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竜殺しの国の異邦人  作者: 比良滝 吾陽
第1章:オルクト魔皇帝
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第21話:地瘤鎮行(2)

「・・・・・・どういう状況だ?」

 白衣の男がいる。

 東、自分の研究結果を、送り込んだ土人形の視覚情報から観察しながら、白衣の男は顎に手を当てた。

 王城の方も興味深い。

 魔力の生物の生成と、魔術による生物の変性。

 結果だけを見るなら、確かによい形かもしれない。

 だが、結果をよく検証してみないと成功か失敗かの判断は難しいだろう。

「結果の回収手段は構築しているのかね? ジルエンは」

 だが、そちらは白衣の男にとっては、優先順位が低い。

 うまくできているなら、後で結果を見せてもらおうか、と思いつつ、自分の研究結果の観察を続ける。

 送り込んだ土人形の視覚情報では、こちらが埋め込んだ芯が外され、代わりに変な男が腕を埋めている。

「・・・・・・さて?」

 土人形越しでは上手く観察ができない。

 瘤の周囲を炎の壁が囲んでおり、視覚情報が遮られる上、炎を乗り越えた瞬間には、オルクトの魔皇の手であっさりと土人形が破壊されてしまうからだ。

「やはり厄介だな。あの男は」

 銀髪の男が、剣を振るってこちらが送り込んだ土人形を砕いてしまうため、断続的にしか炎の壁の中の情報が見えてこない。

 だが、あの男を排除できるだけの手駒は、そうそう用意できない。

「・・・・・・仕方がない。こちらから出向くか」

 ふん、と鼻を鳴らし、白衣の男は歩き出した。

「さて? 下手をして、瘤ごと砕いたりしてくれるなよ?」


** ++ **


 腕が埋まった状態で、のんびり考える。

「しかし、これ何だ?」

「これ、とは? はい」

「この瘤だよ。・・・・・・なんというかな? 人工物っぽい気配がないか?」

「・・・・・・人工物ですか? はい」

 眉をひそめ、真剣な顔になったルイホウに、モリヒトは首を傾げて見せた。

「だってよ。その子、明らかに何か事件のニオイがするじゃないか?」

「・・・・・・」

 無言になったルイホウを置いて、モリヒトは考える。

 誰かが少女を捕まえて、それに何かの魔術をかけてこの瘤を作り出すための核にした、ということだろうか。

 だとすると、誰が、と思う。

 『竜殺しの大祭』の逆を行った、ということなのだろうが、

「・・・・・・ルイホウ。この瘤を作り出すのは、誰でもできることなのか?」

「理論的には可能です。はい」

「理論的には?」

「理脈への干渉自体は、魔術として理論がある程度完成しています。はい。・・・・・・『竜殺しの大祭』ももちろんですが、地脈へ接続して魔力を引き出す方法や、逆に魔力を送り込む方法もあります。はい」

