第13話:街歩きにて ― 大衆食堂
穀物、肉、野菜、魚。
食卓の上に様々な食材の料理が並ぶ。
食材自体の種類が豊富だ。
パンもあるし、米もある。
ジャガイモやニンジンなどの根菜類から、キャベツやレタスのような葉野菜。
果実もあるし、肉はおそらく牛肉、豚肉、鶏肉もそろっている。
「・・・・・・これ、海魚か?」
帝国首都アログバルクは、内陸にある都市だ。
上空から見下ろした際にも、海はかなり遠くにあった。
だが、今食卓の上にある魚は、海魚で、しかも干物の類ではない。
「そうっす。・・・・・・この国では、飛空艇を使った空輸が行われてるっす。それのおかげで、遠隔地の食材でも帝国中に届くんすよ」
「ほう」
すさまじい、とそう思う。
「コストかかるんで、割高ではあるっすけどね」
「もしかして生もいけるのか?」
「冷凍はあるっすよ? 生はさすがに海辺行かないと無理っす。ついでに言うと、この国だと生魚はあんまり食わないっすね。テュールの方は海の漁も結構盛んで、魚の生食も普通にあるっすけど」
「オルクトで生魚というと、テュール由来の料理がほとんどのはずです。はい」
大したもんだ、と感心する。
空輸が行えるなら、確かに様々な食材を集めることは可能だろうが、それがごく当たり前に大衆食堂で並んでいる。
十分な量が、日常的に帝都に運び込まれている証拠だ。
「飛空艇、そんなに数があるのか・・・・・・」
「普段は軍艦もそうそう使わないっすからね。数少ない軍艦は国境沿いの前線に張り付いてますし、帝国保有の飛空艇はどっちかってーと、空輸用の輸送船の方が多いっすよ」
飛空艇は帝都上空は飛べないが、帝都郊外に専用の発着場があるらしく、貨物はそちらで積み下ろし、そこから帝都内へは地下鉄などを利用して運ぶらしい。
「この帝都全体だと、相当量だろうに」
「地下に引いてるのと同じレールを使って、帝都内の主要都市は全部つないであるっすからね。そっちからの貨物輸送もありますし、大体のものは行き渡るようになってるっす」
「よくもまあ、こんなファンタジー世界でそんな近代的な輸送網作ったもんだ」
「それぐらいやらないと、この国の大きさは維持できなかったんすよ」
「実際、レールを使った輸送手段が確立されてから、帝国の版図は三倍以上に広がっています。はい」
「先代たちの偉大な遺産っす。付近の属国じゃあ、この技術目当てに傘下に入った国も多いっすから」
並べられた料理に手を付けながら、アレトは朗らかに語る。
「・・・・・・驚くことばっかりだ」
ある意味で、舐めていた、ということでもある。
ファンタジー世界だから、と文明レベルを舐めていた。
肉を取って口に運ぶ。
噛み締めれば、複雑な味がする。
複数の調味料や香辛料を使って、下ごしらえなどもしっかりとされている、ということだろう。
調理法もだ。
煮たり焼いたりするだけではない。
蒸し料理に揚げ料理もある。漬物らしい発酵食品もあるし、炭酸の飲み物もある。
正直、テーブルの上に並べられている料理の数は、三人だとちょっと食べきれないのでは、と思わなくもない。
「・・・・・・注文しすぎじゃないか?」
「気にしなくていいと思うっすよ?」
「む」
アレトが言葉を発しながら視線を向ける先、四人掛けのテーブルにモリヒト、ルイホウ、アレトの他に、腰を下ろしている人物がいる。
先ほどからのモリヒト達の会話に加わることなく、ひたすらにテーブルの上の料理をむさぼることにだけ集中している人物だ。
「・・・・・・よく食うな」
少女だった。
見た目は細い。というか華奢だ。
白い肌と翡翠色の瞳をした、十四、五歳程度に見える可憐な少女である。
衣服は白を基調としており、青や黄色の淡い色で模様が入っている。
ゆったりとして見えるが、華奢な体格が分かる不思議なデザインだ。
頭には白い帽子をかぶっている。髪はほぼ帽子の中に納めているようで、後ろ側にわずかに白い髪が覗いている。
先ほど、たまたま出会った少女だ。
出会ったきっかけは、と言えば、なんともテンプレ的だ。
飯屋へ向かおうとした三人の前に路地から少女が飛び出してきて、モリヒトにぶつかった。
その後を追いかけてきた悪漢と思しき男たちに対し、モリヒトの背に少女が隠れてしまい、悪漢たちがモリヒトへ絡んだため、アレトがささっと制圧し、警備兵に引き渡した。
その手際は、さすがに魔皇近衛の一員である、ということだろう。
武器を抜くまでもなく、すっと前に出たかと思えば、気づけば悪漢達は地に伏していた。
そして、何かの縁だと昼食の席を囲んだ。
席に着くなり、少女はモリヒトやアレトが止める間もなく多量の注文をし、給仕に金貨を数枚渡した。
それで、店側も金がある、と判断したのか、テーブルの上に注文を次々と並べてくれたのだ。
