第22話:地瘤鎮行(3)
炎の壁に守られた狭い領域の中で、鎌首をもたげた瘤の首に腕を埋め、その脇に突き立てたブレイスを握るモリヒトがいる。
「周囲の守りはセイヴに任せた。ルイホウ。俺が怪我したらよろしく」
「しないでください。はい」
「分かってはいるけどね。最悪の場合、分の悪い賭けだとしても腕を切る」
「・・・・・・かしこまりました。はい」
頷いてくれたルイホウに笑みを見せ、モリヒトは、ブレイスの柄を握り、目を閉じて意識を集中する。
「さて、できるかねえ・・・・・・?」
小さく笑い、
「―ブレイス―
音よ/情報を/探れ」
イメージは、ブレイスを通して瘤の中の状況を探ることだ。
弦のイメージが正しいと言われたから、音を通して探ってみる。
ブレイスの刃先から音波を放ち、地脈がそれに反応して浮き上がるイメージ。
「―ブレイス―
光よ/情報を/示せ」
閉じた目の奥に、映像が写る。
探ったものを、情報として示すイメージ。
できるかどうかは、
「やってみたら、できた、と」
まぶたの裏に浮かぶのは、一本の線だ。
送り込んだ魔力の反射。それを利用し、自分の脳内でイメージを結実する。
本来なら、そんなのは上手くいかないのだろうと思う。
今ざっとルイホウから理論は聞いたものの、
「これ、イメージっていうより、思い込みで動かしてるよなー」
モリヒトは、内心苦笑する。
このイメージも、どちらかというとルイホウから聞いたイメージが大きく左右している。
どちらかというと、これからやろうとしている作業の設計図か手順図のほうが近い。
先だって送り込んだ魔術による探知で得られる情報を、魔術を利用してイメージに変換し、作業できる状態にする。
過程から結果を。
魔術は、発動のイメージを重視するが、そのために必要な細かい理論は、割と適当な思い付きでもどうにでもなるというのが、これまでの魔術訓練でモリヒトが覚えたことだ。
今モリヒトがイメージした手順は、現状の地脈の情報の取得、問題の解消のための手順の設定、そして、手順に従った解消だ。
普通なら細かいやり方が必要なのだろうが、この細かいやり方が、魔術だと適当でもどうにかなってしまうらしい。
手順は細かくイメージした方が、魔力の消費が少なくなるらしいが、今回はもう諦めて、ここで魔力を限界まで使い切るつもりで魔力を注ぐことにした。
目を閉じた暗闇の置くから、ぼんやりと浮かび上がるように、青く光る線が浮き上がってくる。
夜のネオンの光にも似ているが、細かく僅かに振動している。
青い直線の途中に、不自然に白い線が混じっていた。
青の線と白の線の境となる部分は、不器用に結んだかのように丸い玉となっている。
白い線は、不自然に挟まれたものになるのだろう。
モリヒトの埋まった腕が、おそらく白い線に繋がっている。
だが、それで全てではなく、おそらくあの白い線は、モリヒトの魔力とも、生命力ともいえるものを示しているのだろう。
埋まっている腕を切り落とす、ということは、この白い部分を途中で切ることになるのかもしれない。
そこまで考えて、モリヒトは必要なことを考えた。
白い線を無理なく切り離せれば、問題はなくなる。
よし、と小さく呟いて、モリヒトは小さく息を吐く。
次に必要なのは、直すためのツールだ。
「・・・・・・ええっと・・・・・・?」
イメージは弦を元にしている。
地脈を流れる力は、弦を伝う波だ。
「・・・・・・ルイホウ、ここの地脈の流れって、外から王都に向けて、でいいのか?」
「地脈の流れは双方向です。はい。干渉点から繋ぐ両方の向きに力が伝わります。はい」
「・・・・・・うん? ということは、一つの地脈の中に、両方の向きへ流れる力があるってことか?」
「そうです。はい」
ややこしいなあ、と思う。
一時的に白い部分を切り離すと、地脈の間の接続が途切れることになる。
「そこをこうして、あっちを繋いで、振動の同期と、それから・・・・・・」
あー、と唸る。
「ややこしい」
ふん、と鼻を鳴らし、ツールを想定する。
不意に、脳裏に浮かんでいた線の姿が遠のく。
「!? っと・・・・・・」
