第6話:流れ着いた先
ざあざああ、と風に流れて、波打つ麦畑がある。
見渡す限り、一面に広がる麦畑だが、まだら、というか、縞模様となっていた。
金色に近い通常の麦と、地脈の魔力の影響を受けて、黒く色づいた麦だ。
それが、同じ畑の中、混ざって存在しているため、まだらや、縞のような模様となっているのだ。
黒麦、と呼ばれる麦は、他よりも香りがよい麦で、質もいい。
ただ、麦畑を作っても、どこが黒麦になるのか、というのが毎年違うため、安定的に収穫することができない。
そのため、黒麦は、別名真龍の祝福と呼ばれる。
だから、その黒麦で作られたエールは、真龍エールなどとも呼ばれる。
もっとも、やはり、パンを作る素材に使われることの方が多い。
波打つ麦畑を見て、うんうん、と頷いている女がいた。
長身で、筋肉質な美女である。
槍を背に携え、小高い丘の上で、眼下の麦畑を見下ろしていた。
「団長」
「おう! 準備は?」
「整いました。いつでも」
「よし、始めんぞ!!」
** ++ **
『白亜の剣牙』
ラヒリアッティ共和国を拠点に活動する傭兵団だ。
もっとも、その活動は、傭兵団というより、猟師団というべきかもしれない。
農村などの近くに発生した害獣や、魔獣の討伐を主な活動内容としている。
その団長は、ジャンヌ、という女戦士だ。
槍をメイン武器として使う戦士で、農村などの間では、知られた人物である。
「ようし! オマエラ! やるぞ!!」
「オオッ!!」
『白亜の剣牙』は、傭兵団としては小規模な方である。
仕事の内容が、主に害獣討伐であるためだ。
ラヒリアッティ共和国で、傭兵団に対する一番多い依頼は、オルクト魔帝国との戦争に参加することだ。
『白亜の剣牙』も、参加しないでもないが、それよりも村などを襲う魔獣の狩猟を優先している。
そのせいか、傭兵団のメンバーも、戦士、というよりは、狩人の方が多い。
「今日の依頼は、山犬の魔獣だ。群れなうえ、動きも速い! 事前に仕掛けた罠を使って、うまく追い込め!」
「おう!」
「ようし! 追い込み班! いけえ!!」
ジャンヌの号令に従い、魔獣を罠を仕掛けた地点へと追い込む者達が、走り出す。
大きく回り込んで、後ろから山犬を追い込むのだ。
魔獣といえど、追い立てる方法はある。
わかりやすく言うと、魔術を使う。
人間と同じく、魔獣も、誰かが使った魔力は吸収できない。
そのため、魔術を使っていくと、周囲にある魔力が枯渇し、そこから魔獣は離れるようになる。
それを利用して、魔獣を追い立てる。
そして、事前に仕掛けた罠のある地帯へと追い込み、罠にはめ、別動隊によってトドメを刺す。
それが、『白亜の剣牙』の狩猟方法だ。
「追い込み入ります!」
「オウ!」
言われた通り、森の奥から、追い立てられた魔獣が出てくる。
それは、地面に仕掛けられた罠にかかり、動きが止まる。
その様を見て、ジャンヌは、槍を構えて、雄々しく叫んだ。
「行くぞ! オラア!!」
「オオー!!!」
そして、団員を率いて、罠にはまった魔獣たちへと突っ込んで、仕留めていった。
** ++ **
「どうだ?」
「へい! 全部で三十二頭です」
「ようし。じゃあ、回収できるもんは回収して、村に戻んぞ」
「へい!」
槍をぶんぶん振り回し、背負いなおすと、ジャンヌは部下に帰還を指示した。
「しかし、最近、仕事が多いな」
「儲けは、よくなりやしたがねえ」
「よくはねえよ。アタシらは、別にやりたくて傭兵やってんじゃねえぞ?」
『白亜の剣牙』の団員の多くは、農村などからあぶれた人間が多い。
耕す畑もなく、家もないため、傭兵にぐらいしかなる先がないが、人殺しはしたくない、という農民出身の人間が多いのだ。
あるいは、魔獣被害を軽減するため、あえて協力してくれているものもいる。
もっと言うと、『白亜の剣牙』は、傭兵団で開拓村を一つ運営していて、仕事がないときにはそこで畑仕事をしているメンバーも多い。
要は、傭兵団、と言いつつも、その実態は農民の自警団に近い。
だから、可能なら、魔獣狩りなどせずに、畑を耕して生きていたい、という団員も割と多いのだ。
ほかならぬジャンヌとて、実はそうである。
適性があったから、団長などやっているが、基本的には農村でのんびりやるのが好きなのだ。
「はあ。お上も、戦争なんぞやめてくれりゃあいいのに」
ジャンヌのぼやきに、ははは、と団員は笑う。
「ま、なんか勝てそうって話ですからねえ」
