第39話:魔皇近衛序列第一位
オルクト魔帝国軍飛空艇団。
その名の通り、飛空艇を使った戦闘部隊である。
現状、航空戦力としては、ヴェルミオン大陸に置いて、最強の戦力である。
本来、ヴェルミオン大陸での航空戦力というと、飛竜や巨大な鳥などに騎乗した、飛翔騎兵が主だった。
だが、空を飛ぶためにただでさえ軽量で華奢な身体構造をしている飛行生物だ。
その上に何かを乗せて飛翔すると、その飛行能力は著しく低下する。
結果として、今までの航空戦力は、上空からの監視、偵察、あるいは、障害物のない空を移動することによる移動速度を利用した、伝達が主であった。
だが、飛空艇は、それをすべて覆す。
飛空艇の輸送能力は、飛翔生物が運ぶことのできる量をはるかに凌駕していた。
加えて、その飛行能力は、きわめて安定していた。
視界を遮るもののない空中では、魔術の射程が地上よりも長いこともあって、安定した足場を得た魔術師による爆撃、あるいは、航空戦力への攻撃力は、圧倒的だった。
だからこそ、オルクト魔帝国は、飛空艇による軍団を構築した。
その有用性は明らかで、実際、それによって、オルクト魔帝国は大陸東側の三分の一を実効支配するに至ったのだから。
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「だからこそ、オルクトと敵対する国家は、なんとかして飛空艇を無力化、可能なら奪取して自国の戦力として運用したい、と」
マサトは、やれやれ、とため息を吐いた。
「そこまで戦争したいかねえ・・・・・・」
「対抗する力がなければ、搾取されるだけなのだよ」
マサトの嘆きにも似たため息に対して、くっくっく、と苦笑をしながら、ベリガルは答えた。
「事実、オルクトと対抗をしているラヒリアッティ共和国の生活水準は、ヴェルミオン大陸の東側諸国の間では、高い方でね」
「そうなのか?」
「実際には、戦争のために技術が次々と開発されているのと、戦争状態継続のため、周辺国から支援物資が流れ込んでいるから、だが」
ラヒリアッティ共和国は、オルクト魔帝国との戦争によって経済を回している。
もし、和平など結ぼうものならば、経済的に破綻するだろう。
というか、ラヒリアッティ共和国は、すでにオルクトとの戦争に勝つことも負けることもできない状態に追い込まれている。
戦争が終わった時点で、経済が破綻するからだ。
「気が付いた時には、もう遅かった。この状態になった以上、ラヒリアッティは戦争を続けるしかない。そして、オルクトもそれをわかっているから、必要以上に攻め込んでこない」
ヴェルミオン大陸の東側で、オルクトに友好的な国家は、オルクトから支援を受けている。
オルクトに対してもラヒリアッティに対しても、積極的な敵対はしない中立を保っている国々とて、オルクトとの交易で儲けている部分は大きい。
結局のところ、
「飛空艇によって、オルクトの力が及ぶようになった時点で、この大陸上でオルクトを無視できる国家はなくなった、ということだ」
「なるほどねえ」
だが、とマサトは思う。
それならば、おかしくはないだろうか。
「なんで僕やアンタを優遇するんだよ?」
「ほう?」
ベリガルが、マサトの意見に興味深そうに眉を上げた。
「僕やアンタがもたらす技術は、いうなれば戦争を活発化させるだろう?」
事実、マサトがもたらした『砲』は、オルクトの飛空艇を一隻墜落させている。
撃沈、というほどではないが、飛行能力を奪い、不時着させるぐらいはやっている。
これによって、主戦派が勢いづき、オルクトが警戒を高めた。
それが、今の前線の騒がしさにつながっている。
「優遇するのは、戦力を高めるためさ。正直、飛空艇のあるオルクトと、ラヒリアッティでは戦力に差がありすぎる。ただでさえ、地上戦力でも負けているのに、航空戦力まで負けては、本当に勝ち目がなくなるだろう?」
戦争状態をだらだらと続けるためには、ある程度対抗できる戦力が必要だ、ということだろうか。
マサトは、首を傾げた。
その不思議そうな表情を見て、ベリガルはまた、くっくっく、と笑った。
「・・・・・・マサト、一つ、いいことを教えておこう」
「なんだい?」
「今、オルクトの東部戦線の総指揮は、ドラゴン・リュウ・ロン、という魔皇近衛の序列第一位、つまりは、オルクトの魔皇の手ごまでも最上級の存在だ」
「めっちゃ胡散臭い名前だな・・・・・・」
「ははは。まあ、聞き給え。この男は、先代の魔王近衛第一位の幕僚だった男でね」
先代、というのは、野戦で『白兎』の指揮官であったジャンヌに討ち取られている。
幕僚、というのは、その作戦立案を助けたりする役職だ。
ただ、
「実に、面白い話なのだが、この男が幕僚に着任した後しばらくして、技術局にオルクトの飛空艇のスペックデータが届けられた」
「は?」
「戦場で観測したものより、よほどに詳細なデータさ。当時の技術局は頭を抱えたのだよ。何せ、その時まで、オルクトの飛空艇は可能なスペックの半分も使っていなかったことが、そのデータからわかったからだ」
それまでは、現行の航空戦力の運用の工夫次第で、飛空艇にある程度対抗できる、というのが、ラヒリアッティ上層部の考えだった。
だが、実際に手に入れたデータが事実ならば、オルクト側は、いつでもラヒリアッティの首都を強襲し、制圧が可能、とわかった。
「慌てた上層部は、大急ぎで技術局に飛空艇への対抗手段の開発を命じた」
「・・・・・・その情報が、向こうから流れてきた、と?」
「上は、そうは思っていないようだが、私は、あの男が流した、と見ているよ」
「なんでまた・・・・・・」
ベリガルは、肩をすくめた。
「わからない」
「は?」
「正直に言おう。私は、オルクト、という国にいる戦力の中で、魔皇本人以上に、彼を警戒しているよ」
「・・・・・・アンタが?」
「そうだとも。だから、彼が仕事をしている東側では、私はラヒリアッティ以外で研究をしないことにしている」
もし、ベリガルを敵として知る者がいれば、ベリガルの発言には目を剝いただろう。
今まで、多くの派手なことをしながらも、ベリガルは追手の目をくらまし、逃げ続けてきた。
姿をさらし、名前を明かし、手口を知られ、だが、捕まらない。
それは、ベリガルが何かことを起こすにあたって、ありとあらゆる準備をしているからだ。
そのベリガルをして、警戒をする、と言った相手。
それが、ドラゴン・リュウ・ロン、という男だった。




