第5話:縁の始まり
テュール異王国。
「それが、この国の名前です。はい」
「聞いたことないわ」
「ここは、皆さまが今までいた世界とは違う、異世界ですから。はい」
ルイホウの言葉に、アヤカを除く二人が驚いた顔を見せた。
「異世界?」
「はい。ここは、皆さまの世界とは違う世界です。・・・・・・我々が、皆さまを召喚しました。はい」
「・・・・・・なぜ?」
ナツアキが眉をひそめている。
「皆さまが、選ばれた守護者だからです。はい」
「守護者? 何それ?」
アトリの強い視線にひるむことなく、ルイホウは答える。
「王を守り、王を助け、王を救う。それが、守護者です。はい」
「選ばれたとは、誰にですか? ルイホウさん?」
きょとん、とアヤカが首を傾げている。
「皆さまを守護者として選ばれたのは、王です。はい」
「王?」
「はい。皆さまは、王となられる方とともに、この世界に召喚されたのです。はい」
「なら、この中に王様がいるのかしら?」
アトリはそれぞれの顔を見て、ないわね、と首を振る。
「いえ。本来なら、皆さまと王は同時に同じ場所に召喚されるはずだったのですが、想定外の事態が発生しまして、王だけが少々離れた場所に召喚されてしまったようなのです。はい」
「・・・・・・それが、ユキオ?」
「おそらく」
「まあ、確かに、ユキオなら王には相応しい、か?」
ナツアキが首を傾げたが、
「・・・・・・なぜ、異世界から王さまを呼ぶのですか?」
アヤカの問いに、ナツアキが頷く。
「そうだな。この国のことなら、この国の人間がやるべきだろう?」
「いいえ。王はこの国の人です。はい。・・・・・・この国では、王位継承権を持つものを異世界に送るのです。そうして、異世界で育った中で、最も王にふさわしい人物を、王として召還し、王位について頂くのです。はい」
「なぜそんなことをする? そんな面倒な・・・・・・」
「異世界の知識などを持ち帰っていただくことと、王位継承者を狙う暗殺の手から、遠ざけるためです。はい」
なるほど、とナツアキが頷く。
「だけど、ユキオとアヤカちゃんは姉妹よ? ユキオが異世界人なら・・・・・・」
アトリが言うが、
「いえ、姉さまはわたしとは血が繋がっていません。姉さまは養子です」
「・・・・・・そうなのか?」
ナツアキが、アヤカに驚いた眼を向けている。
「初耳よ?」
アトリが呆れた目を向けるが、
「特に語ることではありませんから。・・・・・・家族や親戚以外で知っている人は、多分いないと思います」
アヤカが言う。
「そんなことは関係なく、姉さまはわたしの姉さまですから」
「ふーん。そう・・・・・・」
皆が納得している風だが、ルイホウにはよくわからない。
関係ないか、と考えを切り替える。
「守護者って具体的に何をするのかしら?」
アトリの質問に、
「いろいろです。はい。・・・・・・要は、王が最も信頼できる臣下、ということですから。はい」
ルイホウは、この国の歴史を思い出す。
「大臣、騎士、将軍など・・・・・・。守護者の皆さまをどの役職に就けるから、王がお決めになることですが・・・・・・。過去には、王の伴侶となった方もおられますし、市井に下った方もおられます。はい」
「・・・・・・要は、王が決めれば何でもありだと?」
「はい。この国は、絶対王政ですから。はい」
王の言うことには、絶対服従だ。
「じゃあ・・・・・・」
ナツアキが口を開いたところで、
「ルイホウ様!」
外から扉が叩かれ、名前を呼ばれたルイホウは扉を開ける。
「どうかしましたか? はい」
「女王陛下が御帰還されました。ライリン様より、玉座の間に守護者を集めよ、と」
「了解しました。はい」
部屋の中に振り向く。
「そういうことですので、後をついてきてくださいますか? はい」
** ++ **
王城は広い。
この世界では国土が小さいから、王城の規模自体も小さな方だが、それでも一国の王城だ。かなりの広さがある。
ルイホウは、生まれた時からこの王城で暮らしているが、実は未だに知らない、あるいは入ったことのない部屋もあったりする。
迷うことがないようにするだけでも、かなり大変らしい。
「・・・・・・だから、気を付けてください。迷うことはよくありますから はい」
後ろを歩く三人に、説明していく。
「・・・・・・玉座の間はこの王城の中心です。はい。・・・・・・玉座が置かれた、階段の上の部分を玉座の間。階段の下の、臣下が並ぶ場所を、謁見の間、と便宜的に呼び分けています。はい」
