第29話:別れと出発
「帰るわ」
宴の翌日、半日ほど二日酔いで苦しんだマサトは、その後村の広場の宴の後片付けを手伝い、村にもう一泊していった。
そして、翌朝。
クルワが用意した朝食は、固焼きのパンとスープ。
スープにパンを浸して柔らかくして食べ、最後にパンで器をぬぐって食べ終わったマサトは、モリヒトにそういった。
「そうか。気を付けて帰れよ」
「あっさりしてんなあ・・・・・・。別れを惜しむとかないのか?」
モリヒトは、のんびりと食後の茶を飲みながら、肩をすくめた。
「惜しむようなもんでもないだろう? 二度と会わないって決めたわけでもなし」
そうかい、とマサトは笑った。
** ++ **
「本当に何も惜しまないな」
村から出るときも、見送りの一つもなかった。
家を出るときに、またな、と行ったっきりだ。
マサトは、モリヒトのなんでもない顔を思い出し、くく、と笑った。
「・・・・・・」
「おっと」
そんなマサトの前に、音もなく人影が現れる。
「迎えかい?」
「はい。・・・・・・あまり、無理を言わないでください」
「何が?」
「身の危険、というものがあります」
「そう? ここも、ラヒリアッティで、ここを守る傭兵団も、ラヒリアッティを守るっていう点では、一致しているだろう?」
「それでも、護衛、というものは必要です」
「面倒な立場だなあ・・・・・・」
やれやれ、と嘆息しつつも、マサトは歩く。
技術局の人員は、基本的に外出時には『黒兎』の護衛がつく。
護衛がつかないのは、技術局のごく近くにある、技術局に勤める者達のための街の中ぐらいだ。
技術局は、ラヒリアッティ共和国にとって、最も価値の高い施設だ。
そこに勤めるものは、下っ端であろうとも、重要人物である。
「こちらは、気が気ではありませんでしたよ」
「だったら、一緒に来たらよかっただろうに」
「・・・・・・無理です。あそこの傭兵団の長は、かつての我々の上官ですし」
「・・・・・・君ってひょっとして『白兎』だったのかい?」
「・・・・・・ええ。私は、『黒兎』に残りましたが」
「そりゃまた、どうして?」
「働き口をすべて捨てて、わざわざ傭兵になる、という選択肢が、あり得ないものだと思ったからです。・・・・・・家族もいますし」
「なるほど。そりゃそうだ」
マサトは、ふうん、とうなづいた。
「まあ、いい気分転換にはなったよ」
「同郷の人間、ですか。・・・・・・一応、要望があるなら、拉致してでも、連れてくる作戦も考慮しますが?」
「いいよ。僕は、そこまでは望まない。・・・・・・自分可愛さで悪いけれど、彼が来て、僕のラヒリアッティでの価値が落ちても困るしね」
冗談交じりの口調で、マサトはそんなことを言った。
実際のところ、モリヒトとマサトで、科学技術に関する知識量に、それほど大きな差があるとは思えない。
ただ、
「モリヒトを連れてきて、二人になったんだから、今までの二倍の成果を出せ、とか言われても困るしね」
「・・・・・・さすがに、理不尽では?」
「人の上に立つ人ってのは、基本理不尽だよ? 特に、頭の悪い人は」
ブラック企業ってやつだねえ、とマサトは笑う。
仕事を急かされることのない今の環境を、マサトは気に入っている。
それを崩す要因は、できる限り排除したい。
「・・・・・・正直ね。僕は戦争とか嫌いなんだ」
「それは、わかります」
「でもねえ。命令をする人ってのは、勝てそうなら戦争するんだよねえ」
その命令で、人が何人死のうとも。
そして、
「僕が作った『砲』は、間違いなくラヒリアッティの戦争を加速させた。・・・・・・これ以上やって、死人が増えるのはごめんだ」
オルクトの飛空艇を恐れて、なあなあになりつつあった戦争が、『砲』の開発によって、加速した。
特に、飛空艇を撃墜してからは。
「勘違いも甚だしいよ。一つ二つ新兵器ができたところで、戦争なんて勝てるもんじゃない」
相手も自分と同じ人間なのだ。
技術の進歩の速度に、大きな差など出ない。
「ラヒリアッティがオルクトに勝てないのは、オルクトの方が大国だから。単純な地力の差だ」
「それは・・・・・・」
「向こうが手加減をしてくれているんだから、それに甘えてなあなあにして、和平でも結んでしまう方が、たぶん賢い」
技術局に引きこもっていても、この程度の情報は入ってくる。
というか、ベリガルがいろいろ教えてくれる。
ベリガルは、情報を与えられたマサトが、どういう答えを返すかで、マサトの思考や常識を知ろうとしているのだと思うが、マサトにとって困ることではない。
「だけど、モリヒトや、あと、クリシャさん? だっけ? 彼女みたいな特別は、捕まえてしまうと、『切り札』と錯覚させてしまいかねない」
「・・・・・・それは・・・・・・」
「僕としては、『黒兎』には、彼らを密かに護衛して、さっさとこの国から出て行ってもらったほうが、いいと思うけどねえ」
「あくまでも、個人的な考えと思って、聞き流しておきます」
憮然とした顔で告げる『黒兎』の隊員に、マサトは苦笑した。
「宮仕えってのも、大変だよねえ」
** ++ **
「準備は?」
「できた」
荷物を詰めた背嚢を担ぐ。
モリヒトの上半身より大きい背嚢には、それなりの旅の支度が入っている。
今回の移動では、馬などは使わず、すべて徒歩だ。
だから、荷物はすべて持って歩く。
フェリも、自分の体格なみの荷物を背負っているし、クリシャも同様だ。
もっとも、クリシャの方は、魔術を使って軽量化しているようだが。
レンカとクルワも荷物を持っているが、こちらはモリヒト達のものと比べると小さい。
彼女たちはアートリアであるため、必要な荷物が少ないからだ。
「・・・・・・よし。じゃあ、出発するぞ」
ジャンヌの先導に従い、モリヒト達は村を出発した。
向かう先は、オルクトだ。
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