第2話:飛空艇
異王国王都テュリアス。
その近郊の森の上空に、一隻の船が浮いていた。
赤い装甲で艤装されたそれは、攻撃的な流線形をしていた。
船の甲板部分には、巨大な紋章が描かれ、舳先には炎をまとう乙女の像がある。
帆船のようなマストはなく、船の側面には魚のヒレのような羽が上面側と下面側の両側に突き出している。
船が高度を下げるにつれて、それらの羽は下りたたまれ、船の側面に沿うようにして収納された。
そうして、森の木々をなぎ倒しつつ、船は森の中へと着陸した。
空から降りてきた船の側面が開き、そこからタラップが下りてくる。
そのタラップから降りてくるのは、二人の人物。
オルクト魔帝国宰相より派遣された、アニータ・リウシャと、アレト・ビルクハンの二人だ。
タラップから降り、森の地面を踏みしめたアレトは、ぐっと、のびをする。
「やっと、ついたっす・・・・・・」
「やっとって、二日も過ぎてないけれどぉ?」
その傍らで首を傾げるのは、アニータだ。
「気分的な話っす」
「気分?」
「うっす」
頷いたアレトは、よっ、はっ、と掛け声とともに体を回す。
「何せ、まともに運動もできないっすからね。肩がこって・・・・・・」
「ああ、それは分かるわぁ」
二人は、背後を振り返る。
そこにあるものを見て、アレトはふう、と息を吐いた。
「目立ってるっすよね」
「間違いないでしょうねぇ」
並び立つ二人は、魔帝国の紋章入りの甲冑を纏っている。
胸元に銀の炎を灯す杯を象る紋章を持つ、オルクト魔帝国騎士団親衛隊の黒鎧。
銀の炎を灯す杯は、オルクト魔帝国皇室の紋章。黒は、オルクトの地に座す黒の真龍にあやかったものだ。
その二つの揃う鎧は、すなわちオルクト魔帝国皇帝直属護衛騎士団、すなわちオルクト魔帝国最強の騎士団の所属を示すものだ。
その二人が二人なら、その二人の乗ってきたものも乗ってきたものだ。
小型とはいえ、飛空艇。
オルクト魔帝国にのみ存在する『空を飛ぶ船』は、テュール異王国の住人からすると、オルクトの魔皇が国を訪れるときのみ目にする機会のある、魔皇の船だ。
そういう意味で、ある程度距離を置いているとはいえ、周囲には割りと人が集い出している。
本来なら、その鎧の意匠ゆえに、それ相応に目立つはずの二人も、完全に存在感を食われている。
「・・・・・・ともかく、王城の方に向かうっすか」
「そうですね。騒ぎにしてしまっていますから、事情説明をしないとねぇ」
「それに、お二人の行方についても聞かないと」
「多分、王城に滞在しているでしょうしねぇ」
これからの予定を確認して、アニータは船員達に待機の指示を出し、アレトは王都の街並みを見る。
「騒ぎ、起きてなきゃいいけど」
既に起きている、と応える相手は、ここにはいなかった。
** ++ **
ユキオは、朝から割りと忙しい。
王となるための勉強が多いからだ。
その内容は多岐にわたり、ほとんどを城の中で勉強して、ユキオは一日を終えることが多い。
そしてその日は、忙しいだけでなく、慌ただしくもあった。
というのも、郊外にやたら派手なものが着陸したからだが。
「・・・・・・魔帝国からの使者?」
「ええ、あんなものを持っているのは、魔帝国くらいです」
ふうん、と頷き、ユキオは手早く衣装を調える。
「それで? 用件は?」
「おそらくは、セイヴ様のお迎えかと」
「ああ、やっと帰るんだ」
「陛下」
ライリンの嗜めるような声に、小さく肩をすくめて応える。
「それで、当の本人は?」
「朝から、エリシア様を連れて街に出ておられますよ」
「ふうん?」
どこか気の抜けたような返事を返し、
「ちなみに、モリヒト様とアトリ様も、ルイホウとともに外出しております」
続いたライリンの言葉に、一瞬動きを止める。
「・・・・・・ルイホウは分かるけれど、アトリも?」
再開した動きのついでに首をかしげた。
「ええ、ついでに用事があるとかで」
「ついで・・・・・・」
むう、とユキオは頬をふくらませた。
「・・・・・・まさか、アヤカも?」
「いえ、アヤカ様は部屋の方に」
「そう!」
膨れていた頬が引っ込んで笑顔となり、よし、と頷いて、
「ちょっと抱きしめてくる!」
そう言い置いて、ユキオは部屋を飛び出していった。
