第7話:宰相
緊張感がすごいな、と思う
ソファに腰かけ、優雅に余裕を持ってカップを傾けるセイヴの性根が大物、というよりのんきだ。
その様を見て、肩を怒らせ、こめかみをぴくぴくさせていた壮年の男だが、エリシアの縮こまった様子と、周囲の部下たちのおろおろとした様子を見て、ふう、とため息を吐いた。
それで、緊張は多少緩んだが、やはり緊張感はぬぐえない。
単純に男性の姿に威厳がある。
ぶっちゃけ、セイヴと並べてしまうと、こちらが王でセイヴは王子、というような雰囲気すら感じる。
部屋の戸を開けた瞬間に飛んできた、人をにらみ殺すかというような視線を気にすることもなく飄々と部屋の中に入り、そのままソファにどっかりと腰を下ろして、周囲のメイドに茶を要求したセイヴがどうかしている、とか思えない。
怒りの矛先が完全にセイヴに向いているために、モリヒト達は平静を保てている、とも言える。
眉間を揉み、それからモリヒトへと向き直り、男性は重苦しく口を開いた。
「・・・・・・まずは、客人に歓迎の意を示そう。よくぞ参られました」
その声は深く、渋い。
苦労を背負っているのだろう。
よく見れば、目の下にはクマが深い。
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
モリヒトがその言葉に対し、礼を言えば、男性の目から多少は険が取れた。
「申し遅れましたが、小生はオルクト魔帝国において宰相位に就いております、ビルバン・ヒルテリトと申すもの。以後、見知り置きを」
白髪交じりの黒髪をすべて後ろへと撫で付け、灰色の鋭い目をした男だ。
「モリヒトです。モリヒト・カムロ。異世界から来ました」
「うむ」
モリヒトは、差し出された手を握る。
力強く、節くれだった硬い手だ。
ペンだこが大きい。
ビルバンは手を放すと、ルイホウへと向き直り、
「それと、巫女衆のルイホウ君でありますな? 以前お会いしたのは、確か先王時代のことでありましたか」
「はい。前回の『竜殺しの大祭』の折にご挨拶させていただきました。はい」
楚々、とルイホウは礼をして見せる。
ビルバンはその仕草に対して、目礼を一つ返した。
「そちらにかけられよ」
その言葉に従い、モリヒトとルイホウはセイヴの対面となるソファへと腰を下ろす。
それを見てから、ビルバンはエリシアへと目を向ける。
「皇妹殿下も、御怪我などございませんか?」
「大丈夫ですの。モリヒト様やお兄様に守っていただきましたの」
「ふ。それはそれは」
まるで孫を見守る爺のような顔を浮かべ、ビルバンは頷く。
「アンナがずいぶんと気を揉んでおりましたぞ?」
「あう・・・・・・」
ビルバンの言葉に、エリシアは頬をひきつらせ、言葉に詰まっている。
ふ、と小さく笑みを浮かべ、ビルバンはアニータとアレトへと目を向ける。
「諸君らは下がってよい。任務ご苦労であった」
「は!」
二人は敬礼をして応じると、アレトは壁際へと寄り、アニータはエリシアの背後へと回る。
「姫様。まずはアンナのところへ参りましょうか」
「あ、はいですの」
アニータの促しに、エリシアは頷く。
「? あんなって?」
「エリシア様の専属侍女ですよぉ」
モリヒトの疑問にアニータは答えた。
「城内でのエリシア様の傍付きなので、きっと心配していますねぇ」
「怒られますの」
エリシアは暗い顔をしているが、アニータはぽんぽんと気安げにその肩を叩いて、微笑んだ。
「大丈夫ですよぉ? 怒られるのは陛下だけですので」
「む? 俺様か?」
「エリシア様お一人で城から出て行けるわけないでしょう? 全部陛下が悪いですよぉ」
「うむ。間違いない」
ビルバンももっともだ、と頷いた。
「何はともあれ、殿下は一度お下がりください。・・・・・・皇太后陛下にも、お顔を見せて上げられるとよろしいかと」
「そうだな。すまんが、母上への挨拶は先に済ませておいてくれ。俺様は後で向かう」
「分かりましたの」
頷き、エリシアはアニータを伴って退室していった。
「諸君らも、仕事に戻れ、ここはもういい」
「は!」
ビルバンが周囲の部下たちに向けて言葉を発し、部下たちは敬礼して応えると、順番に退室していく。
残ったのは、セイヴ、リズ、モリヒト、ルイホウ、ビルバン、そして、壁際に控えるアレトだ。
「陛下。まずはよくお帰りになられました」
「やっとか。帰還を労う言葉がいつになるかと思っていたぞ」
「はっはっは! よく帰ってこられましたな」
嫌味がたっぷりと込められているが、セイヴは気にすることなく呵々大笑、としている。
「はあ・・・・・・」
その様を見て、ビルバンは肩を落とすと、椅子に深く腰掛け、額を押さえて、はあああああ、と深くため息を吐いた。
ものすごく疲れている。
「・・・・・・セイヴ。お前この人に苦労かけ過ぎじゃないか?」
「む? どうしたビルバン? いつもなら、俺様がいない方が仕事がはかどると喜ぶだろうに?」
「・・・・・・・・・・・・お前、普段からどんな仕事してんの?」
「む? いろいろだな。俺様は優秀だからな」
ふっふっふ、とセイヴは不敵に笑う。
モリヒトはそれを冷ややかに見つめて、
「アホだろう」
「何を言うか。必要な施策をできるやつに回す。これだけで国はよく回る。俺様は、そこらへんあまり見誤っていないぞ」
「むしろその見極めが正確過ぎるが故に、仕事を回されたものは休むことができず、仕事がいつまでも減らないというのが本当のところですな」
はあ、とビルバンは唸る。
「あらまあ」
モリヒトは感心すればいいのか、呆れればいいのか、どうしたものか、という顔をする。
実際、能力はあるのだろう。
ただ、新しい施策が多いせいで、多分仕事がなくならないのだ。
「ブラックー・・・・・・」
「うん? 黒は我が国の真龍の色だな!」
「・・・・・・・・・・・・そうか、ブラックか」
この国やばいな、とモリヒトは頷く。
「しかし、ビルバン。それはそれとして、どうしてそこまで消耗している? 俺様が執務をしない程度で、お前がそこまで疲弊することなど・・・・・・」
「・・・・・・陛下。その前に、数点、確認させていただきたいことがあります」
「うん? 何だ? 言ってみろ」
「あ、ちょっと待て」
モリヒトはそこに待ったをかける。
「どうした?」
「そっから先、俺やルイホウが聞いてもいいのか?」
国内の事情だとすると、他国人であるモリヒトやルイホウは聞かない方がいい。
セイヴは、ビルバンへと目を向ける。
「・・・・・・ビルバン?」
「いや、そちらの二人も当事者と聞いている。問題に関連している以上は、聞いていただいて問題ない。・・・・・・むしろ、今後の動き次第では、テュール異王国
ビルバンは顎の下で手を組んで、その手に顎を乗せた状態で、セイヴへと目を向ける。
「まず、テュール異王国において、地脈異常による騒動を鎮圧されたとか」
「うむ。やったな」
「その事態に、そちらの二人も関係していたと聞いております」
「やったやった。俺が腕を切った」
「うむ。俺様が切った!」
「二人してなんで自慢げなんですか? はい」
ルイホウは呆れとともにため息を吐くが、
「まあ、何はともあれ、そうやってそれらの問題に関連することとなるが・・・・・・」
そこで一度、言葉を切って、ビルバンは一つ息を吐いた。
「少々、問題は複雑となっております」
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