第20話:見張るもの
その日、ジャンヌは朝から不機嫌だった。
本人にも原因はわからないまでも、ぴりぴりとしたものを感じて、自然と体が硬くなっている。
「・・・・・・気に入らん」
マインの街での用事を済ませ、村へと戻ってきて、数日が経ってのことであった。
村の周囲の畑は実り、収穫の準備が始まっている。
今は少々雨が降っているが、雨が上がり、天気がよくなれば、一斉に収穫が始まるだろう。
収穫が終わった後には、収穫祭が行われる。
収穫祭の後は、税として納める分を運搬し、残りは冬越しの備蓄へと加工したり、市場で売ったりする。
この収穫こそ、この一年の集大成だ。
だからこそ、村人たちにとっては、この収穫前は、非常に大事な時期だ。
収穫を楽しみにする、浮足立った雰囲気と、逆に収穫を前にした緊張感で、村全体が浮ついたような雰囲気となっている。
「どうかしたのか?」
村の誰もが、傭兵団の部下たちですら、不機嫌そうなジャンヌから距離を取っている中で、特に気にすることもなく声をかけにいくモリヒト。
その姿を見た皆が、目をむいて驚いている。
モリヒトは、ジャンヌの不機嫌には気づいているが、不機嫌な人間をとばっちりを恐れて放置していると、あとあと逆に面倒になるのを経験的に知っているだけだが。
「・・・・・・ちょうどいい。手の空いてるのを招集しろ」
「あん?」
「収穫が近いこの時期は、普通の獣はおとなしいことが多いんだが」
「普通の獣は?」
「魔獣がな、暴れ出す」
「どういうことよ?」
「たぶん、地脈の魔力が、畑の作物に吸われて薄くなるんじゃないかな?」
「クリシャ」
二人で会話していたところに、クリシャが混ざってきた。
「成長するだけじゃなく、収穫期っていう時期も含めて、だね。畑の世話をする人の無意識的な豊穣の願いで、魔力が消費されるから、この時期は地脈の魔力の消費量が激しくなるんだよ」
「ああ、なんか、魔力が濃いとそういうことがあるってか?」
「そもそも、植物は地面の中とつながっている。地脈から魔力が植物の根を伝って、地表に流れ出てくるんだ」
結果として、畑周辺の魔力が濃くなり、相対的に畑ではないところの魔力が薄くなる。
「それで、魔獣が畑を狙って出てくるわけか・・・・・・」
ふむ、とジャンヌは顎に手を当てて、考える。
「村の防備に柵を作るのもそうだが、もう一度魔獣を狩っておくべきか・・・・・・」
「手伝うか?」
「その時が来たらな」
「・・・・・・一応、俺なら、土壁か空堀くらいなら、なんとか作れんこともないぞ?」
大規模な魔術行使は、モリヒトにとっては割と得意なところである。
休憩を間に挟みながら、とはなるが、実質的に魔力切れが発生しないモリヒトは、大規模な地形変化の魔術というのはむしろ得意分野になる。
細かい魔術より、おおざっぱに魔術を使う方が得意なのだ。
イメージの足りない部分は、魔力量でごり押しできる、ということもある。
「正直、あんまり効果が出なさそうだけどね。魔獣の類には、半端な壁や堀は、飛び越えてしまうから」
「狩ってしまった方が早いか」
「こういう仕事が増えるのが、この時期だ。アタシも、村を留守にすることが多くなる」
「ああ、『白亜の剣牙』が仕事をしている村って、ここら一帯全部だっけな」
「そうだ。それぞれの村で故郷のやつも多いからな。・・・・・・それに、この辺は、他と比べると税が重い」
「・・・・・・・・・・・・領主が悪いやつ、とか?」
「いや、税は重いが、その分の優遇措置はいくつもある。アタシの傭兵団についても、結構な優遇を受けている」
「優遇?」
「装備とかだな。質のいい武具を回してもらえたりしている」
それだけ、このあたりの食料生産能力は、ラヒリアッティ共和国にとって重要となっている、ということでもある。
実際のところ、このあたりの村人たちは、他地域に比べると、幾分か余裕のある暮らしをしているそうだ。
「・・・・・・とにかく、近いうちに狩りだ。準備しとけ」
「了解」
** ++ **
魔獣の狩りは、それほどの被害を出すこともなく終わった。
毎年やっている、慣れたことだ、というのも大きい。
モリヒト達が手伝うまでもなく、本来なら解決していたのだろう。
モリヒト達が入ったおかげで、魔術の支援を受けられることも大きい。
この村に来てから、何度かこういった狩りを手伝っているおかげで、モリヒト達との連携もスムーズだ。
「・・・・・・ふん」
その様子に、ジャンヌは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「団長、どうかしましたか?」
「気にするな」
傍にいた団員を横に、槍をぶん、と振るう。
飛び掛かってきた狼型の魔獣が、叩き潰されて肉塊へと変わる。
ジャンヌの振るう大槍は、穂先の刃が大きく作られ、全体も鉄づくりで非常に重い。
それを軽々と振るう膂力も大したものだが、それでいて、森の木々に槍を引っ掛けない技量も大したものだ。
「・・・・・・これで、しまいか?」
ぶん、と槍を振るって、血のりを払い、ジャンヌは周囲を観察する。
「・・・・・・おい」
「へい!」
「他んとこ、うまくやってるか見てこい。特に、客人のところな」
「モリヒトですかい? あのひょろっちいのはともかく、周りの女どもは大したモンですじ」
「それはそれだ。あいつらは、ウチのモンじゃねえんだからな。・・・・・・この辺にゃあ、他はいねえようだ。他のところの手助けに回ってやれ」
「へい」
そうして、走り去っていく部下たちを見送り、槍を地面に突き立てる。
そして、腰に提げていた水袋から、ぐび、と水を一飲みした。
「・・・・・・で? 何か用か?」
ジャンヌが、鋭い視線を飛ばしたのは、森の木々の影だった。
「・・・・・・『白亜の剣牙』団長、ジャンヌさんですね」
木の陰から、すっと、黒づくめの服装をした男が現れた。
その姿を一瞥して、ふん、とジャンヌは吐き捨てた。
「てめえ、『黒兎』だな? 何の用だ?」
「・・・・・・見逃してもらえませんか? こちらとしても、見ないふりをしていただけると助かるんですが」
「ああ? じゃあ、こそこそ見張るような真似してんじゃねえ」
「見張るなど・・・・・・」
首を振って否定しようとした『黒兎』の男だったが、
「ここ何日か、村を見張ってただろうが。下らねえごまかしするんじゃねえよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・今更、アタシらが疑われるような理屈はねえ。となると、狙いはモリヒト達だろ」
「・・・・・・彼らは、ラヒリアッティとオルクトの戦線に、影響を与える可能性があります」
「ねえよ」
ジャンヌは、再度水袋から水を飲む。
「誰にそそのかされたのか知らんが、国家間の戦争が、個人に影響されるなんぞ、あり得るか」
「しかし・・・・・・」
「うるせえ。アタシには、『黒兎』には義理はねえんだ。グダグダ言ってると、潰すぞ」
「・・・・・・我々は、ラヒリアッティの正規部隊です。いかに貴女といえど・・・・・・」
「もう一回だけ言ってやる。言葉で済ませてる内に、失せな」
ジャンヌは、それだけ言い置いて、男に背を向け、歩き出した。
男は、何も言い返すことはせず、その背を見送るのだった。
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