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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
46/436

幕間

1章は、これで最後です。

2章への引き。

 オルクト魔帝国首都の中央にそびえる帝城は、テュール異王国のそれに比べると遥かに巨大だ。

 国としての規模が違う。

 皇族の住まう皇宮を中心として、内務、外務、財務、軍務、祭務それぞれに区画が別れている。

 それぞれが同等の大きさを有しているだけに、城が五つ並び立っているようにすら見える。

 上空から見れば、正五角形を描くように作られた城は、今からおよそ三百年前に遷都を行った際に、五十年かけて建築されたものだ。

 城下町となる首都もまた、五角形を中心として広がっており、人通りは途絶えず、巨大な帝国にふさわしい賑わいを見せていた。


** ++ **


 テュール異王国にて、モリヒトの腕の再生治療が行われているころ。

 オルクト魔帝国首都『アログバルク』において、二人の騎士が宰相によって呼び出されていた。

 内務区画で皇宮にほど近い場所にある一室。

 魔帝国宰相が詰める執務室がある。

 広さこそあるが、調度品などは少なく、むしろ広々として見える執務室だ。

「えっと、つまり・・・・・・?」

 アレト・ビルクハンは、緊張を感じながら、目の前の人物に問い返す。

「・・・・・・聞こえなかったか?」

「いえ、聞こえました。陛下と皇妹殿下を、テュール異王国へとお迎えに上がればよいのですね?」

 緊張など感じさせない声で、おっとりとアニータ・リウシャは聞き返す。

 両者は共に、オルクト魔帝国皇族直衛の親衛隊員である。

 二人が直立する前で、机を挟んで向こう側に座るのは、オルクト魔帝国の宰相、ビルバン・ヒルテリトだ。

 目の下にくまを作り、二人と会話しながらも、その手は淀みなく書類を片付けていく。

 ぴりぴりとした雰囲気に、アレトがごくりと唾を飲み込んだ。

 珍しい、と思う。

 本人の戦闘能力の高さやその気質から、武官寄りに思われやすい現魔皇セイヴだが、執務能力も一流だ。

 そのため、普段の執務においてはそれほど苦労はないというが、セイヴは思いつきとしか思えないタイミングで、オルクト各地に視察の名目で突発的に飛び出していくことがある。

 その度に、宰相のもとには様々な問題が舞い込み、その処理に追われるという。

 なまじ優秀なために、魔皇が行うべき政務の大半を代行できてしまえるのも、彼の苦労を助長している原因ではあるだろう。

 一方で、セイヴはよく政策を思いついては実行可能かどうかの検討を宰相を中心とした家臣にぶん投げることも多く、それも宰相の執務を圧迫している。

 そのためか、むしろ魔皇が何かしらの用事で魔皇城に不在の時の方が、彼の仕事は楽になることもあるという。

 その分、オルクト魔帝国の政務を魔皇が不在の間に好き勝手している、と武官から悪評が立ったりもするのだが。

 閑話休題。

 ともあれ、普段なら、魔皇不在の現状では、いつもよりビルバンの雰囲気は和らぐものだ。

 あくまでも、比較的、というレベルではあるが。

 それが、いつにもましてピリピリしている。

「目的は分かったっす。けど、アレを使ってしまっていいんすか?」

 アレトは聞く。

 アレ、とは、オルクト魔帝国のみならず、おそらくこの大陸でも屈指の移動能力を持つ乗り物のことだ。

 技術的に、オルクト魔帝国以外では実現は厳しいであろうそれを、本来不要な迎えのために使えと言う。

「あんまり目立つのは良くないんじゃ・・・・・・」

「他の国ならともかく、テュール異王国なら問題はない。ただし、直接乗りつけるようなことはするな。あくまでもテュリアスの郊外に留めて、テュリアスへは正門から堂々と入れ」

