第3話:守護者目覚める
眠っている三人の男女を見ながら、ルイホウは紙に経過を記して行く。
書いているのは記録だ。
異世界からの王の『召還』とともに行った、その守護者達の『召喚』。
数十年に一度しか行われないその儀式は、きちんと記録して残しておく必要がある。
ルイホウは、その召還の儀式を執行する、八人の巫女の一人だ。
今回、召喚された守護者は三名。
その主となる王の召還を手助けし、王が選んだ守護者達を正しく召喚するのが、巫女の役目である。
八人の巫女の巫女長が王の召還を行って縁を結び、その縁に従って、ルイホウ達七人の巫女が守護者を召喚する。
ただ、今回は異常があった。
一つは、守護者達とともに召還されるはずだった王が、召還の儀式場とは違う位置に召還されてしまったということ。
それともう一つ。
守護者でも王でもない誰かが、王とともに召喚されてしまったこと。
この何者かが誰なのかはともかく、この異常事態についてはきちんと記録を残しておく必要がある。
そして、その記録係に選ばれたのが、ルイホウだ。
理由は、ルイホウだけが、その異常事態の中、守護者以外の乱入者に気付いたからだ。
もう一つ他に理由もあるが、それは副次的なものだ。
異常事態や王について想像を巡らしながら、ルイホウは記録を記して行く。
行った儀式の詳細、召喚された守護者達の特徴、自分が感じた違和感について。
言葉にするのが難しいこともいくつもあるが、頭を捻りながら記録を続ける。
今は、王を見極めることのできる巫女長と騎士数人が、北に広がる森の中にいると思われる王の出迎えに行っている。
本来なら乱入者がいる以上、ルイホウもそちらに向かうはずだったのだが、記録の仕事を優先しろと言われ、それに従ったのだ。
ルイホウ達は、その帰りを待っている。
ちなみに、ルイホウは乱入者の担当となったが、ほかの巫女達は、帰還する王や守護者達の補佐をすることになっている。
「・・・・・・どんな方でしょうか? はい」
想像を巡らせ、少し楽しみに思いつつ、ルイホウは記録を行う。
「・・・・・・う」
呻きが聞こえて、ルイホウは目を向ける。
眠っていた三人の内の一人。少女が目を開けていた。
目を開けたのは、守護者達の中で、一番幼く見えた一人だ。
「おはようございます。気分はどうですか? はい」
「・・・・・・」
少女が上半身を起こして視線を巡らせ、最後にルイホウに視線を固定した。
ぼう、とした無表情は、寝ぼけているせいだろうか。
「・・・・・・悪くないけど、少し眠いです」
「そうですか。はい」
微笑む。
「・・・・・・」
ぼう、とした無表情のまま、少女はルイホウに目を向けている。
その視線に首を傾げると、
「姉さまがいません。姉さまは、どこですか?」
「・・・・・・姉さま? はい」
少女が言った言葉を考える。
王の守護者は、王に縁の深い者がなる。
たとえば、兄弟姉妹、あるいは、親友や幼馴染などだ。
この少女は守護者で、彼女に姉がいるのだとしたら、その姉も何らかの関わりを持っていると考えるべきだ。
だが、少女がいない、と言うからには、ここには少女の姉はいないのだろう。
つまり、守護者ではなく、
「・・・・・・もうしばらくすれば、ここにお着きになると思います。はい」
彼女の姉が、王、いや、女王である、ということだろう。
「・・・・・・よろしければ、何か飲み物でもお持ちしますが? はい」
「・・・・・・お茶がほしいです」
「かしこまりました。はい」
ルイホウは立ち上がる。
部屋の端に据え付けられた簡易の台所で、ルイホウはお茶を入れるための湯を沸かす。
「・・・・・・」
彼女達の世界の当たりはついているから、その世界に合わせて緑茶を入れる。
一応、他の守護者が目を覚ました時のことを考え、湯呑は三つ用意しておく。
「・・・・・・」
説明すべきことを頭の中で言葉にしながら、ルイホウはお茶の用意をする。
その様子を、目を覚ました少女はじっと見ていた。
** ++ **
八道彩華は、お茶を入れる女性を見る。
藍色の髪を背中に垂らして、毛先を白い紙でくくっている。薄い灰色の巫女装束のようなものを着た女性で、色合いは少し地味だ。
微笑んでいた顔を見て、彼女は味方だと分かる。
「・・・・・・」
姉が、もうすぐ帰ってくると言っていた。
隣に並んでいるのは、全員知った顔だ。
一番端に、幼馴染の時任夏秋。
その隣に、姉の親友である、藤代亜鳥。
それから、自分のベッドだ。
視線を巡らせると、他の二人も少しずつ目を覚まし始めているようだ。
「・・・・・・お茶が入りましたよ。はい」
女性が戻ってきた。
盆の上の湯呑は三つ。
他の人が目を覚ますのを見越しているのだろう。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。はい」
にこ、と微笑む女性に、
