第10話:軽く模擬戦を
はて、と首を傾げる。
なんでこんなことになったんだか、という疑問だ。
広い空間だ。
石壁に囲まれており、天井は吹き抜けになっている。
地面は固く踏みしめられた土。
草の一本も生えていない、ところどころに焦げ跡と思しきものの見える地面だ。
グラウンド程度の広さを持っているここは、城の外縁にほど近い場所にある、訓練場だ。
兵士や騎士が訓練に使う場所であり、あるいは魔術の訓練に使う場所。
テュール異王国だと、一か所くらいしかなかったが、オルクト魔帝国だと、これと同規模の訓練施設が他に五か所ほどあるらしい。
帝都内にある、市民でも使用可能な施設も含めると、その数は十数箇所になるという。
モリヒトは、それらの中の帝都の城にある訓練場の一つに立っていた。
なんでか、と言えば、まあ、訓練のためだ。
ちょっと体を動かしたい、ルイホウから魔術を学びたい、そこらへんの要望を告げたところ、エリシアの提言とセイヴの許可もあって、この訓練場の使用が許可された。
そうして訓練場に来て、最初は魔術を撃ってみたり、軽く剣を振ってみたりしていたのだが、いつの間にか絡まれた。
絡まれた、という言い方は不適切か。
ルイホウ(美女)につきっきりで魔術を教えてもらいつつ、時折エリシア(美少女な姫様)から声援が飛んできているよそ者に、ちょっととげとげしい視線が飛んできていたのは分かっていた。
そこにセイヴが現れて、ちょっと騎士相手に訓練してみるか、と提案があった。
本職じゃないんだからちょっと無理、とモリヒトは言ったが、セイヴはまあまあ、となだめて、適当に相手を見繕ってきた。
そして、それが今、モリヒトの前で剣を構えている。
「・・・・・・うーむ。・・・・・・流れるように型にはまったな・・・・・・」
一応、レッドジャックに布を巻いたものを構えながら、モリヒトは嘆息する。
前に立っている騎士は、刃引きをした剣を持っているが、割とやる気満々、というところだ。
セイヴは、戦士ではないのでちゃんと手加減するように、とは言っていたが、果たして聞いてもらえるのだろうか。
訓練場の、開けてもらった場に二人で向き合っており、周囲には観客も多い。
セイヴは審判役でもやる気なのかノリノリだし、ルイホウやエリシアも遠目に見ている。
「仕方ないか・・・・・・」
嘆息一つ、気持ちを切り替えて、ちゃんと構える。
どうせ模擬戦としては勝負にならないのだから、ちょっと魔術を試させてもらおう。
「よし、では、始め!!」
セイヴがノリノリで宣言した。
** ++ **
先手は譲ってもらえるらしい。
相手が動かないことを見て取って、モリヒトは、ふう、と一つ息を吐いた。
両手には、逆手に握ったレッドジャックがある。
先手として考えるなら、魔術から。
魔術は基本的にイメージ次第だから、殺さないように、とイメージしていれば、魔術の威力は自然と落ちるだろう。
そうでなくても、この訓練場は周囲の石壁に仕込まれた細工によって、内部では魔術の威力が減衰するらしいし。
さて、と考えながら、口を開く。
「―レッドジャック―
炎よ/・・・・・・」
いきなり詠唱を始めたからか、わずかなざわつきが生まれる。
それは気にしないことにして、詠唱を続行する。
「刃よ/形を成せ/振るう数と等しく/飛翔せよ」
外へ一度切り払い、その後、両手を上に振り挙げて、振り下ろす。
計三度の刃の振りによって、そこには炎の刃が現れる。
「回転炎刃/消えぬ炎よ/追え!」
そして、右手に持つレッドジャックを軽く放って回転させ、順手に握り直して刃先を相手に向ける。
「ほお・・・・・・?」
セイヴの感嘆ともつかない声が聞こえた。
炎の刃は円形のチャクラムにも似た形状へと変化し、モリヒトの刃先を向ける動きとともに、相手役となった騎士の方へと飛んだ。
一瞬、騎士は驚きに目を瞠るが、そこはやはり本職の戦士だ。
冷静になると、何かを呟いた。
その後に、剣が光ったところを見ると、剣を強化するタイプの魔術だろうか。
振りぬかれた剣が炎の円刃を叩いた瞬間、火の粉を散らして炎の円刃が砕ける。
それが、計六度。
打ち込まれた炎の円刃は、一つ残らず砕かれた。
「おお!」
思わず感心してしまった。
モリヒトとしては、初めてやった魔術だったわけだが、思った以上の速度で飛んだので、自分でも驚いたくらいの魔術だったのだが、あっさりと迎撃されてしまった。
すごいな、と思いながら、剣を構える。
炎の円刃が砕けた火の粉は、勢いのままに、騎士の背後へと散っていく。
その間をすり抜けるようにして、騎士が走り込んできた。
手加減はされている。
それは分かった。
訓練を見学していた時は、最初にモリヒトと騎士の間に空いていた程度の距離など、一歩で縮めていたのに、今は一歩ずつ踏みしめながら走り込んでくるのだから。
だが、もう一撃を撃つほどに余裕はない。