「はあ・・・・・・」

「不服か?」

 気のない返事を返したアレトに、ビルバンはじろりと視線を送る。

 目の下のくまのせいで、やたらと剣呑な視線だ。

 人を殺せる視線ってやつっすかねえ、と内心震えつつ、アレトは問い返す。

「でも、陛下なら、別にアレ使わなくとも、アレと同程度の速度で移動はできるっすよね? わざわざ、あんな目立つものを使うのは・・・・・・」

 内心震えているくせに、聞くべきと思ったことは聞く、というより、思ったことは素直に疑問として口に出る。

 こういう性質が、アレトが魔皇の親衛隊に選ばれ、何だかんだと魔皇本人に重用されている理由だったりするが、本人に自覚はない。

「目立たせるためだ。どうも不穏でな」

 それを知るビルバンもまた、聞かれた質問にはきちんと答えを返す。

「何か、ございましたか?」

 アニータが、問いを挟む。

 アニータは、親衛隊の中でも現魔皇の妹姫の従者でもある。

 己の仕える主に危険があるかも、と思えば、問いを挟まずにはいられないのだろう。

「出立された時に、『宴』があったのは知っているな?」

 ちなみに、『宴』とは、魔皇に対する襲撃の隠語である。

 魔皇本人が自分で『宴』と呼んで楽しんでいる、臣下にとっては頭の痛い問題だ。

 ともあれ、現在不在の魔皇が魔帝国を一時離れる際、その襲撃は行われている。

 その結果として、数名の捕虜もいたのだが、

「はい。尋問の結果は・・・・・・?」

「全員尋問前に獄中で死んだ。よって尋問はできていない」

「それは・・・・・・」

「だが、結果として、『客』がいつものものとは違う、ということが分かっている」

 基本的に倒したものに興味を持たない魔皇は、打ち倒した襲撃者をその場に放置する。

 もっとも、魔皇の攻撃によって大概が死んでいる上、たとえ生きていたとしても気絶しているなり怪我をしているなりで、動ける状態ではない。

 最初の内こそ、捕虜も取っていたのだが、最近は襲撃者側もそれが分かっているためか、襲撃とは別に救助に動く班を残しているようで、捕虜を取れることは少なくなった。

 だが、今回は割りと多くの捕虜がいた。

 その全てが、獄中で死ぬ。

「・・・・・・いくらなんでも、牢獄内で自決できるようにしておくほど、この城の警備は甘くはない」

「・・・・・・ですが、全て死んだ、と」

「ああ、罪人の監視にあたっていた牢番も含めてな・・・・・・」

 宰相の言葉に、二人の視線は極めて真剣なものへと変わる。

 それは裏を返せば、帝城内へ、敵の侵入を許してしまったことに他ならないからだ。

「警備に関しては、見直しをかけているが、それは別として、敵の正体に関しては、おおよそ見当はついている」

 おそらく、と前置きして、

「テュール異王国まで、陛下を追っていっただろう」

「・・・・・・まずくないっすか?」

 アレトの言葉に、宰相は重いため息とともに頷いた。

「かの国の新王は、まだ即位前。迷惑をかけるのは、仮にも盟主国である我らの沽券に関わる」

「いえ、陛下と殿下の身は・・・・・・」

「あのお二方に何か起こるなど、あり得ん」

 宰相は、そこだけは力強く断言する。

 それに対する二人の反応も、どこかさもありなん、というものではある。

 だがな、とため息を吐いた。

「陛下があの国に留まると、かける迷惑が大きくなる」

「だから、アレを?」

「アレで迎えを出せば、陛下が帰国したことが伝わるだろう。それで、義理を果たす」

 書類を脇に寄せ、机の引き出しからビルバンは一枚の書面を引き出した。

「辞令だ。この通りに」

「了解しました」

「受領します」

 二人は受け取り、退室した。


** ++ **


 やれやれ、とため息を吐く。

「おそらく陛下も、今頃は帰国の準備を整えているころではあるだろうが・・・・・・」

 何だかんだと言ったところで、あの魔皇のことだ。

 自分がこうして迎えを出すタイミング程度なら、すでに読んでいるだろう。

 大人しく帰っては来るだろうが、

「厄介ごとも来るな、間違いなく」

 これまでの経験上、間違いない。

「・・・・・・帰ってくるまでに、多少は整理しておくか」

 机の上の大量の書類を見て、ため息を吐いた。

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