第6話:首都『アログバルク』
それは、巨大な都市であった。
空から見下ろすそれは、このファンタジー世界においては、むしろ違和感の塊でもあった。
一方で、モリヒトからすると、元の世界の光景に近いようにも見える。
眼下に、見渡すばかりの人工物の街並みが広がっている。
城壁は上から数えられるだけでも五枚。
中央の一番高い城壁の内部は、おそらく城だ。
だが、その区画だけで、テュール異王国の王都『テュリアス』がそのまま入るのではないかと思うほどに巨大だ。
囲む城壁は黒く、頑強な印象が見て取れる。
分厚く高い城壁に囲まれた都市の中は、住宅と思しき建築物が密集している。
中心の五角形の城を中心にして、放射状に広がる十条の大通り。
その大通りは飛空艇から眺めても、石畳すら見えないほどに人が歩いている。
大通りほどではなくとも広い通りが何本も交差するような箇所は、都心のスクランブル交差点かと思うほどに人の行きかいが激しい。
建物の並びは、中央に行くほどに整然と、外に向かうほどに雑多に。
中央は黒の色合いが強いが、外へと向かうに従って、様々な色合いでグラデーションを描いていく。
空から見下ろしている今ですら、圧倒されるほどの都市だ。
地にあって、大輪の花のように広がる巨大な都市が、そこにあった。
オルクト魔帝国帝都『アログバルク』。
遷都した当時の魔皇の名を冠して呼ばれるその都市こそ、ヴェルミオン大陸最強国家であるオルクト魔帝国の首都であった。
** ++ **
「すごいな。・・・・・・設計がしっかりされた都市って感じだ」
「遷都した段階で、相当に念を入れて設計したらしいからな。都市構造は、三百年前からそれほど変わっていない」
実際、すさまじい都市である。
見下ろす限りの家並み。
中央付近などには高層建築がある。
どうやら集合住宅などもあるらしく、街並みはモリヒトからすると、テュール異王国のそれよりもなじみ深ささえ感じる。
「中央を第一層として、城壁を外へ向かうごとに、第二層、第三層、第四層、第五層、となる。外に向かうほど、平民向けの区画になるな」
「ほう?」
「中央ほど物価は高いが高品質で安定し、外に向かうほど物価は安いが玉石混交。そういう造りだ」
「集合住宅に、高層建築。・・・・・・よく作れるもんだ」
「鉄筋コンクリートの作り方さえ知ってしまえば、ある程度はどうにかなる。魔術も併用すれば、かなり短い工期で作れるぞ」
「うん。すごい」
テュールの国内で見たものもそうだが、この国に至るまでに飛空艇内を見せてもらった感じ、モリヒトでは原理の分からない技術が多量にあった。
おおよそ、異世界テンプレであるところの知識チートは不可能と思った方がいい。
概念や知識をしっかりと取り込んで、技術として発展させている以上、オルクト魔帝国の文化水準は極めて高い、ということだ。
「城壁部分は、真龍のいる山地近くの岩山から切り出したものを魔術で精錬強化して使用している。硬いぞ」
「その一言で説明すんな。わかるけど」
「都市全体に結界魔術を張れるような都市構造になっていてな。平時からある程度の結界を展開している」
「防衛機能はすさまじい、ということか」
ふむ、と唸る。
ただ一つ気になることもある。
「・・・・・・移動が面倒になるほどの広さだな」
都市内を端から端まで移動するだけでも、一日がかりの移動にならないだろうか。
テュール首都のテュリアスでは、移動は主に徒歩と馬車と人力車だった。
その移動スピードを考えると、この都市では移動の速度が遅すぎる気がする。
それこそ、自家用車なり電車なりないと、と思ったところで、
「・・・・・・ふむ。見えるか?」
「ん?」
セイヴの指さす先へと目を向ける。
空を何かが飛んでいた。
「・・・・・・飛空艇、ってわけじゃないよな?」
「さすがにそれは無理だ。だが帝都に張ってある結界内でのみ飛行能力を持つ乗り物があってな。それを利用して定期便が作られている」
「・・・・・・電車?」
