第4話:テュールへ
ともあれ、エリシアはご機嫌斜めであった。
放置しておいても、しばらくすれば自分の中で飲み込んでしまうのであろうが、ぷんぷんと起こっている姿が微笑ましい。
部屋の隅に控えた侍女たちも、微笑ましい顔をしていた。
「きっと、いいことだと思うのですのよ?」
「それなら、教えていただけるまで待てばよろしいのでは?」
だが、エリシアは首を振った。
「先に知れるなら、その方が楽しいのですのよ?」
ふふふ、と笑い、エリシアはびしり、とルイホウへ指を突き付けた。
「というわけで、ルイホウ様! 調べてきてほしいんですの!」
** ++ **
「というようなことを言われたのです。はい」
「・・・・・・・・・・・・」
ルイホウは、セイヴにエリシアから調べるように頼まれたことを報告していた。
テュールとオルクトは、極めて近い関係にある国である。
とはいえ、それぞれ独立国同士だ。
その中枢には、機密が多く存在する。
テュール異王国側にも、オルクト魔帝国へと伝えていない機密はいくつも存在する。
オルクト側は、もっと多いだろう。
そして、ルイホウは、客分として、テュール側から出向してきている身だ。
飛空艇による他大陸との外交など、国家機密とされて当たり前の内容である。
調べてこい、と言われたからといって、ルイホウにできることなどたかが知れている。
知ろうとすれば、違法な手段を使う必要がある。
ルイホウが取れる手段で、一番多くのことを合法的に知ることができるのは、一番知っている人に直接聞いてしまうことである。
「素直に聞きに来るなよ・・・・・・」
聞かれたセイヴは、頭を抱えている。
先ほどまでは、ビルバンもいたが、話題を聞くやいなやさっさと執務室を出て行った。
面倒に巻き込まれたくない、というのが、如実に表情に現れていた。
「・・・・・・あまり話せることは多くないぞ?」
「構いません。正直、エリシア様が納得できさえすれば、内容などなんでもよいと思うのです。はい」
「ぶっちゃけたな」
セイヴは苦笑した。
実際のところ、エリシアがルイホウを茶へと誘うのも、あるいはわがままのようなことを言っているのも、すべてはルイホウの気分転換を狙ってのことだろう。
ルイホウは、対外的にはもう平常通りのように見える。
だが、エリシアには、そうは見えていないのかもしれない。
あるいは、エリシア自身が、自覚していないショックを感じているのか。
「というか、実際、なにかあったのですか? はい」
「何か、というと、どうだろうな?」
ふうむ、とセイヴは腕を組んで、考える。
モリヒトを発見したこと以外は、予定通りのことだ。
せいぜいで、
「飛空艇が少々想定より損耗が大きかったが、許容できないほどでもない、あとは・・・・・・」
言葉を吐きながらも、セイヴは言葉を選ぶ。
モリヒトのことは、ルイホウにはまだ話せない。
現状、次の飛空艇をいつ出せるか、ということの見通しが立たないからだ。
そんな状況で、モリヒトが見つかった、という話は、ルイホウの精神状態にどんな影響をもたらすか、わかったものではない。
「・・・・・・できれば、次を早めに出したいんだが」
「無理ですか」
「東が、な。少々騒がしい。その対策に金を使うことになるから、飛空艇の準備がなあ・・・・・・」
飛空艇は、大陸の上を飛ばすだけなら、実はそれほど消耗しない。
大陸の地脈を流れる魔力を上空でも回収は可能だからだ。
上空は、魔力は薄くはなるものの、それでもそれなりの量がある。
むしろ使用者が少ない分、場所によっては上空の方が魔力が濃いこともある。
だが、海はだめだ。
海上は、海面だろうが上空だろうが、魔力濃度はかなり低い。
それもあって、飛空艇を飛ばす際には、少ない魔力量で遠くまで飛ばすような工夫が必須となる。
「・・・・・・いや、それはそちらには関係のない話だな」
ともあれ、
「ああ、そうだ」
一つあった、とセイヴは思いついた。
「なんでも、クリシャが向こうの大陸にいたらしい」
「・・・・・・クリシャ様がですか? はい」
「まあ、昔から、他の大陸から混ざり髪を拾っては、こちらで保護をするとやっていたらしいからな。その延長だろう」
あとは、モリヒトを探すのもふくんでいるのだろうが。
「どうやって渡っているのでしょうか? はい」
「あの女は、一人なら飛べるからな」
どうにも人間離れしている。
有史以来、天然で三つの色の混じった混ざり髪は、クリシャだけだ。
だから、クリシャが持つ能力が、混ざり髪としての能力故なのか、それともクリシャ自身の才覚によるものなのか。
それは、サンプルが少なすぎてわからない。
「・・・・・・しかし」
「何か、ありますか? はい」
「そうだな。エリシアがそんな文句を言いだしたのは、暇だから、かもしれん」
「・・・・・・はあ」
きょとん、と首を傾げたルイホウだったが、セイヴはにやりと笑う。
「仕事をさせよう。体質のこともあって、保護対象としての認識が強かったが、いい加減、それ以外が公務ができるようになってもいいだろう」
うん、とセイヴは頷いた。
** ++ **
「ということになりました。はい」
「予想外に藪蛇ですのー」
聞いてきたことを、エリシアへと伝えれば、エリシアは突っ伏した。
「仕事をしていないわけではありませんのよ?」
「ええ。知っていますよ。はい」
エリシアも、帝国皇帝の血族の一人だ。
公務をこなしてはいる。
それは例えば、帝都に存在する孤児院や救貧院の管理などの、慈善事業であったり、あるいは、芸術振興のため、芸術の催しを開いた際には名前を貸した上で、審査員で出たり、といった具合だ。
明確に政治にかかわるような内容は少なくとも、セイヴの名代として、帝都のあちこちで行われる催しに出ている。
帝都から外に出ることは滅多にないが、一方で帝都の中でなら、エリシアの知名度は結構高い。
「陛下が言うには、そろそろ帝都の外にも出てみるか、ということでした。はい」
「帝都の外、と言っても、どこかに視察にでも行け、と言うのですの?」
「いえ・・・・・・」
ふふ、とルイホウは苦笑した。
伝えられた仕事の内容は、公務、というよりは、観光の色が強いような気がする。
「テュールへ。時候の挨拶の親書を持った大使として赴け、ということでした。はい」
「・・・・・・それって・・・・・・!」
エリシアの顔が、喜色に輝いた。
テュール異王国との外交だが、実際のところテュールとの間で協議すべき内容などそれほどない。
となれば、ここでエリシアをテュールに送るのは、テュールで遊んで来い、という許可に他ならない。
アヤカと遊んでくればいい、ということだろう。
それを悟って、エリシアは喜んでいるのだ。
「ルイホウは、どうなさいますの?」
「・・・・・・私も、一度帰ってはどうか、と。はい」
次の『竜殺しの大祭』は、まだ先だ。
実際に『竜殺しの大祭』が近くなれば、今のテュールにルイホウはいられない。
だが、今の時期ならば、ルイホウもテュールに帰ることができる。
「というわけで、同道します。はい」
「それは、楽しい旅路になりそうですの!」
ふふふ、とエリシアは笑った。
評価などいただけると励みになります。
よろしくお願いします。
別のも書いてます
DE&FP&MA⇒MS
https://ncode.syosetu.com/n1890if/