「そういう理論があるなら、誰でもできる。誰でもできるなら、犯人について今考えるのは、ちょっと無意味だな」

 うん、と頷いて、頭を切り替える。

「・・・・・・さて、先に考えるべきは、俺の腕が少しずつ沈んでるってことだ」

「はい」

「つまり、急がないと、俺は完全に飲み込まれてしまうだろう、と」

 ふう、とため息を吐く。

「時間制限あり。急がないとな」

 さて、と左腕にブレイスを抜く。

「とはいえ、右腕が使えない今、できることは魔術を使うことだけ」

 ブレイスの先で、かんかんと腕の埋まった瘤の土塊を突っついてみる。

「・・・・・・なんだろう? 感覚的には柔らかいのに、突っついてみると硬い」

「どういうことでしょう? はい」

「ん~。・・・・・・ちょっと掘る」

 ざく、と埋まった腕の脇に突き立ててみる。

 だが、

「・・・・・・硬いな・・・・・・」

 刺さらなかった。

「ならば」

 む、と気合を入れて、逆手に握りなおす。

「―ブレイス―

 雷よ/刃に纏え/力を溜めよ/硬き刃に/穿つ力を」

 詠唱の終わりとともに、ブレイスの刀身に紫電が走った。

 腕を振りかぶり、思い切り腕の脇へと突き立てた。

「・・・・・・刺さった」

 今度は、鍔まで埋まった。

「ん~。あ、やっぱりだ」

「どうしましたか? はい」

「外は硬いけど、内側は柔い」

 右手に力をこめてみると、しっかりと動く感じがあるのだ。

 土に埋まっているなら、びくりともしないはずだが。

 今も、ブレイスの柄を動かしてみると、ぐりぐりと動く。

「硬い表面に柔い内側。・・・・・・膨らんだだけで、内側はほとんど空洞だな。これ」

「空洞ですか。はい」

「スポンジみたい」

 ぐりぐりとブレイスの短剣を動かしながら、首を傾げる。

「・・・・・・さて? ここからどうしよう?」

「・・・・・・何も考えてなかったのですか? はい」

「ははは・・・・・・。とりあえず何かやってみないと、と思ってね」

 行き当たりばったりで動いてはみたが、どうしたものか。

 モリヒトには、刺さったからといって、ここから何かできるほど、魔術に関する知識があるわけでもない。

 まあ、とはいえ、

「魔術なんぞ、イメージ次第だと」

 そこら辺は、今までの経験で分かっている。

「ルイホウ。質問」

「はい。はい」

「ルイホウなら、この状態をどうイメージする?」

「どう、とは? はい」

「うん。俺の腕が埋まっている状況と、その子が埋まっていた状況は、同じだと思う?」

 言われて、ルイホウはモリヒトと地面に寝かされた少女を見比べる。

「おそらく、同じでしょう。はい」

「つまり、俺の腕は現在地脈を切り離した間に挟みこまれている」

 無理に引っ張って切り離そうとすれば、地脈に巻き込まれて死ぬ。

「・・・・・・つか、最初に言ってた弦の例だと、俺を切り離すと、地脈が途切れることになるよな?」

「そうなります。はい」

「それ、問題ないのか?」

「おそらく、先ほどの地震と同程度のものが起こるでしょう。はい」

「被害出るか・・・・・・」

 それはとても困るな、とモリヒトが唸ると、ルイホウは一つ頷いた後で真剣な顔をして、

「ですが、私が原因のすぐ傍にいますので。はい」

「対処可能?」

「それが巫女の役目です。はい」

 自信を持った答えに、なるほど、とモリヒトは頷いた。

「なら、俺の腕を引き抜いた後のことは任せていいか」

 そこは安心できる。

「引き抜く方策があるのですか? はい」

「・・・・・・地脈を弦に例えるイメージ。あれ、イメージとして正しいと思うか?」

「え? そうですね・・・・・・。はい」

 少し考えて、

「適当だと思います。はい」

「なら、それを基にして、イメージを構築してみるか・・・・・・」

 すう、はあ、と深呼吸をする。

「・・・・・・む?」

 一つ、ふわっと頭を過ぎった。

「なあなあ、ルイホウ?」

「何でしょうか? はい」

 ちょっと、思い違いがあったかもしれない。

「俺さっき、この瘤が人工物かもって言ったよな?」

「ええ。はい」

 モリヒトは、地面に横たわる少女へと目をやった。

「その子を埋め込んだのが、この瘤の発生の決定打って可能性は?」

「・・・・・・は? はい」

「その子を無理やり地脈に埋め込んだから、そこに地脈の歪みが集中した。結果として、瘤が発生して、地震が起こった」

「・・・・・・可能性はありますが・・・・・・。はい」

「ま、確証はないよな」

 うん、と首を振る。

 閑話休題。

 できないことがあるならば、できるようにするまでだ。

 思いつきはある。

 実行できるかどうかは、

「セイヴ!!」

「ん? 何だ?」

 ちょうど近くを通りかかったセイヴを呼ぶ。

「新しい魔術を構築するとき、お前ならどうする?」

「・・・・・・ふむ? 魔術はイメージで発動する」

「つまり、何をしたいか、か?」

「違う。必要なのは、その魔術で何が起こるかを明確にイメージすることだ。目的ではなく、過程と結果をイメージしろ。ただし、結果だけイメージしても、中身がなければ、派手なだけで大した効果のない魔術になる。過程だけをイメージすると、結果が伴わない。過程を経て、結果へとつながる。それを可能な限り詳細にイメージするんだ」