「ふ!」
短い呼気とともに、騎士は大きく剣を振り上げ、振り下ろしてくる。
見ている分には、むしろゆっくりとした動きだ。
だから、レッドジャックを頭上で交差させて、受ける。
がん、と強い衝撃を受けるが、しっかりと受けきれる。
そのまま押すことはなく、相手の騎士は後ろへと下がった。
軽く距離を空けて、もう一度構えるのは、まさしく手加減だろう。
モリヒトがどれだけ素人なのか、ぐらいは、セイヴの方もきちんと言い含めている、ということだ。
何か良い手を打てれば、多少は変わるかもしれないが、今はなしだ。
「・・・・・・」
ただ、ちょっと驚かせてみよう、とモリヒトは企てる。
相手は模擬戦だが、モリヒトはちょっと新しい魔術を試してみよう、という気持ちなのだから。
試すのは、魔術の効果時間。
視線を向けるのは、先ほど騎士によって散らされた火の粉だ。
それはまだ、散らされたままにそこにあった。
「炎よ/集え/刃はあちらに/敵はそこに」
「!」
モリヒトの詠唱に、騎士が身構える。
最初の位置よりはるかに近い場所での詠唱だ。
集中しなければならない、とモリヒトを警戒する。
だから、背後から迫る熱への対応が遅れた。
「なっ?!」
「襲え/獣の牙のごとく」
騎士の背後で集っていた火の粉が一塊となり、そのまま騎士に直進するように飛ぶ。
それを寸前で察知したのはさすがだろう。
急な動きで背後へと振り返った騎士に対し、追加で施された詠唱が魔術の動きを変化させる。
一塊だった炎は、上下に分かれ、さらに二つに分かれた。
合計四本の牙が上下から突き立つように騎士へと襲い掛かる。
「ちぃ!」
そこからの騎士の動きは、モリヒトの目には追えなかった。
ただ気が付けば、騎士は向こう側へと抜けており、何もない空間を炎の牙が噛んだ。
かみ合わされることによって砕けた炎の牙の熱がモリヒトへと吹き寄せる中で、火の粉の向こうに見えていた騎士の姿が一瞬揺らいだと思えば、
「!」
背後だ。
右肩の上にそっと、剣の腹が置かれた。
視線を落とせば、剣先が見える。
「・・・・・・はあ」
モリヒトはため息を吐いて、全身の力を抜く。
すると、剣が肩から離れ、後ろへと引かれていく。
その動きに合わせて振り返れば、背後には汗をかいた騎士がいた。
「・・・・・・驚きました」
騎士はモリヒトの視線に気づいて、ふ、と笑う。
「まさか、一度砕いたと思った魔術が、別の魔術となって襲ってくるとは・・・・・・」
「いやあ、あっさり対応されたしなあ・・・・・・」
ううむ、と唸る。
気づけば、モリヒトも汗をかいていた。
最初の位置からほとんど動いていないにしても、背後から剣を突きつけられる、というのは驚いた。
「どちらかと言えば、あの移動の方が驚いた。牙を砕くでもなく向こう側へ抜けられるとは・・・・・・。オルクトの騎士ってのはすごいんだな」
「いやあ・・・・・・。さすがに、自分にも矜持、というものはありますので」
「?」
「申し遅れました。自分は、ヴィークス・ノイス。魔皇近衛隊序列第三位の魔皇騎士であります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
握手のために差し出された手を無意識に握りながら、モリヒトは頬をひきつらせていた。
たまたまそこらへんにいた騎士を模擬戦相手に選ばされたのかと思いきや、セイヴのやつはとんでもないのを引っ張ってきていた。
「ド素人の模擬戦相手に、何を引っ張ってきてんだ・・・・・・」
「ははは。陛下からは、闘いに関してはド素人だが、魔術面でたまに突飛なことをやらかすから警戒しろ、とだけ言われておりました。できれば、一、二発は魔術を撃たせてやれ、とも言われていたのですが・・・・・・」
「ああ、手加減してくれてたのは分かってたよ。・・・・・・おかげでこっちも、ちょっと思い付いてたことを試せはしたし」
意外と、行けるもんだ、とモリヒトはレッドジャックを見下ろす。
結構魔術の制御に集中力が必要だったが、思った通りの動きはさせることができた。
そのことについては、モリヒトとしては内心喜んでいる。
「おおいモリヒト!」
セイヴが大声を上げながら寄ってきた。
「なんだ、どうやった?! ん? あの魔術、なんで消えなかった?!」
モリヒトへとぐいぐいと詰め寄ってくるので、とりあえず手の平を見せて押さえる。
「落ち着け」
「しかしなあ。一回効果を発揮し終えた魔術が、なぜ消えん?」
「分かったから、ちょっと落ち着け」
ルイホウ達が近づいてきているのも見えたし、セイヴの方は聞かせないと落ち着かないだろう。
ただ、そのために訓練場のスペースを占有するのも気が引ける。
説明のためにモリヒトは、訓練場の端を目指して歩き出すのだった。
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