その中からモリヒト達は適当に気になるものを選んでつまんでいるが、少女は休むことなく食事を貪っている。
白を基調とした衣服に食事の汁が飛んだりしないか、とモリヒトとしては気が気でないのだが、不思議とそうはならない。
口元を汚すこともなく、少女はただひたすらに食事を口へ運んでいた。
「・・・・・・・・・・・・?」
なんとはなしに少女をじ、と見ていたところで、少女の方がモリヒトの視線に気づいた。
口に料理を運んでいた手を止め、少女はニコリと微笑む。
「そういえば、名乗っていなかったね」
「あ、ああ、そうだな」
食いっぷりに圧倒されているモリヒトは、ちょっとたじろぎながらも頷く。
「ボクの名前はクリシャ。姓はないから、クリシャ、とだけ呼んでくれ」
「そうか。・・・・・・ええっと、俺はモリヒトだ」
「よろしくね。モリヒト君」
にぱ、と笑って、クリシャはルイホウへと視線を向ける。
「ルイホウです。はい」
「ルイホウ君」
「あ、俺はアレトっす」
「アレト君ね」
うんうん、と頷いて、クリシャはグラスを引き寄せて中身を一息にあおる。
「アレト君には、お礼を言ってなかったよね。ボクを追いかけてきた悪者をしばいてくれてありがとね」
「いや、それはいいんすけど・・・・・・」
「うん。お礼代わりにここはボクのおごりさ! どんどん食べてくれ」
「ああ。ありがとうっす・・・・・・」
勢いに圧倒されているアレトを気にせず、言うだけ言った、という風情で、クリシャはまた食事を口へ詰め込む作業へと戻る。
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく眺めていたが、もはやマイペースに自分の口へと食料を詰め込む作業へ移ったクリシャは、モリヒト達へ視線を向けない。
何者なんだろうか、とか、なんで追われていたのか、とか。
聞くべきことはあるはずだが、どこまでも自分のペースで、こちらから何かを質問する隙がない。
モリヒトとしては、変なのが出たな、という感じだが、悪意や敵意の類を感じるわけでもないため、どう扱っていいか分からない相手でもある。
テーブルの端を見れば、空になった皿はどんどんと積みあがっているし、給仕は料理を運ぶとともに、皿を下げる作業と合わせて大変にあわただしい。
このままだと、店の食料食いつくしそうな勢いだ。
気にしてもしょうがないか、と一つため息を吐く。
「俺としては、食べ物の種類が豊富なだけでもありがたいね」
「テュールでも、これほどのレパートリーは並びませんからね」
「帝都だと、大陸各地から材料とともにレシピが集まるっすからね。中にはゲテモノも多いっすけど」
「虫とか?」
「いやあ、それよりやばいのが、魔獣食っす」
「? 魔獣くらいなら食ったけど?」
「たぶん、動物型のやつでしょ? オオカミとか熊とかの」
「おう。熊」
野外演習についていったときにラウルベアという魔獣を狩って食べたが、なかなかに美味だった。
あまり油っぽさを感じない、肉のうまみの濃い肉だった。
「ここでいうやばいやつってのは、そういうんじゃなくて。こう、にゅるにゅるしたやつとか、ぐじゅぐじゅしたやつとかっす。具体的に言うと、スライムっつか、ナメクジっつか」
「・・・・・・そんなもんまであんのか」
「魔獣の中には、どう考えても動物とは違う生き物もいるっすからね。・・・・・・やべー見た目したやつとか、よく食うなって気分になるっす。・・・・・・腐った肉に湧いた蛆虫を出す店、とかもあるらしいっすよ?」
「やべえ・・・・・・」
「さすがに近づきたくないっすねえ」
アレトはうんうん、と頷いている。
「まあ、蓼食う虫も好き好きっていうし」
「なんすか?」
「好みは人それぞれ。何を美味いと思うかは、人の自由だろって言葉」
「ああ、なるほど」
「いい言葉だね!」
不意にクリシャが割り込んできた。
「おっとごめんよ。でもそれはいい言葉だ。何を好きになるかなんて、人それぞれだよね!」
「・・・・・・好き嫌いなさそうだけどな。あんたは」
「もちろん。ボクは食べられるなら何でも食べるさ。美味しければ言うことなしだけど」
へへへ、とクリシャは笑う。
「大体のものは食べたけど、未知の味とかあるとついつい食べたくなってしまうね」
それだけ言って、またクリシャは食事に戻る。
いっそ気持ちのいいぐらいの食べっぷりだ。
「・・・・・・しゃべってないで、俺らも食っちまうか」
「そうっすね。なくなりそうですし」
追加される以上の速度で減っていく皿に苦笑して、食事に集中するのだった。
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