案内を続ける。
「・・・・・・聞いてもいいかい?」
「はい」
「王さまは、やはりユキオだったのか?」
「はい。陛下は八道雪緒、という名だそうです。はい」
そう言うと、全員がうん、と頷いた。
「・・・・・・では、こちらです。はい」
開けた部屋は、玉座の間ではない。
「守護者として、相応しい格好をして頂きます。はい」
衣裳部屋だ。
** ++ **
モリヒトは、玉座の間にいた。
さすがに服が汚れすぎていたので、適当な服を借りている。
ちなみに、ユキオは女王らしい服装を、ということで着替えに行っている。
モリヒトは適当な服で良かったので、着替えは簡単に済ませただけだ。
周囲は大臣などが固めており、値踏みでもするように見ている。
「・・・・・・何というか、なあ」
階段の下に用意された敷物の上にあぐらをかいて頬杖をつくモリヒトを、周囲のものはひそひそと声をひそめながら値踏みしている。
あまり気分は良くないが、気にしても仕方がないだろう。
この場で自分は闖入者だ。
予定外の人物を値踏みするのは、ある意味当然のことだろう。
「・・・・・・」
背後で大扉が開いた。
入って来るのは、一人の少年と、二人の少女だ。
全員が白を基調とした、ゆったりとした服装をしている。
見知った顔はないが、ユキオの守護者、と言われていた者たちだろう。
「・・・・・・」
特に気にすることもなく、モリヒトは玉座を向いて座りなおす。
「・・・・・・はじめまして」
後ろから声をかけられ、モリヒトは首と視線で振り向いた。
三人の中で一番幼い感じの少女。ぼんやりとした雰囲気があるが、どこかユキオに似ている気もする。
「はじめまして」
目線で頷きを返すと、少女は自分の胸に手を当てた。
「八道彩華です。アヤカと呼んでください」
「・・・・・・神室、守仁。モリヒトでいい」
その顔を見て、ユキオの言っていた心の読める妹か、と当たりを付ける。
「ユキオは化粧直しの最中だとさ。・・・・・・そこらに座って待っていろ、とのことだ」
「姉さまが、お世話になりましたか?」
「さあね? 森で熊に襲われて助けてもらったが」
「いやいや。いくらユキオでも熊とか無理だから」
メガネをかけた少年が手を振っているが、
「この世界は、そういうことが可能らしい・・・・・・。君の名前は?」
この機会だ。
モリヒトと同じように、敷物に腰を下ろした三人に向き直る。
「僕の名前は、時任夏秋です」
「私は、藤代亜鳥」
「・・・・・・君たちは、守護者、というやつかい?」
「そうらしいですね」
どうやら、代表してナツアキが話をすることになったらしい。
「・・・・・・あなたは、どうしてここに?」
「乱入者というやつらしいよ? 巻き込まれたっぽい」
「じゃあ、あなたは守護者ではないんですね?」
「ユキオと会ったのは、今日が初めてだ。守護者となるような縁はない」
はず、と続ける。
「・・・・・・はず?」
「気にするな。俺達が知らないだけで、人の縁なんてものは、どこでどうつながっているのか分からないものだ、とそういうことだ」
嘯く。
駅で助けたことが関係するかもしれないし、あの時抱き合うほどに密着していたせいかもしれない。
考え出したらきりがないものだ。
だから、無視。
一つはっきりしているのは、モリヒトは守護者ではないということだけだ。
「これから君らがどうするつもりかは知らんが、それなりに長い付き合いになるだろ。・・・・・・まあよろしく頼む」
あぐらをかいたまま一礼。
「これはどうも御丁寧に」
ナツアキも同じように頭を下げた。
「・・・・・・よろしいですか? はい」
守仁の隣に、一人の少女が立つ。
「はじめまして。ルイホウ、と申します。はい」
丁寧に一礼する少女に目を向け、
「・・・・・・ライリンから聞いてる。俺担当の巫女だって?」
「はい。今回の事態の原因を探るのが、これからの私の仕事です。はい」
薄い灰色の巫女装束に、藍色の長髪に琥珀色の瞳。
「はいはい。仲良くしようか」
右手を伸ばす。
握手。しっとりとした細い手だ。
女の子の手だな、と思う。
手を離して、しばらくそれぞれのことを話していると、ライリンが来た。
「女王陛下が参られます。皆、背筋を正してください」
その言葉に、守仁は視線を玉座に向ける。
そして、ユキオが現れた。