかった?」

「ええ。カダンサン、というのは何でしょうか? はい」

 む、とモリヒトは唸った。

「火の弾三つって意味だけど、分からない?」

 モリヒトの言葉に、ルイホウは首を振る。

 その態度に、モリヒトは腕を組んで考え込んだ。

 漢字で意識すれば、モリヒトがイメージしたかったことは大体分かるはずだ。

 だが、漢字と言葉がルイホウの中で結びついていない。

 これはどういうことなのか。

「・・・・・・やっぱ、異世界補正、みたいなのがあんのかね?」

「どういうことでしょう?」

 変な話だが、この世界に来てから、言葉に困っていない。

「異世界なのになあ・・・・・・」

 思いいたるのがいまさら、という気もするが、

「ルイホウ。外国語って概念、分かる?」

「他の国の言葉、という意味ですか? 分かりますが、現状、この大陸においては言語は統一されています。はい」

「そりゃまた、なんで?」

「真龍が話す言語に合わせている形ですね。もともと、人に言葉を教えたのは真龍で、真龍はすべて同じ言葉を使いますから、あえて変えない限りは、言語はすべて共通語となっています。はい」

「・・・・・・さらっとトンデモ話が飛び出した」

 まじかー、とモリヒトは天を仰ぐ。

 しかしそうなると、真龍って本当に神様みたいだ、とモリヒトは思う。

「あえて変えてる国は、あるのか?」

「あります。はい」

「地脈が通ってないような小さな島国とかで、真龍様の影響を受けてない土地にある国だと、俺らとは全く違う言葉をしゃべってることがあるっすね。昔、遠征でそういう蛮族とやりあったことがあるっす」

「蛮族ってことは、敵対してんのか?」

「言葉が通じないっすからね。基本的にまずは武力衝突からになっちゃうことはよくあるっす。鎮圧して、帝国の版図に加わった部族ってのも結構あるっすよ」

 それはそれで、いろいろと歴史がありそうだが、それはともかく、

「俺がしゃべってる言語も、基本的には共通語か」

「そうっすね。俺らには違和感なく聞こえるっす」

 で、とモリヒトは手元を見る。

 つかんでいるのは、メニューだ。

 そこに書かれている言語を、モリヒトは普通に読むことができる。

 だから、この世界の言葉はもしかしてご都合主義で日本語なのか、と思っていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 テーブルの上を少し開けて、指先を水に浸し、テーブルの上をなぞる。

 『火』、という漢字と、『炎』という漢字、それぞれをで書いてみた。

「なあ、ルイホウ、これ、何て読める?」

「火、と炎、ですね。はい」

「うん。じゃあ、こっちは?」

 別の文字をテーブルの上へと書いた。

 『火の弾』と『火炎弾』。

 どちらも、モリヒトの中では同じものをイメージしている。

 ただ、表現を少し変えただけだ。

 モリヒトの中では、これらは二つとも違うものとして見えている。

 だが、

「火炎弾。どちらも同じ意味ですね。はい」

 ルイホウの言葉に、ちょっとぞくりとした。

「ルイホウ。同じ意味って言ったな。同じ文字が書いてあるように見えるか?」

「・・・・・・? いいえ。こちらの・・・・・・」

 『火の弾』の方をルイホウは指さし、

「文字の方が少し崩して書かれていますが、どちらも、『火でできた弾』という意味で、『火炎弾』として、同じ文字が書かれています。はい」

 モリヒトは、しばし言葉を失った。

 モリヒトの視界では、『火の弾』と『火炎弾』は、違う文字として書かれている。

 『炎』を崩したら、『の』になるか?

 モリヒトとしては、それは納得できない。

「・・・・・・つまり、俺を含めて、言語に関する認識が変わってる、と」

 召喚に組み込まれた、何かしらの術式にいよる影響だろう。

 あるいは、地脈を通じてこちらの世界に来る際に、真龍によってなにかしらの影響を受けたか。

 異世界転生テンプレとはいえ、実際に自分がそれを経験すると、ひどい戸惑いがある。

「あー。なんか原因が見えてきた気がする・・・・・・」

 詠唱は、この世界の言葉に適した形で行う必要があるのかもしれない。

「極論さ。意味の取れない言葉だったとしても、自分でイメージがしっかり固まっているなら、『ああああ』でも、詠唱は成立するわけじゃない? 短縮詠唱があるから」

「ええ。理論上は。はい」

 『ああああ』では、何の現象なのかイメージが湧きづらいから、それで詠唱を成立させるのは、かなり困難ではあるだろう。

 ただ、術者自身に、詠唱と紐づくイメージがあれば、魔術は発動する。

 そういうものだと思っていた。

「詠唱に込めるイメージと起こってほしい魔術イメージが合致していれば魔術は発動するってイメージだったが・・・・・・」

「それはうまくいかないね~」

 不意に、クリシャが言葉を発した。

 その口調に面白がっているものを感じて、モリヒトはクリシャを見やる。

 さっきまでは、デザートと称して特盛のパフェに取り掛かっていたと思ったが、どうやらすべて食べきったらしい。

 クリシャの前には、クリシャ自身がすっぽり入るのではないかとすら思える、大きい器が空っぽになって、でん、と置かれている。

「・・・・・・・・・・・・食い切ったのか」

「美味しかったよ!」

 にこ、と笑い、クリシャは口元をぬぐう。

 先ほどまで食べていた量も考えれば、どう考えても自分の体積より多いだろうに、どこに入った、とクリシャの細身の体を見て思う。

 どうでもいいけれど、どうせ誰にも食べきれないだろうに、どうしてああいう器が用意されているのだろうか、とモリヒトはテーブルの上で存在感を示す巨大な器を見やる。

「それでね?」

 クリシャに声をかけられ、モリヒトはクリシャと目を合わせた。

「横から聞いていて実に興味深かったから口をはさむけど、それができなかったのは、韻晶核の問題だね」

「韻晶核の?」

 モリヒトからの問い返しに、クリシャはそう、と一つ頷いた。

「韻晶核の素材は様々だけれど、韻晶核になりうる素材には、共通して、地脈の影響の濃い土地でのみ採取可能っていう特徴があるんだよ。つまり、韻晶核には真龍の影響が深い。それはつまり、この世界での共通語を認識する、ということだ」

「・・・・・・・・・・・・」

「だから、詠唱をくみ上げる際には、真龍の言語の認識によって、イメージの紐づく現象でなければならない。さっきの『ああああ』なんて、理論的に通じるように見えるけれど、そんな現象は存在しないから、詠唱としては成立しないよ」

「・・・・・・詳しいんだな」

 自信満々に言い切るクリシュに、モリヒトは懐疑的な視線を向ける。

 だが、クリシュはその視線をものともせずに、胸を張って堂々と答えた。

「これでも、魔術に関しては、ちょっと詳しいんだ」

 あまりにも堂々とした様子に、モリヒトとしても追及する気が削がれてしまった。

「はあ・・・・・・。まあ、いいんだけどさ」

「ふふん。・・・・・・まあ、さっきのはちょっと興味深かったし、ボクの方でも解決策を研究しておいてあげるよ」

「そりゃどうも」

 外見だけ見れば、まだ幼さの残る風貌をしている。

 しゃべり方もそうだ。

 だが、モリヒトはそのクリシャに対し、どこか底知れないものを感じていた。

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