第42話:『火蛾美影夢郭』
「クルワ君の、ウェキアス状態は、なんだかんだでボク初めて見たね」
「・・・・・・そうだっけ?」
前にバンダッタと戦ったときが初めてで、以降は使っていなかったから、確かに初めてかもしれない。
『火蛾美影夢郭』。
炎に強い適性を持つ双剣型の発動体、『レッドジャック』に女神の種が融合して生まれたウェキアスだ。
本来ならば、という但し書きはつくが。
「どういうこと?」
「あの時は、介入されたっぽいから?」
疑問形ではある。
正直なところ、モリヒト自身にもまだよくわかっていないことだ。
モリヒトが知る、自分のウェキアスは、『花香水景蓮花』と『火蛾美影夢郭』の二種類だ。
クルワは、『火蛾美影夢郭』から現れたアートリアだ。
モリヒトが初めてウェキアスを手にしたのは、『花香水景蓮花』だった。
セイヴに『レッドジャック』ごと斬られたときに現れた女神の種を、『レッドジャック』に融合した結果出て来たものだ。
だが、女神の種が融合した元の武器が、炎に強い適性を持つ『レッドジャック』であった以上、本来あの場面で出るべきウェキアスは、『火蛾美影夢郭』の方である。
だが、あの時は、『花香水景蓮花』が現れ、ミカゲが来た。
「・・・・・・外からの介入だよなあ・・・・・・」
「あれでよかったのよ」
ぼんやりとつぶやいたところに、クルワが反応した。
前を警戒するクルワは、モリヒトの方には視線を向けていない。
ただ、わずかに硬くなった気がする声で、クルワは告げた。
「あの時、使われたのが『火蛾美影夢郭』の方だったら、モリヒトが対抗することはできなかった」
生まれたばかりのアートリア、というだけではない。
あの時対峙していたのは、セイヴだ。
『炎に覇を成す皇剣』のウェキアスを持つセイヴは、はるかに優れた炎使いだ。
「アタシの力だと、たぶん、丸ごと飲み込まれてたと思う」
「セイヴ君の銀炎か。あれは、炎に巻き込んだものをすべて灰に変えてしまうからなあ・・・・・・」
「ああ、そうか。クルワの炎も、あれに巻き込まれると灰になるか・・・・・・」
クリシャもセイヴの銀炎の性質は、知っているのだろう。
オルクトの皇帝の血筋が持つ性質らしいから、有名なのだろうが。
「そういう意味で言うと、『火蛾美影夢郭』の能力って?」
「魔力を熱量へ変換すること。それから、熱量を魔力に変換すること。・・・・・・ロスなしでそれをやるとか、永久機関が作れるなあ」
ははは、とモリヒトは笑う。
魔力を注げば注ぐほどに、炎が大きく膨れ上がる。
「それって、魔術で炎を作るのとは違うのかい?」
クリシャは、首を傾げた。
確かに、魔術で炎を出し、なにかを加熱することは可能だ。
だが、それはこの世界で生きているクリシャだから、気づかないことだろう。
「・・・・・・魔術では、厳密な意味で熱量は作れない」
魔力そのものを、別のエネルギーに変換することは、厳密な意味ではできない。
炎は生み出せても、魔術で生み出した炎は、あくまでも術者が炎としてイメージした魔術現象でしかない。
だから、魔術による炎には、延焼、という事象が発生しない。
燃え続けるイメージを持たなければ、魔力の供給が途絶えた瞬間に、魔術の炎は消えてしまうし、余熱自体が発生しない。
もっとも、大概の場合、術者の無意識的なイメージによって、魔術の炎は、燃やしたものを『燃えている状態』へと変えるため、そこで物理的な炎が発生しる。
だが、『火蛾美影夢郭』の炎は、違う。
魔力を熱量へと変換して発生する炎は、自然現象、物理現象として発生している炎だ。
だから、余熱も発生する。
「へえ、そうなってるんだ」
「クリシャでも知らんか」
「そこまではね。ボクも、魔術研究家ってわけでもないし」
ベリガルとかなら、知ってるかもねえ、とクリシャは言うが、あれと意見交換なんて、冗談ではない。
「『火蛾美影夢郭』の炎は、魔力を燃やすから、極論、この世界で生きている生物なら全部燃やせる」
「それは怖い」
「とはいえ、セイヴの炎とぶつけた場合は、たぶん熟練度の差で、押し負けるだろうなあ・・・・・・」
「ふうん・・・・・・」
クリシャは、しばらく考えて、
「じゃあ、あの時に出て来た、もう一つのウェキアスは・・・・・・」
「『花香水景蓮花』。水と蓮のウェキアス。・・・・・・あれは、俺の魔力吸収の拡大能力だから、魔力を再現なく吸収するんだよ。なにかを発生させるんじゃなく、奪う性質だから、まあ、セイヴの炎にも有効」
「じゃなくて、あれとクルワ君と、二つ持っている理由は?」
「・・・・・・わからん」
ヒントらしいものはもらった気がする。
昔から、『花香水景蓮花』は、モリヒトのウェキアスだった、とか、そんなことを言っていた覚えもある。
だが、モリヒトの方では、あの時のあれこそが『花香水景蓮花』の初見だ。
「いつか、もう一度会えれば、ミカゲから聞けるかもしれないが・・・・・・」
「・・・・・・」
「ん? どうした? クルワ」
前を歩いていたクルワが、ちら、とモリヒトを振り返っている。
何か言いたげなその顔を見て、モリヒトは首を傾げた。
「・・・・・・アタシも、一応ミカゲなのよね」
同一の存在ということか、とちょっと悩んでから、ああ、と思い至る。
「確かに、両方ともミカゲだし、あっちを呼ぶなら、蓮花・・・・・・、レンカとでも呼ぶべきかな?」
「それでいい」
うん、とクルワは頷いて、また前を向いた。
ほんの少し、歩調が跳ねるような勢いに変わったように感じて、モリヒトは苦笑した。
「・・・・・・モリヒト」
「ん?」
「あっちが、騒がしいわ」
「・・・・・・確かに」
クルワが指さした方向から、なにか衝撃音のようなものが聞こえる。
「魔獣と戦ってるのかもしれん。急ごう」
「そうだね!」
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