第26話:再生儀式
夜になり、モリヒトは儀式場にいた。
「・・・・・・ルイホウ。ここって何?」
上を見上げ、端の見えない空間を見て、モリヒトはルイホウへと聞いた。
「巫女衆の修練場です。はい」
「ここが? 俺らが普段使っていたところとは違うのか?」
「ここは、この国の地脈の真上にあるんです。はい」
「地脈の真上。・・・・・・ひょっとして、『竜殺しの大祭』もここでやるのか?」
王城地下に入り、それなりの距離を移動した。
おそらくだが、実際の位置は王都の外だ。
深さも相当だから、上から掘ってくる、ということはできないだろうが。
「いえ。『竜殺しの大祭』は、このさらに先で行います。はい」
「先って、奥があるのか?」
「いえ、先、というのは、地脈の先、という意味です。はい。儀式場は、異王国の岬の先端に程近いところにあるのです。はい」
「ふうん・・・・・・」
頷き、モリヒトはぼんやりと周囲を見る。
薄暗い空間だが、等間隔に燭台はあり、決して視界が悪い、ということはない。
加えて、足元の巨大な魔法陣がほのかな光を放っており、視界自体は広い。
だが、それでも端が暗闇に沈んでいる。
つまり、それだけ広いのだ。
まるで、ここには端がないようにも見える。
「・・・・・・ところでさ。俺は、この格好でいいのか?」
モリヒトは、場所に対する感想を一時置いておいて、ルイホウに問う。
モリヒトが今着ているのは、ごく当たり前の平服として与えられているものだ。
特に何の仕掛けもないし、ごく当たり前に、今日一日着ていたものでもある。
「問題ありません。はい」
ただ、と続けて、ルイホウはモリヒトの右肩に手を添えた。
「魔術を行使するために、患部は露出しておいて頂きます。はい」
「上、脱いじまったほうが早くないか?」
「風邪引きますよ? はい」
言いながら、ルイホウは刃物を抜いて、モリヒトの右袖を切り取った。
「ふむ。あとは、寝てるだけでいいのか?」
「はい。それで大丈夫です。はい」
言いながら、ルイホウは切り取った袖を持って、離れていく。
「魔法陣の中心はお分かりですね? はい」
「ああ、この陣の中心だろ?」
問題ない、と陣を描く円の中心に立つ。
「ここだろ?」
「はい。そこです。はい」
モリヒトが立つ場所の足元には、円の中心で図形が描かれていない。
「その円からは出ないように、お願いします。はい」
ルイホウは言うと、儀式場の端へと向かっていく。
「うん? ルイホウ、どこへ?」
「モリヒト様はその格好で構いませんが、私は儀式礼装に着替える必要がありますから。はい」
「ふーん・・・・・・」
普段から巫女服みたいなの着てるくせに、と思いつつ、どんな感じかな、と想像してみる。
「分かった! むやみやたらと透けているよなエロ衣装だ!!」
「何でそんな元気なのか分かりませんが、違いますよ? はい」
「・・・・・・え~。こういう場合のお約束としては、露出高めのエロ衣装じゃないの?」
「魔術の術式を仕込むのに、そんな薄い衣装ではどうにもならないではないですか。はい」
「・・・・・・あ、そうだね。厚手になるよね・・・・・・」
よく考えたら、そういうものになるはずだ。
別に、肌をさらすほど、魔術の性能が上がるとかいう設定があるわけでもないし、当たり前の話だった。
「・・・・・・じゃ、期待しないで待ってよう」
「・・・・・・変な期待はやめてください。はい」
「ははは。たまには雰囲気の違うルイホウさんが見てみたいだけですよう、と」
腰を落とし、ごろんと横たわる。
「じゃ、のんびり待ってるさ」
「患部だけは、露出しておくようお願いしますね。はい」
ん~、と返して、大の字―腕が片方ないため歪だが―で寝転がる。
「ああ、それと、発動体などがあると干渉する可能性がありますから、全部外して置いてください。はい」
「あいよ~」
もっとも、レッドジャックもブレイスも外してあるし、他に何か持っているわけでもない。
いなくなったルイホウを見送り、モリヒトは天井へと目をやる。
だが、
「うあ、天井も見えねえ」
絶妙な光加減、とでも言うのか、天井も暗闇の中にある。
確かに、相当に階段を降りはしたが、
「限りのない空間、ていうイメージでも持たせたいのかね?」