「ざっけんな。戦争に、勝ちも負けもあるかよ。仲良くすりゃあ・・・・・・」
ジャンヌが見るのは、麦畑だ。
見渡す限りの麦畑。
丹精込めて世話された、大いなる恵みだ。
それを見るジャンヌの眼は、とてもやさしい。
「この麦畑だって、もっと拡げられるだろうによ」
「・・・・・・・・・・・・」
団員も、麦畑を見て、何も言わない。
だが、きっと気持ちは同じなのだろう。
「・・・・・・ここ数年。うちの国は、オルクトとの戦争で結構いい線やってるらしい」
ジャンヌは、傭兵団の長として、いろいろと戦争の情報もつかんでいる。
昔から、ラヒリアッティ共和国では、『砲』という特殊な投射武器を使い、オルクトに対抗してきた。
だが、その『砲』も、それほど大した性能があったわけではなく、せいぜいで、魔術一発分の威力を持った爆弾程度だ。
量産はできるし、魔術を使えない者にも使える、ということで、かなり有用な品だったものの、対応は簡単で、オルクトの魔術技術ならば、いくらでも対応はできた。
何より、飛空艇の高度まで飛ばせるものではなく、脅威としては弱かった。
だが、ここ数年、この『砲』の技術は各段に向上した。
遠方へと飛ばすことができるようになり、低空を飛行している飛空艇相手なら、それを撃墜できるほどになってしまっている。
そのせいで、ラヒリアッティ共和国の上層部は、今ならばオルクトを押し返せる、と戦場へ投入する傭兵の量を増やしている。
結果、後方で農村を襲う魔獣や害獣を討伐する傭兵の数は減っている。
『白亜の剣牙』は、その増えた仕事を拾って、最近は儲けていた。
「儲かって、うれしくねえってこともあんのな」
「まあ、俺らは、別に傭兵したいわけじゃねえですからね」
「まったく・・・・・・」
はあ、とため息を吐いて、ジャンヌは村へと向かう。
「・・・・・・ああ、そういや」
「へい」
「この間拾ったやつら。あいつらどうした?」
「今は、村の仕事手伝ってくれてますよ。男の方は、いろいろ不慣れっぽいですが、他の女達は、いろいろ役に立ってるみてえです」
「・・・・・・情けない男だねえ」
「いやあ、経験が薄いだけで、一生懸命やってるんで、村衆からの評判はいいっすよ? 仕事は遅くともちゃんとやるし、サボリもしない。ああ、あと・・・・・・」
「うん?」
「女子供にやたら好かれるらしいですわ」
「・・・・・・は。変なやつらだね」
「まあ、でも、悪い奴らじゃねえっすね」
「あんたも、たぶらかされたクチかい?」
「いやあ。嫁さんが連れの女から教えてもらったって料理作ってくれたんすけど、これ、美味かったんすわ」
「単純だねえ」
ジャンヌは苦笑しつつも、まあ、いいか、とうなづいた。
「ま、こんなご時世。助け合いは、大事だわな」
村が見えてきて、門をくぐる。
村の中を通れば、村人たちからは、挨拶の声が飛んでくる。
それに、手を振ってこたえながら、ジャンヌは、村の中央へと向かった。
「・・・・・・なあるほどー!」
村の中央には井戸があり、その周りは、村で共同の仕事をする広場となっている。
その一角で、ごりごりごりごり、と石臼を回しながら、周りから話しかけれらることに、いちいち大げさに頷いている男がいた。
重いのか、必死に体重をかけながらも、ごりごりごりごり、と石臼を回している。
汗だくだが、顔には笑顔を浮かべて、周りの村人からの話に相槌を打っている。
「戦争とか、面倒だよなー」
「そうなんだよ。男手も取られるしねえ」
「勝っても負けても損しかないのに、なんで戦争なんかするかねえ」
はっはっは、と笑い声が聞こえた。
「・・・・・・なじんでんな」
ジャンヌは、その様子を見て、苦笑する。
悪い雰囲気ではない。
あれが、ほんの数日前に流れ着いたばかりのよそ者、とは少々信じがたいほどに、なじんでいる。
仕事こそさせているが、本来、彼らにとって、ここは通り道だ。
本来なら、好きに通れ、というところだが、彼らが行先に希望しているところが問題で、素通りさせると、後で問題になる可能性があった。
だから、人柄を見たくて逗留させたが、結局なじんでしまっているようだ。
こうなってくると、いつまでもここに置いておくのも問題になりそうだ。
やれやれ、とため息を吐いて、ジャンヌは男に声をかけることにした。
「おい! モリヒト!! ちょっと話がある。来い!」
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