第25話:精霊の子
モリヒトは、休憩にするというセイヴ達とともに、移動していた。
移動先は、回廊に面した一室だ。
簡易だが台所などを備えたそこは、城へと訪れる客をもてなす場合に使われる場所の一つらしい。
場合によっては、寝台を運び込んで宿泊場所としても使うらしい。
ちなみに、セイヴ達の宿泊場所は、これより奥にある。
基本的に、王への謁見までの待ちに使われる一室だが、そのために、簡易とはいえ台所が据え付けられている。
ルイホウがそちらで茶の用意をしている間、モリヒトはセイヴへとテリエラが目覚めたことを伝えていた。
「ほう、目を覚ましたか。あの娘」
「元気そうだったよ。少なくとも体調的には」
「体調的には、ねえ・・・・・・」
「精神的には緊張してるって感じだったね。で、それを表に出さない程度には警戒されている、と」
「ふむ。・・・・・・まあ、育ちが育ちなのだろうな」
「育ち、ねえ・・・・・・」
首を傾げる。
「やっぱあれかい? あの手のは、人体実験されてたとか、そういう話かい?」
「・・・・・・さて、そこはどう説明したものかな・・・・・・」
ふむ、と、セイヴは腕を組む。
しばらく沈黙をした後で、セイヴは組んだ腕を解いてモリヒトに言う。
「まず前提の知識を持っているかどうか聞くが、モリヒト、精霊については知っているか?」
「・・・・・・何だっけ? 聞いたような聞いてないような・・・・・・」
首を傾げつつ、茶を持ってきたルイホウを見る。
「さわり程度は話したかもしれませんが、詳しいことはまだ教えていませんね。はい」
「だ、そうです」
「そうか」
ならば、と膝を一つ打つと、
「軽く説明しておこう。精霊についてな」
「精霊ねえ・・・・・・」
ほけー、と頭の中にいくつかのイメージが浮かぶ。
「生きてるの?」
「分類的には、魔力生物。・・・・・・龍と同種の生き物だとされている」
「龍、ねえ・・・・・・? それは、昨日の瘤みたいなのとは違うんだな?」
「あれは瘤。小規模なものなら、地脈異常のない場所でも起こりうる」
「あ? あれってそこまで大変な異常じゃないのか?」
「そうですね。はい」
ルイホウが茶を盆に載せて、戻ってきた。
「瘤は、小規模なものならどこで発生してもおかしくありませんし、その調律方法は、広く周知されています。はい」
「できるかどうかは別問題ではあるがな。もっとも、調律をしなくとも、小規模なものは周囲の環境を整えて放っておけば勝手に治まる」
ずず、と茶をすすりつつ、セイヴは口にした。
「私達異王国の召還の巫女衆は、そういった調律については専門家です。はい」
「異王の責務の『竜殺し』も、その延長みたいなもんだしな」
「瘤、竜、龍、違いが分からん・・・・・・」
腕を組んで考え込む。
「さっきも言ったが、瘤は自然現象で、局所的な災害だ。竜は、それより影響範囲が広くてな。その発生と調律は、その地脈の三次地脈にまで影響を及ぼす」
「また新しい単語が出てきたし・・・・・・」
モリヒトは、三次地脈、とは、と首を傾げる。
「ん? ああ。地脈次元数か。地脈ってのは、川の流れみたいに枝分かれする。分岐点を境に、地脈は関係性が薄くなる。一つの地脈で起こった現象の影響は、分岐点を越えたところで影響を失うことが多い」
「その分岐点を越えたところから、二次地脈ってことかい?」
「そうだ。分岐を超えるたびに、次元の数は増えることになるな」
セイヴは軽く腕を組んで、
「余談ではあるが、この国で行う『竜殺しの大祭』は、影響範囲が六次地脈まで拡大される。『大祭』の儀式の目的の大半は、『竜殺し』そのものより、この拡大の方が重要だな」
「何で?」
「そこまで広げないと、オルクト魔帝国全土の地脈に影響が及ばないためです。はい」
「そういや、そういう目的なんだっけか?」
正直、色々な意味で異王国はオルクト魔帝国のために存在している、と感じるが、まあいいか、と内心の疑問は流して、話の続きを促す。
「ふむ? じゃあ、龍は?」
「前二つは現象だが、こちらは生物だ」
セイヴの顔つきは真剣だ。
その上で、セイヴは懐から一つのものを取り出した。
革製の四角い何かだ。
