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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第10章:古代の足跡
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第5話:鍛冶師

 ヴェルミオン大陸は、東西で二つに分かれている。

 それを分けているのは、漆黒の真龍が済む、巨大な山脈である。

 中央にある一際高い御山と、そこから南北に伸びる山脈は、まるで黒い壁のようですらある。

 かつては、その壁を越えるには、自分の足で登って越えるか、あるいは船を使って大陸の岸沿いに迂回するかだった。

 どちらも危険なルートである。

 山脈越えは、少人数でしか通れない上、滑落などの危険があるし、そこを住処とする魔獣も多い。

 一方で、沿岸を船で迂回するルートも、たとえ大陸に近いとはいえ、巨大な海獣に襲われることがないわけではない。

 もう一つ言えば、大陸沿いでも、山脈の南北にある海域は、なぜかよく荒れる、ということもあって、安全性の低いルートだ。

 オルクト魔帝国が飛空艇を作り出し、飛空艇によって、山脈の低い部分を安全に越えられるようになるまでは、東西の交流はほとんどなかった、と言ってもいい。

 その違いは、割と極端だ。

 というのも、黒の山脈のふもとにある黒の森は、実は西側にしかない。

 そのため、黒の森の木材を使用した建築や工芸は、実はオルクトの特産である。

 東側では、これらの工芸品は、非常に重宝される。

 一方で、東側は、というと、鉱脈が豊富で、鉄鉱石が多い。

 漆黒の真龍の魔力の影響を受けた鉄鉱石から製錬された鉄は、黒鉄、と言われる、極めて質の高い鉄になる。

 オルクト側では、黒の森からの材木から作った木炭で鉄を精錬することで、鉄の質を高めているが、東側ではそもそも取れる鉱石の質が高い。

 この二つの交流によって生まれた、黒鉄鉱石を、黒の木炭によって精錬した鉄から作られた漆黒鉄こそ、現在のオルクトにおいては、重要な物質だ。

 漆黒鉄は、重く強度が高いため、鎧や武器にすると極めて性能の高いものができる。

 建材に使えば、長持ちする建物が作れる。

 さらには、研究によっていくつもの種類の合金が作られている。

 そういった合金は、飛空艇の素材の一部に使われるなど、使い道は非常に多く、重要な物質となっている。


** ++ **


 かんかん、と鉄を打つ音がする。

 漆黒鉄を使った鍛冶は、非常に難易度が高い。

 漆黒鉄は、融けるまでの温度が通常の鉄より高い。

 それは、黒の森の木材から作られる木炭と、専用の炉を使うことで、ようやく加工が可能になる。

 当然ながら、その加工には専門の技術が必要だ。

 そのため、加工をできる鍛冶師は、国家資格の持ち主となっている。

「・・・・・・・・・・・・」

 鎚が金属を打つ音が響くほかには、静かな工房であった。

 閉め切られた火事場の中で、鍛冶師は太い腕で鎚を振るい、漆黒鉄を鍛えている。

 作っているのは、剣の形をしていた。

 長さと幅からして、ブロードソード、というところか。

 オルクト魔帝国が編成する、帝国騎士の標準装備のサイズだ。

 もっとも、それだけに需要も多いため、オルクト魔帝国で作られるブロードソードは、大体このサイズだが。

「・・・・・・」

 やがて、金属を鍛える音は止まる。

 水で冷やす音がして、

「・・・・・・・・・・・・」

 鍛冶師は、鍛え上げた刀身をじっと、にらみつけるように見る。

「・・・・・・ふん」

 できに満足できないのか、鍛冶師は多少荒っぽい手つきで、近くの台へと刀身を置いた。

 それから、肩をぐるぐると回しながら、立ち上がった。

 火事場の戸を開き、鍛冶師は外へと出る。

「あ、親方!!」

「む・・・・・・」

 その出て来た鍛冶師に、鍛冶師の弟子が声を挙げた。

「客、来てますよ!」

「客だあ? ったく、一仕事終えたばっかだぞ! どこのどいつだ!?」

「それが・・・・・・」

 耳打ちをされて、鍛冶師は顔をしかめた。


