第35話:迎撃後
「逃げられた?」
周辺に敵がいないことを確認して、モリヒトが首を傾げた。
先ほどまで、魔術がいくつか飛んできたいた。
それが着弾した後がえぐれていたり、あるいは、ジャンヌがぶんぶんと槍を振り回した風圧で、周囲にあった草がなぎ倒されている。
ただ、それ以外は、平坦な草原だ。
「・・・・・・逃げた、というよりは、一時撤退した、だな」
ジャンヌが、周囲をにらみつけながら、槍を背負いつつ、モリヒトの方に寄ってきた。
その槍先には、血の一滴もついていない。
「誰も殺してないんだな」
「殺すと面倒だ。あっちは、一応正規軍だからな」
「ていうか、それとやりあって、傭兵として大丈夫か?」
「かまわん。仕事がなくなることはない」
傭兵は、いくらでも替えの利く戦力だ。
だから、それほど傭兵の質、というものを、ラヒリアッティの上層は気にしていない。
数をそろえることが目的であって、それ以上のことは求めない。
重要な場所に触れることができるわけでもなし、傭兵を警戒することもない。
何より、契約に守っているだけの傭兵を罰することはない。
雇われた分の仕事をちゃんとやる傭兵ならば、その間に行ったことは罪とは問われないのが、この国だ。
「しかし、特に何か報酬を約束できたわけでもないのに、ジャンヌはよく俺達を助けてくれるな」
「・・・・・・クリシャから、報酬は払われることになっている」
「そうなのか?」
「なんだかんだと、クリシャはいろいろと持っているからな」
クリシャは、長く生きている。
その間に、あちらこちらと移動して、いろいろとやっている。
各地に、隠し財産をいくつも持っているらしい。
そういったもののうちから、十分な報酬は払われているという。
「なんていうか、すごいねえ。クリシャは」
「・・・・・・そのうちの何割かは、ラヒリアッティの軍を襲撃して得たものって可能性もあるが・・・・・・」
「クリシャは、まあ、そういうのもあるか」
「有名な話ではあるぞ? 白髪の女の隠し財産っていうのは」
「ほう?」
「クリシャを捕まえれば、巨万の富が得られるってな。・・・・・・実際、あちらこちらにそういった財産を分配して隠しているのは事実らしいし、偶然それを見つけて、大金持ちになったのもいる」
「なるほど」
少し遠いところで、地面に潜り込んだフェリを引っ張り出しているクリシャを見る。
「・・・・・・年の功、か」
「本人には、言うなよ?」
** ++ **
それはともかく、とモリヒトは周囲を見回す。
多少荒れてはいても、先ほどとさほど変わりのない、平原の光景。
だが、その光景の中から、先ほどは不意に敵が現れた。
「待ち伏せからの奇襲。を、あっさりと引いたなあ・・・・・・」
「奇襲tってのは、効果がない、とわかった時点で引くもんだ。・・・・・・むしろ、相手が本腰入れてくるのは、こっからだな」
「そりゃ厄介だ」
こちらの戦力を見極めるための、偵察を兼ねた奇襲。
次は、それを踏まえた上で、攻撃を仕掛けてくるだろう。
「・・・・・・逃げ切るのが勝ち、か」
「ここからは、ろくに街はない。小さい村ならいくつかあるが・・・・・・」
言い淀んだジャンヌは、頭をかいた。
「立ち寄っても、おそらく追い出される」
「そういうものか?」
「基本的に、こっから先の村は、何かしらの傭兵団の拠点だ。それも、オルクトとの戦争でガンガン前線に出ているタイプの、な」
ラヒリアッティの準正規軍、とでも言うべき傭兵団だ。
この傭兵団から、正規軍にスカウトされることも多い、という。
「つまり、完全敵地?」
「そうなる。アタシらは、オルクトと接触しようってんだから」
モリヒト達は、これから国境の森を目指して北上する。
ただ、その北上のルートも少しばかり西寄りだ。
戦場に近い分、主に戦場を仕事場とする傭兵団か、もしくは国境沿いにある森に住む魔獣を狩ることを生業としているものばかりだ。
これらの傭兵団は、ラヒリアッティ共和国以外と、仕事をする機会がない。
結果として、ラヒリアッティから依頼があれば、断ることはありえない。
「捕まえて差し出せば、はした金だろうが金になる、となれば、来たら捕まえるくらいはするだろうさ」
つまり、村には立ち寄れない。
「物資は、十分な量は持ってきている。しいて言うなら、食糧がちょっと少なめだが、途中で狩りは必須だな」
「・・・・・・疲れる旅になりそうだ・・・・・・」
モリヒトはぼやく。
それを聞きつけて、ジャンヌは肩をすくめた。
「命があるだけ、マシだろう?」
「・・・・・・捕まるよりはまし、か」
ともあれ、旅路は始まったばかりだ。
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