四辺をきちんと縫製されており、厚みもある。
「? 何それ?」
「紋章入れだ。要は、身分証明のための品を入れておくものだな」
「そんな革でできたようなので?」
「これ自体に魔術をかけてかなりの強化がされている。剣で斬り付けた程度じゃ壊れんし、火に放り込んでも焦げることもない。そういう品だ」
「へー」
まじまじと見ていると、
「いや、この品自体は大したものではない。それより、表面を見ろ」
「ん?」
セイヴの示すところを見れば、赤茶色い皮に黒で何かが刻印されている。
「・・・・・・この刻印は・・・・・・」
「オルクト魔帝国の国章だ。・・・・・・何に見える?」
「とかげ、と言いたいが、ここまでの話の流れからして、龍か?」
モリヒトが言えば、セイヴは頷いた。
「その通り。オルクト魔帝国には黒の真龍がいる。そのため、オルクト魔帝国は、黒い龍を象った紋章を国章としている」
「へー」
モリヒトは頷いたところで、ふと顔をあげる。
「真龍がいる」
「ああ。そうだ。建国時、その力を借りた、という眉唾な話もあるが、大体皇室とは友好関係にある。・・・・・・相互不干渉が基本だがな」
「ふむ」
「精霊についてに話を戻すがな。精霊は魔力生物だ」
「魔力生物っていう生物かい?」
「魔力生物というのは、存在を維持するために魔力を使う生物の総称だ。魔力を失えば消滅する」
「死んでしまうと」
「いや、消滅と死は違う。いなくなるだけで、死ぬわけではない、らしい」
「何? そのらしいってのは」
「自己申告だからな。確かめようがない」
「自己申告ぅ?」
うさんくさい響きだと思う。
「精霊なりなんなりの魔力生物は、大概人語を解さない。だが、真龍はわざわざ人語で会話をしてくれるのでな。黒の真龍から、いろいろ聞きだした記録が残っている」
「人と話せると?」
「真龍なら、どんな生物とも会話できる。人に限らない」
む、とモリヒトは首を傾げ、
「真龍の方が、人より上か」
「次元というか格というか、そういう部分で全く別種の存在だ。人間にしろ他の生物にしろ、死んだところで代わりはいるが、真龍は替えが利かない」
「重要そうな存在だねえ」
「そうだ」
ルイホウによって配られた茶に口を付け、セイヴは喉を潤す。
「・・・・・・その性質上、魔力生物は不安定な存在が多い。龍ぐらい巨大で強固に纏まっている場合は別なんだが、大概は発生と消滅を繰り返す」
だが、と続ける。
「魔力生物は、消滅した地点で再発生し、その個体は存在として連続している、ということだ」
「・・・・・・?」
モリヒトは、無言で眉をひそめ首を傾げた。
「よく分からんって顔だな」
「全く以てその通りなんだが?」
「存在として連続する、というのは、要するに同じ意識を持っている、ということです。はい。例えば、モリヒト様が昨日も今日も明日も同じモリヒト様である、ということですよ。はい」
「余計ややこしくなっているぞ、と」
うん、と頷いて、
「まあでも、大体分かった。発生と消滅っていうのは、生物での睡眠みたいなもんだと思っとけばいいかな」
「その理解の方が分かりやすいかも知れんな。もっとも、寝ているところに干渉はできんが」
なるほどなあ、と頷き、む、と首を傾げる。
「・・・・・・で、それが前提の知識って?」
「あの娘、髪の色が二色だったろう?」
「・・・・・・ああ、そうだった、かな?」
むう、と考えて、
「赤と茶だったっけ? 違いが分かり辛いが」
「あれが染めたのではなく地毛だとするなら、俗に『混ざり髪』と呼ばれる存在だ」
「・・・・・・まんまなネーミングだな」
分かりやすくはあるが、見たまま過ぎる、とモリヒトは苦笑するが、セイヴは肩をすくめる。
「俗称だ。正式名称は・・・・・・。・・・・・・何だったか?」
「魔術学における正式名称は、『精霊融和共存能力者』です。はい」
「融和共存?」
「別名を『精霊の子』。要は、精霊の力の宿った人間、というわけだ。存在確率は百万人に一人と言われている」
「・・・・・・それが、あの子?」
テリエラの顔を思い出す。
髪の色以外には、ただの幼い子供としか見えなかった相手だ。
