第12話:街歩きにて ― 帝都の街並み
オルクト魔帝国首都、帝都『アログバルク』。
その街並みは、実際にその中を歩いてみると、やはり現代日本に近い雰囲気を感じる。
コンクリートによる質感もそうだが、地面は石畳がしっかりと張り巡らされている。
ところどころにアスファルトと思しき道もある。
周囲の街並みは、建築の上から何かしらの塗装や彫刻が施されたところも多く、色とりどり、とも見える。
赤系統の色が多用されているのは、やはり今代の魔皇であるセイヴの影響だろう。
賑わい、人々も行きかい、あちらこちらで騒がしい。
ただ、総じて明るい雰囲気なのは、どこもかしこも人々の顔に笑みがあるから、だろう。
「いい街だなー」
純粋にテュリアスに比べて人の行き来が多い。
ただ、大通りとなる道幅も遥かに広いため、歩いて通る分には、苦労はなさそうだ。
ルイホウを隣に置いて、アレトが先導している。
「色々忙しい最中だと思っていたが、俺の方についてきて大丈夫なのか? お前さんはよ」
アレトに聞いてみれば、アレトの方は肩をすくめて、
「陛下の命令っす。なんだかんだとことは起こってますけど、帝都ん中で何か起こるとすりゃ、貴方の周りが一番あやしいってんで」
「? なんだそりゃ・・・・・・」
「いえ、私も同意見です。はい」
モリヒトは首を傾げて見せるが、ルイホウにも同意されて、む、と唸る。
「俺が不幸体質だからって?」
「そうなんすか? エリシア様の逆っすね」
ははは、とアレトは笑う。
あっさりとした反応に多少拍子抜けの感情を味わい、モリヒトはちょっと憮然とした。
「じゃあ、なんだ?」
「テュール異王国からの客人。異王国で行われた儀式の邪魔をした。その際に通常とは違う反応をしている。魔力的に特異点。気になる点はいくらもある、と」
「・・・・・・多いなあ・・・・・・」
「あと、陛下が連れてきた客人ってことで、密かに注目もされてるっす。他国の人間ってことでガードも甘いだろうってんで、接触が多くなる可能性は高いと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・セイヴのせいじゃね?」
モリヒトはルイホウに聞いてみたが、ルイホウは困り顔で微笑を浮かべ、緩やかに首を振るだけだった。
気にするだけ無駄、ということかもしれない。
「あと、陛下の考えだと、今の段階で何か起こるとすると、まずはディバリスの森近辺の事情に関連したことのはずで、この帝都だと問題は起こりづらいだろうと。起こりうる問題は、魔皇近衛がついてれば問題ないはずなんで」
「ほう・・・・・・。つまりアレトは虫よけか」
「そうなるっすねー。俺らの頭越しに陛下の御客人であるモリヒトさんへちょっかいかけるようなやつは、帝国にはいないはずなんで、何かあったら遠慮なく対処しちまっていいっす!」
ぐ、親指を立てていい笑顔をアレトは浮かべている。
「なんか起こると思う?」
「変なことに首突っ込まない限りは、大丈夫だと思うっすよ?」
なるほど、とモリヒトは神妙に頷く。
「気を付けよう」
「そうしてください。はい」
モリヒトはうん、と頷いて、気分を切り替えることにした。
考えても仕方ないことはある。
「で? ディバリスの森の関連はどんな塩梅なんだ?」
「うーん。陛下が即決即断で対策してくれてるんで、起こってた問題は、ほぼ鎮静化してきてるっす。おかげで、俺が護衛につくだけの余裕も出てきてるんで」
「昨日は、なんか面白がって模擬戦組んでくれてたけどな」
いつの間にか現れて、あれよあれよという間に決まっていた。
モリヒト達は騎士達の訓練をなんとなく眺めていただけだったのだだ。
「あれはあれで、ちょっと狙いがあったらしいっすよ? 俺は知らされてないっすけど」
「狙いねえ・・・・・・」
「九割くらいが陛下の暇つぶしで、あと一割がなんか目的っす」
「それはもうほぼ暇つぶしじゃないかなあ・・・・・・」
しょうがねえやつだ、と今頃城で仕事をしているはずのセイヴに恨みの念を送っておく。
アレトが苦笑しているところを見ると、よくあることなのかもしれないが。
「陛下はたまに訓練場に来て、大暴れしていくっすね。ただ、がんばると出世できたりするんで、士気は上がるんすけど」
褒美があるとわかれば頑張れるのは人情だろう。
特に、セイヴはカリスマというか、華がある。
隣にいるリズ含めて、絵になっている。
それゆえ、憧れる兵士は多そうだ、と思う。
実際、その実力は圧倒的なわけだし、それだけでも憧れるやつは多いだろう。
「一応言っとくと、ヴィークスさんは魔皇近衛の中でも、実力だけなら一、二を争うっすよ。陛下の乳兄弟でもあるんで、忠臣中の忠臣す」
「それでなんで序列第三位なんだ?」
そこまでの忠臣なら、多分魔皇近衛になったのは一番だろうし、序列一位になったりするんじゃなかろうか。
モリヒトの疑問に対し、アレトはしばらく遠い目をしてから答えた。
「あー。・・・・・・序列一位は、今他国との折衝で国境沿い飛び回ってるっす。ほぼ陛下の名代っすよ。その交渉力だけで選ばれたようなところあるんで」
「・・・・・・セイヴが、そこまで外交を重視してんのか?」
ちょっとセイヴの性格とそぐわない気がする。
オルクト魔帝国は、現状大陸最大国家なわけで、戦争ならほぼ負けなしだろう。
飛空艇とか、この国独自の兵器もあるわけだし。
そうなると、外交には、ある程度の余裕があるはずだ。