一瞬集中が乱れかけたために像がぼやけかけた。
遠のいたのは、勢い込んで魔力を多く送り込んだせいで、情報が大量に入ってきて、認識範囲が広がったために、縮小されたようだ。
そのイメージを受けて、モリヒトは考える。
「・・・・・・これ、セイヴか?」
どうやら、周囲の炎の壁の中の領域に、認識が繋がっているらしい。
「・・・・・・む?」
おかげで、今までの十倍以上の範囲が視覚に入っている。
認識範囲の端に、少し妙なものが表示されている。
だが、今は無視するべきだと、モリヒトは作業領域を拡大する。
元のように脳裏に映し出されたイメージを前に、やり方を変えよう、と決める。
どうも、あまり時間があるわけではないようだ。
周囲の騒がしさが増している。
** ++ **
集中するモリヒトは、気づかない。
ルイホウは、炎の壁の外へと歩み出したセイヴの背を見て、黒幕が近づいてきたことを悟る。
おそらく、今炎の壁の向こうで、セイヴが敵と接触しているのだろう。
だとすると、今後敵の攻撃が激しさを増すかもしれない。
杖を構え、ルイホウは魔力を集中する。
モリヒトは、腕を切り落とすかもしれないと言った。
ただそうすれば、ほぼ確実に命をなくす。
仮に命を残しても、大怪我であることには変わりはないだろう。
止血や腕の再生に必要な下準備。
地脈調律の準備。
敵が来れば、迎撃も必要だ。
しかし、ルイホウが得意とするのは水。
炎に囲まれたこの状況では効率が落ちるし、下手に魔術を使えば、地脈や瘤に対し、変な影響を与えるかもしれない。
その影響を抑える考慮も必要だ。
必要なことはいくつもある。
だが、それでも、
「どうか、命は大事にしてください。はい」
モリヒトに対し、祈らずにはいられなかった。
** ++ **
白衣の男の背後から、巨大な質量を思わせる森の津波が現れる。
炎を吹き出すレッドジャックを片手に、セイヴは襲い掛かる森の津波を見据えた。
樹木と岩石を含む大量の土砂だ。
炎では燃やせない。
焚火に土をかけて消せるように、現状ここにある規模の炎では、押しつぶされて消える。
「ち、速いな!!」
舌打ち一つとともに、セイヴはレッドジャックへと魔力を強く流し、大きく頭上へと振り上げる。
レッドジャックは双剣だ。
片方の剣は、片手で振るうことを想定しているため、両手で握ることができるほど、柄は長くない。
だがそれでも、セイヴは両手を振り上げた。
右手で柄を強く握り、左手はぎりぎり柄頭に触れるかどうかのところで握る。
イメージとしては、両手剣を振り上げるイメージだ。
そのイメージに沿い、レッドジャックの炎がさらに巨大に吹き上がった。
「―レッドジャック―
銀の炎よ/全てを/尽くを/灰と/散らせ!」
魔力を注がれ、魔術を発動した炎は、セイヴが最も強いと認識する炎へと変わる。
即ち、輝く銀の炎だ。
強く輝き、森を照らす銀の炎。
銀の炎のよって作られる、両手剣としても逸脱したサイズの剣を、セイヴは眼前へ迫る津波へと振り下ろす。
その剣は、切ることはなかった。
その剣は、断つことはなかった。
ただその剣は、触れる端から、森を成していた木を、土を、白い灰へと変えていく。
銀炎の剣が振り下ろされきった時、その炎は爆散し、周囲にさらに覆い被さろうとしていた、森の津波を、尽く白い灰へと変えていく。
もはやそれは剣ではなく、剣の形をした災厄にも等しい。
その大規模な破壊は、だが正確に、白衣の男の引き起こした森の津波のみを灰へと焼き散らしていった。
さらに、地面へと打ち下ろされた炎が旋風とともに吹き上がり、降り注いだ灰を吹き散らしていく。
「ふうーーー・・・・・・」
息を整えるセイヴの頬を、汗が滴る。
アリズベータ、セイヴのウェキアスを利用してなら、銀炎はもっと簡単に使える。
面倒な詠唱も、魔力を注ぐ必要もなく、デフォルトの炎として発動することすら可能なものだ。
だがそれは、アリズベータがセイヴのウェキアスであり、セイヴに最適な発動体だからに他ならない。
他にも、アリズベータの力が、並みのウェキアスを越えていることも理由の一つだ。
