第10話:狩りとレンカ
獣の吠え声がする。
ふう、と息を一つ吐いて、モリヒトは剣を手に取った。
青白く、細長い片刃で反りのある刀身を持った剣は、『花香水景蓮花』のウェキアスの形態だ。
アートリアであるレンカと再会し、『花香水景蓮花』を取り戻して以降、ウェキアスとして使うのは、初だ。
なんだったら、
「二回目、か」
セイヴと戦ったときが初で、以降は手から離れていたわけだから、実質初めてでもいいかもしれないが。
『花香水景蓮花』は、細い剣、というか、刀だ。
サイズは、小太刀。それが左右一対。
刀身は青白く輝き、柄は白い紐で飾りがつけられている。
鍔となる部分は、花弁のような形をしていた。
「・・・・・・なんだかんだ、と、しっかりと抜いてみるのは、初めてなんだよなあ」
「気になるのかい?」
近くにいたクリシャが、そんなモリヒトの様子を見て、からかい気味に聞いてきた。
それに対し、モリヒトは肩をすくめて見せる。
「どうにも、な。やっぱり、剣を持って戦うってのは、俺には向いてない気がするよ、と・・・・・・」
不意に、森が騒がしくなった。
「来たね。追い立てはうまくいったみたいだ」
「さて、こっちはこっちで、と」
「あんまり、派手なのはだめだよ? 森を傷つけると、周りの村が困るから」
「わかっている」
狩りの手伝い。
それが、ジャンヌから頼まれた仕事であった。
** ++ **
ジャンヌは、モリヒト達については、深入りはしないつもりだった。
ラヒリアッティ共和国では、旅人は受け入れる土壌がある。
ただしそれは、ラヒリアッティに害をなさないならば、だ。
敵国のオルクトとの関係者、となると、明らかに敵である。
ジャンヌが率いる傭兵団、『白亜の剣牙』が、村を守ることをメインの目的とする傭兵団とはいえ、ラヒリアッティにやとわれることも少なくない。
というか、農閑期などは、農民から兵を集め、傭兵団の規模を大きくしたうえで仕事を取ることをしている。
単純に数を増やすだけなら、農民上がりの兵でも問題ないし、そもそも、最近のラヒリアッティ共和国では、ろくに訓練をしなくても一端の戦いができる兵器が開発されている。
今は、農繁期であるから、村の仕事を手伝ってくれるなら、いくら滞在してくれても構わないが、その行先については、聞くつもりはなかった。
ただ、放っておくには、モリヒトという男はうかつすぎて、ジャンヌという女性は面倒見がよすぎた。
「・・・・・・西に向かうか」
国の位置関係を知ったモリヒトが、ぽつ、とそんなことを言い出したことに、ジャンヌは危機感を覚えたのだ。
何の対策もなしに、モリヒト達を西に向かわせれば、まず間違いなくラヒリアッティの軍に捕まることになる。
そうなったとき、仮にモリヒトがオルクトに行きたい、などと言えば、絶対にロクなことにならない。
それほど長い期間ではないとはいえ、村の仕事を手伝ってもらい、生活をともにしたことで、心を許した村人たちもいる。
放っておくのは、寝覚めが悪かった。
ついでに、放っておいて、この村を通ったことがばれたら、村にも被害が来ることは必定だ。
だから、事情を問いただした。
「・・・・・・オマエラ、面倒な事情を抱えているな・・・・・・」
思わず頭を抱えてしまった。
ジャンヌからしてみると、なんだそれは、という状態だ。
異世界からの来訪者であるモリヒト。
そのモリヒトのアートリアである、レンカとクルワ。
三色の混ざり髪であり、他に類を見ない魔術師であり、三百年以上を生きている。
フェリもまた、特殊な生まれだ。
もし、ラヒリアッティ共和国の上層部が知ったら、確実に捕まえに来る。
さっさと追い出すべきだが、かといって国に捕まえさせると絶対に不利益になる。
そこまで察したからこそ、ジャンヌはモリヒト達の移動を手助けすることにした。
とはいえ、準備にはそれなりに時間がかかる。
村の麦畑に穂が実っていることからわかるように、現在の村は農繁期だ。
取り込みが終わり、収穫祭を終えて、農閑期に差し掛かるころが、移動の時期となった。
空を飛べるクリシャを、先行させてオルクトに送ることも考えたのだが、その案にはクリシャからストップが入った。
「ちょっと厳しい」
クリシャ自身にも、理由がわからないようだが、この土地では空を飛ぶ魔術が使いづらいらしく、長い距離を飛ぶことはできない。
そうなると、オルクトと接触することも難しいだろう、ということだった。
** ++ **
準備が整うまでの間、モリヒト達は村の仕事に従事している。
「・・・・・・どうよ?」
モリヒトが、戦果を見ながら告げる。
勢子に追い立てられた、森の獣の群れが、モリヒトとクリシャの魔術に撃たれて屍をさらしている。
数は、全部で、二十を超えるほどだろうか。
森の木々には一切傷をつけることなく、向かってる獣の群れだけを完全に無力化している。
「うん。うまくやった、とは思うけど、一体どうやったんだい?」
「魔力を吸い上げた」
言うは易し。
モリヒトと『花香水景蓮花』だからできる芸当である。
『花香水景蓮花』の力で、森の中に薄く水を張る。
足を取られない程度の、湿っている、と思う程度の水だ。
だが、『花香水景蓮花』の力で作られた水は、触れた対象から魔力を吸う。
そして、魔力を使うことに慣れていない存在は、魔力を吸われれば、その分だけ体力を消耗する。
今、森の中に倒れている獣たちは、魔獣ではない普通の獣である。
そんな存在でも、微量持っている魔力をすべて吸い上げられれば、それで体力のすべてを使い果たすことになり、衰弱死する。
「・・・・・・怖い力だねえ」
「うん。俺も使っててそう思うわ」
おそらく、人間相手でも、同じことができる。
足元にある水に触れるだけで、知らないうちに命を吸い取られる。
『花香水景蓮花』を使えば、そういう戦い方が可能だ。
そして、吸い上げた魔力は、そのままモリヒトが使用できる魔力へと変わる。
「相手を衰弱させつつ、自分を強化する、と。静かなもんだが、強力だ」
魔力の高い相手や、魔力を使うことに慣れている相手だと、多少効果が落ちるだろう。
だが、通じない相手は、まずいない。
「クルワのあれも相当強力だが、こいつはこいつですごいな」
というか、
「これ相手に、普通に俺を圧倒してきたセイヴってなんなの?」
「バケモノだろうね」
クリシャは、肩をすくめて苦笑した。
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