「・・・・・・やれやれ、またですか・・・・・・」
ふう、とライリンはため息を吐いた。
ただ、その顔には、微笑ましい、と笑みが浮かんでいた。
** ++ **
ユキオは廊下を駆け抜ける。
着込んだ衣装を乱すことなく駆け抜ける。
生徒会長をしていた時からの技能だ。
派手に騒いでいたユキオの学生時代、それに応じて、問題も多く、その解決に走り回ったのは、いい思い出だ。
服が乱れていると、教師相手にはったりが効かないのである。
閑話休題。
さて、とユキオは、一つの部屋の前に立つ。
アヤカの部屋だ。
すう、はあ、と深呼吸一つで息を整え、
「アヤカーーーー!!」
ばあん、と派手に扉を開け放つ。
「・・・・・・姉さま。もう少し静かに」
「ゴメンゴメン」
「とか言いつつ、抱きつかないでください」
ん~~~~、と唸りつつ、ぎゅ、とアヤカを抱きしめる。
「・・・・・・アヤカは、今日はモリヒトと行かなかったのね?」
「今日あたり、姉さまが来ると思ったので」
「ありがとー」
はあ、とため息。
昔から、ユキオはストレスがたまるとアヤカのところに来る。
「・・・・・・何か、ありましたか?」
ただそれでも、それが限界を超える何かがないと、ユキオはアヤカのところには来ない。
これは半ば、爆発に近い。
自分で解決できるだけの能力を持つだけに、ユキオは滅多なことでは爆発しないのだ。
だから、抱き締められながらも、アヤカは静かに聞く。
「ん~・・・・・・。お客様らしいの」
「お客様ですか」
「そ、お客様」
ん~、とアヤカの肩に顎を乗せ、
「・・・・・・セイヴのね、迎えでしょうね」
「はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ね、アヤカ」
「はい」
「アトリがね、何か気にしているみたい」
「そうですか」
「モリヒトが拾ってきた、あの子はどう?」
「だいぶ良くなったみたいです」
「大きな騒ぎになったわね」
「・・・・・・怖かったですね」
「ん」
ぎゅ、と抱きしめる。
「・・・・・・モリヒト、腕失くしてたわね」
「また生えてますけどね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ぽつ、とユキオはぼやく。
「・・・・・・。ワタシ、セイヴキライダワー」
「わかります。わたしも嫌いですから」
姉妹揃って、うんうんと頷く。
「さっさと帰れ」
公には口にできない本音を口にする。
「・・・・・・そうですね」
アヤカは頷いた。
「どうしたの?」
「・・・・・・モリヒトが、ついていきそうな気がします」
「え?」
一瞬、アヤカが言った言葉に、ユキオはぽかんとして、
「・・・・・・え、あり得る?」
「おそらく。高確率で」
うんうん、とアヤカが頷き、
「・・・・・・アヤカも行きたい?」
「のー、です」
「そう?」
「はい」
「モリヒトが行くとしても?」
「のー、です」
「・・・・・・どうして?」
「なんとなく、嫌な予感がしますので」
「・・・・・・うわあ」
** ++ **
「・・・・・・オルクト魔帝国皇室親衛隊所属、魔皇近衛隊第五位、アニータ・リウシャであります」
普段はしないはっきりとした口調で、アニータが名乗りを上げ、オルクト式の敬礼を取る。
「同じく、魔皇近衛隊第十四位、アレク・ビルクハンです」
アレクも同じく名乗りを上げ、アニータより一歩後ろに控える。
「テュール異王国に女王として召還されました。ユキオです」
ユキオは名乗り、
「セイヴ達の迎えだそうですね?」
「は、ご迷惑をおかけします」
「いえいえ。こちらも、助けていただいたところもありますから」
にこやかに答えるユキオだが、目は笑っていない。
それを見たアニータは、ああ、と内心苦笑する。
「本当にご迷惑をおかけしているようで」
現在進行形で言うと、わずかにユキオは目を見開き、今度こそ笑った。
「いろいろとね」
口調が砕けたのは、結局これが、公式なものではないからだ。
「派手な方ですから」
「巻き込まれる方は大変でしょう?」
確かに大変だが、
「その全てが、国のためとなります」
その結果を、最も間近に見ることのできる場でもある。
