第1話:技術局
かつ、かつ、かつ、と硬い足音が鳴っている。
固い素材の床と、硬く作られた靴が鳴らす足音だ。
足音は規則正しく、そして一定の強さを持っていた。
体に沿って作られた、動きやすさと機能性を重視した作りの、頑丈そうな衣服。
威圧感すら漂うそれは、軍服である。
「・・・・・・」
足音の主は、緊張からか、硬い表情をしていた。
足音が響く場所は、長い廊下だ。
周囲すべてが石、というか、石に似た素材でできてる。
コンクリート、という、乾くまではどろどろの、だが、乾けば石のような質感になる、新しい建材で作られた建物だ。
鉄筋を使い、漆喰のように塗り固めて作られた建物は、木やレンガで作られた建物に比べると、非常に頑丈でかつ建てやすい。
見た目が無機質になることは欠点ではあるが、最近になって、普及し始めていた。
特に、魔術の研究施設では、この建材の有用性は高い。
理由は不明だが、コンクリートは魔力を通しづらいため、外部の魔力の影響を排除できるため、魔術を研究する場では、非常に有用であった。
とはいえ、まだ普及の始まったばかりの建材だ。
それを惜しげもなく使用できているのは、この施設が、この国でも非常に重要な施設だからだ。
「・・・・・・ふう・・・・・・」
廊下を歩く軍服を纏った人物は、息苦しさを感じて、一つ息を吐いた。
コンクリートで囲まれた建物は、空気の通りが悪く、四方を囲まれた作りは、狭苦しく、息がつまる。
服の胸元を少し緩めて、おおきく深呼吸をする。
冷えた空気が肺に流れ込み、少しだけマシになった気がした。
二度、三度、と深呼吸をした後、緩めた胸元を元に戻し、また歩き出す。
そして、ある部屋の前で足を止めた。
「・・・・・・」
一瞬のためらいの後、足音の主により、扉が叩かれる。
がん、がん、と、鉄で作られた扉が、叩かれて音を立てた。
「どちら様ですか?」
穏やか、ともとれる女性の声が聞こえて、
「『黒兎』副長、エセル・トンプソンだ」
「副長ですか。少しお待ちを」
そして、エセルの前にあった引き戸が開かれる。
がらがら、と重い音を立てて、扉が開いた。
「・・・・・・お待たせしました。副長。どうかなさいましたか?」
首を傾げたのは、エセルと同じ軍服を着た女性だ。
「ハリエット・パーカー兵長。状況は?」
「今のところは、特筆すべきことはなにも。・・・・・・何かありましたか?」
「ああ」
エセルは、室内へと足を進めた。
「彼は?」
「今は、奥で試験中ですね。他の研究員も」
「そうか・・・・・・」
ふむ、とエセルは唸った。
** ++ **
ラヒリアッティ共和国。
それは、ヴェルミオン大陸の東側にある国だ。
他の小国家に比べると、比較的規模の大きい国である。
大きい、といっても、オルクト魔帝国に比べれば、はるかに小さい国だ。
それでも、現在において、オルクト魔帝国と正面から戦争をしている、稀有な国だ。
東側で、反オルクト魔帝国勢力の旗頭となっている国である。
そのラヒリアッティ共和国が、オルクト魔帝国と渡り合えている理由は、その技術力にある。
魔術技術において、軍事方面に関しては、オルクト魔帝国とほぼ同等の技術を持ち、さらに飛空艇を持つオルクト魔帝国に対し、魔術に頼らない軍事技術を持っている。
オルクト魔帝国と年がら年中戦争をしている影響で、軍事技術に偏った進歩をしている国である。
その共和国の軍事力を支えているのが、技術局。
そして、その技術局で開発された新技術を試験運用するための、精鋭部隊が、特殊部隊『黒兎』であった。
** ++ **
「つい先日、国境付近で、オルクトと小競り合いがあってな」
「また、ですか?」
「ああ。そのせいで、マーガス部隊が壊滅した」
ふう、とエセルがため息を吐いた。
「え・・・・・・」
