第8話:帝国の問題
「陛下。出立前に捕らえた暗殺者については、覚えておいでですか?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、あれか?」
ビルバンに言われ、しばらくセイヴは考えこんでから、ぽん、と手を打った。
「手応えなさ過ぎてつまらんかった」
「暗殺者?」
モリヒトは首を傾げるが、
「日常茶飯事だ。俺様は結構命を狙われている」
「ああ、むかつくもんな」
「おいこら」
モリヒトがもっともらしく頷くと、セイヴは頬をひきつらせた。
「敵が多いのは想像つくが、暗殺者を自分で捕まえるとか、人手不足か?」
「そう言われても反論はできませぬな・・・・・・。ああ・・・・・・」
ビルバンはうつむいた。
「陛下が強いのと、リズ殿の探知は優秀でしてな」
「リズって探知できるの?」
セイヴの相方として、でっかい炎の塊をぶん回していたところしか見たことがないので、がっつり戦闘系と思っていたのだが。
「広いぞ? 少々仕込みはあるが、帝都全域は探知できる。俺様の能力と合わせれば、城の内部の侵入者は把握可能だ」
「・・・・・・へえ・・・・・・」
すさまじいな、と飛空艇から見下ろした帝都の規模を思い出す。
仕込み、というのは、おそらく魔術を使用するための細工がある、ということなんだろう。
「俺様は、城の中で働いている人員は全員把握しているからな。それ以外の人間がいれば、基本的に侵入者だろう?」
「・・・・・・・・・・・・さらっとすごいこと言うよなあ、こいつ」
帝都の城はすさまじく広い。
規模からして、働いている人間は、百や二百ではきかないだろう。
それを全部把握とは、と感嘆するほかない。
「それに、夜中に屋根の上を飛び回るようなのは、どう考えても不審者だろう?」
「それを言うと、陛下も不審者っすね」
「・・・・・・・・・・・・」
アレトが壁際からぼそっと挟み込んだ一言に、一時室内の空気が止まる。
「・・・・・・まあ、それはそれとして、だ」
こほん、とセイヴが咳払いを一つ打つ。
「話を戻そう。その暗殺者がどうした?」
「捕えていた牢の中で全員死にました」
「ほう?」
「出発前に、自分も聞いたっす。監視にあたっていた牢番も含めて、全員やられた、と」
「・・・・・・・・・・・・」
セイヴの顔が険しくなる。
「全員、殺しておくべきだったな・・・・・・」
「陛下の責ではございませぬ。陛下が出られずとも、暗殺者は捕えておりました」
「そうっすね。近衛のいる区画に近寄ったら、まず間違いなく。・・・・・・そうでなくても、陛下のいる区画には常に親衛隊が詰めてますから」
アレトが頷きついでに説明する。
ちなみに、親衛隊、というのは、魔皇近衛隊とは別の、城内警護を務める部隊である。
近衛と兼任している騎士もいるらしい。
「また話がそれましたな。とにかく、暗殺者は口封じされた、ということです。つまり、いつもとは違う」
「いつも?」
「いつもは、尋問を済ませたのち、それ相応の裁きを与えている。・・・・・・大概は死罪だが」
魔皇の暗殺を狙ったのだ。それも当然の裁きではあるだろう。
だが、
「当然、牢の警護は厚くしている。口封じに来ることなど分かりきっているからな」
「だが、その警護をすり抜けられ、牢施設内部のものをすべて殺された。・・・・・・明らかに今までとは手口も、何よりも能力が違う」
「ふむ」
「・・・・・・問題なのは、これが陛下を狙ったものである場合、王を呼んだばかりでまだ安定していないテュール異王国内に危険物を持ち込んだことになりかねない、ということで」
「・・・・・・あー」
そういうことを考えると、
「エリシア守った時に戦ったあの暗殺者って・・・・・・」
「うむ。おそらくそれだな」
セイヴ達と会った時に戦った暗殺者の群れは、おそらく魔帝国から追ってきたもの、ということになる。
「・・・・・・? 待て、セイヴ。お前あの暗殺者どもが現れたのって、帝都で襲われてからどのくらい時間経ってる?」
「む? 帝都で襲われた翌朝にはバルハベルンに乗って、テュールに入って、その夜には襲われたが・・・・・・、む?」
セイヴの方でも思い当たることがあるのだろう。
顎に手を当て、セイヴは考え込みだした。
「セイヴとエリシアはバルハベルンに乗ってテュールに来たんだろ? 飛空艇に乗ったから分かるけど、あの速度に地上しか走れない暗殺者が追いつけるとは思えん。なのに、ほとんどセイヴと同じ速度で移動しているっておかしいだろ。それこそ、飛空艇でも使わんと・・・・・・」
「もともとテュールに潜んでいたものを使った、ということも考えられるが・・・・・・」
ふむ、とセイヴは考え出すが、
「同時期に城で起こった襲撃騒動もあるしな」
「ついでに言えば、瘤を潰しに出た時はセイヴの方には暗殺者来なかったよな?」
「・・・・・・・・・・・・エリシアを狙ったか」
「可能性だろ? ユキオ狙いだった可能性もあるし、結局全部死んじゃったから、尋問もクソもなかったしな」
