第24話:目覚めた子
すかっと扉を叩きかねた拳を上げたまま、モリヒトは停止する。
扉を開けて覗き込んでいるのは、赤と茶の色の混ざった髪をした、例の埋まっていた少女だ。
「・・・・・・やあ、元気そうで何よりだね?」
上げていた手を下げて、その頭に手を置く。
小さい少女だ。
アヤカやエリシアより幼い。
年のころは、十歳ほどか。
ただ、ひどく痩せているようにも見えるから、実はもう少し年上かもしれない。
見上げてくる目は、ルビーのような澄んだ赤だ。
「・・・・・・誰、です?」
頭を撫でられながら、少女は首を傾げた。
頭を撫でる手を離し、腰を下ろして目線を合わせる。
「モリヒトっていうんだ。よろしく」
ニヤリ、と笑って見せる。
その顔を横目に盗み見て、ルイホウははあ、とため息を吐いたが、
「・・・・・・」
首を傾げていた少女は、にこ、と笑った。
その笑顔に、思わず驚いて笑みを引っ込めたモリヒトに、少女は胸に手を当てて答えた。
「テリエラです。えっと、よろしくお願いです」
「・・・・・・何だろうか? この敗北感」
「器の差では?」
「アヤカ。さっきから手厳しいよ?」
テリエラの目線に合わせた姿勢のまま、アヤカを見上げるようにモリヒトは目を向ける。
「アヤカです。よろしくお願いします」
そんなモリヒトの視線を無視して、アヤカはテリエラへと手を差し出した。
「よろしくです」
その手を握り返し、テリエラはやはり微笑みを浮かべる。
テリエラがルイホウへと顔を向け、ルイホウは微笑みを浮かべて応える。
「ルイホウと申します。はい」
「よろしくお願いしますです」
やはり、にこりと微笑んだ。
明るく、素直な内面が読み取れる。
あるいは、無邪気、無垢、か。
その様子を見て、ふむ、と一つ頷いたモリヒトは、
「テリエラ。とりあえず、だ」
「はい?」
「俺たちは、君の敵ではないよ。・・・・・・だから、警戒しなくてもいいさ」
ぽむぽむ、とその頭を撫でる。
「・・・・・・」
テリエラは、笑みを浮かべたままだ。
だが、明らかにその表情は固まっていた。
そしてモリヒトは、頭に置いた手から、テリエラの体の震えを悟っていた。
だから、モリヒトはゆっくりと、頭を撫でる手を動かす。
少しずつ、テリエラの目線は下がっていった。
「・・・・・・あ、たしは・・・・・・」
ぽつ、と、誰とも目の合わなくなったタイミングで、テリエラは声を漏らした。
「あたしは、警戒なんて、してない、です」
声は震え、か細い。
目線は上がらず、下を向いている。
前髪で隠れているため、目を見ることもできない。
「そか」
モリヒトは頷いて、目線を合わせていた姿勢を戻し、立ち上がる。
「ま、とりあえず、元気そうなので安心した」
うん、と頷く。
前髪の隙間からのぞく、うかがうようなテリエラの視線を感じるが、
「病み上がりに悪かったね。俺たちはもう行くから、もう少し休んでなさい」
テリエラの形に手を添えて、部屋の中へと押し込む。
「え・・・・・・?」
呆然、とした顔で見上げるテリエラと目が合った。
「じゃあね」
扉を閉じた。
ふう、と息を吐いて力を抜く。
そして、歩き出した。
「あ、モリヒト様。はい」
ルイホウとアヤカがついてきた。
「どちらへ?」
「あ~、まあ、ちょっと」
どこでもいい。
とりあえず、部屋から離れようと思う。
思いつきで行動したせいで、どうしていいかさっぱり思いつかなかった。
どこか決まりの悪い感じを覚えつつも、モリヒトは廊下を歩く。
「あの子、警戒していましたか?」
隣に並んだアヤカが首を傾げながら、聞いてきた。
「そりゃね。気がついたら知らない場所だ。警戒もする」
だが、
「あの子、笑ったろ? 普通なら、不安で怯えるべきところで、自分から部屋の扉を開けた。・・・・・・正直、専門でもなんでもないから判断は難しいけどな。あの子は、賢いよ」
肩が落ちる気分だ。
「同情するべきかもね。あの子は、何かしらの不幸持ちだ」
落ちた肩を持ち上げるつもりで、すくめて見せる。
「ま、これからは違うだろうから、同情なんてしないけどね」
** ++ **
「・・・・・・あの人は・・・・・・」
テリエラは、自分の頭へ手をやった。
撫でてくれた部分をさすってみる。
「敵ではない・・・・・・」
言われても、どこかピンとこない。
モリヒトと名乗っていたあの右腕のない男は、
「・・・・・・うさんくさいです」
目つきが悪いと思った。
だが、その隣に立っていたルイホウという女の人は、優しそうだと思った。