つまり、セイヴのために調整、カスタマイズを受けたといえど、元が量産品であるレッドジャックでは、魔力変換の効率が悪く、消耗が大きい。
大質量を灰へと変えた銀炎の使用は、いかに莫大な魔力量を誇るセイヴといえど、無視できる消耗ではない。
魔力の大半を失い、常人なら立っていることも難しいほどの消耗の中、それでもセイヴは汗を流し、多少息を乱す程度で体勢を整える。
ほとんど、意地だが、それを感じさせない力強さをもって、セイヴは白衣の男へと剣先を向けた。
「ふはは、中々だな!!」
笑いながら、セイヴは白衣の男を見据える。
「さて、これで終わりというわけでもない」
「む?」
白衣の男の足元で、陣が明滅している。
「貴様、何を?」
セイヴのその問いに、にや、と白衣の男は笑った。
「地脈は実体のない力の流れ。だがその位置は、おおよそ地面の下にある」
「・・・・・・」
は、としたセイヴは周囲を見回る。
吹き散らされた灰に覆われてはいるが、周囲の森は木々を失い、土の大部分を吹き飛ばされ、その下の近くを露出している。
「まさか貴様!!」
「まさかだ。地表の土を大規模に吹き飛ばせば、地脈への干渉も簡単だ」
足元の陣が一際強く輝く。
「ち、させん!!」
「残念だが、もう終わった」
ずるり、と白衣の男が地面に潜る。
その頭上を、セイヴが振るった銀炎が抜けていった。
「・・・・・・逃がしたか」
苦々しげに呟くセイヴの背後で、異変が起こった。
** ++ **
不意の衝撃に、モリヒトは目を開いた。
「何が!?」
一瞬のことだ。
脳裏に浮かべていた地脈の線が、いきなり大きく振動した。
だが、間に挟まれていた白い線が、その振動を吸収しきれなかった。
大きく震えてしまい、モリヒトの集中が途切れ、脳裏のイメージが消えていく。
「・・・・・・まずい」
慌ててイメージを取り戻そうとするが、それを更なる衝撃が邪魔をする。
埋まっている右腕が引っ張られる。
その動きに引きずられるように、モリヒトの体が上へと引っ張られた。
周囲に視線を飛ばして、モリヒトは瘤そのものが大きくなり始めているのを悟る。
「何で?!」
「モリヒト様。落ち着いてください、はい」
ルイホウの慌てた声が聞こえるが、モリヒトにはそちらを見ている余裕がない。
瘤の首が無茶苦茶に暴れるために、腕が埋まったモリヒトも振り回され始めたのだ。
何とか、突き立ったブレイスの柄を握る手に力を込めて、そちらで体を支えることで何とか耐えているが、
「きつい」
痛みに声を漏らした直後だった。
ぼろり、と瘤の表面の一部が砕け、ブレイスが抜けた。
「やば・・・・・・」
一際大きな揺れが起こる。
「・・・・・・あ」
これはだめだ、と思った直後だった。
生木の枝を折るような音が、モリヒトの腕から響く。
「~~~・・・・・・っ!!」
激痛が走り、次にはそれに倍する痛みが次々と襲い掛かってくる。
折れた腕はやはり埋まったままで、そのために振り回されたためだ。
「・・・・・・ぐっがあ・・・・・・!!」
痛みに呻きながらも、ブレイスを離していない事を確認する。
「―ブレイス―」
やり方を変えていく。
今となっては、見えない部分を慣れない魔力操作で切り離すような、繊細なやり方は無理だ。
だから、
「魔力よ/命の力よ/分かち合え・・・・・・」
ブレイスの刃を埋まった腕の付け根へ当てる。
「境界線は/土くれに/線の向こうは/彼岸の依り代/名付けは/存在を/確定する」
やりたいことは、言葉に変える。
言葉の元は、イメージがある。
「カミヒト/その名を以て/代替となれ」
ブレイスの刃先から一瞬ほとばしった光が、モリヒトの腕にぐるりと線を引き、瘤に埋まっている側へと刻みを入れた。
すなわり、『カミヒト』だ。
だが、そこまでだった。
急速な体力の消耗を感じ、モリヒトの手からブレイスが抜け落ちる。
「ち・・・・・・」
急いで視線をめぐらせる。
だが、視界すらも、ぼやけ始めた。
その視界の端で、銀色の輝きを見る。
「セイヴ!!」
叫んだ。
「俺の腕を、切り落とせ!!」
叫んだところで、視界が暗くなった。
ただ、その視界に、銀の輝きが映った。