第23話:片腕だと
ゆっくりと目を開けたモリヒトの目に、最近見慣れてきた感のある天井が映る。
「・・・・・・ルイホウ?」
「はい。ここにおります。はい」
「・・・・・・」
何となく言ってみただけだったのに、きっちり返事があった。
驚きつつも、わずかに納得を得た思いで、声の方向に目を向ける。
「ああ、やっぱりいるのな」
ルイホウが微笑んでいるのを見て、苦笑が浮かぶのを自覚する。
天井に目を戻し、モリヒトは口を開いた。
「・・・・・・あの子、どうなった?」
唐突な問いにも、ルイホウは静かな口調で返す。
「現在、城で保護しています。はい」
それはよかった、と応じて、
「他は? ・・・・・・少し焦げ臭いが」
「王城にて、戦闘があったそうです。はい。敵の炎と、リズ様の炎にて、火事にはならずとも、焦げ目はついてしまったそうで。はい」
「・・・・・・掃除が大変だなあ、と」
言いながらも、少し心配が生まれる。
「アヤカとエリシア、あ~他の皆は?」
「皆、無事です。はい。騎士たちの中には、重傷軽傷含めてそれなりの負傷者が出ていますが、今のところ死亡者の報告はおりません。はい」
「そいつは良かった」
ほ、とした息がもれる。
そうして、もう少し眠ろうか、と目を閉じたところで、
「・・・・・・それだけですか? はい」
「む?」
ルイホウの声が少し冷たい気がして、目を向ける。
先ほどの微笑みが消えて、ルイホウは静かにモリヒトを見ていた。
あー、と考えて、
「・・・・・・怒ってる?」
「怒られる自覚がおありで? はい」
あ、これ怒ってるやつ、と若干ひるみはする。
だが、怒られる理由は、察しが付くので、
「えと、ごめん?」
とりあえず、謝った。
「何がでしょうか? はい」
ルイホウが首を傾げる。
「腕、落としちまったからな」
言うと、しばらくして、ルイホウの顔に苦笑が浮かぶ。
「今回は、仕方ありませんでした。はい」
あ、許された、とほっと胸をなでおろす思いがする。
ルイホウのちょっと冷たさを感じさせる雰囲気は霧散し、代わりに心配げな雰囲気が出てきた。
「・・・・・・ん。まあ、腕は生やせるよな?」
言ってて違和感のある物言いだ。
なんというか、腕は生やせるようなものではないと、今更ながらに思う。
「少し、準備が必要になります。本格的な治療にかかるのは、明日以降となります。はい」
ですが、とルイホウは続ける。
「セイヴ様の切り落とし方が綺麗だったので、あまり手間取らずに済みそうです。はい」
「そりゃよかった。感謝しとかないとな、と」
ふ、と息を吐き、体を起こそうとして、右手で体を支えられず、バランスを崩す。
「おっと・・・・・・!」
そ、と差し込まれたルイホウの腕に支えられ、体を起こす。
「・・・・・・寝てないとだめか?」
「腕以外には、大した怪我はありませんでしたから、大丈夫です。はい」
そうかい、と頷いて、ベッドから降りる。
「・・・・・・うわ、本当に腕ないな」
上半身は、包帯で覆っただけで裸だ。
起き上がって見下ろせば、それだけで状況は知れる。
腕の付け根に近いあたりで、腕が綺麗に切れている。
「・・・・・・ちなみに、落としちゃった腕は・・・・・・」
「・・・・・・申し訳ありません。はい」
ルイホウに謝られる理由が分からずモリヒトは首を傾げる。
「ん?」
「あの状況では、地脈の調律を最優先にせざるを得ず・・・・・・」
モリヒトは思い出す。
もともとは、放っておけば自分が地脈に溶けるところだった。
そこを、自分の腕を身代わりにして、離れた。
当然、右腕はそこに残してきたわけで、
「腕は、地脈に溶けたか」
「はい。申し訳ありません。はい」
「謝ることじゃないよ。最初に覚悟はしてた」
ぽんぽん、と下げられた頭を撫でる。
「ちゃんと、地脈の調律はできたんだよな?」
頭を撫でる手を離して、モリヒトが聞くと、ルイホウは頭を上げて頷いた。
「はい。つつがなく。はい」
腕をなくしたかいはあったか、と頷いて、
「じゃあ、地脈の異常に関しては、解決した、と」
「問題ありません。はい」
「・・・・・・さて、と」
こきこき、と首を回す。
「ルイホウ。上着くれ」
「はい。はい」
ルイホウに手伝ってもらって、上着に袖を通す。
「さて? とりあえず、顔だけでも出すかね」
** ++ **
「うーむ・・・・・・」
「大丈夫ですか? はい」
廊下を歩きながら、モリヒトは呻いた。
「右腕がない程度で、ここまでバランス崩れるとは思わなかったわ~」
ただ真っ直ぐ立つだけで、ちょっとふらつく。
歩き出すと、微妙にぐらつく。
特に、足を出すタイミングが微妙にずれる感じで、時々躓く。
「ルイホウ、右腕生やしきるまでにどの程度かかる?」
「おそらく三日ほどです。はい。明日には儀式魔術にて再生治療を施します。はい」
「ふんふん」
「その後は、右腕を固定して一日治療を継続です。はい」
「大体三日、か」
だとすると、
「その後で、リハビリが必要かもなあ」
「お手伝いいたします。はい」
「ん。よろしく」
失った右腕の辺りに、妙にうずくような痛みがある。