** ++ **


「・・・・・・ふむ」

 からから、とガラスの杯に、氷とともに淹れられた冷茶を口に運ぶ。

「お待たせしてすいません」

「気にせんよ。気難しいのは知っているとも」

 ふ、と笑い、セイヴは冷茶を口に運ぶ。

 氷は、魔術で作ることができる。

 この店に来ると、いつもこの冷茶が出される。

 年がら年中、熱気の溜まる火事場で生きているせいか、この鍛冶屋の主は、こういう冷たい飲み物を好むのだ。

 そのため、わざわざ氷を作り出す魔術具を購入し、飲み物に使っているという。

 酒も氷で冷やして飲む、というが、あれはあれで味が変わっていい。

 ともあれ、

「・・・・・・待たせたのう」

 扉を開き、鍛冶師、グスタフが入ってきた。

「仕事中に済まんな。グスタフ」

「なあに。我が国の敬愛すべき魔皇陛下の訪れともなれば、のう」

「へりくだることはないさ。先生」

 くっくっく、とセイヴは笑った。

 グスタフは、セイヴにとっては、剣を使う上での師である。

 剣術の類の師ではない。

 セイヴは、剣術の類は、ウェキアスである『炎に覇を成す皇剣』のアートリアであるリズから学び、また自身の才覚で我流とはいえ、極めている、といっていいレベルで修めている。

 セイヴがグスタフから学んだのは、主に剣の手入れをはじめとした、剣や武器の扱いである。

 特に、セイヴはウェキアスという最上の武器を最初から持っていたこともあって、武器に求める基準が高い。

 並の武器では、武器の方がもたない。

 その扱いの雑さをたまたま見かけたグスタフが、突っかかって苦言を呈したのが、付き合いの始まりだった。

 当時はまだ魔皇ではなかったにしろ、皇太子であったセイヴに対して、不敬な発言をしておきながら、セイヴが面白がって、師事したのだ。

 その結果、一年という短い間とはいえ、セイヴは鍛冶師の修行までやることになった。

 オルクト広しといえど、槌でセイヴの頭を殴った経験のある人物など、グスタフぐらいだろう。

「それで? 何の用じゃ?」

「これを見てもらいたい」

 セイヴが取り出したのは、金属の板であった。

「・・・・・・」

 板を取り上げ、たたいたり、さすったり、と確かめたグスタフは、むう、と顔をしかめた。

「質の悪い漆黒鉄、ではないのう? 新種の合金か」

「さすが」

 へ、とセイヴは笑った。

「最近、東が騒がしい。その東の国で、広まっている金属のサンプルだ」

「ほう・・・・・・」

 ふうむ、とグスタフの興味は、すでに金属の板の方へと移っている。

「剣なんかには向かんなあ。粘りはあるが、硬度が足りん。となると、ふうむ・・・・・・?」

 何に使うのか、とグスタフは頭を悩ませる。

「合金の性質が知りたい。成分とか、な」

「なんじゃい。そりゃあ」

「敵の武器の主原料だが、我が国の研究班が、分析しきれていない」

「・・・・・・・・・・・・」

 それは、オルクト魔帝国の最上位の研究機関が、この合金の正体がつかめない、ということだ。

「先生の知恵を借りたい。カンだが、こいつは、ただの合金ではない気がする」

「・・・・・・ふむ。こいつはもらうぞ」

「ああ」

 セイヴは、頷いて、さらに数枚の板を置いた。

「先生の知識と経験を頼りにしている」

 グスタフは、若いころ、修行として、東側から西側まで、ヴェルミオン大陸の全体を旅している。

 山を歩いて越えることもしているのだから、大したものだ。

 つまりは、このグスタフ、という鍛冶師は、このヴェルミオン大陸での冶金についての知識を多く持っている。

「・・・・・・東側に人を送れるようになったというのに、いまだに先生を越える知識を持っているやつがいないんだよなあ」

 やれやれ、とため息を吐いたセイヴに、へん、とグスタフは鼻で笑って見せた。

「儂が、どれほど偉大か、ということじゃ」

「ま、実際その通りだから、なんも言えん」

 セイヴは、肩をすくめるのであった。

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よろしくお願いします。


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