魔術がイメージに左右される以上、決して無視できない要素ではあるが、
「・・・・・・誰が考えたんだ? こんなの」
ふう、とため息を吐いて、モリヒトは目を閉じた。
** ++ **
ルイホウは服を着替えていく。
モリヒトのいた位置からは、暗がりになって見えない位置に、更衣室への扉はある。
その中に、用意は巫女衆の手で整えられている。
本来なら、全て自分の手でやりたいところだが、今回は時間がなかった。
一人でやっては、儀式の実行までに、もう三日ほど余計にかかってしまうからだ。
つまるところ、ルイホウはモリヒトの腕を早めに治す為に、少しばかり無理をしている。
ライリンに頼んだところ、ユエルが大半の準備をしてくれたようだ。
軽く調べてみた限り、不備はない。
本来なら、この準備だけでもそれなりに魔力を消費してしまうため、儀式は行えないはずだったが、今回はユエルが準備を代行してくれたため、魔力に不備もなく、今日一日、魔力を杖に充填できた。
「準備は、万端です。はい」
いつも着ている衣装は脱ぎ、下着も全て外して裸になる。
更衣室の隣の部屋へ。
そこは、湿り気を帯びた部屋だ。
風呂場に近い作りではあるが、中の空気は冷たい。
この水場にあるのは、確かに浴場ではあるが、中を満たすのは地下からくみ上げた冷水だ。
地脈を中に通す水源から直接くみ上げた冷水で、魔術的な効果が高い。
禊のための場だ。
その脇に、一人の少女が控えている。
黒髪に、長い耳。
ユエルだ。
水に濡れてもよいように、薄い衣を一枚纏っているだけだ。
「ユエル。お願いしますね。はい」
「こちらこそ、勉強させていただきます。先輩」
ぺこり、と小さくお辞儀をした。
「そうですね。あまりない機会ですし、できる限り多くを見てください。はい」
「はい。ありがとうございます。先輩」
浴場へと入り、ユエルの手伝いとあわせて、水を体にかけていく。
かけ方や順番自体にはあまり意味はない。
手伝い自体も、実はいらなかったりする。
ただ、伝統として、行っているだけだ。
こういう儀礼的なものが重要な場もあったりするためだ。
「・・・・・・私も、いずれ、こういう儀式を行うのでしょうか?」
ユエルの問いに、ルイホウは首を傾げた。
「他の巫女衆は、『巫女の派遣』で外部へ出て儀式を行うこともあるかも知れませんが、あなたの場合は巫女長になりますから、機会は少ないかもしれませんね。はい」
だからこそ、ライリンはルイホウの手伝いとして、ユエルを寄越したのかもしれない。
「ライリン様の今後の方針次第では、しばらくこういう儀式が多く行われるかもしれませんね。はい」
「・・・・・・できる限り、多くを学びたいと思います」
「がんばりなさい。はい」
しばらく、水をかける音が続いた。
** ++ **
「お待たせしました。はい」
「・・・・・・普通だね」
モリヒトは、出てきたルイホウを見て、ちょっとがっかりする。
いつもの巫女みたいな服よりは、少し豪華だが、逆に言うと服は分厚くなっているわけで。
「・・・・・・味わいが薄い・・・・・・」
化粧の類もしていないし、豪華な衣装に見えるが、着飾っている、という印象は受けない。
「何ですか? 味わいとは。はい」
ルイホウに半目で睨まれ、モリヒトは、ははは、と笑いでごまかした後、その後ろを続く小さな子を認める。
「・・・・・・そっちの子は? 俺は、初めて見る顔、だよな?」
「ユエル、ルイホウ先輩の後輩にあたります」
「後輩?」
「未来の上司です。はい」
「うん?」
「私より才能がありますし、次期巫女長という立場です。はい」
「へえ・・・・・・。すごいんだ」
ルイホウの口調には自慢するような響きがある。
それを受けて、モリヒトの方でも感心した感情を載せてユエルを見ると、ユエル自身は恐縮して首を振る。
「私など、先輩方に比べればまだまだです」
「謙虚だねえ・・・・・・」
モリヒトは苦笑を浮かべる。
「儀式の手伝いをお願いしました。はい」
「そうか、なら頼んだ」
「はい、お任せください」
しっかりと頷いたユエルに笑みを見せ、頼ることを決める。
「よっしゃ、なら、ルイホウ。さっさと始めよう」
「「はい」」
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