「・・・・・・やれやれだ、と」
幻肢痛というものは、こういうものか、と思いはするが、傷の痛み自体はない。
麻酔のようなものでもあるのかと思えば、ルイホウ曰く、傷口に巻いている包帯に、痛み止めの効果があるらしい。
ふと顔を上げると、向こう側からアヤカが来た。
モリヒトとルイホウの姿を見て驚いたのか、わずかに目が大きくなっている。
「やあ、アヤカ。元気そうだね? いつもよりも可愛く見えるよ」
「腕と一緒に脳の一部もなくしたんですか?」
「うわお・・・・・・」
いきなり厳しい言葉が飛んできた。
「・・・・・・やっぱ怒ってる?」
「怒ります。無茶しすぎです」
「あ~・・・・・・」
怒っているのではなく、これから怒られるらしい。
「しかしなあ、あの状況では最善だったぞ」
「それは、自分以外を大事にした場合でしょう! っ?!」
アヤカは思わぬ勢いで叫び、その後にはっとした顔で押し黙る。
「・・・・・・アヤカ?」
モリヒトも思わずぎょっとして、見つめ返す。
「・・・・・・」
ふい、と顔を背けられて、モリヒトはぽりぽりと頬をかく。
ふと横を見ると、ルイホウもモリヒトを見ている。
「・・・・・・ねえねえルイホウ」
まだ横を見ているアヤカを見ながら、こそ、と聞く。
「何でしょうか? はい」
ルイホウも同じく小声だが、どこか苦笑が混じっているように感じるのは気のせいか。
「俺って、結構アヤカに愛されてる?」
「冗談を言う程度には元気なようですね」
「おや?」
いつの間にやら、アヤカが傍に来てモリヒトの顔を見上げていた。
「怪我は大丈夫なんですか?」
「怪我自体はほとんどないよ。腕がなくなっただけだし、これも明日には生やす予定」
「・・・・・・生やす?」
「この世界の魔術は、外科医療に関しては相当優秀みたいだぞ」
「つまり、いくら怪我しても大丈夫だと」
「ははは。そういうことだね、って痛!!」
思いっきり足を踏まれた。
しかも両方同時に。
「・・・・・・ルイホウさん、なぜ貴女まで俺の足を踏むのでしょうか?」
「決まっているではないですか。はい」
「ええっと、何が?」
「分からないほど馬鹿ではないですよね? はい」
「・・・・・・そうですね」
参った、と内心でぼやく。
片腕だと、どちらから手を伸ばしていいか分からなくなる。
とりあえず、とアヤカの頭を撫でる。
「落ち着けって。治る怪我なら、いくら負ったって構わないさ」
「・・・・・・またそういう・・・・・・」
「怪我には慣れてる。不幸体質ってやつでね」
左腕を上げてみる。
「慣れてる分、大丈夫なラインもちゃんと弁えてるつもりだ」
「ライン?」
「要は、死ななきゃいいのだ」
自信満々に言い放ったら、二人ともから冷たい目を向けられた。
「・・・・・・馬鹿ですか?」
** ++ **
「・・・・・・さて? とりあえず片腕だと不便なので、再生治療はできるだけ急いでほしいところだが?」
「さすがに、すぐには無理ですので。はい」
「らしいんだよ。というわけで、今日は暇なのだ」
「それで、散歩ですか?」
ルイホウに案内され、アヤカを左隣に、モリヒトは廊下を歩く。
「いや、治療始まったら一日は動けないって言うし、その前にやっときたいことがあってさ」
「それは?」
「俺の方で保護した子がいる。その子に会っときたくてね」
「・・・・・・前回はエリシアで、今回はその子ですか」
「蒸し返すなって」
左手で撫でると、今度はぺし、と払われた。
ふん、と鼻息荒くそっぽを向くアヤカを見て、モリヒトは苦笑を浮かべて、ルイホウへと視線を向ける。
「ルイホウ。まだ?」
「もう少し先です。はい」
「・・・・・・どんな子なんですか?」
これから会いに行く、という相手に対し、アヤカは興味があるようだが、モリヒトとしても分からない。
「知らん。拾った時から気を失ってたからな。何も話してないんだ」
「・・・・・・はあ」
首を傾げるアヤカだが、これに関してはモリヒトにも分からない。
「ルイホウ。どんな様子だった?」
「私が見舞った時には、まだ眠っていました。はい」
「何か病気?」
「過労に近い、魔力の使いすぎです。はい」
「・・・・・・魔力の使いすぎ?」
「モリヒト様が寝ていたのも、同じ理由ですよ。はい」
言われて、モリヒトは、腕を切り落とす前のあの脱力感を思い出す。
「なるほど、瘤には魔力を吸い取る力でもあるのか」
「地脈に直接触れると、魔力を吸い取られます。はい」
「あん?」
「地脈の力を使うには、魔術による干渉が必要なのです。はい」
「・・・・・・なるほど、まあ、その辺は、後で聞こうかね」
ルイホウがある部屋の前で立ち止まる。
「その部屋か」
「ええ」
なるほど、と頷いて、モリヒトはノックのために右腕を振ろうとして、
「お?」
ないはずの右腕を振ろうとしたために、前のめりにドアへと体当たりしていた。
「痛い・・・・・・」
「何をやっているんですか? はい」
「右腕ないこと忘れてた」
ふう、と首を振り、改めて左腕を上げ、
「・・・・・・誰ですか?」
扉が開かれて、空振りした。