第40話:違和感
「そういえばよ」
魔獣を倒した後、騒ぎの中心と思しき方向へと向かいながら、モリヒトはふと思い出したことを口にする。
「ミケイル、変じゃなかったか?」
「何がだい?」
「どこかおかしかったかしら?」
クリシャとクルワの二人に首を傾げられ、モリヒトは、む、とうなる。
どこが、というと、パッと出てこないのだが、なにかおかしかった気がする。
「・・・・・・ええっと・・・・・・。ああ、そうだ。なんであいつ一人なんだ?」
一つ、思いついたことが口をついた。
以前から、ミケイルが現れるときには、もう一人いた記憶がある。
赤い髪の女だったと思う。
ミケイルは前へ出て殴る蹴るしかできない男だが、その女はいろいろと手札を持っていた気がする。
「・・・・・・ああ、そうだね。いないね」
「? 誰かしら?」
クリシャは、ふと思い至ったようで、ううん、と首を傾げたが、クルワには思い至る相手がいないようだ。
クルワには、ミケイルと会った記憶がほとんどないからだろう。
最後に合ったときは、確か一人で伝言だけ残して消えていった。
「・・・・・・ふむ? なんか変、か」
そこが変だなあ、と思った。
ミケイルは、基本的に、一人でどうとでもできるタイプだとは思う。
自立して行動できるタイプだ。
だが、一人で生きていけるからと言って、普段一緒にいる人間がいなくなって、何の影響も受けないほどに無神経、というわけでもないだろう。
「ああ、それと、装備も」
「うん?」
「ほら、ミケイルって、手足に、わりとごっつい手甲と脚甲つけてたろ」
「・・・・・・ああ」
この地下で会ったミケイルは、そういった装備をつけていなかった。
足元は、簡素なサンダルだったし、腕の方は何もつけていなかった。
そんなミケイルの存在が、変、と思ったのだ。
「強いて言うなら、なんかベルトつけてたくらいか?」
腰回りに、皮のベルトを着けていた。
とはいっても、ヴェルミオン大陸で会ったときとは服装も変わっていたし、着替えたんだろう、と言われればそれまでだ。
今目の前にいればわかるかもしれないが、記憶を振り返る限りでは、どうしてそこに違和感を得たのかがわからない。
「うん? 服は全部違ってたのに、なんであえてベルトだけ違和感を・・・・・・」
「そりゃ、たぶんあのベルトが特殊な品だからじゃない?」
「特殊って?」
「よくわからないけど、魔力が結構こもってたから、もしかすると魔術具か何かなのかも」
「・・・・・・ふむ」
ミケイルは、そういうものを使うやつだっただろうか。
以前戦ったとき、モリヒトの体質を無効化するような手甲をつけていたことはあったが、あれはモリヒトを相手にする、というのが特殊だっただけだ。
ミケイルの体質では、モリヒトの体質は天敵だ。
正直なところを言うと、モリヒトが近くにいるだけで、ミケイルは命の危機になる。
それに対する対策、という面もあるのかもしれない。
「・・・・・・まあ、今度会ったら聞いてみよう」
「あの騒ぎの真ん中あたりに、いるかなあ」
** ++ **
騒ぎの真ん中、というのは、魔獣のあふれる場所だった。
「・・・・・・おいおい。何が起こってんだこれ?」
「ちょっと、これは手に負えないなあ・・・・・・」
クリシャが言うことは、弱音ではないだろう。
どう見ても、手に余る量が現れている。
「・・・・・・仕方ない。クルワ」
「ん?」
「やる。力を貸して」
「貸すなんてないわ」
手を伸ばしたモリヒトに、クルワはふふ、と笑って見せた。
「ワタシはモリヒトの剣だもの」
ふわり、と空気が流れた。
瞬きの間に、クルワの姿が消え、モリヒトの手にはそれぞれに赤い剣が握られる。
『火蛾美影夢郭』。
それが、モリヒトのウェキアスだ。
「さて」
ふう、と息を吐いて、集中する。
女神の種を宿した分岐である、ウェキアス。
ウェキアスから進化して、女神の似姿を顕現させる、アートリア。
アートリアは、大体優秀な能力を持っているが、その能力を十全に発揮するのは、やはり主の手にウェキアスとして握られたときだ。
そして、アートリアまで発言したウェキアスを握った時、持ち主は、さらに上の段階の力を引き出せる。
それは、明確に外見に現れる。
例えば今、モリヒトが炎のように舞う衣をまとうような感じだ。
実際には、ウェキアスからあふれ出る過剰な出力が、持ち主であるモリヒトの周囲にまとわりついて、衣服のように見えるだけだが。
「・・・・・・どれ。ちょっと待ってろ」
「お? 強気だね?」
「周りを囲まれないようにだけしといてくれ。慣れてないから、巻き込むといかん」
「はいはい」
クリシャが、フェリを連れて下がっていく。
それを見送り、モリヒトは、こちらへと向かってくる魔獣の群れを見る。
おそらく、モリヒトという過剰な魔力を吹き出す存在に、注意を引かれたのだろう。
だが、向かってきてくれるなら、好都合である。
それぞれの剣に力を流す。
瞬間、ショートソードサイズだった剣に、炎がまといつく。
それは、かつてみた、セイヴの剣の使い方に似ていた。
違いがあるとすれば、まとう炎の色が、白い、ということだろう。
「・・・・・・」
軽く構え、踏み込む。
突進してくる魔獣を斜め前へとよけながら、すれ違いざまに斬り付ける。
炎が剣の振りに合わせて伸長し、長大な刃となって走った。
そして、通り過ぎた魔獣は、炎の刃に体を真っ二つに斬られ、さらにその傷口から立ち上った炎が、魔獣を余さず焼き尽くした。
「・・・・・・おー」
自分でやったことながら、モリヒトはその結果に感嘆する。
「いける」
『火蛾美影夢郭』の炎は、特殊だ。
セイヴが放った銀の炎は、対象者を焼き尽くして灰に変えた。
だが、モリヒトの炎はその在り方が違う。
モリヒトがクルワを通じて放つ白い炎は、モリヒトの体質も相まって、魔力を燃料に加熱する。
対象の魔力を吸収して、モリヒトの力にする、ということはできないが、対象の持つ魔力を燃料として、その温度を高めていく。
だが、燃えたから、といって、魔力がなくなるわけではない。
そうして燃えて変質した魔力は、そこからさらにモリヒトの体質によって吸収され、クルワへと流されて、さらに炎の温度を上げる。
こうして、ほぼ無限に温度が上昇する炎の刃が生まれる。
「・・・・・・これは、熱い・・・・・・」
炎自体が、モリヒトを燃やすことはない。
モリヒトが味方と思う者も、この炎では燃えないだろう。
だが、それ以外は容赦なく燃える。
そして、その燃えた際に発生する余熱が、それだけでモリヒトを焼くほどに熱い。
「・・・・・・加減がいる」
手に握る『火蛾美影夢郭』が、熱を遮断する障壁を張ってくれているが、ただ見えている光景だけで熱い。
「・・・・・・冷えるまで待つってのは、ちょっと無理よな」
やれやれ、と思いながらも、モリヒトはさらに一歩を踏み出す。
それだけの熱がある状況でも、魔獣たちはひるまずに突進してきていた。
「クルワ。熱の遮断は任せる」
剣を担い、斬る対象を魔獣だけに限定して、
「まずは、片付けてしまおう」
モリヒトは、剣を振るって、魔獣の群れへと飛び込んだ。
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