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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第10章:古代の足跡
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第21話:懸念

 『黒兎』の男へ背を向けて、ジャンヌは森の中を歩いていく。

 森の木々によって音が吸収されるとはいえ、ジャンヌの耳には、森の中で獣を追い立てる声と、仕留められる魔獣の断末魔が聞こえてくる。

 人の悲鳴のようなものは聞こえない。

 背後に置いてきた、『黒兎』の気配は、消えている。

 もしかしたら、襲い掛かってくるかもしれない、とそんな警戒をしていたが、無駄で終わったようだ。

 そのことを密かに安堵しつつ、ふと、足を止めた。

 森全体に聞こえていた喧噪が、不意に、遠くなる。 

「いいのかい?」

 ジャンヌに、そんな声がかかった。

 ジャンヌがちら、と声の方へと視線を向ければ、そこにはクリシャがいた。

 意識すれば、クリシャを中心に周辺を何かが覆っていることを感じた。

 結界の類か、とあたりをつける。

「・・・・・・ああ、まあ、アンタは、気づくか」

「まあね。・・・・・・あの頃は、顔を隠していたけれど、それでもその槍は見間違えなんてしないから」

 クリシャは、くすり、と笑みを漏らし、肩をすくめた。

「それで、警戒のためかい? この結界は」

「そんな大層なものじゃあないけれどね」

 せいぜいで、ちょっと近づきたがらなくなる程度だよ、とクリシャは嘯いた。

「理由は?」

「いい機会かなー、と思ってね。そっちはどうだい? ボクに、なにか言いたいことでもないのかい?」

「・・・・・・今となっては、だな。せいぜいで、ちょっとした嫌味くらいしかない」

 首を振り、肩をすくめ、ジャンヌは自嘲にも似た笑みを浮かべた。

「アタシは、確かにアンタとは何度となくやりあってる。賞金首だし、まあ、仕事でもあるしな。・・・・・・だが、結局、アンタはアタシの部下は一人も殺しちゃあいない」

「だって、一人でも死人が出たら、誰だって本気になるものね」

 クリシャは、経験上それを知っている。

 賞金狙いのごろつきの類であったとしても、仲間を殺されるとその追跡に入る熱が変わってくる。

 そうして、思わぬところで足をすくわれたこともあった。

 そういった経験から、クリシャは殺人は避けるようになっている。

 ミュグラ教団が相手の時でさえ、クリシャは衝撃を当てて気絶させることを主な攻撃手段としているくらいだ。

「アタシらは、結構手軽にあしらわれてたし、もう覚えられてないもんだと思ってたよ」

「そんなわけないじゃないか」

「そうかい?」

「かなり、手ごわかったからね」

「光栄だねえ。アタシは結局、一度も槍をかすらせることもできなくて、結構ヘコんだもんだったが」

「一番手ごわいってわかってる相手なら、一番警戒するとも」

 ふふん、とクリシャは胸を張って見せた。

「・・・・・・・・・・・・アンタの方で、アタシに気づいてなかったわけじゃないだろう? モリヒトやらに何も言わなかったのか?」

「モリヒトは、あれでのんきだからねえ。クルワやレンカが警戒しているから、たぶんあれでいいの」

 それに、とクリシャは続けた。

「別に、敵じゃないじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・」

 ジャンヌは、沈黙した。

 それから、ふうう、と深くため息を吐いた。

「今のアタシは、『白兎』じゃあない。旅人が望むなら、その行き先に案内してやるくらいはするさ」

「そうかい? ありがとう」

「フン・・・・・・」

 だが、とジャンヌは続ける。

「どうも、向こうはあいつら、てか、アンタにも、狙いがあるっぽいね」

「ボクの方は、まあ、心当たりがありすぎるから」

 だが、モリヒト達はどうだろうか。

 この土地に今までに一度も来たことがないモリヒト達を、『黒兎』が警戒することには理屈の上で無理がある。

 そもそも、モリヒトは、オルクト魔帝国やテュール異王国ですら、知っている者は少ないのだから。

「・・・・・・モリヒトの方も、心当たりはなくもないしね」

「『黒兎』を動かすほどか」

「オルクトじゃあ犯罪者でも、この国じゃあ受け入れられるっていうのは、結構あるんだよ」

 たとえば、

「ミュグラ教団とか、ね?」

「・・・・・・・・・・・・」

 ジャンヌの沈黙の意味をどう思ったか、クリシャは続けた。

「ミュグラ教団が持っている知識は、ラヒリアッティ共和国にとってみれば、結構価値があるからね。オルクトに対抗できるだけの魔術技術なんて、この大陸じゃあ、彼らくらいしか持っていないし」

「・・・・・・ラヒリアッティ共和国には、昔から、技術局っていう組織がある」

「あの組織も、あり方が変わったから」

「変わった?」

「あそこはもともと、国民の生活を豊かにするための研究が主だったんだよ。兵器関連が主になったのは、共和国になってからだ」

 ともあれ、

「最近の技術局は、ちょっと得体が知れなくなってる。その辺、気をつけな」


** ++ **


「『白兎』?」

 マサトは、首を傾げた。

「そう、『黒兎』の前身、ともいえる組織だ。

「へえ・・・・・・」

「当時は、まだ君はいなかった時期だろう? 『砲』がなかった時代は、どちらかというと魔術系の研究が主だった」

 ベリガル・アジンは、手元に置いてあった資料を見ながら、ふむ、とうなづいた。

 研究中の雑談のことでしかない。

 だから、それほど気にすることもなく、割と重要な情報を垂れ流していた。

「そんな中で、魔術そのものではなく、魔術具を使ってみようか、と研究されていたことがった」

「魔術具、か」

「魔術よりは安定している。こちらも、『砲』の前身、と言える研究かもしれない」

 実際には、『砲』は、マサトが来たことから、突発的に始まった研究ではあるが、それ以前から、できるかぎり個人差の少ない魔術の使用、というのは、研究されていたのだ。

「『白兎』は、実用試験で選ばれた」

 当時の『白兎』は、精鋭部隊だった。

 魔術ではなく、武術と連携戦術で高い戦果を挙げる、文字通りのエース部隊だ。

 だからこそ、そこに魔術具によって、魔術の力が加われば、最強の部隊となると期待された。

「だが、結果は魔術具の暴走と、それによる部隊の壊滅。生き残りは、三割ほどだった」

「・・・・・・そいつは、また」

「最終的に、当時の部隊長は職を辞した。生き残った『白兎』の隊員は、二手に分かれた」

 片方は、職を辞した『白兎』の部隊長が立ち上げた、傭兵団への参加。

 もう片方は、新設された、『黒兎』への参加だ。

「技術局としても、専属のテスターの必要性は、昔から言われていてな。この機に、ってことで、新しく立ち上げられた」

「なるほど」

 ふうん、とうなづいたマサトは、首を傾げた。

「で? それがどうしたんだ?」

「『白兎』の部隊長は、剛腕の槍使いでな。当時のオルクト魔帝国の魔皇近衛の序列第一位を戦場で討ち取った、傑物だ」

「へえ、で、それって何年前の話なんだ?」

「十年くらい、か? よくも悪くも、この十年で、ラヒリアッティの軍事は変化しているのだよ」

 くつくつくつ、とベリガルは、怪しく笑うのであった。

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