「・・・・・・わたしは、アヤカ。あなたは誰ですか?」
「ルイホウ、と言います。はい」
ルイホウは、盆の上の湯呑を差し出す。
それを受け取り、少しずつ口にする。
「皆にも入れてあげてください。そろそろ、目を覚ますみたいです」
「え?」
きょとん、とした顔を見せたルイホウだが、他の者達も目覚めの呻きを上げたのを聞いて、微笑んだ。
「良かった。少々異常な事態があったので、実はちょっと心配していたんです。はい」
「異常、ですか?」
「ここに、貴女のお姉さまがおられないことです。本当は、一緒に召還されるはずだったのですが・・・・・・。はい」
「しょうかん・・・・・・?」
首を傾げると、
「後ほど、皆さまにまとめてご説明いたします。今は、それを飲んで落ち着いていてください。はい」
敵意は感じない。
だから、
「分かりました」
頷いて、湯呑に口を付けるのだった。
** ++ **
ナツアキが目を覚ました時、アヤカと見知らぬ巫女が談笑していた。
アヤカがこちらを見た。
「おはようございます。ナツアキ」
「ああ。・・・・・・アヤカか・・・・・・」
巫女さんが、盆を持って近づいてくる。
「お茶を入れたんです。いかがですか? はい」
「え、と・・・・・・」
「お茶、おいしいですよ?」
アヤカがどこかとぼけた声で言ってくる。
「はあ。頂きます」
はい、と頷き、巫女さんが、お茶を入れてくれた。
「私の名は、ルイホウ、と言います。はい」
「あ、僕はナツアキです。・・・・・・時任ナツアキ」
「はい。ナツアキ様ですね? はい」
様付けだった。
ちょっと感動したりして。
「変態くさいですよ? その心の動き」
アヤカの存在を失念していた。
でも、この巫女さん美人だし、とか思っていると、
「姉さまを見慣れていても、美人に弱い当たり、ナツアキも男ですね」
やれやれ、と残念そうな口調でため息を吐かれた。
相変わらず鋭い娘だ。
ふう、と息を吐く。
「・・・・・・ここはどこだ?」
「皆が目を覚ましたら、説明してくれるそうです。黙って茶でも飲んでて下さい」
「お前、僕が相手の時だけ口が悪くなるくせ、もう少し何とかならんか?」
「どうにも。もうちょっと、いえ、だいぶしっかりしたら、考えます」
「・・・・・・」
その無表情を見ながら、嘆息する。
何を言っても無駄だ。
昔からこうなのだから。
そのやり取りを聞いて、ルイホウが困ったような顔をしていた。
「他人が聞いた時のことを考えろよ。・・・・・・ほら、この人呆れてるぞ?」
「これからしばらくお世話になります。上下関係はお見せしておくべきです」
「・・・・・・えっと」
困ったような顔のルイホウに、アヤカが声をかけた。
「気にしないでください、ルイホウさん。ナツアキは、ヘタレなんです」
「ヘタレですか? はい」
「人のイメージが悪くなるようなこと言うな!」
「事実です」
「違うわ!!」
明確に断言されると、力一杯否定するほど、嘘っぽく聞こえてしまう。
「・・・・・・ああ、くそ」
がく、と肩を落とすと、
「・・・・・・ナツアキがヘタレなのは知ってるけど、アヤカがあんまり汚いこと言ってると、ユキオが悲しむわよ?」
「アトリ・・・・・・」
隣のベッドに寝ていたアトリが、上半身を起こした。
「姉さまの真似ですよ?」
アヤカがきょとん、と首を傾げた。
「そういえばそうか」
うんうん、とアトリが頷いている。
「ほっとけ・・・・・・」
吐き捨てる。
ルイホウがアトリにもお茶を勧めている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。はい」
にこ、と微笑むルイホウを見ていると、自分の周りにいないタイプの人間だな、と思う。
というか、ナツアキの周りにいる女性は、無闇にナツアキに厳しすぎる。
「・・・・・・ナツアキ?」
「・・・・・・何だ?」
アヤカが声をかけてきた。
嫌な予感がしつつも返事をする。
「皆。ナツアキに厳しいんじゃなくて、ヘタレに厳しいだけですよ?」
「・・・・・・」
絶句。心を読まれている。
「・・・・・・アヤカちゃん。体の調子はどう?」
「大丈夫です。わたしは、姉さまの妹ですから」
「そうね」
アトリが優しい顔をしている。
僕にはそんな顔しないのになあ、と思っていたら、
「・・・・・・でも、ここにユキオがいないのが気になるわ」
言われて見回す。
「姉さまなら、もうそろそろ到着するとのことです」
アヤカの言葉に、その顔を見る。
「到着? ここにいないのか?」
「さあ? そのあたりを、ルイホウさんが説明してくれるそうですけど・・・・・・」
お茶を配っていたルイホウは、アヤカの視線を受けて、
「お願いできる?」
アトリが、解けていた髪を一つにまとめながら言う。
「・・・・・・では」
全員が頷いたのを見て、ルイホウは、口を開いた。