第2章:プロローグ
第2章開始です。
オルクト魔帝国は、ヴェルミオン大陸北方に広がる大国だ。
もっとも七百年前まで、この国は王国であり、国土こそ広くとも、その寒冷な気候故に作物が育ちにくく、魔獣が大陸の他地方に比べると強大であることもあって、国力そのものは強い国ではなかった。
それが変わったのは、とある天才による偉業とされている。
当時のオルクト王によって見出され、取り立てられて以降、魔術の研究を重ねた彼は、ついに、地脈を流れる膨大な魔力を利用した、気候操作魔術を開発する。
これにより、オルクト王国は、気候に左右されずに作物を作ることが可能となる。
現在では、小規模な結界を構成し、その内部の気候を変化させるという、ビニールハウスにも似た形へと変化しているが、当時はそれこそ、王国全体を温暖化させるほどの規模の魔術であったという。
もともと、大地、土壌そのものは豊かな土地柄だった。
ただ、気候が合わなかっただけだ。
それゆえ、気候が合わされば、農業は一気に発展し、オルクト王国はその国土の広大さから、文字通りの大国へと発展していく。
気候操作魔術を基礎に、地脈を利用した魔術研究が発展し、大陸随一の魔術国家となるまで、二百年。
その間、豊かな大地と魔術技術を狙った他国からの侵略に耐え抜き、周辺国を併合し、魔帝国と名を改めるまで、百年。
そして四百年前、それは起こった。
地脈から直接魔力を吸い上げることによる、地脈に対する負荷の増大。
天候を操作することによる、環境への影響。
そして、時期を同じくして発生した、『真龍』の転生。
それらが積もりに積もって、起こったのだ。
それは、ただ天災だった。
魔帝国全土を地脈に沿って、巨大な天災が襲った。
その正体は、未だ以て分かっていない。
いや、様々な天災が重なり過ぎて、正体を知るのが無意味なのだ。
それらの天災は、著しくオルクト魔帝国の力を減じさせた。
だというのに、魔帝国と敵対していた国家が、侵攻を躊躇ったというほどに、それらの天災はすさまじすぎた。
実に、五十年、という長さ、オルクト魔帝国には天災が多発した。
むしろ、国家が滅びなかったことこそが奇跡だ。
国土は荒れ果て、人口は大きく減少した。
時の魔皇は、それらの天災の原因が地脈異常だと悟り、地脈平定の儀式を組み上げる。
その実行の場として選ばれたのは、テュール界境域だった。
魔皇は、異界へと繋がるというその界境域の性質を利用し、地脈の歪みを異界へと押し出そうと考えたのである。
当時は、まだ竜殺しの名を持たない大祭は実行され、正しく結果を出した。
だが、それは、予想もしない副産物を生む。
テュール界境域が、海から半島へと変わったこと。
そして、異界から人が流れ着いたことだ。
その異世界人は死にかけていた。
突然、自国を襲った天災により、全てを失ったのだと言う。
それは、竜の形をしていたと、異世界人は語った。
その竜の天災が、何によって引き起こされたのか。
想像することは容易かった。
魔皇は、異世界人に全てを打ち明けたという。
異世界人は、ただ、受け入れたという。
二人の間に、どのようなやり取りがあったのか。
それは伝わってはいない。
ただ、その異世界人は、界境域に現れた半島を領土として与えられ、当時の魔皇の娘を娶り、以降の竜殺しを担当することとなる。
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オルクト魔帝国は、テュール異王国の盟主国とも言える国だ。
異王国は独立はしているものの、もとはオルクト魔帝国の一領土である。
それが、戦争でもなんでもなく、ただ、独立を認められ、オルクト魔帝国テュール領から、テュール異王国へと変化した。
異王国が独立した理由は色々あるが、まとめて見ると、当時の異王の手腕、というか口の上手さによるところが大きいだろう。
初代異王となった彼は、魔帝国魔皇に様々な理屈を吹き込んで、どこがどう転がったか、最終的に界境域を独立させ、自らの王位を授けさせることに成功する。
その細かな経緯には不明な点も多く、歴史家達が研究の対象とする一方、口先で国を得た男、として、戯曲の題材として選ばれることも多い。
脚本家一人一人解釈が違うため、喜劇も悲劇も色々ある。
当時を知る者などもはやいないため、好き勝手に想像する余地がある。
それはともかく、結果として、テュール異王国はオルクト魔帝国から独立し、魔帝国を壁として、大陸での国家間の政治的闘争には巻き込まれない、戦争のない国として存在している。
そして、そのテュール異王国によって地脈を整調化し、利用する魔帝国は、その名の通り、魔術の強大な国として、大陸に覇を唱えている。
ヴェルミオン大陸を南北に割った北方領域をほぼ全て押さえ、残りのほぼ全ての南方国家とは不可侵条約を結ぶ魔帝国は、ヴェルミオン大陸において、間違いなく最強最大の国だ。