「やりがいはあるわけだ」
「はい。最高に」
今の魔帝国のあり方は、全ての問題がトップの下に集まる。
それらを纏めて解決できるだけの力を、トップが持っているからだ。
それだけに、そのトップの傍に控えるということは、国が抱える問題を知ることができる、ということでもある。
むしろ、察して動くことのできる人物でなければ、魔皇直属は名乗れない。
「きっと、部下の人たちも優秀なのね。貴方達みたいに」
「恐縮です」
「やることなすこと、あれに最後までついていくことができる、と」
「それが、我らの誇りですので」
「だから自重しないわけね」
苦笑交じりの皮肉には、応えられなかった。
** ++ **
「で? 外がやたらと騒がしいけど、何があったよ?」
「先ほど言った、空を飛ぶ、というやつだ」
「うむ?」
「ああ、魔帝国名物の飛空艇ですか。はい」
「・・・・・・飛空艇?」
モリヒトは首を傾げる。
「名前の響きからして、空を飛ぶのか?」
「そうだ。空を飛ぶ」
「・・・・・・・・・・・・よく作れたな?」
モリヒトは、どう言ったものか、とちょっと迷った後で、ふむ、と唸って、そう言った。
それに対し、セイヴはどやあ、という顔をしつつ、
「かつて、召喚された者たちから、空を飛ぶ船の概念は伝わっていたからな。あとは、研究の成果として作れるようになった、というわけだ」
「大したもんだ」
「今のところ、魔帝国にしかない。・・・・・・おかげで、俺様の国は広大な土地を持ちながら、辺境に至るまで影響力を広げることができている」
「辺境にまで、ねえ・・・・・・」
モリヒトは片頬をあげれば、セイヴは少し怪訝な顔をする。
それに対してモリヒトは気にするな、と手を振って見せる。
「・・・・・・ふむ。飛空艇のおかげで、広大な国土の全域にすばやく兵力を展開できる。おかげで不意の魔獣災害などにも対応が可能。天災の類も大丈夫という具合だ」
「ふうん?」
「何か言いたいことでも?」
「それでも、目が届かないところもあるだろう?」
「ふむ・・・・・・。なるほど」
モリヒトの追随に、何事か、と考えたセイヴは、一つ頷いて、にやりと笑う。
「あれだな? 辺境の村で流行り病が出た一件か」
「・・・・・・」
言い当てられ、モリヒトが口をつぐむと、セイヴはおかしそうに笑った。
「巫女衆が介入した一件があった、というのは聞いている。こちらの国で主に活動していた冒険者が、テュール側で国境を越えた一件があった、ということで、こちらに報告が上がっていたからな。その時の経緯も、大体知っている」
「・・・・・・さよか」
セイヴはモリヒトの返答に、一瞬口の端を上げたものの、すぐに神妙な顔を作って、
「目が追いついていないのは確かだ。どうあがいたところで、影響力には限界がある。・・・・・・特に、テュールとの国境付近はな」
「・・・・・・それはまた、なぜ?」
「テュールは味方だからだ。だから、警戒がゆるい。その分、辺境の村一つ一つまでは目が届かない、というのは確かにある」
言っていることは、わからないでもない、とモリヒトは思う。
一方で、
「まあ、こんな言い訳を積んだところで、実際に被害に遭った者たちからすれば、無責任、とそしられるのだろうがな」
セイヴはあっけらかんとしている。
口調も軽く、その顔には笑みさえ見える。
「・・・・・・・・・・・・」
その顔を見ていると、モリヒトは何も言えなくなった。
セイヴは傲慢に見えるし、自信にあふれて、余裕があるように見える。
それでも、オルクト魔帝国の皇帝、魔皇、という大きな責任を背負っている。
軽い口調で言っていることも、セイヴの中で幾度となく検討してきたことなのだろう。
セイヴに感じる力強さは、きっとそういうことを繰り返し、最善をつかみ取ってきた、という自信から来ているのではないかと思う。
だとすると、そこにモリヒトが口をはさむことはできない。
「・・・・・・なんだかなあ・・・・・・」
「はっはっは!」
不貞腐れるように天を見上げるモリヒトに、大声で笑うセイヴの姿を見て、ルイホウはやれやれと首を振るのだった。
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