アヤカという女の子は、無表情に見えたが、温かい手だった。
ふともう一度、撫でられた頭に手をやる。
あの手も、温かかった。
「・・・・・・」
ベッドに腰を下ろす。
ベッド一つでほとんど一杯になるような部屋だが、今までいたところい比べれば随分と広い。
掃除もきちんとされているし、何より、
「・・・・・・」
手を持ち上げた。
「縛られてないです」
白い肌を見る。
足首もだ。
いつもなら、消えない赤い跡があるはずなのに、消えている。
治療されたのだろう。
そのくらいは、体に残った、他人の魔力の形跡で分かる。
あの白衣の男も、ここにはいない。
苦い薬も、苦しい魔術もない。
暗闇の中に戻る必要もない。
「・・・・・・ここは、安全です?」
誰もいない空中を見つめて、テリエラは呟いた。
** ++ **
「おらおらどうしたぁっ!!」
セイヴが、巨大な板を振り回している。
よく見れば、どうやら巨大な剣のようなのだが、傍目からは板を振り回しているようにしか見えない。
長身のセイヴと同程度の長さの、幅広の木の板だ。
模擬剣のつもりなのだろう。
もっとも、振り回されるたび吹き飛ばされている騎士達の姿を見るに、真剣で殴られるのとどちらがマシなのか疑問に思えてしまうが。
「おー。何か荒れとるね・・・・・・」
鍛錬場に来たモリヒトは、その光景を見て漏らした。
「あ、モリヒト様・・・・・・」
エリシアがいた。
傍らには、リズもいる。
銀と赤が並んで派手だ。
エリシアがこちらに近寄ってきて、リズもついてくる。
「あ、腕・・・・・・」
「おう。お前のお兄様にずっぱりいかれたぜ」
笑顔を浮かべて言ってみる。
残った左腕を持ちあげると、中身のない右腕がひらひらと揺れた。
「う、ごめんなさいですの」
ひどく沈んだ顔を見せられて、慌ててモリヒトは否定する。
「エリシアが謝ることは何もないぞ? どうせすぐ生えるし」
「おいこらぁっ!!」
「む?」
セイヴがつかつかとこちらに向かってくる。
「そのでかい板は何なの?」
「模擬剣のつもりだが?」
近くで見ると、馬鹿でかい木の板に持ち手をつけただけのもののようだ。
「オールかなんかの間違いじゃねえの?」
「しょうがないだろう。俺様の全力に近い状態で相手してほしいってんだから」
セイヴは肩をすくめ、鍛錬場の地面でへたれている騎士達を見た。
「全力?」
「リズのウェキアスとしての形態は、このくらいの剣なんだよ」
言われて、改めて模擬剣を見た。
幅五〇cmほど。長さにして、二mはあるのではないだろうか。
「・・・・・・板じゃねえの?」
「まだ言うか」
言いつつも、セイヴの顔は苦笑を浮かべている。
「あえて言います・・・・・・。全力だと炎を吹き出すため、そこまで大きくなるだけです。実体としての大きさは、その半分程度です」
リズの訂正が入った。
「まあ、確かにその通りだ。この大きさは、俺様ではなく、相手をする騎士達用、というわけだ」
「なるほど、実際に全力だと、その範囲くらいは焼き斬るってことか」
「ふ、大したものだろう?」
自慢げに胸を張るセイヴだが、
「無駄に広いな」
「無駄言うな」
ぶん、と振り下ろされ、モリヒトの頭の手前でぴたりと止まる。
風圧が来る。
「・・・・・・実際にこのレベルの風圧が来るとすると、迂闊には近づけんなあ」
「あえて言います・・・・・・。受ければ、炎で焼き散らします」
リズの追加情報を聞いて、うむ、と唸る。
「攻撃力だけやたら高いなあ、おい」
「俺様らしかろう?」
はっはっは、と笑っている。
「・・・・・・で?」
笑いを引っ込めて、セイヴはモリヒトを見た。
「うん?」
「腕はどうだ?」
「痛い」
「痛いのか?」
疑問口調ながら、どこか納得したような顔だ。
「幻肢痛って奴だな。腕がなくなっても、あるみたいに錯覚して痛い、と」
「ああ、ふむ。・・・・・・再生治療するんだったか?」
「ああ」
「そうか。だが、治ってもしばらく続くぞ」
「そうなのか?」
「ああ、今度は、ある状態がおかしく感じてな」
「何だそりゃ?」
「人間は、手足が取れたり生えたりできるようにはなってないってことだ」
「そりゃ分かるがよ」
「魔術は、肉体には作用しても、精神には作用しづらい」
ふうん、と頷く。
「ま、どうにかなるだろ。痛くなったら、その時はその時だ」
「その行き当たりばったり思考、どうにかしませんか? はい」
ルイホウの呆れたような声に、
「そうやって立てた予測って、大概悪い方向に外れるから」
モリヒトは笑って答えた。