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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第10章:古代の足跡
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第20話:見張るもの

 その日、ジャンヌは朝から不機嫌だった。

 本人にも原因はわからないまでも、ぴりぴりとしたものを感じて、自然と体が硬くなっている。

「・・・・・・気に入らん」

 マインの街での用事を済ませ、村へと戻ってきて、数日が経ってのことであった。

 村の周囲の畑は実り、収穫の準備が始まっている。

 今は少々雨が降っているが、雨が上がり、天気がよくなれば、一斉に収穫が始まるだろう。

 収穫が終わった後には、収穫祭が行われる。

 収穫祭の後は、税として納める分を運搬し、残りは冬越しの備蓄へと加工したり、市場で売ったりする。

 この収穫こそ、この一年の集大成だ。

 だからこそ、村人たちにとっては、この収穫前は、非常に大事な時期だ。

 収穫を楽しみにする、浮足立った雰囲気と、逆に収穫を前にした緊張感で、村全体が浮ついたような雰囲気となっている。

「どうかしたのか?」

 村の誰もが、傭兵団の部下たちですら、不機嫌そうなジャンヌから距離を取っている中で、特に気にすることもなく声をかけにいくモリヒト。

 その姿を見た皆が、目をむいて驚いている。

 モリヒトは、ジャンヌの不機嫌には気づいているが、不機嫌な人間をとばっちりを恐れて放置していると、あとあと逆に面倒になるのを経験的に知っているだけだが。

「・・・・・・ちょうどいい。手の空いてるのを招集しろ」

「あん?」

「収穫が近いこの時期は、普通の獣はおとなしいことが多いんだが」

「普通の獣は?」

「魔獣がな、暴れ出す」

「どういうことよ?」

「たぶん、地脈の魔力が、畑の作物に吸われて薄くなるんじゃないかな?」

「クリシャ」

 二人で会話していたところに、クリシャが混ざってきた。

「成長するだけじゃなく、収穫期っていう時期も含めて、だね。畑の世話をする人の無意識的な豊穣の願いで、魔力が消費されるから、この時期は地脈の魔力の消費量が激しくなるんだよ」

「ああ、なんか、魔力が濃いとそういうことがあるってか?」

「そもそも、植物は地面の中とつながっている。地脈から魔力が植物の根を伝って、地表に流れ出てくるんだ」

 結果として、畑周辺の魔力が濃くなり、相対的に畑ではないところの魔力が薄くなる。

「それで、魔獣が畑を狙って出てくるわけか・・・・・・」

 ふむ、とジャンヌは顎に手を当てて、考える。

「村の防備に柵を作るのもそうだが、もう一度魔獣を狩っておくべきか・・・・・・」

「手伝うか?」

「その時が来たらな」

「・・・・・・一応、俺なら、土壁か空堀くらいなら、なんとか作れんこともないぞ?」

 大規模な魔術行使は、モリヒトにとっては割と得意なところである。

 休憩を間に挟みながら、とはなるが、実質的に魔力切れが発生しないモリヒトは、大規模な地形変化の魔術というのはむしろ得意分野になる。

 細かい魔術より、おおざっぱに魔術を使う方が得意なのだ。

 イメージの足りない部分は、魔力量でごり押しできる、ということもある。

「正直、あんまり効果が出なさそうだけどね。魔獣の類には、半端な壁や堀は、飛び越えてしまうから」

「狩ってしまった方が早いか」

「こういう仕事が増えるのが、この時期だ。アタシも、村を留守にすることが多くなる」

「ああ、『白亜の剣牙』が仕事をしている村って、ここら一帯全部だっけな」

「そうだ。それぞれの村で故郷のやつも多いからな。・・・・・・それに、この辺は、他と比べると税が重い」

「・・・・・・・・・・・・領主が悪いやつ、とか?」

「いや、税は重いが、その分の優遇措置はいくつもある。アタシの傭兵団についても、結構な優遇を受けている」

「優遇?」

「装備とかだな。質のいい武具を回してもらえたりしている」

 それだけ、このあたりの食料生産能力は、ラヒリアッティ共和国にとって重要となっている、ということでもある。

 実際のところ、このあたりの村人たちは、他地域に比べると、幾分か余裕のある暮らしをしているそうだ。

「・・・・・・とにかく、近いうちに狩りだ。準備しとけ」

「了解」


** ++ **


 魔獣の狩りは、それほどの被害を出すこともなく終わった。

 毎年やっている、慣れたことだ、というのも大きい。

 モリヒト達が手伝うまでもなく、本来なら解決していたのだろう。

 モリヒト達が入ったおかげで、魔術の支援を受けられることも大きい。

 この村に来てから、何度かこういった狩りを手伝っているおかげで、モリヒト達との連携もスムーズだ。

「・・・・・・ふん」

 その様子に、ジャンヌは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「団長、どうかしましたか?」

「気にするな」

 傍にいた団員を横に、槍をぶん、と振るう。

 飛び掛かってきた狼型の魔獣が、叩き潰されて肉塊へと変わる。

 ジャンヌの振るう大槍は、穂先の刃が大きく作られ、全体も鉄づくりで非常に重い。

 それを軽々と振るう膂力も大したものだが、それでいて、森の木々に槍を引っ掛けない技量も大したものだ。

「・・・・・・これで、しまいか?」

 ぶん、と槍を振るって、血のりを払い、ジャンヌは周囲を観察する。

「・・・・・・おい」

「へい!」

「他んとこ、うまくやってるか見てこい。特に、客人のところな」

「モリヒトですかい? あのひょろっちいのはともかく、周りの女どもは大したモンですじ」

「それはそれだ。あいつらは、ウチのモンじゃねえんだからな。・・・・・・この辺にゃあ、他はいねえようだ。他のところの手助けに回ってやれ」

「へい」

 そうして、走り去っていく部下たちを見送り、槍を地面に突き立てる。

 そして、腰に提げていた水袋から、ぐび、と水を一飲みした。

「・・・・・・で? 何か用か?」

 ジャンヌが、鋭い視線を飛ばしたのは、森の木々の影だった。

「・・・・・・『白亜の剣牙』団長、ジャンヌさんですね」

 木の陰から、すっと、黒づくめの服装をした男が現れた。

 その姿を一瞥して、ふん、とジャンヌは吐き捨てた。

「てめえ、『黒兎』だな? 何の用だ?」

「・・・・・・見逃してもらえませんか? こちらとしても、見ないふりをしていただけると助かるんですが」

「ああ? じゃあ、こそこそ見張るような真似してんじゃねえ」

「見張るなど・・・・・・」

 首を振って否定しようとした『黒兎』の男だったが、

「ここ何日か、村を見張ってただろうが。下らねえごまかしするんじゃねえよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・今更、アタシらが疑われるような理屈はねえ。となると、狙いはモリヒト達だろ」

「・・・・・・彼らは、ラヒリアッティとオルクトの戦線に、影響を与える可能性があります」

「ねえよ」

 ジャンヌは、再度水袋から水を飲む。

「誰にそそのかされたのか知らんが、国家間の戦争が、個人に影響されるなんぞ、あり得るか」

「しかし・・・・・・」

「うるせえ。アタシには、『黒兎』には義理はねえんだ。グダグダ言ってると、潰すぞ」

「・・・・・・我々は、ラヒリアッティの正規部隊です。いかに貴女といえど・・・・・・」

「もう一回だけ言ってやる。言葉で済ませてる内に、失せな」

 ジャンヌは、それだけ言い置いて、男に背を向け、歩き出した。

 男は、何も言い返すことはせず、その背を見送るのだった。

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