「『混ざり髪』は、精霊との親和性が極めて高い。結果として、魔術的な適正に極めて優れている」
「・・・・・・具体的にはどのくらい?」
「努力すれば、俺様の実力の半分に届く程度だな」
うむ、と何故か誇らしげに頷くセイヴに対し、モリヒトは半目で返す。
「・・・・・・どの程度か分からねえって」
「馬鹿者が! 世界最強の半分だぞ。すごいに決まっているだろう」
「それを言ってるのが、本人だから信憑性に欠けるんだろうが!」
さらに胸を張ったセイヴに、モリヒトは突っ込みを入れた。
「・・・・・・まあ、とにかく分かった。テリエラには、すごい魔術師になる才能があるってことか」
「それだけではありません。はい」
口を挟んだルイホウに視線を向ける。
「『混ざり髪』は、その個体そのものが魔術の発動体になるのです。はい」
「・・・・・・。む? それってつまり・・・・・・」
「『混ざり髪』は、単体で、発動体なしに魔術の発動が可能だということだ」
ん~、と考えて、
「・・・・・・すごいの?」
「発動体がいらないんだぞ? 俺様にも不可能だ。同じ真似ができるのは、アートリアくらいだな」
そう言われると、確かにすごくも感じるが、
「発動できる魔術に差が?」
「・・・・・・いや、ないな」
「じゃ、さほどすごくないだろ」
「・・・・・・他の人間にできないことができるのにか?」
「それは、どうしようもないじゃん」
「どうしようも?」
「生まれの不幸は覆せない。それは、諦めるしかないし、そこに人間の価値を求めるべきじゃない」
しょうがないだろ、と言って肩をすくめるモリヒトに、ルイホウがなんとも言いがたい視線を向ける。
それとは対照的に、エリシアはどこか感心したような視線を向けていたが。
「そうだな。個人としての資質ならば、そうかもしれん」
セイヴは、そんなエリシアの方を、面白げに見ながら言った。
「ただ、さっきも言ったとおり、『混ざり髪』は、単体での魔術行使が可能だ。それと同時に、『混ざり髪』自身が魔術の発動体になり得る。・・・・・・今回の事件、あの瘤の発生には、おそらくあの娘自身が発動体として使われたはずだ」
「さらっと言ってるけどな、そっちの方が重要じゃん」
「まあな」
セイヴが頷く。
「同じ魔力生物の精霊との親和性が高いという性質上、『混ざり髪』は地脈からの干渉を受けやすい、という特徴もあります。はい」
「それが、今回テリエラが使われた原因?」
「ま、そういうことになる」
「・・・・・・ふうん」
なるほどなあ、と頷く。
「・・・・・・で? そこらへんの理由で人体実験?」
「人体実験されていたかどうかはともかく、ろくな目には遭っていないだろうな」
セイヴは、ふん、と鼻を鳴らすが、
「生まれの不幸は覆せないって。・・・・・・それに、ここにいる限りは特に問題も起こらないだろ」
モリヒトは言って立ち上がる。
「ま、大体は分かった」
「もう行くのか?」
「ユキオのところにも顔出すつもりだからな。明日は腕生やすから動けないし」
「理由がおかしいですよ」
アヤカが言ったが、
「だけど事実だからなあ」
頭をかいて、モリヒトは笑う。
その後、セイヴの顔を見て、
「ところでよ。怪我でもしてんのか?」
「む? 何だいきなり」
セイヴは眉をひそめるが、
「ん~。カンだ。違ってたら忘れてくれ」
ひらひらと手を振り、ルイホウとアヤカを伴って、モリヒトは歩き去った。
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「あえて言います・・・・・・。ある種、鋭いですね。あの方は」
「妙な男だ」
腕を組み、ふん、とセイヴは息を吐いた。
「・・・・・・お兄様?」
心配そうな目でセイヴを見るエリシアの頭を撫でる。
「知っているだろう? 戦闘中、魔力を励起状態にしている俺様なら、多少の外傷はその場で治癒する。怪我は残っていない」
「そういう問題ではないですの」
むう、と顔をしかめるエリシアだが、
「心配するな。俺様にはどうということでもない」
「・・・・・・大きな怪我は、していませんのね?」
「していないさ。心配するな」
したところで、全て治る、ということは黙っておいた。