第1話:次の目的
異王国王都は、何だかんだで騒動には強い。
これが戦争の類ならば、あるいはもう少し騒然とするかもしれないが、この国でそういった戦争は起こりづらい。
そして、『竜殺しの大祭』付近となると、天災への心構えのようなものができ始めるらしい。
また、地脈の影響を受けやすいテュール異王国では、地震等の災害への備えは日常的に行われている。
不意な天災の発生に、一時的なパニックになることはあっても、そのパニックが収まり、被害の規模も見えてくるころには、それぞれの日常が再開される。
地震からそう時間も経っていない。
王城に襲撃者があったことは、噂として広まっている。
だが、大通りの市場はいつもどおりに騒がしかった。
「ある意味で、たくましいというのかね? こういうのは」
モリヒトは、市場を見渡せる広場の端のベンチに座り、ぽい、と口の中へ果実を放り込む。
作りや大きさはみかんに似た果物だが、皮の色は青く、中身の味はキウイのような酸味がある。
シマスという果物で、このあたりでは一年を通して採れるのだとか。
皮は苦くて食べられたものではないため、皮を剥いて、薄皮に包まれた中身を食べる。
薄皮に包まれた中身は三つに分かれているため、みかんに比べると一つ一つが大きい。
同じベンチに座り、皮を剥くルイホウからまた一つもらって、口へと放り込む。
「少しは自分でむいてもらえませんか? はい」
ルイホウは、最後の一つを奪われて、仕方なさそうに次の一つを剥き始める。
それに対し、モリヒトは笑って返した。
「こういう果物は自分で剥くより、他人に剥いて貰った方がおいしく感じる」
「・・・・・・だったら、私にも一つ剥いていただけないでしょうか? はい」
「ん~。何か感覚が上手くないから無理」
右手をひらひらと振ってみせる。
再生した右腕は、切れていた部分から肌の色が違う。
肩までに比べて、切れていた部分からはかなり白いのだ。
二週間程度もすれば、違和感はなくなるだろうが、今はよくものを取り落とす。
一度失った、という認識が、誤差を生んでいるらしい。
「・・・・・・感覚を取り戻すにも、よいのでは? はい」
「いいじゃないか。俺はルイホウが剥いたのを食べたい」
「・・・・・・はあ」
ため息を一つ吐いて、次を剥き始めるルイホウに、笑みを向ける。
そんな二人は、外から見ると恋人に見えるのか、ルイホウに対しては、憐憫を含んだぬるい視線、モリヒトに対しては嫉妬の視線が突き刺さっている。
モリヒト本人は、特に気にしていないが。
ふとモリヒトが、ベンチに近づいてくる人影を見つけた。
「・・・・・・何をいちゃついているのだ? 貴様らは」
セイヴだ。
「おう、セイヴ。奇遇だな」
「腕が治ったとたんに逢引か? 盛んだな」
紙袋から肉串を取り出し、セイヴは豪快に食べ始める。
大口を開けて齧りついているというのに、下品には見えないから、不思議だ。
「逢引ではありません。はい」
ルイホウが、強い口調で否定する。
照れ隠しにしか見えないが、
「まあ、ちょっとした付き添いだ」
モリヒトも苦笑して応じた。
「付き添い?」
眉をひそめたセイヴに、モリヒトは肩をすくめた。
「アトリが、武器を選びに出てきてんだよ。どうも、発動体の武器が欲しいらしくてな」
モリヒトの腰には、レッドジャックがあるが、さすがにこれは渡せない。
「発動体でない武器なら、結構いいのが見つかったらしいんだがな」
「騎士団保有の装備ではいかんのか?」
「俺もそう言ったんだが、自分で探してみたいってな。とはいえ、良し悪しなんか分からんし、かといって、余裕がある巫女衆もいないしで、暇な俺に鉢が回ってきた」
「・・・・・・なぜモリヒトに?」
「俺が出れば、ルイホウもついてこないといけないからな」
「ああ・・・・・・」
納得の声を上げて、セイヴは周りを見る。
「その割には、アトリがいないが?」
「いいのが見つかったらしくてな、試し切りって外に出て行った」
妙にうきうきしていた顔を思い出し、モリヒトは苦笑する。
「・・・・・・お前はついていかなくてよいのか?」
「そういうのは、騎士団の管轄。・・・・・・今更助けが必要なほど弱いわけでなし」
一度魔力切れを経験している以上、同じ状態に二度陥ることもないだろう。