最新の魔術は全てこの国より生まれ、魔術によってこの国は育つ。
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「しかし、すごいもんだねえ」
モリヒトは、周囲を見回して言う。
「私も、噂は聞いていましたが、実物は初めて見ます。はい」
ルイホウも頷く。
二人がいるのは、テュール異王国からオルクト魔帝国へと向かう途上の船の中。
周囲のガラス窓の向こうには、白い雲があり、青い空がある。
それもそのはずで、その船は、空を飛ぶ飛行船だった。
オルクト魔帝国の所有する、戦術級飛空戦闘艇。
その一隻だという。
「この世界、こんなものまであったのか」
もはや、ファンタジーの産物とも言えそうな、空を飛ぶ船だ。
水に浮かぶ船をそのまま浮かべた、というような形状は、そっくりそのまま、海での使用もできるらしい。
「これも魔術かい?」
モリヒトが尋ねる先には、酒盃を傾けるセイヴの姿がある。
「ああ、空に浮くほうはな」
「推進力は?」
「そちらは、異世界人の知識を借りている」
セイヴの返答に、モリヒトは首を傾げた。
「異世界人、というと、テュールの王か、守護者あたり?」
「ああ」
テュール異王国の異王、守護者は異世界出身者となるのは当然で、異世界の知識も当然流入する。
「・・・・・・まあ、王都の服装とか、和装風味だったりしたからなあ・・・・・・。しかし、こんな変な文明、あの国の王都じゃ見なかったが?」
「変言うな。これでも現代文明の粋を集めた最新鋭だぞ」
ふん、とセイヴは鼻を鳴らす。
「異世界には魔術はない。そのためかもしれんが、異世界の文明、技術知識はそのままこの世界に応用はできない」
「どういうことだ?」
「さて? 魔力の働きやらなんやら。まあ、単純な話、物理法則に違いがあるようでな」
「おいおい。物理法則が違うとなると、異世界人の俺達が普通に生きてられるのが奇跡になるぞ?」
「そうだな。だが、どうやらその物理法則の違い、というのは真龍の影響によるもののようでな?」
「・・・・・・というと、地脈関連か?」
「いや違う。どうやら、世界に八体いる真龍というのは、この世界に固有の魔術を展開しているらしい。要は、この世界には、お前の故郷の異世界とは違う法則が八つ、追加されているらしい、ということまでは分かっている」
「その追加されている法則の中身は?」
モリヒトの問いに対し、セイヴは肩をすくめる。
「不明だ」
「そりゃまたなんで?」
「何せ、俺様達からしてみれば、追加されている八の法則は、あって当たり前のもの。おまけにこの世界にどんな法則がどれだけあるかなんて、未だにすべてわかっているわけではない。その状態で、何が違うとか、何が追加されているか、とか、詳しいことが分かるわけがない」
なるほどな、とモリヒトは頷く。
それこそ、異世界人の優秀な科学者の一人でも引っ張ってこれないと、なかなか詳しいことは分からないだろう。
セイヴはなんとも不満げな顔で、
「せいぜいで、異世界の様子を聞いて、それをこちらで再現できないかを研究開発するのがせいぜいだ」
「なるほどな。・・・・・・で、こいつはどうやって飛んでいる?」
「動力は、やはり魔力だがな。船体の形状から、推進器の位置や、その推進力の生み出し方などは科学、動力は魔力、というところか」
「ファンタジーな産物だ・・・・・・」
ちょっと感動する。
「オルクト魔帝国って、ひょっとしてこんなもんがひょいほい飛んでたりするのか?」
「まさか。魔帝国正規軍でも、所有しているのは、数えられるほどだ。もっとも、魔帝国以外に保有している国など皆無だが」
圧倒的アドバンテージの一つな気がする、とモリヒトは内心頷きつつ、
「もしかして、セイヴ達がテュールへ来た時も、こんなのに乗ってきたのか?」
「いや」
セイヴは首を振った。
「さすがに、個人の行楽目的に、戦術級飛空戦闘艇は持ち出せんさ」
そう言って、セイヴは顎で窓の外を示した。
「俺様は、ほれ」
モリヒトが目をやったタイミング。
そこで、巨大な赤い竜が、飛空艇と並走して飛翔していた。
「・・・・・・ドラゴンだ・・・・・・」
「ドラゴンだな。俺様の騎獣として利用している」
「飼いならしてんのか・・・・・・」
「強いぞ」
「見りゃ分かる」
船より大きい。
かなりの大きさを持つそれは、悠々と空を飛び、飛空艇から離れていく。
「あれに乗ってきたのかよ」
「まあ、そうだ。あれは俺様の個人的なペットだからな」
「ペットて・・・・・・」
スケールでけえ、と呟くと、セイヴはかかか、と笑った。
モリヒトとルイホウがこんなものに乗っているのは、オルクト魔帝国へと向かうため。
自国へ帰るセイヴ達に相乗りした形だ。
その理由を説明するには、日を一日ほど戻さねばならない。
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