第15話:情報収集(マインの街)
建物の背が低い。
マインの街を見たモリヒトの感想だった。
「こっちは、大体こんなもんか?」
「何が?」
「家とか、低い」
「・・・・・・ふうん? そうだねえ」
テュール異王国でも、オルクト魔帝国でも、あるいは、カラジオル大陸で訪れた街でも、大体の建物は二階以上高さがあった。
オルクトの首都、帝都『アログバルク』などは、通りの両側は、空が狭く見えるほどに、壁のように高い建物がずらりと並んでいたものだ。
それに比べて、村の最寄りで一番大きい街、というマインの街だったが、こちらは、一階建ての建物ばかりだ。
平地にある街で、壁に囲まれている。
壁は、レンガを組み合わせて作られた分厚いものだった。
色が黒っぽいのは、この大陸特有だな、と思いはするが、
「・・・・・・ざらり」
触ってみると、手のひらにレンガが風化して出た砂のような粉がつく。
このあたりも、オルクトの街並みではなかった。
あの国の建造物は、不思議ともっとつるつるしている家が多かった気がする。
建材の質一つとっても、この国の方が、オルクトより劣っているように見える。
「鉄の家とかあるかと思った」
「ないでしょ。ていうか、家に鉄とか、お金がかかるわよ」
モリヒトのふとした感想に、クルワが肩をすくめて答えた。
「そういうものか?」
「鉄の精錬なんて、手間でしょ? レンガなら、最悪泥を枠に詰めて乾かすだけでもいいんだから」
「頑丈そうではあるんだが、二階建てとかはないんだよな」
「レンガを積んだだけで、そこまで高い建物を作るのって、大変よ?」
「そうじゃの。高い建物ならば、鉄筋か何か、芯となる支えを入れんと、あまり高くは積めんじゃろう」
今日、街に来ているのは、モリヒト、クルワ、レンカの三人と、ジャンヌを含む『白亜の剣牙』の団員たち数名だ。
狩りで得た毛皮や骨、角の類。
あるいは、村で刈り取ったカルバークの毛。
他にも、森での採取物など、要は、村の産物である。
それらを街で売るために来た『白亜の剣牙』に、モリヒト達が同行した形だ。
「まあ、ものは、なじみの商会に持ち込んでしまうから、実際に売り買いはしないけどな」
「ジャンヌさんよ。俺までこの街に連れて来た理由はなんなの?」
「必要だろう? 旅の準備とかな。フェリは子どもだし、クリシャは目立ちすぎる」
ジャンヌは、モリヒト達を見て、うーむ、とうなった。
「まあ、お前たちが目立たないか、と言われると、どうとも言えんが・・・・・・」
モリヒトはまだいい。
ただ、レンカとクルワは、美女すぎる。
「変に絡まれないようにな」
「お? 俺らは置いていくのか?」
「村に必要な物資の買い付けがあるからな」
「それもそうか。・・・・・・まあ、適当に見て回るさ」
「それはいいが、トラブルは起こすなよ? 何かあったら、『白亜の剣牙』のジャンヌの名前を出せ」
「それで解決しなかったら?」
「逃げろ」
「へいへい」
ジャンヌ達と別れ、モリヒトは市場を見渡した。
財布を取り出す。
村での仕事で、いくらかお金はもらっている。
とはいえ、潤沢、というわけではない。
大陸間を移動したとき、あちらで用意できる物資は用意したものの、旅装については少々心許ない。
特に、移動距離が大幅に長くなりそうな現時点では。
「丈夫な靴とか、マントとか。狩っておいた方がいいかな」
「そうね。後は、荷袋とか、水筒とか」
「水なら、我が出せるが?」
レンカが指を立てると、その先端から水が噴き出す。
済んだ水は、レンカの指先を濡らし、地へと垂れた。
「それはそうだけど、持ち歩ける容器はあった方がいいわ。ちょっとのどが渇いたからって、毎回レンカの指を舐めるわけにはいかないでしょ」
「たしかに。手間だな、それは」
荷物を持ち歩くことも含めて、買いそろえるべきものはそれなりにある。
あとは、
「情報収集もしておきたいなあ。例えば、戦況とか」
「・・・・・・場合によっては、ジャンヌ達も、戦場へ行ってしまう可能性もあるし、のう」
レンカは、口元に手を当て、物憂げな声を漏らした。
だが、実際にその可能性はある。
今は農繁期だが、もうしばらくすると収穫も終わり、農閑期になる。
傭兵団としては、稼ぎ時だ。
ラヒリアッティとオルクトとの間での小競り合いは、いつも行われているものだし、そこに『白亜の剣牙』が出向く可能性はある。
そうなると、オルクトへの移動は、モリヒト達だけで行わなければならなくなるが、土地勘のない東側を無事に移動できる見込みは薄い。
「力ならあるから、最悪力ずくで通れなくもないけどなあ」
「それは、マジの最終手段よ。厄介ごとにしかならないもの」
「・・・・・・あと気になるのは、クリシャの移動が制限されていること、じゃのう・・・・・・」
「ん?」
「クリシャの力は、かなり特殊じゃ。あれは、どちらかというとウェキアスのそれに近い」
無詠唱で魔術を放ったり、魔力だけで空を飛んだり。
クリシャにできることは、本当に特殊だ。
魔術の基本的な原則を無視している、と言ってもいい。
既存の魔術とは違いすぎて、魔術封じなども効かないという。
だが、この土地では、クリシャのそういった能力がいくらか制限されている。
モリヒトが魔術を使うときには、一切問題はないし、クリシャも普通に魔術を使う分には、特に問題はないという。
だが、クリシャにしかできないことをやろうとすると、とたんに失敗する。
「我は直接は見てはおらぬが、たしか、ミュグラ教団がクリシャの魔術を解析して、対抗策を作っておったのであろう?」
レンカが言っているのは、かつてオルクトの首都で、ミュグラ教団の追手に襲われたときの話だろう。
クリシャが放った魔術は、相手にほとんどダメージを与えられなかった。
それを、対抗策を作ってきたから、とクリシャは言っていたが、
「・・・・・・この国全体レベルの広範囲で、そういうのがあるってことか?」
「そうじゃ。聞けば、ここ数年、クリシャは東側には顔を出しておらんらしいしのう」
「む」
だがそれはそれで問題で、
「・・・・・・この国に、ミュグラ教団の影響があるってことだぞ?」
「おかしくはあるまい。オルクトでテロリストとして扱われていたとして、オルクトの敵国ならば、潜り込むことは難しくない。なんなら、裏で手を引いておるのは、この国やもしれぬ」
「・・・・・・むう」
否定したいが、否定の材料もない。
それだけに、
「用心に越したことはないじゃろ?」
「まあ、そうだな」
モリヒトは、ふう、とため息を吐いて、
「ま、とりあえず今は、いろいろ見て回って、必要そうなものを仕入れよう。考えても仕方ない」
「そうね。少なくとも、今は問題にはなってないのだし、ね」
「まあのう。・・・・・・ところで主よ」
「ん?」
「あの屋台で、うまそうなものを売っておる」
「後にしなさい」
「ケチじゃのう」
「金はそこまで余裕はない」
モリヒトは、必要そうなものを、一つ、二つ、と指折り数える。
「・・・・・・吹っ掛けられないようにしないとなあ」
「はいはい。気を付けてね」
そして、三人は市場へと足を踏み入れた。
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