全部炎の怪物になって燃え尽きたと聞いている。
ついでに言えば、最初の夜に襲撃に来た暗殺者の群れについても、全部死んでしまっている。
「まあ、何はともあれ、やはりこちらから騒動の種を持ち込んでしまった、ということですな」
ビルバンの締めくくりに、セイヴは難しい顔をしながらも頷いた。
「・・・・・・ふむ」
「そして、陛下がいなくなった直後、そのタイミングを狙うかのように問題が噴出しまして」
「問題とは?」
「・・・・・・ディバリスの森です」
「どこ?」
「地元では迷いの森と呼ばれる難所だ。真龍の座す御山の麓に広がる森でな。魔力の乱れから方向感覚を狂わされる上、多数の魔獣が生息している」
「危険地帯か・・・・・・」
迷いの森とはファンタジー要素あるなあ、と思う。
「真龍に会うには、その森を越える必要があると」
「なくすことはできん。真龍は地脈の源流。すなわち大規模で濃密な魔力の発生源、ということでもある。そんな密度と量の魔力が流れてくればどうなるか。ディバリスの森は、それを防いでくれている場所だ。下手に手を入れると災害となりかねない場所だからな。立ち入り禁止としている」
セイヴの説明にビルバンは頷く。
ビルバンは机の上へと一枚の紙を出した。
地図だ。
「真龍の座す山を中心とした地図です」
新たに描き起こしたと思しきその地図の数か所に、バツ印がついている。
他に、数か所の街道と思しき場所を太く赤いインクで色が引かれている。
「何があった?」
「瘤です。バツ印が付いた箇所で、小規模な瘤が出現し、対応に当たっております」
「巫女衆でなくても大丈夫なのか?」
「小規模なものならば、大丈夫です。はい」
モリヒトがルイホウに確認するが、ルイホウは厳しい顔をして頷く。
「特に、テュールが持つ地脈関連技術の大元はオルクトですから、小規模なものであるのならば、問題なく対処できるはずですが。はい」
「ええ。実際、瘤の鎮静化には成功していますが、数が異常です」
瘤、というのは、地脈の異常だ。
ルイホウから聞いた話では、そうそう頻発するものではないし、
「源流となる真龍に近いところで、これほどの数の瘤が出るのは、異常です。はい」
「そうなのか?」
モリヒトが疑問を浮かべると、ルイホウは少し考えてから、
「川の流れと同じです。河口付近の水が汚れているならともかく、湧いたばかりの水が濁っている、というのは異常でしょう? はい」
「ああ。なるほど・・・・・・」
そう言われるとわかる。
だがそういう意味で言うなら、
「なんだ? またあの人為的な瘤製造か?」
「・・・・・・いや、どうだろうな? それにしては・・・・・・」
セイヴは地図のバツ印をとん、とん、と指で追う。
「起こっている場所が無作為に過ぎる。・・・・・・さて?」
セイヴは何事かを考えている。
ビルバンはさらに赤いラインの方を示し、
「これらの街道において、魔獣の出現、崖崩れなどの道の封鎖などが発生しており、帝国内の流通に影響が出ております」
「・・・・・・・・・・・・これが、俺様がこの国を出てから?」
「は。バルハベルンが飛び去った後に、立て続けに。・・・・・・おかげで、内務も軍務もあわただしくしており、裁可が必要な書類も多く発生しておりまして」
「・・・・・・分かった。これは問題だな」
しばらく地図を眺め、何かをセイヴは考えていたが、一つ頷いた。
「これですべてか?」
「喫緊のものは」
「わかった」
そして、ぱん、と手を打った。
「よし。一旦話はここまでだ」
「いいのか?」
「ああ。これらの問題に関する情報をすべて俺様のところに持ってこい。対応を考える」
「は!」
「それと、モリヒトとルイホウも今は客人として滞在してくれ。・・・・・・ルイホウの方には、あとで意見を聞くかもしれんが」
「私の方で協力できることがあるならば、惜しみません。はい」
「助かる」
「ふむ。では俺は大人しくしておこう」
「すまんな。問題がなければ、俺様の方で帝都の案内でもしてやろうかと思っていたんだが」
「気にするな。責任があるやつは、その責任を果たすことを優先しろ。・・・・・・何、問題がいつまでも続くわけでなし。落ち着いてからでいいさ」
「ふ。そうだな。・・・・・・アレト。モリヒトとルイホウを客室へ案内しておけ。それが終わったら、軍務の方の情報を持ってこい」
「はっ!」
アレトに従って、モリヒトとルイホウは部屋を出る。
それを見送ったセイヴに、ビルバンはふむ、と唸った。
「・・・・・・それほど長い期間を接したわけではないでしょうに、あのモリヒトという青年と、ずいぶんと仲良くなられたようで」
「おう! 不思議とな」
セイヴの笑みは明るい。
「ふ、そうですか」
小さく笑い、ビルバンは机の上の鈴を取って、部下たちを呼び寄せるのだった。
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