「そちらだとそう言うか。バスの方が馴染みがよいか?」
「空飛ぶバスかー・・・・・・」
この部分は発展してんな、と思う。
「地下にはレールを引いて、高速で移動できる仕組みもある」
「三百年前の時点で、地下鉄を構築してんのか・・・・・・」
「そういうことだ。ルートは割と複雑ではあるが、覚えてしまえば便利だぞ」
「・・・・・・・・・・・・お前は覚えてんの?」
「うむ。俺様も帝都に住んで長いが、未だにすべては把握しきれていない。第四層、第五層はほぼ把握できているんだが・・・・・・」
むう、と難しい顔をしてセイヴは唸っているが、ツッコミどころはそこじゃない。
「なんで外の方をよく知ってるんだ? お前は・・・・・・」
「うん? 広くはあるが、外は効率重視で割と整然としている。だが中央は侵入者対策に入り組んでいるからな」
「ほう、なるほど・・・・・・」
そうなのか、とモリヒトは納得するが、後ろでアニータが首を振っている。
「単純に利用頻度の差ですねぇ」
「・・・・・・何やってんだお前は」
意味するところは、好き勝手に下町で遊んでいる、ということだろう、と察して、モリヒトは呆れた声を出す。
「ふむ。言い訳はせん!」
むしろ胸を張って堂々と宣言するセイヴに対し、アニータは頭が痛いのか額を押さえる。
その様に苦笑を浮かべ、モリヒトはセイヴへと声を告げた。
「しろ。少しは反省もな」
「いや、利用頻度、という意味で言えば、中央部分はそういうのを利用するより自分で飛んだ方が早いから使っていない、ということも大きいんだぞ?」
「だぞ、じゃねえよ。飛ぶな」
「はっはっは!」
なんだかんだと、セイヴのテンションが高い。
ふと気づけば、屋根の上などで、子供がこちらを見上げて手を振っている。
赤い目立つ飛空艇は、魔皇セイヴの乗艦であることが伝わっているのだろう。
「子供には大人気、か」
「実際、俺様が街を歩くと誰もが俺様に手を振ってくる」
にやり、とセイヴが浮かべる笑いは、何とも自信にあふれたものだ。
セイヴはぐ、と手を握る。
そこに、リズがそっと手を添えた。
ふ、とリズがその手に息を吹きかけると、勢いよくその手が燃え上がる。
「ふん!」
大きくセイヴが空へと手を振りぬけば、その手から放たれた炎がさらなる天へと飛び、
「!」
爆発とともに、巨大なオルクト魔帝国の国章を描き出した。
その紋章が天空に広がると同時、眼下での歓声が爆発した。
その歓声を背に、セイヴは大きく手を広げて宣言する。
「ここが、俺様の国だ。モリヒト、よく見ていくといい。どこもかしこも、自慢できるところばかりだからな!!」
** ++ **
帝都上空を赤い飛空艇が行く。
その様を見上げ、帝国国民は手を振り、あるいは歓声を上げる。
空を飛ぶ魔皇はたまに見れるが、飛空艇が帝都上空を飛ぶことは滅多にない。
平時に帝都上空を飛ぶことを許されている飛空艇は、魔皇の乗艦のみであるからだ。
帝国保有の飛空艇の発着場は、帝都外部にあるため、そもそも帝都上空を飛ぶことがない。
また、保安上の理由からも、帝都上空の一定の高度以上の飛行は、ありとあらゆる手段、理由を問わず禁止されている。
だから、帝都で飛空艇が空を飛ぶのを見たならば、それには確実に魔皇が乗っている。
時には、バルハベルンが並んで飛行しているのを見ることもできる。
その魔皇に対し、歓声をあげ、自らの主へ対する畏敬と、今の平穏に満たされた生活への謝意を送る。
オルクト国民であるならば、そこに迷いはない。
時折市井に下りてきて気軽に交流していく若者を、誰もが知りながら見ないふりをするのもまた、それが彼への感謝であるからだ。
セイヴが帝位に就いて以降、帝都の建物の中には、赤を基調とした色の建築が増えている。
屋根の色を赤に塗ったり、壁を赤に塗ったりだ。
魔皇の治世は愛されている。
それを象徴するものこそ、この魔帝国帝都であるのかもしれない。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。