「ふむ。存外冷たい」
「何匹か狩ったら戻ってくるだろ・・・・・・。ま、あとは・・・・・・」
「うん?」
「いや、なんでもない」
しばらく一人になりたいだろ、という言葉は飲み込んで、モリヒトは笑う。
「・・・・・・それで? そっちも、リズやエリシアはどうした?」
「あっちは市場を回っている。・・・・・・あれで、エリシアは外を回ることが少ないからな」
「・・・・・・お前はしょっちょうふらふらしてそうだよな」
「心配するな。仕事はしている」
「何の仕事だよ、と」
肩をすくめ、モリヒトは空を見上げる。
「・・・・・・セイヴ、ちょいと、聞きたい事があるんだが」
「何だ?」
「地脈の源流って、何だ?」
「真龍のことか?」
存外あっさりと返答があったことに驚きつつも、モリヒトはセイヴへと目を向ける。
「真龍?」
「世界に存在する、原初の存在です。はい」
ルイホウが答えを返してくれた。
「真龍は、龍の中でもさらに別格の存在だ。・・・・・・何せ、地脈の発生源。それはすなわち、この世界に満ちる魔力の源だ」
「・・・・・・ふうん?」
「大概は、その土地の守り神として扱われる。オルクト魔帝国にも、黒の真龍がいる」
「すごいのか?」
「・・・・・・」
モリヒトの言葉に対し、セイヴは難しい顔で黙り込んだ。
「言葉に表しづらいな」
「セイヴ様や私のように、魔術を知る者には、難しい問いです。はい」
「何が?」
知らないものなら、分かるのだろうか。
「貴様は当たり前のように呼吸をする。なぜだ?」
「空気があるから」
「それは、すごいことか?」
「・・・・・・すごいことじゃないか?」
人が生きられる。こういう環境が生まれるのは、奇跡的な確率だ。
「だが、人はそれを普通意識したりはしない」
「そりゃそうだ」
「ならば、空気があることをすごい、と人は思うか?」
言われ、モリヒトは首をかしげて考える。
「・・・・・・改めて突きつけられないと、中々そうは思わないな」
言われれば、すごいと思う理由は挙げられるが、言われなければ思いもしない。
「真龍の存在も同じだ」
「どこら辺が?」
「魔術師にとって、魔力とは当たり前にあるものだ、ということです。はい」
「・・・・・・ああ」
なるほど、と頷く。
「当たり前にあるものだから、気づかないのか」
空気と同じように、言われるまで、気づかない。
だから、咄嗟に、すごいことを答えられない。
「・・・・・・実際には、もう少しややこしい事情があるがな」
「あ?」
「会えば分かる、と言いたいが、貴様は下手に真龍に会わせるのは危険だな」
「同感です。はい」
二人から、どこか呆れたような目を向けられて、モリヒトはむ、と唸る。
「何だ? 二人して」
「・・・・・・たまにいるのさ。真龍に会って、そのまま地脈に溶ける奴が」
「意味が分からん」
顔をしかめ、首を傾げる。
「・・・・・・こればかりは、いくら言葉を尽くしても表せんよ」
肩をすくめ、セイヴは肉串の入っていた紙袋を丸める。
いつの間にやら食べ終わっていたらしい。
「まあ、運が向けば、いずれ会うこともあるだろうよ」
「・・・・・・むう・・・・・・」
モリヒトは、一つ唸って考え込む。
「どうしたのですか? はい」
「いや、何とか会えねえかなと」
「・・・・・・聞いていたか? おい」
「聞いた上で言っているのさ。俺としては、少し興味があってな」
「限度を知らない好奇心は、身を滅ぼすぞ。モリヒト」
「忠告は受けておくよ」
ただ、
「俺にもやりたいことはある」
「やりたいこと、だと? それが、真龍に会うことに繋がるのか?」
「さて? 分からん」
肩をすくめる。
だが、地脈の中で見たあの白い光は、黒い光とよく似ていた。
あの黒い光が真龍だというのなら、あの白い光も真龍か、それに連なるもののはず。
マモリは、モリヒトを指して、『はんぶん』を持っている人、と言った。
何の『半分』なのかがいまいち不明だ。
マモリのはんぶんと、マモリは言ったが、マモリを半分にしてモリヒトが持っているわけでもあるまいし、
「・・・・・・もしかするとなあ・・・・・・」
「あん?」
「真龍に会えば、俺がイレギュラーとしてこっちの世界に来た理由も、分からずとも手がかりくらいは掴めるかもしれないなあ、と」