 セイヴは、剣を三度振って、土人形を破壊した。

「物理法則の補強、発動体、前準備。これらは、その中身を埋めるものだが、ないなら、最低限、過程は明確にしろ。小規模な魔術なら、それで大体構築できる」

 そこまで告げると、セイヴはまた敵の駆逐へと戻っていった。

「・・・・・・なるほどね」

 過程と結果。

 一度目を閉じ、集中する。

「・・・・・・・・・・・・始めるか」

 詠唱を構築する。

** ++ **


 炎の壁の内側で戦うセイヴは、目を瞑り、集中を始めたモリヒトを見やる。

「いい集中だ。やはり魔術向きか」

 モリヒトの内側に、魔力の高ぶりを感じる。

 経験からして、ああいう高ぶり方をしている時、魔術の構築は大体成功するものだ。

 ふと、思いついた。

 周囲を円形に炎が囲う今なら、陣が構築できる。

 どうせ、土人形の相手は片手間でできるほどに簡単だ。

 だったら、と好奇心を満たすことにする。

「―レッドジャック―

 炎よ/創成する/正しき円に/魔力を/満たせ/フラムサークル」

 炎の壁が一瞬強く燃え上がり、さらに揺らぎが一定に変わる。

 上空から見れば、今までは適当に円形を描いていたはずの炎壁が、より綺麗な円を描いているはずだ。

 陣の構築に必要なのは、できる限り綺麗な円と、その内側を満たす魔力だ。

 構築した陣には、フラムサークルという名前を付けた。

 さらに、懐から一枚の紙を取り出す。

 書かれているのは、複雑な模様の魔術陣だ。

「―フラムサークル―

 力ある円陣よ/理の陣を/取り込み/存在を/確定せよ」

 紙を地面に押し当て、炎を纏ったレッドジャックで突く。

 紙を貫いて地面に突き立ったレッドジャック。

 その纏っていた炎が、紙を燃やし、その炎が周囲の炎壁へと伸びる。

 接続した。

「・・・・・・よし」

 構築したのは、分析用の魔術陣。

 魔術は、個人のイメージによるところが大きいため、魔術開発といえば、主に魔術陣などに代表される、魔術効果の固定化の研究が主流だ。

 そのため、魔術の効果そのものよりも、魔術効果の再現性が重視される。

 だが、イメージによる魔術は、本人であっても、同じ効果を二度生み出すことは難しいというのは、ざらにあることだ。

 だからこそ、魔術発動時の周辺の様々な状況を分析することで、少しでも再現性を上げることが必須になる。

 結果として、オルクト魔帝国では、魔術の分析技術の進歩が著しい。

 セイヴが使用したのは、円陣内で起こった魔力移動の記録用魔術陣だ。

 今回、モリヒトは作業のほとんどを魔術で行うことになるだろう。

 それはとりもなおさず、魔術効果の全てが魔力の移動となって現れる、ということでもある。

 簡単に言ってしまうと、魔力移動さえ記録しておけば、今回モリヒトが行ったことは後から全部調べ上げることができる、というわけだ。

「・・・・・・これでよし」

 個人的興味という本音と、オルクト魔帝国の今後のためという建前の二つを思い浮かべ、セイヴは笑みを浮かべる。

 ふと、炎壁の外に、今までとは違う気配を感じた。

 明確な、生き物の気配だ。

「黒幕が出てきたか?」

 魔術を行使しているレッドジャックの片方を刺したまま、セイヴは炎壁の外へと出た。

 自分で放った魔術だ。

 自分がダメージを受けることはない。

「・・・・・・ふむ。白衣とその紋章。・・・・・・なるほど。貴様らだったか」

 白衣の男を前に、セイヴはやれやれとため息を吐いた。

 その姿に、白衣の男はにやりと片頬をあげる。

「今頃だな?」

「確認しただけだ。こんな面倒ごとを引き起こすなど、貴様らぐらいだろうからな」

 片方だけのレッドジャックの刃先を、白衣の男へと向ける。

「・・・・・・聞きたいことがいくつかある。大人しく捕まれ」

「捕まっている時間が惜しい。さっさと目的を果たさせてもらおうか」

「・・・・・・?」

「炎を消すのに、何も水は必要ない」

 だん、と白衣の男が地面を踏み鳴らす。

 瞬間、森そのものが鳴動し、まるで津波のように、セイヴ達を飲み込んだ。


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