第4話:出発前
日が昇った。
夜明けの王都は、白灰色の石壁に覆われている。
朝焼けの白い光を浴びた石壁は、その光を照り返して白く輝いている。
テュール異王国王都『テュリアス』の城壁は、テュール国内の土地から切り出した岩を磨いたものを積んで作られている。
もともと海底にあったテュール異王国の土地には、白っぽい岩が固まった地形が結構ある。
そう言った場所から岩を切り出すだけでなく、地脈への干渉から意図的に地形を隆起させて、岩の切り出し場を作る、というようなことは割とよく行われるらしい。
テュール異王国は大陸から突き出した地形の上にあるが、大陸側に近いほどに植生が濃く、逆に岬側に行くに従って岩場が多くなる。
その岩場から切り出した岩は、地脈の影響によって隆起したためか、魔術的に特異な性質を持っていることもあり、この国の主要な産出品の一つとなっていたりする。
『竜殺しの大祭』に使用される儀式場は、これらの岩石を利用して建築されており、また、この王都の城壁もまた同じようにこれらの岩石が利用されている。
このことによって、いろいろと有用な効果があるらしい。
そこらへんの細かい仕様については、聞いていないが、ルイホウ曰く、とても役に立っている、らしい。
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モリヒトはセイヴ達とともに、飛空艇の前にいた。
「はい。陛下のお客さんっすよね! 俺っちがご案内するっすよ!」
軽い、というかちゃらい。
顔と口調はそんな印象をもたらすが、一方で黒い威圧感のある鎧と、全く隙のない立ち居振る舞いに、ひどくギャップを覚える。
「お前さんは?」
「俺っちは、アレト・ビルクハン! 魔皇近衛隊序列十四位。下っ端っす!」
アレトの自己紹介を聞いて、モリヒトは隣のルイホウへ聞いた。
「・・・・・・・・・・・・ルイホウ。魔皇近衛隊って?」
「今代魔皇帝より、直接に騎士位を授かる、魔皇帝一代限りの騎士位の持ち主で構成された隊です。魔皇帝直属の騎士、とも言えます。はい」
「すごいの?」
「基本的には、オルクト魔帝国最精鋭の騎士の称号、と思っていただければ。はい」
ルイホウの説明に、モリヒトは感心を持ってアレトを見る。
一方で、アレトはルイホウの説明が聞こえていたか、照れた様子で頭をかいて、
「いやあ、お褒めにあずかり恐縮ってなもんっすけどね。実際、俺っちは大したことないっすよ? ええ。魔皇近衛は十八人しかいませんし、十四位って圧倒的に下から数えた方が早いっすから!」
からからと笑っている様子を見ると、実際そうなのか、と思ってしまうが、
「・・・・・・ふーむ」
その背後にある飛空艇を、モリヒトは見る。
巨大だ。
少なくとも、家数件分程度はあるのではなかろうか。
セイヴは、小さい方だな、と言っていたが。
「・・・・・・・・・・・・ふーむ」
その飛空艇を背にしているアレト、そして、少し離れたところでセイヴ、そしてエリシアに付いている女騎士。
飛空艇は、オルクト魔帝国にとって、貴重でかつ象徴的な兵器のはずだ。
それを二人で任されている、という点で、この二人は相当な信頼を得ている、と見ることができる。
「いや、帝国ってめっちゃでかい国なんだろ? そこで十八人しか選ばれない最高峰に入ってる時点で、相当なもん、だよな?」
「まさしく、その通りです。はい」
ルイホウに小声で聞いてみれば、ルイホウも神妙な顔で頷く。
「基本的に、その行動は魔皇の勅命とほぼ同等の実効力を持ちますから、軍への指揮権、貴族への弾劾権、ふさわしいものがいなければ裁判権もありますし、場合によっては魔皇の名代すら可能な立場です。はい」
ルイホウの説明には、感じ入るしかない。
聞く限りにおいても、相当な強権だ。
与えられるのは、
「魔皇からの信頼の厚い証、というわけだ」
「はい。魔皇近衛に求められるのは、忠誠心です。それに応える魔皇からの信頼もありますが、彼らは基本的に魔皇のためにしか働きません。はい」
アレトの言動は軽いし、下っ端臭が漂っているところはある。
一方で、物言いははっきりしているし、姿は堂々だ。
「・・・・・・むしろ、あれな」
「? なんすか?」
「アレトって言ったっけ? ああ、敬語の方がいいか。一応騎士様だし」