マモリについても、知っているかも、と内心呟いたところで、セイヴとルイホウも頷いた。
「・・・・・・む? なるほど、その可能性はあるな」
「そうですね。はい。異世界の移動は、地脈に大きな関係があること。真龍は、地脈のことはよく知っていますし、魔帝国の真龍は、このテュール異王国の地脈に最も近い真龍です。はい」
「ほほう? だとすると、やっぱり一回会っといた方がよさそうな?」
モリヒトは、笑みを浮かべる。
色々、やりたいことはある。
「さて?」
ふむ、とセイヴを見て、モリヒトは唸る。
「何だ? 俺様に何か用か?」
「ルイホウ。俺がこの国を出て移動することに問題は?」
「私が同行することになりますが、問題はありません。はい」
「セイヴ。お前が国に帰るのに、俺がついていくのは問題あるか?」
「ん? 俺様は問題ないが・・・・・・」
しかし、とセイヴは顎に手を当て、
「俺様は、おそらく二、三日の内には、魔帝国へ帰る。・・・・・・それに同行するのか?」
二、三日のうち、という言葉に、首を傾げた。
「意外に早いな? 俺はてっきり、大祭まで居残るつもりかと思っていたぞ」
「いや、さすがにそれはなあ・・・・・・」
セイヴは頭をかく。
「俺様も魔帝国では仕事がある」
「仕事?」
「役についている、ということだ」
「あれ? 遊び人じゃなかったのか?」
「何を言っているのだ。バカめ」
「おう」
「オルクト魔帝国魔皇はおおらかですさまじい大人物だからな。俺様がここで遊んでいても許してくれるのさ」
セイヴは、なにやら自慢げに言う。
「そのおおらかな魔皇でも、我慢の限界はあるってことか」
さすがにルイホウからセイヴの正体について聞いているモリヒトは、半目で問い返した。
おそらくモリヒトが知っているだろうことも気づいているだろうに、セイヴは茶番を続けるつもりらしい。
「うむ。魔皇本人はまったく、気にしないが、周囲の者がうるさくなる。さすがに限度があるからな」
周囲の問題かよ、と肩をすくめ、モリヒトはルイホウに目を向けた。
「ルイホウ、俺、いけると思う?」
「行くつもりですか。はい」
「おうよ」
「・・・・・・では、仕方がありませんね。はい」
はあ、とため息を吐いたルイホウに、モリヒトは笑みを向ける。
「ありがとうな」
「いえ、これでも役目でしょう。はい」
そんな二人のやり取りに、セイヴが首を傾げる。
「何だかんだ言って、モリヒトは割りと我侭が許されているな。大丈夫なのか?」
一応、曲がりなりにも女王とともに召喚されてきた存在だ。
他の守護役だったら、もっと手続きなりに時間がかかる。
「ん~。俺が死んでも困ることはないから、大丈夫じゃないか?」
「言い方が悪いですよ。はい」
「はいはい」
にらまれて、肩をすくめる。
その仕草を見て、ルイホウはモリヒトから視線を外し、説明した。
「・・・・・・モリヒト様の場合は、状況が特殊だっただけで、単に異世界から転移してきただけ、という可能性も高いのです。はい」
「だから、実際、国の上層部でも、俺の価値を計りかねているらしい」
「私がついているので、ある程度は見逃されている、というのもありますが。はい」
ため息を見て、モリヒトは肩をすくめる。
「しょうがない。ルイホウを引っ張りまわしているのは、多少悪いとは思うが」
「気にしないでください。はい。これも私の仕事ですので。はい」
ん~、とモリヒトは一つ伸びをする。
「ま、そういうわけで、俺は旅の支度をしよう」
うん、と頷く。
「ちなみに、片道どのくらい?」
「俺様に同行する気なら、出発して翌日には着く」
「・・・・・・ルイホウ、普通に移動するとどんなもん?」
「徒歩で片道十四日。途中の余裕を見るなら、二十日、といったところでしょうか。はい」
「お前、一体どんな移動方法だよ・・・・・・」
まあ、むちゃくちゃな移動方法なんだろう。きっと、と納得する。
セイヴなら、地脈を使ってテレポートだ、とかやりそうだ、と考えてしまう。
「何、空を飛ぶのさ」
セイヴは、自慢げに上を指差した。
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