ハリエットが絶句する。
マーガス部隊、というのは、『黒兎』とも縁の深い部隊だ。
『黒兎』が試験運用を行い、試し終えた武装を使っていた、共和国でも精鋭となる部隊である。
その縁で、知り合いも多い。
エセルは、肩をすくめた。
「殿になって蹴散らされたそうだ。戦場に持っていった新技術の武装は、他部隊に渡していたらしい」
「ええっと・・・・・・」
「ああ、心配はいらん。足止めだけうまくやって、大半は無事に逃げかえってきたらしい。・・・・・・ただ、武装の大半を失ったらしくてな。補充要請がきていたよ」
やれやれ、とエセルはため息を吐いた。
狙ってやっているのだから、マーガス部隊長は、本当にしたたかだ、と思う。
他部隊に新武装を回したことで、他部隊の戦力を向上させつつ、自分たちは次の新技術の武装を得られる。
そういう根回しがうまい人だ。
「先ほど、隊長が絡まれていたよ。新しいのができたんだろうって」
「・・・・・・耳聡いですね。相変わらず」
「まだ、試験運用さえしていないものを表には出せないんだが・・・・・・」
はあ、とため息を吐きながら、エセルは室内へと目を向けた。
「ともあれ、隊長からの命令でな。局長から、新しい技術について聞いてこい、と」
「了解しました。少々お待ちください」
「ああ、頼む」
小さく敬礼をして、ハリエットが奥へと消えていく。
ハリエットは、『黒兎』部隊から技術局へと出向している分隊所属の兵長だ。
その任務は、技術局の警護と、新技術のテスターである。
実戦での試験運用は、『黒兎』全体で行うが、技術局内で開発中の試験については、分隊が担当する。
四方をコンクリートに囲まれた、相変わらず息苦しい建物の部屋である。
そこで、しばらく待ったところで、
「やあ、待たせた。副長殿」
「・・・・・・レイフ・ブルーノ副局長」
「すまない。局長は今試験中でね。どうにも手が放せないらしく」
「いえ。構いません。むしろ、副局長でよかった」
「・・・・・・あー」
「あの方は、話が通じませんから」
ほ、とエセルが吐いた安堵混じりの吐息に、ははは、とレイフは乾いた笑いを上げた。
「まあ、副長殿が来ていた、と知れば、案外あっさりと来るかもしれませんが」
「世辞など不要ですよ。そんな人間らしい情動など、あの男にはないでしょう」
「いやあ、それは・・・・・・」
「とにかく、現在の進捗状況、特に『アレ』の状況について、お願いします」
「ああ、はいはい」
真面目な顔をしたエセルに、レイフは苦笑をうかべ、部屋の奥を示した。
「奥へどうぞ。資料がありますので」
「ありがとうございます」
** ++ **
「・・・・・・ん~?」
長椅子の上にだらしなく寝そべり、書類を顔の上に乗せて寝息を立てている男がいる。
全体的にくたびれた白衣を着た、だらしない男だ。
ハリエットは、男の顔の上に乗った書類を取り上げ、
「班長。起きてください」
「・・・・・・あー?」
明るい光が目に入り、男は顔をしかめた。
「・・・・・・ハリエット、さん?」
「ええ。起きてください。トンプソン副長がお越しです。班長の例の『アレ』のことだと思いますから、会議室に来てくれって、ブルーノ副局長がお呼びですよ」
「マジかい」
やれやれ、と頭をかきながら、男は身を起こす。
そして、ふわあああ、と大きくあくびをした。
「・・・・・・しゃあねえなあ」
「顔、洗ってからにしてくださいよ」
「へいへい」
よたよた、と洗面所へと向かう男の背に、ハリエットは声をかけた。
「タケムラ班長。会議室は、三番ですから!」
そんな声に、マサト・タケムラは、肩越しにひらひらと手を振ってこたえるのであった。
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