「いいっすよ。つか、うちの陛下相手にタメ口の人に敬語とか使われたら恐縮しちまうっす!」
ぶんぶん、と慌てたそぶりで大げさに手を振って否定しているが、
「・・・・・・がっつり、俺がどういうやつか観察してんのな」
「うえ。・・・・・・ばれてるっすか?」
「隠す気ねえだろ。あっちの怖いお姉さんほどじゃねえけど、割と露骨だぞ」
アニータと名乗った女騎士の方なんかは、おっとりとしたしゃべり方とは裏腹に、空気はひどく冷えて感じた。
にこにこしているおかげで糸のように細められたあの目の奥で、どんな目で自分を見ていたのか、と思うと、背筋の冷える思いのするモリヒトである。
「いやあ~・・・・・・。ははは」
アレトは頭をかいて笑っているが、その後で姿勢を正して、礼をする。
「陛下のご友人にぶしつけな真似をしました。申し訳ありません」
表情を引き締め、しっかりと姿勢を正して礼をする姿は、なるほど確かに騎士らしい雰囲気があった。
「気にするなっていうのも変だけど、いいんじゃないの? 仕事のうちだろ」
肩をすくめて言えば、アレトの方も頭を上げ、もとの下っ端臭漂う態度に戻る。
「そう言ってもらえるとありがたいっすけど」
へらへらとした笑い方は、相手の警戒を解くためのものか。
なんというか、気の抜ける雰囲気をまとった男だ。
ルイホウは、モリヒトも似たような雰囲気の時がある、などと思っている。
モリヒトは、のんびりと飛空艇を見上げた。
「・・・・・・これが空を飛ぶ、ねえ・・・・・・」
赤い装甲に、金色の紋章が刻まれた船体。
飛行準備中である今は、軽く中に浮き、大きな羽を広げている。
目立つ色合いだけではなく、形から何から含めて、
「派手だなあ・・・・・・」
そんなモリヒトのつぶやきを聞きつけて、アレトは苦笑している。
「陛下の趣味っす」
「だろうな」
「本当は、銀色なんすよ。歴代の皇族はみんな銀髪なんで」
「でも、セイヴは赤にしたわけだ」
「アートリアであるリズ様を伴うようになってから、陛下のイメージカラーは赤っすから」
「ははは・・・・・・。派手好きめ」
「まあ、この色で艤装されているのは、陛下が乗る可能性がある飛空艇のみ、すけどね」
そう言っている間に、件の派手好きはモリヒトを見つけて近寄ってくる。
「どうだ? 俺様の船は」
「派手」
「格好いいだろう?」
あまりにも堂々と胸を張るものだから、モリヒトとしても継ぐ言葉がなくなってしまった。
肩を落として、やれやれとため息を吐く。
「・・・・・・・・・・・・いや、まあ、いいんだけど」
セイヴの後ろに続くエリシアやルイホウなどは、苦笑を浮かべている。
「一応補足しておくっすけど」
そんな一行に、アレトが声を発した。
「この色合い、帝国民の間じゃあ、結構人気高いっすよ? 派手なおかげで、よく目立ちますから」
「ほう?」
「ふふん、どうだ!?」
アレトの補足に、セイヴはさらに胸を張って見せるが、後に続いたアニータは、
「特に幼い子供たちに大人気ですね。最近の子供たちのごっこ遊びの流行は、でっかい剣に見立てた板切れを振り回す炎の剣士と、その相棒の赤いアートリアらしいですからぁ」
と、のんびりした口調で続けた。
「ふ、どうだ?!」
さらにセイヴが胸を張っている。
子供からすれば、ヒーローショーのヒーローに憧れるようなものなのかもしれない。
「・・・・・・まあ、人気があるんならいいんじゃないか?」
曲がりなりにも、大陸最大国家の最高権力者のはずだが、ずいぶんと国民に親しまれているらしい。
騎士であるはずのアニータやアレトも、ごく当たり前のような口調でセイヴと言葉を交わしている。
その光景は、モリヒトの目から見れば、仲のよい上司と部下、という感じだが、皇帝だの王だの貴族だのと言った、身分が厳然と存在するはずのこの世界においては、おかしな光景なのではないだろうか。
その光景を作っているのは、間違いなくセイヴのカリスマ性だろう。
街をリズを連れて平然と練り歩き、国民から声をかけられ、陽気に手を上げて応えるセイヴの姿が目に浮かぶ。
いい国なんだろう、と、モリヒトは、これから向かう国に対しての思いを馳せるのだった。
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