セイヴの性格からしても、幼いころから過ごしてきたであろう乳兄弟より、外交官を重視する、というのは、ちょっと信じがたい。
「マジやべえっすよ。口八丁で陛下と他の魔皇近衛全員説き伏せて序列一位持ってったやつなんで」
「・・・・・・詐欺師かなんかか?」
モリヒトが思ってたとは違うようだ。
セイヴが重視しているのではなく、単純にそいつの功績というか手腕らしい。
そして、そうなると逆に序列一位の任命がセイヴらしく思えてきた。
「そこまでできるやつなら、って面白がりそうだな。セイヴなら」
「まさしくそれっす。一応肩書は軍師ってことになってるっすけど。・・・・・・陛下すら騙せるんなら、もう世界一っすねえ・・・・・・」
アレトは遠い目をしている。
「それでいいのか魔帝国。てか軍師がなんで外交やってんだ」
「外交(戦争)っす」
「この国戦争してんの?」
「国境沿いじゃあ、結構小競り合いが絶えないっすよ? 今んとこ、突破されたって話は聞かないし、何だったら、年ごとにちょっとずつ敵国の国境削ってるっすけど」
「・・・・・・こえー。その軍師こえー」
軍師ということは、
「何か? そいつ前線の戦力掌握してんのか」
「というより、陛下の名代として、やりたい放題っすよ。一応、中央からの指示は守ってるんで、宰相も元帥も、好きにやらせてるところあるっすけど」
「セイヴは?」
「報告書読むたびに爆笑してるっす」
「・・・・・・・・・・・・気が合ったんだな」
「陛下と気が合うっていうだけで、宰相の心労倍増しっすけどね」
心中は察する、というところか。
聞いた情報だと、やたらと口のうまいやばいやつ、ということはよくわかったが。
「それが序列一位でいいのか」
「面倒なことに、頼りにはなるんですよ。何せ、帝国法は全部覚えてるんで、困ったときにそいつの知恵借りれば、とりあえず解決するんで」
アレトはやれやれ、という口調で語っているが、結局は仲間としては信頼しているんだろう。
「なんかちょっと興味湧いてきた」
「・・・・・・セイヴ様同様、変に意気投合されてもなんですし、私としては会わないことを祈りますが。はい」
モリヒトのつぶやきを聞いて、ルイホウは頭を抱えている。
だが、モリヒトからしてみれば、口一つでのし上がった、という特化した才能にはちょっと心惹かれるものがある。
「・・・・・・まあ、いずれ会うこともあるだろう、と今後の機会に期待して、第二位は?」
「欠番っす」
「?」
「なんでなのかは知らないっすけど、序列第二位は、永久欠番ってことに決まってるっす」
アレトも、これには不可解なものを感じているのか、不審を隠すこともなく首を傾げている。
セイヴが何かこだわっているんだろうから、セイヴに聞けば、案外教えてくれるかもしれない。
「まあ、陛下が決めて、他が納得してるんで、俺は気にしないっすけどね」
ちょっと悩んだ顔など何もなかったように、あっけらかんとアレトは笑う。
モリヒトは、その顔を見て、アレトの忠誠を思うのだった。
「・・・・・・じゃあ、実質、帝都にいる魔皇近衛の一番上は、あのヴィークスってことか」
「ま、そうっすよ。魔皇近衛について、陛下の次の指揮権は、ヴィークスさんが持ってるっす」
「・・・・・・そういうのを客人相手にぶっつけの模擬戦でぶつける。・・・・・・やっぱセイヴの感覚はぶっ飛んでんな」
「ははは。俺らはもう慣れたもんって感じっすけどね」
その辺りは、おそらくセイヴに近しいもの全員に共通した感覚なのだろう。
自分のペースに巻き込んで、そしてそのペースに巻き込まれることを楽しませる。
ある種のカリスマであり、慣れてくると病みつきになる。
セイヴのそういうところを、自分も気に入っていることを自覚して、モリヒトは苦笑した。
「・・・・・・で、そういうのが一番上にいるからこその、この国で、この街か」
「へへ。そういうことっす」
改めてにぎわう街を見る。
「ですが、なぜ今日街に出ることにしたのですか? はい」
ルイホウが首を傾げている。
朝起きて、街に出よう、と言い出したのは今朝の話だ。
昨日までは、城の中にいるか、と言っていたのだから、そこで疑問を持たれるのは仕方ないだろう。
「いやあ、ほら、昨日さあ、ちょっと思いつき試してみようか、とやって思いっきり失敗したじゃん?」
「ああ、あの最後のですか? はい」
「そう」
構想段階、ということで試しにやってみようとしたのだが、思ったようにはいかなかった。
「俺その場面は見てないんすけど、相当しょぼかったらしいっすね」
「そうなんだよ。ただ、うまくやればできるんじゃないか、とは思っててさ」
「思い付きを、いきなりでうまくいく方がおかしいんですよ。はい」
「それは分かってる。ただ、失敗したのは事実だから、引きこもってると延々とあれについて考えちゃいそうだから、いっそ外出ようかなと」
「つまり、気分転換っすか」
「そういうことになる。付き合わせて悪いな。アレト」
「気にしなくていいっすよ。おかげで俺も街歩きできてますし」
からっと笑うアレトに礼を言い、モリヒトは大通りを進む。
「何はともあれ、腹が減った。・・・・・・美味い昼飯食おうぜ」
「お。じゃあ、俺がオススメなところに案内するっす」
「よっしゃ、頼むぜ地元民!」
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